一見人好きのする好々爺だが、タヌキ親父をさらに一、二回捻って、パワーアップさせたような雰囲気もある。今後のことを考えると、取り入っておくべきか深入りしないよう気をつけるべきか、判断に迷うところだ。

その日は夕方まで、いらない小物を処分したり、逆に旅の小道具を工面したりして過ごしたが、ケイもアイリーンもそわそわと落ち着かない気分だった。

夏は日が長い。日が暮れると同時に、ケイたちは仕度を始めて宿を出る。宿で借りたカンテラと、メモ帳と万年筆を持っていくことにした。ケイに明かりは必要ないが、カンテラは念のためだ。

果たして、20時前、門の前にはヴァルグレンが待ち構えていた。前回とは違って灰色の地味なローブを羽織り、髪型は相変わらずマッシュルームのままだ。そばには、護衛であろうか、今朝宿にやってきた偉丈夫がこちらも地味な平服を着て待機していた。その背中には革の大きな背嚢。腰に豪奢な装飾の長剣を佩いているあたり、身分を隠すつもりがあるのかないのか分からない。

やあやあ、こんばんは二人とも。三日ぶりになるかな

ケイたちと同様、カンテラを片手に、にこにこと愛想の良いヴァルグレン。

どうも、こんばんは。お待たせしてしまっただろうか

あからさまに不機嫌そうな偉丈夫に、戦々恐々としながらケイが問うと、 いやいや と気負わずヴァルグレンは首を振った。

今来たところだ。さあ、行こうか

カンテラを掲げながら、ヴァルグレンが先頭を切って歩き出す。

……ところでヴァルグレン氏、今晩はどこに行かれるおつもりなのか?

なに、市庁の建物を借りようと思ってね。あれなら背が高いし、周りに邪魔な建物がないから、天体観測にはうってつけだろう? カジミール、用意は出来ているな?

はっ、先方には連絡済で、鍵も確保しております、閣下

じゃら、と胸ポケットから鍵束を取り出し、『カジミール』と呼ばれた偉丈夫がキリッと答える。

だから、『閣下』はやめろと言ったろうに

はっ、申し訳ございません

カジミールが頭を下げる横で、アイリーンがケイの方を向いて白目を剥いてみせた。ケイも渋い顔で頷き返す。

…………

しばらく、会話もないままに歩いていると、赤レンガ造りの市庁が見えてくる。窓からは明かりが漏れておらず、人の気配はなかった。

今夜は、人払いしておりますゆえ

先んじてカジミールが入り口の扉を開け、ヴァルグレンのために扉を開ける。

さてさて、ここは三階建てか。階段が堪えるねえ

何なら、肩をお貸ししようか、閣下

ははっ、からかわないでくれ給えよケイ君

ケイが思い切って軽口を叩いてみると、ヴァルグレンは苦笑していた。その後ろでカジミールが怖い顔をしていたが。

市庁の屋上に出ると、夜の一般市街が一望できた。ところどころに明かりは見えるが、天体観測の邪魔になるほどではない。

さて、ではカジミール、頼む

はっ

床に背嚢を置いたカジミールが、中から木の箱を取り出した。何かと覗いてみれば、

ほう、望遠鏡か

金箔やら宝石やらで飾り付けられた、豪奢な天体望遠鏡。もっとシンプルなものはなかったのかといいたいところだが、実用に耐えるなら問題ないだろう。

私はそれほど目が良くないからね

笑うヴァルグレンの横で、カジミールが箱から三脚などの部品を出して並べ、組み立てようとしている。が、

むむ。これは、……この部品がここで、……むむ

まるでチェスの難しい局面に挑むかのように、厳しい顔つきのカジミール。ヴァルグレンは何も言わずに微笑みながら見守っていたが、不気味な沈黙が続くうち、カジミールの額にだらだらと汗が浮かんでいく。

……この部品が、これじゃね?

見かねたアイリーンが、口を出した。

……むむ。そのようだな

で、これが、こっちじゃん?

……うむ

それで、こっちがこう繋がって、こうか

…………

着々と組み立てられていく望遠鏡を前に、黙りこくるカジミール。ケイとヴァルグレンは顔を見合わせて苦笑した。

―と。

ケイは、ヴァルグレンの手にしたカンテラに、ふと目を留めた。

炎の明かりにしては揺らぎもせず、光が安定しすぎている気がする。

そしてケイはその白い光の中に、背中に羽を生やした小人の姿を幻視した。

……ヴァルグレン氏、それは、精霊か?

