根っからのパワーファイターでよ、“戦役”のときは、斧で敵の砦の壁を叩き壊したこともあるんだぜ。“巨人”デンナー旗下の”赤鼻”デリックといやぁ、ここらじゃ知らない奴はいなかった
貴様ッ、次にその名を出したら舌を引っこ抜くぞッ!!
ダグマルの言葉に、デリックが額に青筋を浮かべて怒鳴りつける。
大層ご立腹な様子だが、顔が紅潮しているせいで逆にその”赤鼻”っぷりが強調されてしまい、ケイとアイリーンは堪えきれずに酒を噴き出した。口を押さえて身をよじるケイたちをよそに、 い、いやーすまねえ親父つい口が滑って…… と媚びるような薄笑いを浮かべるダグマル。
……まっまあ、ともかく、おれがまだ傭兵になりたてだった頃は、随分と世話になったもんだ。なっ親父
おうおう、昔はこいつも、ただの洟垂(はなた)れ小僧でな。最初に戦場に連れ出したときなんざ、それこそ鼻水どころかションベンまで―
あーっ! わーっ! その話は勘弁してくれよ!
薮蛇になってしまった暴露話に、慌てるダグマル。 食事中だぞー 汚ぇ話すんじゃねー と外野から野次が飛び、なぜか木皿や食べ残しの骨がダグマルに投げつけられる。
イテッイテテッなんでおれに……
コラァーッ! 貴様ら食いもん粗末にしてんじゃねえぞ! それに店の物投げてんじゃねえッ!
うわー”赤鼻”が怒ったー!
逃げろー!
―ッッどいつが言いやがった!? ブッ殺してやるッッ!
目を血走らせたデリックが袖をまくり、声のした方に突撃する。椅子のひっくり返る音や皿の割れる音、 ひええぇぇ 貴様かオラァッ! と飛び交う悲鳴や怒号。宴はまだ始まったばかりだというのに、場は既に混沌(カオス)の様相を呈していた。
もぉ~、私だって楽しみたいのにーッ!
店主が乱闘を巻き起こす一方で、ジョッキを腕一杯に抱え涙目のジェイミー。尻を触ろうとするセクハラ親父どもの手を華麗に回避しつつ、恨みがましげに諸悪の根源たるケイを睨む。
ゴブレットを片手に、ケイはデリックの大立ち回りを笑いながら眺めていた。ともすれば怪我人すら出かねないレベルの騒ぎであったが、平然と笑っているあたり、かなり酔いが回っているらしい。
そして、その左隣には当然とばかりにアイリーンが収まって腕を絡め、右側からはエッダが引っ付いてアイリーンに負けじと甘えている。
…………
アイリーンは兎も角、年端の行かぬ少女(エッダ)ですら、ケイにアプローチをかけているという事実。そんな中、自分はムサいセクハラ親父どもに囲まれ、汗水垂らして給仕に徹している―思わず動きの止まったジェイミーは、ふっと、遠い目になった。隙ありと言わんばかりに、尻や太腿に伸ばされるセクハラの手。
―うん、
やがて、吹っ切れたように頷き、ダンッとジョッキをまとめて手近なテーブルに置いたジェイミーは、
―やめたッ!
爽やかな笑顔。その場でトレイを放り捨て、呆気に取られる客たちをよそに、すたすたと厨房へ引っ込んでいく。
そしてすぐに戻ってきたかと思うと、その手には木苺のタルトを載せた皿。
ナイフ、フォークと共に近くのテーブルにセッティングし、いかにも優しげに微笑みながら、ケイに甘えるエッダに話しかける。
ねぇ、お嬢ちゃん。とってのおきのお菓子があるの。木苺のタルトよ。食べない?
わ、おいしそー
タルトに釣られ、トコトコと席を立つエッダ。にやり、と邪悪な笑みを浮かべたジェイミーは、そのままケイの右隣に収まる。
……ねえ、お兄さぁ~ん
服の胸元の紐を緩め、胸の谷間を強調しつつ、ジェイミーはケイにしなだれかかった。唐突な色仕掛けにきょとんとするケイ、その奥でタルトを頬張りながら しまった! と目を見開くエッダ。
こんなムサいトコは出て、わたしとイイコトしな~い?
