恥ずかしげに胸を庇うザナに、Olはそう言い返した。
ラーちゃん、どうしたの?大丈夫?お腹痛くなっちゃった?
し、痴れ者がぁ!見るでない!
マリーが膝を抱いて蹲るラーメスに声をかけると、彼女は顔を真っ赤にして怒鳴る。ただでさえ薄くラインの出る衣装がぴったりと張り付いて、いっそ裸よりも艶めかしい。
見るなと言っておろうが!
放たれた火炎を手で受け止めて、Olは部屋の中心に据える。
ちょうど良い。氷で冷えるからな、これで暖を取りつつ着替えろ
言って、Olは背負っていた革袋から着替えを取り出した。
なんでこれ濡れてないの?
着替えを受け取りつつ、マリーは素朴な疑問を口にする。革の袋と言っても口は紐で縛るだけのもので、浸水を防げるようには見えない。
この袋は俺のダンジョンに繋がっている。必要な物資があれば用意させる
はぁい
袋の中を覗いてみれば、その向こうからリルが手を振りながらウィンクしていた。
便利ね、境界の神の力
ぼやくように言いつつも着替えを受け取り、服を脱ごうと上着に手をかけたところで、ザナはぴたりと動きを止める。
あっち向いててよ
言ったであろうが
恥ずかしげに言う彼女に、Olは傲然と宣言した。
見たければ堂々と見ると
このエロジジイ!
減るものでもあるまい。それに、今まで散々見ているであろうが
うるさい!それとこれとは別!むこう向けー!
呆れたように言うOlにザナは何度も蹴りを放つが、ことごとくかわされる。なんでこんなに機敏なのよこの爺は、と内心毒づいていると、不意にマリーが言った。
っていうか、ラーちゃんはいいの?
完全に忘れていた。ここしばらくやけに大人しい上に、濡れ姿を恥ずかしがる様があまりに女らしかったため、ザナですらラーメスが元男であることを失念していた。
良いわけあるか!
当のラーメスはあいも変わらずしゃがみ込みながら叫ぶ。
天幕を寄越せ、さもなくば衝立だ!
えっ、そっちなんだ。とザナとイェルダーヴは顔を見合わせた。
そんな暇はないようだ。さっさと着替えろ!
御館様、着替え完了した
そんなやり取りの間にさっさと着替えていたホスセリが二刀を構える。
その瞳が見据える通路の先から、敵が迫ってきていた。
第20話一歩踏み入れば即死するダンジョンに挑みましょう-2
ふっ!
ホスセリの一呼吸で、小鬼が三体、真っ二つに切り落とされる。左右の短刀と刃物のように鋭利な回し蹴り。まるで踊るように滑らかな、見事な連携だった。
なに?森のダンジョンに棲んでた小鬼が迷い込んできたの?
そんなわけがあるまい。太陽神の遣わした尖兵だ。直接殺せぬと見て送ってきたのであろう
あるいはそれは、ダンジョンの防衛本能とでも言うべきものかも知れなかった。ダンジョンを訪れた異物に対してまず真っ先に反応するのは、Olの魔窟でもまずはこういった小物たちだ。
御館様、キリがない
次々と襲い来る小鬼を切り捨てながら、ホスセリは呟く。
進むぞ!さっさと着替えろ!
Olは未だもたもたと着替えをしているラーメスたちに叫んだ。
だ、だが余は
ああもう、これでいいでしょっ!
うじうじと恥ずかしそうにしているラーメスに業を煮やし、ザナは氷術で彼女の周りに壁を作る。
すまぬ。恩に着る
わざと屈折させて透明度を下げた白い氷の壁の向こうからそんな声が聞こえてきて。
あいつが、礼を言った?
ザナは思わず、己の耳を疑った。
着替え終わったな。道を作るぞ
言って、Olは呪印を通じて同時に干渉する。ラーメスの放出した炎の霊力をマリーの持つ冷性剣で変換。ザナへと流して氷の通路を作り出し、その権限をイェルダーヴに譲渡。彼女の霊力で維持する。
ラーメスの無尽蔵の出力。マリーの応用力。ザナの速射性。イェルダーヴの持続力。
その全てを、Olの精微極まる魔力操作で引き出し、混合した結果であった。この方法であれば、広大なダンジョンを端からOlのものに塗り替えていける。
そして道を進む際の露払いは、その大半をホスセリが担う。いくら手練れの忍びといっても、連戦が続けば細かな傷は免れない。小さな傷でも重なれば致命傷となる。しかし彼女に限ってはその心配は無用であった。
ククルにその身体を明け渡した後遺症か、傷の治りが異常に早いのだ。ちょっとしたかすり傷程度であれば、数歩歩いた程度の時間で治ってしまう。相手が小鬼程度の相手であれば、疲れすらなく幾らでも倒すことが出来た。
よし地上部に出るぞ!