思わず尋ねたケイに、 ほう と意外そうな顔をしたヴァルグレンは、

分かるのかね?

まさかとは思うが、“白光の妖精”ではないか

……これは驚いた。よく知っているね

ヴァルグレンがカンテラの蓋を開け、 ―Thorborg と呟くと、光の塊がひらひらと舞い出てくる。

いや……俺も、実際に見るのは初めてだ

すげえ、超レアなのに……

ケイもアイリーンも、興奮した面持ちで、ヴァルグレンの肩に座る光の小人に見入っていた。

“白光の妖精”とは、“妖精”という呼び名を冠された下位精霊の一種だ。“妖精”たちは気分次第で何処にでも顕現し、甘いお菓子さえ持っていればその場で契約可能、かつ使役に要求される触媒も草花や砂糖、水晶などありふれたものばかりで、ゲーム内では力が弱いがお手軽な契約精霊として知られていた。

が、その中でも”白光の妖精”だけは別格だ。他の妖精が眠りや幻惑を司るのに対し、この精霊はいわゆる突然変異的な存在で、『清浄なる癒しの光』を司っている。

少なくとも DEMONDAL では数少ない、即効性のある癒しの魔術が使える稀有な精霊であり、かつ照明の魔道具の作成にも欠かせない存在であった。そのレアリティの高さと有用性から、白光の妖精と契約に成功した者にはあらゆる傭兵団(クラン)から声がかかり、リアルマネーでの買収すら持ちかけられたという話も聞く。廃人と名高いケイも、ゲーム内では直接お目にかかったことがないほどの希少な存在だ。

……ひょっとすると、図書館の照明の多くは、ヴァルグレン氏の手によるものなのだろうか?

妖精を従えている時点で、ヴァルグレンが魔術師であるのは間違いない。

いや、あれは私の前任者だね。私はメンテナンスをやっているだけだよ。……それにしても驚かされるな、ケイ君、君は魔術にも詳しいのかね?

ヴァルグレンの問いかけに、ケイは曖昧に頷いた。

このとき、おそらくケイは、少し気が緩んでいたのだろう。

ああ……俺も、風の精霊と契約している

正直に、答えてしまった。

このときは、まさかこの言葉が、あのような事態を引き起こすことになろうとは―

……何?

ヴァルグレンの顔色が変わる。

か、風の精霊というと、元素を司る大精霊のはずだが……

動揺するヴァルグレンに、自分の発言の迂闊さに気付く。しかし、今更否定するわけにもいかず、ケイは ま、まあ…… と呟きながら目を逸らすことしか出来なかった。

そのまましばらく呆然としていたヴァルグレンだが、終いには難しい顔で眉間を押さえて唸り始める。

閣下……この者は、ただ閣下を担ごうとしているだけなのでは……

望遠鏡のそばで手持ち無沙汰にしていたカジミールが、遠慮がちに声をかけた。ヴァルグレンはじろりとそちらを見やり、

だから、閣下はやめろというに。……まあ、おそらく本当であろうよ

そのじろりとした視線が、今度はケイに移る。

……初めて会ったときから、君は……いや、君(・)た(・)ち(・)は、年の割りに妙に魔力が強いと思っていたのだよ

今度はアイリーンの目が泳ぎだす。ケイは声には出さなかったが、自分たちの魔力が魔道具もなしに看破されていたことに驚いた。

もしや君たちの『故郷』では、精霊とは一般的な存在なのか?

いや、そういうわけではない……俺たちは、どちらかというと、例外だ

ふむ……なるほどね……

しばし不気味に沈黙するヴァルグレンに、ケイもアイリーンも戦々恐々としていたが、やがて疲れた様子で老人は溜息をついた。

……まあ、納得は出来る。あれかね、ケイ君、君の放つ矢がことごとく的を捉えていたのは、そういうこともあったのかね?

……というと?

なに、君は風の精霊の加護を受けているではないか

場を和ませるように、おどけたようにヴァルグレンが小首を傾げるが―自分の弓の腕ではなく、全てが精霊のお陰と思われているのにムッとしたケイは、

それは違う。俺の契約精霊は器が小さいからな、供物を捧げないと何もしてくれないケチ臭いヤツだ

その瞬間―空気が、ぞわりと異様な雰囲気を孕んだ。

何事か、と全員が思わず空を見上げると同時。

ゴオオッ、と凄まじい音を立てて突風が吹きつけた。

うおおっ?!