人差し指で の の字を描くように、ケイの胸元をいじりながら流し目を送る。
周りに誰もいない時、幾度となくイメトレを重ねてきた必殺技。満を持して解き放つ。
…………
ケイの陰からアイリーンが顔を出し、じっとりとした、底冷えのするような視線を送ってくる。凍りつくような殺気も放たれているが、ジェイミーは勇気を振り絞って耐えた。タルトそっちのけで、背中をぽこぽこと叩いて抗議するエッダには、この際気が付かないふりをする。
ふむ……
一方、渦中のケイは存外冷静にゴブレットを傾けながら、―男の性(さが)か、視線は谷間に吸い寄せられていた。
―成る程、強調するだけのことはある。
アイリーンを草原とするならば、こちらは山岳。小麦色の滑らかな肌は、それだけで自然の豊かな実りを彷彿とさせる。その攻略には容易ならざるものがあるだろう―やはりケイも男なので、つい鼻の下が伸びそうになる。
だが、それもあくまで興味レベルで、不思議と過分に心が動かされることはなかった。
アルコールによって気が大きくなっているからだろうか。
それともアイリーンの絡める左腕が、ミシミシと軋みを上げているからだろうか。
……いや、すまない
いずれにせよ、ケイはゴブレットを置いて、そっとジェイミーの身体を引き離した。
素敵なお誘いではあるが……俺にはもう愛する人がいるのだ
至極真面目くさった態度で言ってのけ、左手に抱いたアイリーンの額に、ちゅっと口付けしてみせる。
一瞬呆けたような顔をして、すぐにぽっと頬を赤らめるアイリーン。ひゅーひゅー、と囃し立てる周囲の男たち。ここまで瞬間的に振られるとは思っておらず、愕然とするジェイミー。そしてその後ろで絶望したような表情を浮かべるエッダ。
こっ、……これでも、スタイルには自信あるんだけどなっ
谷間を強調する程度ではダメだったかと、スカートを少したくし上げて脚線美なども主張していく。その後ろで、自分の身体を見下ろしてしょんぼりとするエッダ。
それは、その通りだが……
ずっとひとりだと、飽きがくるかも知れないわよ? 新しい刺激はい・か・が?
本命が無理なのは分かっていた。すかさず戦術目標を下方修正、愛人の座を狙いにいく。が、それでもケイは、ゆっくりと首を横に振った。
飽きなんて、きそうにないな。俺はアイリーンに夢中だよ
真顔で言い切られると、流石に言葉に詰まる。そのままケイは、恥じらうアイリーンを抱きかかえて、これ見よがしにイチャイチャし始めた。
ケッ、ケイ、恥ずかしいよ、みんな見てる……
構うもんか。アイリーンが居てくれれば、俺はそれでいい
もう、やだっケイったら……
絵に描いたような恋人たちの甘い空気、周囲の面々も うへぇ と既にお腹いっぱいの様子だ。
ひたすらに羨ましそうな顔をしているエッダの横で、ジェイミーはがくりとテーブルに突っ伏する。
う゛~入り込む隙がないじゃないのよぉ~
せっかく千載一遇の優良物件なのに、と歯噛みするジェイミー。周囲の男たちが いい男なら他にもいるぞー! と力こぶアピールをし始めるが、眼中にはない様子だった。
―ええい、もう! 呑んでやる! 浴びるほど呑んでやるー!
ヤケクソになったか、 酒もってこーい! とジェイミーは叫ぶ。しかし、大きな影がその首根っこを掴んで、そのままひょいと持ち上げた。
なに言ってやがる、お前は酒を運ぶ側だろうが
乱闘にケリをつけたデリックであった。顔に飛び散った返り血を拭きつつ、晴れ晴れとした笑顔で、
さっ、休憩は終わりだ。働くぞー馬車馬のようにな!
やっヤだーっ! わたしも楽しみたーいー!
はっはは、折角の書き入れ時だ、無駄にはできねえ
くっ……抜け出してやる、どうにかして抜け出してやるぅ
とりあえずお前は皿洗いだな。喜べ、たんまりとあるぞ
イヤ―ッ!
肩に担がれたままジタバタと駄々をこねるジェイミーが、デリックに連れられて厨房へと消えていく。戦線離脱。いや脱落。
まだ二口しか食べていないタルトの皿を手に、エッダがケイの右隣を占拠した。
……ねえねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんもタルトたべる? おいしいよ?