あ、懐かしいね、ここ
マリーの剣がダンジョンの天井を切り開き、ザナの氷術が筒状の通路と螺旋階段を作り出す。それを登れば森のダンジョンの地上部分、木々の壁が生い茂る天然の迷宮だった。
かつてOlが初めてこの大陸を訪れた時、マリーとともにやってきて。
──そして、ソフィアと出会った場所だ。
とりあえず一息つけそうだな
階下への通路を氷で塞げば、間断なく続いていた小鬼たちの襲撃が途絶える。Olは簡易的な結界を張って、革袋からテーブルと人数分の椅子を取り出した。
ダンジョン探索には相応しくない内容で悪いが
そう言って出されたのは、リルが丹精込めて作り上げた出来たての料理だ。
そんな理由で文句言うのOlさまだけだよ
なおOlの言うダンジョン探索に相応しい食事の内容とは、硬く焼き締めたパンに干し肉、革袋のワインといったものである。
前々から思っていたのだが、いくら余が王の中の王と言っても、毎日毎日これほどの贅を凝らさなくてもよいのだぞ
仔牛のソテーを口に運びながら、ラーメスはぽつりと言った。それは肉とは思えぬ程に甘く、歯を立てずとも舌の上でほろりと解ける程に柔らかい。サハラ中の富を集めた首都でも、年に一度の大祭くらいでしか味わえぬ美味だ。
信じられないけどね、これ、普通の食事なのよ、こいつらの
すっかりその味に慣れてしまった舌で味わいながら、ザナ。無事故郷を救って戻れたとしても、ヒムロの国の粗食に自分は耐えられるだろうか、などと危惧を抱くほどであった。
流石に普通はいいすぎだよ。Olさまは王様だし、リルはとっても料理が上手だから
絶句するラーメスに、庶民の生活も知るマリーが補足する。
あの角と翼の生えた女かぜひとも余の料理番に加えたい腕だ
リルのことを話す時にあのおっぱいに言及しないなんて、ラーちゃん本当に女の子になっちゃったんだなあ、などと思いつつ、マリーは食事を平らげる。
さて、そろそろ我々が目指すところを話しておこうと思う。そのまま食べながらで良いから聞け
食事が一段落したところで、Olはそう口を開いた。
神からソフィアを救うこと、じゃないの?
うむ。その、具体的な手段についてだ
マリーの問いにOlが頷いた、その時。
突然、轟音とともに地面が揺れた。
何!?地震!?
いや、これは
ヤマトは地震の多い国ではあるが、その揺れ方は地震のそれとは明らかに異なっていた。テーブルの上の皿がガタガタと音を立て、ガラス製の器が落ちて割れる。
ああっ!余のジェラートが!
言っている場合か、来るぞ!
初めに見えたのは、巨大な触角。それに次いで真っ赤な頭が現れて、毒々しいオレンジ色の脚が幾本も木々の間からずるりと出てくる。
ヤタラズだ!
山をぐるりと八巻するのにやや足りぬ。そう呼ばれるほどの巨大なムカデが、Olたちを見下ろしていた。
問題ない。あれなら処理できる
とは言えかつてホスセリがさしたる苦もなく一度倒した相手だ。
彼女はとんと跳躍して身軽な動作で大ムカデの背に取り付くと、麻痺毒を塗った短刀を引き抜いた。それで一本目の脚と二本目の間の神経を麻痺させてしまえば、全て終わりだ。
一匹であれば。
突然、もう一匹の大ムカデが森の影から現れたかと思えば、ムカデの背に乗ったホスセリを跳ね飛ばす。不意を打ったその一撃をホスセリはかわしきれず、彼女は地面に叩き落された。
ホスセリ、無事か!?
ごめん、御館様。しくじった
ホスセリは上半身を起こしつつ、顔をしかめる。強力な毒を秘めた大顎の一撃はなんとかかわしたが、脚の先端を避けきれず太ももがざっくりと裂けていた。Olは手早く魔術で止血するが、完全治癒には程遠い。この身体でムカデの背に取り付くのは無理だろう。何より二匹いるのでは、先程のように跳ね飛ばされるだけだ。
あれ、奥さんかな
悠長なことを言っている場合か。仕方あるまい、援軍を呼ぶぞ
大ムカデを見上げて呟くマリーを叱責しつつ、Olは革袋の口を大きく開く。
ミオ!
