かじりついてみれば、カリッとした皮の下に引き締まった白身の肉があり、ダイレクトな塩味にうっすらと旨みが染み渡る。泥臭さの全く感じられない、淡白な味わいだった。

この魚は美味いな、名前が分からないが

なー

今回の旅で二度三度と世話になっているが、いまだに名称が分からない。胴体に白い斑点がある辺り、イワナに似ているような気もするが、それにしても英語で何と呼ぶのかは分からなかった。

この世界に来てから2ヶ月以上が過ぎていたが、結局のところは、ケイたちはまだ”異邦人(エトランジェ)“に過ぎなかった。

次の機会、現地人に名前きいてみようぜ

うむ、そうしよう

アイリーンの提案に、何気ない顔で頷きながら、果たして次の機会なんてあるのだろうか、などと考えつつ。

しかしそれを口に出すことはなく、ケイは黙って塩焼きを平らげた。

その後、しばらくのんびりとしてから、ケイたちは再び出発した。

サスケや、特にスズカの負担にならないよう、速度をセーブした駆足で進む。それほど急がずとも、ディランニレンはすぐ傍まで迫っていた。段々と近づいてくる山脈の威容を鑑みて、日が陰る前には着くだろうとケイは予想を上方修正する。

また、北に進むにつれ、脚に手紙や小さな筒を括り付けた伝書鴉(ホーミングクロウ)を引っ切り無しに見かけるようになった。ウルヴァーンの周辺でもよく見かけていたが、ここ一帯は特にその数が多い。交通と商業の要所だけあって、通信の需要が高いのか。

ちなみに伝書鴉とは使い魔の一種で、“告死鳥(プラーグ)“と呼ばれる精霊と契約した魔術師に使役される存在だ。告死鳥は DEMONDAL のゲーム内で”妖精”の次にメジャーな精霊で、精霊としては珍しく、現界に肉体をもって顕現している。その見た目は鴉に酷似しており、少なくともぱっと見では区別することができない。

誰とも契約していない状態の告死鳥を殺害することが契約の条件であり、黒い羽を持つ鳥の使役・使い魔への憑依・告死鳥そのものへの変身など、非常に汎用性の高い術の行使を可能とする反面、契約の解除ができず、契約者に半永久的な状態異常(デバフ)―身体能力低下の呪いを付与することで知られている。

どれだけ手間隙かけて育成したキャラクターでも、告死鳥を殺した瞬間に弱化してしまうので、特にケイのような弓使いや狩人は、黒い羽の鳥には決して手を出さないのが常であった。

少なくともゲーム内では、告死鳥の契約は契約者を蝕む死の呪いである、という設定がなされていたのだが、この世界の告死鳥の魔術師たちはそれを承知の上で契約に及んだのだろうか。それとも、あるいは―

そんなことをつらつらと考えているうちにも、周囲の風景は変わっていく。川幅はいよいよ狭くなり、土壌も湿っぽい黒色のものから乾燥した褐色のものになっていった。

そして―

大きな丘を越えた先の風景に、ケイは思わずサスケの足を止める。

……あれが、ディランニレンか

ケイに追いついたアイリーンもまた、手綱を引いて隣に並んだ。

……まるでデカい壁だな

ぽつりとアイリーンのもらした呟きは、まさに、その都市を形容していた。

山と山との境目、深い峡谷に、張り付くようにして広がる灰色の街並み。それは、公国の建築様式が色濃く反映された石造りのものと、丸屋根や曲線を多用する木造建築とが入り乱れた、ある種の混沌であった。

どっしりとした年季の入った石壁が、新たなる来訪者を拒絶するかのように、冷え冷えと傷だらけの表層を晒している。がっしりと隙間無く組まれた石組み―数箇所に設けられた巨大な門を除いて、蟻の子一匹通さないような構えだ。まさに街そのものが、一つの大きな関所として、“防壁”として機能するように設計されている。

