では、それを前提にした上でどうするか……さっきもバーナードに話したけど、『こちら』にも人は暮らしてる、と思う。というかそう信じたい。まずは人里を探して、最低限の身の回りのものを揃えるべきだと思うんだけど……

この格好じゃ、おちおち野営もできないものね

願わくば、ここが”竜人”やら”豹人”のエリアじゃありませんように……

バーナード(アイツ)はどうするの?

もちろん置いて行く

コウは即答した。

……このまま放っておいて、僕たちだけで去ろう

……そうね

二人ともが、神妙な顔で頷く。

―本当は。

このままバーナードを、ここに放置してよいのか、という想いはある。

仮にこの世界にも、ゲームと同じように住人が居たとして―バーナードという男が、何らかの災いをもたらすことは、火を見るよりも明らかであった。

だが―だからといって、バーナードに手を下すとか、そういったことは考えたくなかった。二人とも同じことを懸念しつつも、そしてそれを互いに薄々察しながらも、口に出すことは、なかったのだ。

……はっきり言ってトラブルの種にしかならないだろうからね、こいつは。性格的にも……外見的にも

その言葉に、ハッとした様子で思わず頭頂部に手を伸ばすイリス。

こちらの住人が、『それ』にどういった反応を示すかはわからない。しばらくフードは下げておいた方がいいよ、イリス

……分かったわ

さて、ならば当座の目標は人里を見つける、ということで。……動こう

足元に転がしていた杖を拾い上げ、やおら立ち上がる。

極力ここから……バーナードから離れよう。コイツが何をトチ狂ったかしらないが、自分の馬を殴り殺してくれたのは良かった

……なんで、殺したのかしら

さあてね。狂人の考えることは分からんよ

そんなに肉が食いたかったのかね、とただ疲れたように呟いた。

ぶるる、と鼻を鳴らし、早くこの場から去りたそうにしている、灰色の馬に跨る。

イリス、警戒は任せていいかい

ええ。アタシは、『こっち』でも夜目が効くみたい

颯爽と黒馬に跨るイリスの両の瞳が、月明かりの下で爛々と輝いて見えた。

―その代わりコウは、何かあったら魔術でお願いね?

“氷”の方は兎も角、“妖精”の方は魔力も触媒も余裕がある。任せてくれ

腰のポーチをぽんぽんと叩きながら、にやりと笑ってみせるコウ。

果たして二騎は、月下を静かに走り出す。

…………

揺れる馬上、真っ直ぐに前を見ながら、コウは表情を曇らせた。

正直なところ―バーナードを置いていくことに、罪悪感が欠片もない、といえば、やはりそれは嘘になる。

だから、コウは振り返った。

振り返って、ひとり眠る、仮初の友人を見やった。

…Good bye, Barnard…

その呟きは、ある種の手向けか―

二人の姿が、夜の闇の向こうへと消える。

ただ―

焚き火のそば、何も知らずに眠る、

異形の男を、ひとり残して。

36. Dilan’niren

お久しぶりです。北の大地編、始まります。

ダガガッダガガッと硬質な蹄の音が響き渡る。

アクランド連合公国北部。アリア川に沿って、真っ直ぐに北へと伸びる街道。

敷き詰められた赤煉瓦の道を、風のように疾駆する騎馬の姿があった。

まずは一騎。褐色の毛並みが美しい、引き締まった体つきの駿馬だ。その背には革鎧と朱色の複合弓で武装した、精悍な戦士を乗せている。

そしてそれに続くもう一騎は、がっしりとした体格の黒馬。サーベルと丸盾を背負った黒装束の少女を乗せ、同時に寝具や革袋などの物資も運んでいる。

言うまでもない―ケイとアイリーンだ。

ケーイ! オレたち、もうかなり進んできたかなー?

視界の果て、街路樹の隙間から覗く雄大な山脈。金髪のポニーテールを風になびかせながら、アイリーンが馬上で声を弾ませる。

頂が雪で覆われている山々は、北の大地と公国を隔てる自然の障壁であり、アリア川の水源でもあるらしい。随分と上流まで遡ってきたからであろう、ウルヴァーンにいた頃に比べれば川幅は格段に狭くなり、流れも速くなっている。

だいぶ山が近づいてきたな。少し休もうか?