Olがその名を呼べば、小麦色の髪を三編みにした素朴な娘が現れる。魔王軍最強の名をほしいままにする獣の魔王。牧場主のミオであった。
アレを手懐けられるか?
ご
大ムカデを指し示すOlに、ミオは蒼白になる。
ご、ご、ご、ごめんなさい、あれは無理ですううう!脚が脚が十本より多い虫だけはちょっと!
あるいは虫の類は操ることは出来ないのではないかとは思ったが、予想を上回るまさかの弱点であった。
逆に十本以下ならなんとかなるの?
アラクネさんとかならギリギリ
アラクネとは蜘蛛の下半身と人の上半身を持つ魔獣だ。蜘蛛で八本、人の腕が二本。確かにちょうど十本ではある。
くっ、しかしあのデカブツを二匹相手にするとなると
手懐けられない事は予想してはいたが、ミオ自身が戦力にもならないと言うのは想定外であった。他にあれを相手にできるとすれば、ユニスか、ウォルフか。しかしどちらも戦うには大量の理力を消費する、いわば切り札だ。
お任せあれ、主殿
逡巡するOlの手にした革袋から涼やかな声が響き、褐色の腕がぬっと突き出る。
友の窮地は我が窮地!助けに来たぞ、ミオ殿!
現れたのは黒アールヴの長、エレンであった。
しかしエレン。あれをどう倒す?
なにせあの大ムカデはユニスの剣すら弾く甲殻を持っている。いかに黒アールヴの剛弓と言えど分が悪い。矢足らず(ヤタラズ)の名は伊達ではないのだ。
テナとかいう娘に聞きました。何でもあれは人の唾液に弱いとか。主殿、失礼するぞ
言ってエレンはOlに突然口づけた。のみならず、舌を存分に絡めて濃厚なディープキスをかわし、ちゅぷちゅぷと唾液を交換する。
妖艶な吐息を漏らしながら銀の糸を伝わせると、彼女はその唾液を矢に吹きかけて弓を構えた。
大ムカデが突進してきた瞬間エレンは蔓草を木の枝に伸ばし、振り子のようにぐんと身体を揺らすと、そのまま高く飛び上がってそれをかわす。
そしてそのまま空中で身体を捻ると、立て続けに二発、矢を放った。
それは狙い違わず二匹の大ムカデの左目と右目とに突き刺さる。ムカデの巨躯からすれば、ほんの小さな傷。しかしそれは致命の傷であった。
矢の刺さった目の部分から大ムカデの身体は灰に染まり、動きが緩慢になっていく。そして数秒もすると、完全に石と化して停止した。
何をしたのだ?
大ムカデは唾液に弱いと言っただろう?
エレンは自信満々に答える。
ちょうどミオ殿から譲り受けたバジリスクの唾液を仕込んだ矢を持っていたのでな。使ってみた
バジリスクの唾液に弱くない生き物など、この世にいるかっ!
ミオだけが、流石エレンさん、すごいですと素直にパチパチ手を叩いていた。
第20話一歩踏み入れば即死するダンジョンに挑みましょう-3
日が落ちてきたな。今日はここで野営をするぞ
二匹の大ムカデを撃退し、更に進むことしばし。木々が夕焼けに赤く染まり始めたところで、Olはそう言って足を止めた。
野営まさか、寝るってこと!?この敵地のど真ん中で!?
そのまさかだ
ザナが叫ぶ間にもOlは袋からテーブルと椅子を取り出し、夕食の準備を進めていく。
ダンジョン内での野営など、俺の魔窟を攻略する冒険者共なら皆当たり前にやってることだ。驚くほどのものでもあるまい
あんたの加護が切れれば即死するダンジョンなのよ!?
別に俺が寝たところで境界が途切れるわけでも加護が失われるわけでもない。むしろ休息は必須であろうが
それはまあ、そうだけど
慣れぬダンジョン行で、ザナ達はヘトヘトに疲れていた。一歩でも足を踏み出せばすぐに死んでしまうような場所で、何度も襲撃を受けながら進んでいれば当然のことだ。
元気そうなのはOlと
イヴ、あんた大丈夫?
わ、わたしは、何もしていませんから
イェルダーヴだけだった。
相手は太陽神だ。日が沈んでいる間は大したことは出来まい