扉とは、むしろ閉ざされるためにこそ存在しているのだと。

その事実を、ディランニレンの有り様は端的に、そして厳然と告げていた。

…………

だが、この灰色の街が、北の大地への入り口であることもまた、事実だ。

……避けては通れないからな

馬上で腕組みをして、渋い顔のアイリーン。その表情を見て、彼女もまた同様に、何か気の進まぬものを感じているのだろうとケイは理解する。

まあ、折角玄関まで来たんだ、ノックくらいはしようじゃないか

……そうだな。行くか

ケイの言葉に肩をすくめて、アイリーンがぽんとスズカの腹を蹴る。

果たして、丘を駆け下った二人は、異民族のせめぎ合う街、灰色の都市の扉を叩く。

それこそが、北の大地の旅路への―真なる幕開けであった。

長くなりそうだったのでキリのいいところで投稿。今回はちょっと短めです。

緩衝都市ディランニレンのイメージです。

37. 迂回

ディランニレンの城門には、他の街と同様に、武装した門番たちが控えていた。

頑強さを重視した無骨な短槍に、動きを阻害しない板金仕込みの革鎧。篭手や脛当て、兜などはデザインが統一されておらず、各々が使いやすいように細かく調整されている。

見栄えや統一感を前面に押し出していた、ウルヴァーンやサティナの衛兵と対照的に、華やかさの欠片もない集団だ。また、門番自身も、いかにも傭兵上がりな柄の悪い男たちばかりで、頬に傷があったり片目が潰れていたりと、強面な者が勢ぞろいしている。その勤務態度はお世辞にも良いとは言えず、やる気なく壁に寄りかかる者、詰め所で酒を呷る者、パイプをふかしている者など、まるでごろつきのような有り様だった。

お揃いで身につけている赤白のたすきと、城門の上にはためく赤と白の旗がなければ、そもそも彼らが門番だと認識すら出来なかったかも知れない。

サティナの麻薬取締りのような厳しい手荷物検査はなかったが、時折『怪しい』―と門番たちが考える―通行人が止められ、やれ荷物を見せろだの身分証を出せだの、あれこれ難癖をつけられていた。

そして当然のように、ケイも止められた。

アイリーンはスルーで何故自分だけ、と考えるとケイも憮然とせざるを得なかったが、ウルヴァーンの名誉市民の身分証を提示すると、難癖をつけてきた門番は塩を撒いたナメクジのように大人しくなった。お陰で何事もなく解放されたが、身分証がなければ城門を通過できなかった可能性もある。

大会に出た甲斐もあるってもんだ

ホントだよ。何だかんだで、市民権取れてよかったぜ! 身分証見せたときの門番の顔ったらなぁ!

バシバシとケイの背中を叩きながら、快活に笑い飛ばすアイリーン。ケイを励ますような、気遣うような明るさの裏に、隠しきれない門番への憤りが滲む。それをおどけた風に誤魔化そうとするあたり、アイリーンらしいとケイは思う。

まったくだよ、権力様様さ

苦笑しながら、ケイもまた小さく肩をすくめてみせた。街中は乗馬が禁じられているので、サスケの手綱を引きながらてくてくと歩いていく。

雑多な街。

ディランニレンの、端的な印象はそれだ。

石造りの公国風の家と、曲線を多用した北の大地特有の木造建築とが、無秩序に入り乱れている。直方体の石造りの建物をベースに、強引に木材で雪原の民風に改装したものも散見された。

看板の多くにはアルファベットとキリル文字が併記されており、大通りを歩くだけで、其処彼処からロシア語の会話が聞こえてくる。平原の民と雪原の民がロシア語で親しげに談笑する姿などは、公国広しといえどもこの街でしかお目にかかれないだろう。

(……しかし、妙な感じだな)

固い面持ちで、右へ左へとケイは視線を彷徨わせる。

―落ち着かない。

ぴりぴりと、背筋が痺れるような。

あまりにも刺々しい、そして露骨な敵意があった。

ただ道を歩いているだけで、通行人が自然とケイを避ける。大通りには人が溢れているにもかかわらず、ケイの周囲だけぽっかりと穴が空いていた。商品を陳列する店主はケイの姿を認めて顔をしかめ、井戸端会議をしていた女たちも、示し合わせたかのようにぴたりと話を止める。

雪原の民も平原の民も、関係なく。

誰も彼もが、じっとりとした目を向けてきていた。

…………

ウルヴァーンに住み始めた頃も最初はアウェー感があったが―流石にこれは異常だ。ここまで来ると、不快を通り越していっそ不可解ですらあった。

なんか、ヘンな感じだな

いつの間にか隣に来ていたアイリーンが、ボソリと呟く。 ああ と曖昧に、どうしたものか測りかねたように、ケイは頷いた。

戦時下の街、と言われても納得してしまいそうな空気だ。しかし、ま(・)だ(・)特筆するような騒ぎも起こしていないというのに、ここまで敵視される理由が分からない。

……取り敢えず宿を探そうか

ここに泊まんのか?