いいな! ちょうど小腹が空いてたんだ

ケイが答えると、待ってましたとばかりにニカッと笑うアイリーン。二人はそのまま川のほとりに陣取って、しばしの休息を取ることにした。

ウルヴァーンを発ってから二日。

ケイとアイリーンは、宿場や小さな村を経由しながら、北の大地を目指してブラーチヤ街道を北上していた。

川にせり出すように枝葉を広げる木の下で、下馬したケイたちはホッと一息つく。早朝に宿場を出立してこの方、三時間ほど騎乗の人となっていた。久々の長旅ということもあって太股や腰の肉が痛む。

とはいえ、ただ乗っていただけの二人よりも、実際に走っていたサスケとスズカの方が余程疲れているに違いない。

ご苦労さん。今これ外してやるからなー

アイリーンがスズカの首をわしゃわしゃと撫でつけ、鞍に括り付けていた荷物を手際よく外していく。

サスケの機動力を確保するため、旅具の運搬はスズカの担当となっていた。元は草原の民の馬であるスズカは、最高速度こそサスケに劣るものの、がっしりとした体格からか加重に強く、長距離を走るスタミナも持ち合わせている。

毎日アイリーンがブラッシングをしたり野菜を食べさせたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いていたこともあって、今ではすっかり懐いていた。べろべろと顔や首筋を舐められて、アイリーンがくすぐったそうに笑っている。

地面に革のシートを敷きながら、微笑ましげにそれを見守っていたケイであったが―ふと視線を感じて横を見ると、 ぼくもやろうか? とでも言わんばかりに、サスケが目をぱちくりさせていた。

……いや、いいよ

苦笑して手綱と轡を外してやると、 そう? と小首を傾げたサスケは、ぺろりとケイの頬をひと舐めしてから、足元の草を食み始めた。

さて、と……

地面に下ろした山のような荷物を前に、腰に手を当てて、ぼう、と立ち尽くすアイリーン。そしてふと気付いたかのようにケイの方を向く。

どうせなら、オレたちも早目の昼飯にしちゃう?

……そうだな、そうしようか

朝のうちに距離を稼いだので、今日はこれ以上急ぐ必要もないだろう。仲良く草を食むサスケとスズカを尻目に、ケイたちもいそいそと昼餉の用意に取り掛かった。

アイリーンが荷物から木製の食器や手鍋、旅用の木炭などを取り出していく。ケイは川原で手ごろな石を拾い、簡易的なカマドを組んで火を起こす係だ。その辺に落ちていた枝なども賑やかしにしつつ、木炭に点火して手鍋でお湯を沸かす。

それじゃ粥でも作るとして……先にお茶淹れよっか

誰に言うでもなく呟き、アイリーンが荷袋から乾燥ハーブと茶漉しを引っ張り出した。二人旅という都合上、持ち運べる荷物には制限があり、鍋は一つしか持ってきていない。旅には不便がつき物なので文句は言えないが、正直なところ、ヤカンくらいは別に用意するべきだったかもしれない―とは、二人ともが考えていた。

任せるよ

生まれてこの方、食材の解体はしたことはあっても、肉を焼く以外に料理の経験がないケイはアイリーンに投げっぱなしだ。見ている限り、やってやれないことはないとは思うのだが、料理に関してはアイリーンが率先してやっている感があるので、それについ甘えてしまう。

ちなみに、代わりといっては何だが、後片付けや火の始末はケイが担当している。

……よし、俺は魚でも獲ってこよう

細い紐を矢尻に結いつけ、“竜鱗通し(ドラゴンスティンガー)“を手に、ケイは川のほうを示して見せた。

OK, 串は用意しておくぜ

ありがとう

火で軽く炙った小枝をナイフで削り始めるアイリーンを背に、ケイは弓に矢を番えながらきらめく川面を物色する。涼しげに泳ぐ魚たち―その中の大きめの一匹に目をつけ、水の抵抗を考慮した手加減なしの矢を放った。

派手な水飛沫が上がり、射抜かれた一匹を残して川魚たちが散っていく。場所を変えて同じ要領でさらに一匹仕留め、ついでに鱗やはらわたなどの下処理も済ませてしまう。

お茶淹れたよー!