お、美味しそうだな。頂こうか
無邪気に話しかけてきたエッダに、アイリーンとのイチャイチャを中断するケイ。幼い子供の前でやらかすのはよろしくない、という判断によるものか。ふっ、と口の端を歪めて視線を向けてくるエッダに、ぴくりとアイリーンの眉が跳ねる。
はい、お兄ちゃん。あーん
……あ、ありがとう
エッダがピュアなスマイルで差し出してきたタルトに、 自分で食べられる とは言い出せず、気恥ずかしげにかぶりつくケイ。
ん、美味しいなコレ
でしょー?
モグモグと咀嚼して満足げなケイの傍ら、エッダはちらりと挑発的な笑みをアイリーンに向けた。
…………
アイリーンもまた、穏(・)や(・)か(・)な(・)微笑でそれを迎え撃つ。
宴の夜は、まだまだこれからだった。
†††
翌朝。
二日酔いの頭痛に悩まされつつも、重い体を引きずって、ケイは何とか起床する。
うう……呑みすぎた……
あの程度でケイはだらしないな!
……そう言うアイリーンは元気だなー
昨夜はケイ共々遅くまで楽しんでいたにも関わらず、服を着ながら笑い飛ばすアイリーンには、全く疲れた様子がない。基礎体力というか、バイタリティというか、そういった根本的な部分では、アイリーンの方がよほどパワフルに見えるのは、気のせいだろうか。
ケイとしては正直なところ、優勝して賞金も手に入ったのでしばらくはアイリーンと爛れた生活を送りたかったのだが、市民権取得の手続きのことを考えると、のんびりはしていられない。武闘大会の熱が冷めぬうちに―役所の人間にやる気があるうちに、早めに終わらせてしまう必要がある。
……あら、おはよう……
食堂に降りると、死んだ魚のような眼をしたジェイミーが掃除をしていた。
……おはよう
おっはよー
……うっ
既に何処となくやつれた感のあるジェイミーであったが、仲良く連れ立ってきたケイとアイリーンを見て、何故かさらにダメージを受けたらしい。箒を杖代わりにしつつ、眩暈に襲われたかのようによろめいている。
……大丈夫か?
うぅ……大丈夫よ。大丈夫。何ともないわ……
そ、そうか……
昨晩は大酒を飲んだものの、ケイは酔っ払っても記憶はしっかりと残るタイプだ。当然ジェイミーの色仕掛けもバッチリ憶えているわけで―しかし当の本人は、どうやら無かったことにしたいらしい。ケイとしても異論は無かった。
ゾンビのようなジェイミーに給仕してもらいつつ、フルーツやサンドイッチ、昨晩の宴会の残り物のスープなど、たっぷりと朝食を詰め込んだ。
そしてその後、ケイたちは市民権取得の手続きに丸一日を費やす羽目になる。
まず、武闘大会の優勝の賞状を携えて、街の東にある住民管理局に向かう。
朝一番に出かけたので管理局は混み合ってはおらず、建物の中にもスムーズに入ることが出来た。そして賞状さえ提出すればすぐに身分証が―と淡い期待を抱いていたケイであったが、残念ながらというべきか、やはりというべきか、そんなことはなかった。
ケイが申請するのは、ウルヴァーンの”名誉市民権”。『名誉』と接頭語がつくものの、その本質は基本的に普通の市民権と同じものだ。ただ、定められた手続きの仕方と管轄が、普通の申請と微妙に違う。
武闘大会で優勝したという実績、税金の支払い能力、そして諸々の手続きにかかる費用の前払いなど、全ての条件は満たしていたが、肝心の役所の職員が『名誉市民の手続き』という特殊な業務に慣れていなかったため、さらに時間がかかることとなった。
アイリーンと一緒に小一時間ばかし権利と義務について説明を聞き、あらかた書類にサインをし終わったところで、担当の職員が とある特殊な書類の書式が分からない と言い出した。規則の確認のために休憩を挟むこと数十分、待ちぼうけを食らった挙句に職員が引っさげてきたのは 普通の書類で代用可 という何とも気の抜ける答え。この書類にサインが終わると同時に、何故か業務の管轄が住民管理局の手を離れたらしく、ケイたちはそのまま市庁へと移動させられることとなった。
この時点で、時刻は昼前。市庁の前には住民たちの長い列が出来上がっていた。それに並ぶことさらに数十分、ようやく窓口に辿り着いたところで、実は名誉市民の手続きには専用の窓口が用意されていたことが発覚。大人しく並んでいたのが全く無駄だったと分かり、事前の説明の無さにイラッとさせられることとなった。