いまだ天頂でさんさんと輝く太陽を見上げ、嫌そうな声を上げるアイリーン。言わんとするところを察したケイは、しかし渋い顔で顎を撫でた。

そりゃあ俺だって、この街が大好きってワケじゃないが。現地調査も無しに噂に名高い『北の大地』に踏み込むのは、性急すぎるんじゃないか?

……うーん

さもありなん、とばかりにアイリーンも難しい顔になった。しばし、二人して往来のど真ん中で顔を見合わせていたが、 邪魔なんだよ! という通行人の悪態に我に返り、再び歩み始める。

……オチオチ考え事も出来ないな

やっぱり宿探す? ……オ(・)レ(・)が

頼めるか?

任せろ

ニッと笑ったアイリーンが、ケイにスズカの手綱を預け、するりと人ごみへ踏み込んでいく。揺れる金髪のポニーテール―歩調を僅かに緩めたケイは、泳ぐようにして人の波をかき分けて行く少女を静かに見守った。

人懐っこい笑みを浮かべたアイリーンは、住民たちへ積極的に声をかけていく。ロシア語を生かして、主に雪原の民に道を尋ねて回っているようだ。話しかけられた者の中でも特に若い男などは、にへらとだらしなく相好を崩し、アイリーンの質問に前のめりになって答えていた。

何人かはそのままナンパモードへと突入していたが、アイリーンが何か言いながら後方のケイを示すと、途端に表情を変えるのが見ていて面白い。愕然とする者、ふてくされたようにそっぽを向く者、ため息をついて興味を失くす者、その反応は様々だ。相手を刺激しないよう、ケイはそれとなく視線を外していたが。

それから十分ほどゆっくりと歩き、市の中心部に辿り着いた辺りで、アイリーンが情報収集から戻ってきた。

……どうかしたのか?

うーん……まあな。色々わかったぜ

が、その顔色は冴えない。力なく答えたアイリーンは、周囲の人の目を気にしながら、

……ここだとちょっと話しにくい。街の外に出よう

外に?

ぴくりとケイの眉が跳ねる。しかしそれ以上の説明は求めなった。アイリーンがそう言うからにはそれ相応の理由があるのだろう。黙ってスズカの手綱を返す。

そのまま来た道を引き返し、南門から街の外へ出る。

身分証の件で顔を憶えていたのか、とんぼ返りしてきたケイたちを怪訝そうに見る門番をよそに、そそくさと城門から離れていく。

初め、余所者を拒絶するかのように見えた石壁は、振り返ってみても相変わらず無表情のままだった。口をつぐんで物思いに沈むアイリーンに、一体何が起こったのか、と胸中の不安を渦巻かせながら黙々と歩く。

やがて、道を下り、人気のない木立まで辿り着いたところで、アイリーンは肩の力を抜き溜息をついた。

はぁ~……。まったく、聞いてた話と違うぜ

いったい何がどうしたってんだ

どすんと原っぱに座り込み、ケイは問う。 どうもこうもねーよ とボヤきながら、対面の木の切り株にアイリーンが腰を下ろした。膝に頬杖をついた姿からは、どこか不貞腐れたような空気が漂っている。

一呼吸置いて、アイリーンは切り出した。

―結論から言うと、街道の西側で草原の民が暴れてるらしい

は? 草原の民?

予想だにしていなかった情報に、目を瞬くケイ。

……なんで北の大地に、草原の民が?

さあ。理由は分からねーけど。一ヶ月くらい前から出没するようになった馬賊が、街道より西側で暴れまわってるんだと。旅人やら行商人やらが襲われて、周辺の物流が滞ってるとか何とか……集落がいくつも焼かれて女子供も容赦なく殺されてるって話だ。こりゃ相当恨み買ってるぜ

……なんてこった

頭痛を堪えるように、ケイは額を押さえた。

皆が俺(・)に(・)対(・)し(・)て(・)やたらと殺気立ってたのは、そういうワケか

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