今行くー

しゃばしゃばと手を洗ってから、エラに糸を通した魚を手にアイリーンの元へ。木陰に腰を下ろし、木のカップに注がれたハーブティーを渡されて一服。

ふぅ……

川のせせらぎや、チチチチ、と何処からか聞こえてくる鳥の声。昼前の太陽が眩しく、青々と咲き誇る草花も目に心地よい。

……いいなぁ、こういうのも

なー

木の幹に背を預け、和むケイ。隣り合ったアイリーンもすっかり寛ぎモードだ。

二人旅にも関わらず、これほどケイたちがのんびりしていられるのは、ここがまだ公国内であることが大きい。それも、比較的治安が安定しているクラウゼ公の直轄領だ。宿場ごとに警邏隊が常駐しており、街道沿いの森にも程よく人の手が入っているため凶暴な獣を警戒する必要もない。

ん~フフ~、ンッタッタ、ンッタッタ

謎な歌を口ずさみながら、再び煮立った鍋に雑穀を投入するアイリーン。ケイもカップを脇に置いて、アイリーンの用意した串を川魚に刺し、表面に塩をまぶしていく。そして焚き火の両脇の地面に突き刺し、あとはじっくりと火が通るのを待つだけだ。粥を食べ終わる頃には良い塩梅になるだろう。

よーし。お粥はどうする? 甘くする? それとも塩胡椒?

塩胡椒で

ケイって甘いお粥苦手だよな

苦手ってほどでもないんだが

日本の食生活の先入観からか、粥にレーズンが入っていたり、ジャムや砂糖で味付けされたりすると、どうにも違和感が拭えない。尤も、“粥”といっても砕いた麦や雑穀をお湯でふやかしたオートミールに近いもので、いわゆる日本の”お粥”とは全くの別物であると頭では理解しているのだが。

はい、これ

ありがとう

熱々の粥を木の器によそって貰い、丸っこい木のスプーンでいただく。栄養バランスも考慮して、コリコリとした食感の木の実や豆なども一緒に入れられていた。味付けはシンプルに塩のみ。超絶美味か、と問われると疑問な味だが、アイリーンと一緒に雄大な景色を眺めながら雰囲気を味わうのは悪くない。

―それに、これだけだと寂しいが、川魚の塩焼きもあるからな。

そんなことを考えながらスプーンを往復させていると、あっという間に食べ終わった。

ふぅ……

木の器を横に置いて、ぽんとお腹を叩いたアイリーンがコテンとその場で横になる。塩焼きの香りを楽しみながら、ケイは懐中時計を取り出して時間を確認した。

何時?

11時だった

あとどのくらいで着くかなぁ、ディランニレン

そうだな……

目を細めて、山脈を見やるケイ。あの山のふもとの峡谷に、当座の旅の目標、緩衝都市ディランニレンがある。

ディランニレンは公国と北の大地の中間に位置し、その名の通り緩衝地帯としても機能する大規模な都市だ。元々は公国が北の大地へ侵攻した際、橋頭堡として築いた砦だったらしい。現在は和平協定により、ウルヴァーンのクラウゼ公と北の大地の有力氏族との間で分割統治が為されている。

ディランニレンを除いては、あの険しい山脈を越えるほか、北の大地へ繋がるルートはなく、雪原の民・平原の民の双方にとって玄関口といえる交通の要所だ。

当初のケイたちの考えでは、ディランニレンに到着した後、魔の森を目指して山脈沿いに北東へと進むつもりであったが、“銀色キノコ”ことヴァルグレン=クレムラート氏のアドバイスにより、安全とされるブラーチヤ街道をさらに北進し、商業都市ベルヤンスクに辿り着いてから東へのルートを取ることにしている。

まあ、夕方までには着くだろう

……そっか

揃って、まだ見ぬ都市ディランニレンの方角へ視線を向けるケイとアイリーン。

あの山脈の向こう側に、北の大地が広がっている―

…………

パチッ、パチッと炭火が控えめに弾け、魚の塩焼きがシューシューと湯気を立てる。

先ほどまでとは、少し質の違う沈黙がその場を支配した。ケイも、アイリーンも、二人ともが北の大地へ、それぞれの想いを馳せていた。

行き着く先に何が待っているのかは、はっきりとは分からない。

ただ、何かしらの答えが出るであろうという、確信はあった。

……そろそろいいかな

静かすぎる空気を誤魔化すかのように、ケイは塩焼きに手を伸ばす。匂いは香ばしく、程よく火も通っているようだ。

あ、オレも食ーべよっと

起き上がったアイリーンも塩焼きを手に取り、ケイより先にかぶりつく。

ん! 美味い

それはよかった

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