なんだッ!?

閣下っ!

ケイは突風にやられてすっ転び、アイリーンが床に伏せ、カジミールがヴァルグレンに駆け寄る。

しかしそれも一瞬のこと。それ以上に何かリアクションを取る暇もなく、まるで嘘のようにぱたりと風はやんだ。あとには呆気に取られる三人と、転んだ際に後頭部を打って悶絶するケイだけが残される。

ぐうぅぉおぉ畜生シーヴのヤツ……!

だ、大丈夫かケイ……

歩み寄ったアイリーンが、ケイを助け起こす。

くっ、クソっ、がめついのは本当だろ! いつもいつもエメラルドみたいな高級な宝石しか受け付けない癖に、魔力も限界ギリギリまで吸い上げやがって……ッ!

……ってか、英語に反応できるなら、精霊語(エスペラント)いらねえじゃん……

空に向かって文句を言うケイ、その頭を撫でながら釈然としない表情のアイリーン。

……いや、すまない、取り乱した。ヴァルグレン氏は大丈夫だったか?

立ち上がって、痛みを振り払うようにこめかみを揉み解していたが、答えがない。

ヴァルグレン氏? どうかし……たの、か……

ヴァルグレンの方を見やったケイは、―固まった。

一瞬、そこに誰がいるのか分からなかった。

すぐに、その顔を見て、それがまぎれもなくヴァルグレンであることには気付く。しかし―先ほどまでのヴァルグレンとは、決(・)定(・)的(・)に(・)、異(・)な(・)る(・)点(・)が(・)あ(・)る(・)。

何もない。

そこには、何もなかったのだ。

ボ……ボルドマン(はげてる)

アイリーンが、慄(おのの)いたように呟いた。

ヴァルグレンは、ハゲていた。

トレードマークの、不自然なまでに美しかった銀色のマッシュルームヘアが、綺麗さっぱり消失していた。

…………

目を見開いて、頭に手を伸ばした形のまま、硬直するヴァルグレン。

白光の妖精が、キャッキャッと無邪気に笑いながら、その頭頂部に腰を下ろした。

輝く。輝いている。

そう、それはまさに光の精霊―

…………

ケイとアイリーンには、空気が、異様な緊張感を孕んでいるように感じられた。

……閣下、

その場で、臣下の礼を取ったカジミールが、

私は、閣下の御髪(みぐし)を探して参ります

くるりと背を向けて、屋上から退散していった。

逃げられた、と気付いたのは、数瞬遅れてからのことであった。

……ケイ君、

ヴァルグレンが再起動を果たし、何事もなかったかのように、穏やかに微笑む。

……星を、見ようか

あ……、あっ、はい

ケイも我に返り、コクコクと頷いた。アイリーンは妖精に照らされた頭部を見ないように、全力で夜空を見上げている。慌てて床に転がっていた望遠鏡一式を取りにいくケイであったが、今度は あぁ!? と絶望の声を上げる。

突風に吹かれて屋上に倒れていた望遠鏡は、レンズが粉々に割れていた。

しかも、表面の繊細な装飾が、床のレンガに擦れて傷だらけだった。

…………

その日は、それで解散となった。

ちなみに、カツラは見つからなかったらしい。

†††

別れ際に 追って沙汰をする と言っていたヴァルグレンだが、その言葉通り、後日宿に使者のカジミールが現れた。

曰く、 出来れば日を改めて占星術を教えて貰いたいが、最近は時間がなく、いつになるか分からない。先に”魔の森”に行くならば、それはそれで構わない とのことだった。

その場でどうするか決めろ、とカジミールに言われたので、ケイたちは一も二もなく返答した。

数日後、荷物をまとめ、コーンウェル商会のホランドや図書館のアリッサ嬢など関係者に挨拶して回ったケイたちは、逃げるようにウルヴァーンから旅立った。

目指すは北の大地、“魔の森”。

ケイたちがこの世界に転移してから、2ヵ月半が過ぎようとしていた。

ほのぼのパートおわり

幕間. PlayerKiller

“リレイル地方”西部―とある木立。

草原に面した森の入り口に、穏やかな午後の日差しが降り注ぐ。

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