であればそれはいつでも消す事ができる、砂上の楼閣のようなものだ。

ザナを追いかけ奥へと進むうちに、Olは吐息が白く染まっていることに気づいた。走って体温が上がったからではない。周囲の気温自体が、下がっているのだ。

それどころか次第に辺りには白いものがちらつき始め、屋内だと言うのに風が吹いて氷雪が打ち付けてきた。

ザナ!いるのか!?

壁に描かれた紋様を追ってきているから、すれ違ったということはない。ザナは間違いなくこの先にいるはずだ。しかしいくら何でもこの吹雪で先に進んだとは思えず、Olは声を張り上げた。

しかし、返ってくるのは風の音ばかり。そもそもこの吹雪の中では聞こえたかどうかすら定かではない。

ふと思いつき、Olはザナの胸に描いた呪印に干渉して彼女の操作を試みる。この吹雪で頭を多少なりとも冷やしていればいいが、などと思いながら魔力を確かめると、予想以上に覿面に反応があった。

その繋がりを逆に辿って、Olは吹雪の中足を進める。そしていくらもしないうちに、立ち尽くす彼女の姿を見つけた。

正確には、無数の氷像に囲まれた彼女をだ。

Ol

Olの存在に気がついて、ザナは振り返る。その顔は虚ろで何の表情も浮かんでいなかったが、Olには泣いているように見えた。

あたし

話は後だ。壁を作れ

促しながら、Olはザナを操作し氷の壁を作り上げて自分たちを囲む。太陽神の干渉を防ぐ意味合いもあったが、それ以上に凍死するのを防ぐためだ。

ザナ。服を脱がすぞ

二人の衣服は雪にまみれてびっしょりと濡れている。このままでは凍え死ぬのは明白だ。Olは革袋から白い外套を取り出してザナをおおうと、彼女の衣服を脱がしにかかる。

Ol、あたし皆を、凍らせたわ

服を脱がされながらも心ここにあらずと言った様子で、ザナはぽつりとそういった。

ザナを囲んでいたあの氷像。それがヒムロの国民であることは、Olも予想していた。太陽神によって操られ、ザナを襲い、そして返り討ちにあったのだろう。

あたしは襲ってきた彼らが、皆だってわかってたわかっていながら、あたしは、彼らを凍らせたのよ!

Olはザナを操作して腕を上げさせ、袖をするりと抜いて濡れた服を革袋に押し込む。

何の躊躇いもなかった。あたしは彼らさえも、見捨てたの

Olの相槌が耳に入っているのかいないのか、ザナは両手で顔を覆う。

手をどけろ、邪魔だ

その手をぐいと押し下げると、Olは下着をザナから剥ぎ取った。

この下着、いくら何でもパッドが分厚すぎないか?

しかし無遠慮に投げかけられたその言葉に、氷の女王の我慢は限界を突破した。

あんたさっきから何なの!?人が悲しんでるんだからちょっとは慰めるとかしなさいよ!何勝手にブラ取ってんのよ!

お前がそんなタマか。悲劇のヒロインぶるのはやめろ。襲われたら反撃するに決まっておるだろうが

Olの指摘に、ザナはぐっと口を引き結ぶ。

むしろ、操られ主君を襲うあやつらの方が悪い。そう考える奴だ、お前は

そうよ。そう思うわよ。あたしは結局、何一つ大事に出来ない。何一つ愛せない。だって

ザナは痛みを堪えるような表情で、言った。

結局あたしの事を本当に愛している人なんて、誰もいないんだもの

民はお前を王と慕っていたのではないのか?

Olは問う。先だって、そう納得した筈だ。

国民にとって、あたしは結局死んだ母様の代わりに過ぎない。マリナ様にとってだって別に、あたしじゃなきゃいけなかったわけじゃない。ただ同情して、力をお貸ししてくれただけ。本当に彼女に必要だったのは、あんたみたいな奴だった

訥々と、ザナは語る。

あんただってあたしはもう必要ないんでしょ?あんた自身にマリナ様の加護が手に入ったんだもの。氷術だって、使った方が効率的だから使ってるけど必須のものじゃない。この一行にはあたしは、必要ない

なるほど、とOlは頷いて、答えた。

確かにその通りだな

否定しなさいよ!

途端に、ザナはOlの顔を見上げ肩を掴んで叫んだ。

面倒くさい女だなお前は

否定して欲しいならばわざわざそんな事を口にしなければいいだろうに、と思いつつも、Olは生真面目に答える。

だがお前の自己分析は正しい。正しいものを否定するわけにはいかん

ああ、そう

すっとザナの目が据わる。

だったらさっさと見捨てればいいじゃないの

それは断る

吐き捨てるような彼女の言葉に、Olはきっぱりと答えた。

なんでよ

お前のような佳い女を手放したくないからだ

Olが言うと、ザナはピクリと身体を震わせる。そして顔を背けると、憎々しげに言った。

今更そんなお世辞!

口元が緩んでいるぞ、とは指摘しないでおく。

世辞なものか。度胸も行動力もあり、有能で、頭もいい

ちょっとばかり情緒不安定なところは玉に瑕だが。

面倒だが佳い女だ、お前は。だから手元に置いておきたい

それはOlの偽らざる本音であった。

それはあたしのこと、好きって事なの

ああ。好きだ。知らなかったのか?

別段隠していたつもりもなかったのだが、とOlは答える。

どうしよう

困り果てた表情で、ザナはいった。

あたしもあんたのこと、好きかも

知らなかったのか?

Olは意地悪く言い返す。

妹に嫉妬して不機嫌になっていたくせに

あれは!そう、かも

思い返せば、ただそれだけのことだった。

お前は、お前自身が思っておるよりずっと強い人間だ。今更誰かに必要にされるだのされないだの、そんな下らぬことで悩んだりするものか

彼女が語ったことは、ある側面では真実なのであろう。けれどザナはそれを深刻に気に病むほど繊細な女ではない。

なぜなら、ザナははなからそんなものを期待してないからだ。彼女は己以外の何も信じてはいない。信じる必要性がない。彼女が他人を信じるのではなく、他人に己を信じさせる、生まれついての王者だからだ。

ある意味ではOlに似通い、ある意味では真逆。それがザナという女だと、Olは分析していた。

お前はただ単に、甘えるのが絶望的に下手なだけだ

あまりにも直截に言われ、ザナの顔が音を立てそうなほどの勢いで首元から赤く染まっていく。

じゃあ

とん、とザナはOlの胸板に額を預け。

甘え、させてよ

小さく、そう呟いた。

第20話一歩踏み入れば即死するダンジョンに挑みましょう-5

そう言えば、この白い布って何?やけに温かいけど

日差しの中でまどろむ猫のようなしぐさでOlの胸に身体を預けながら、ふとザナは二人を包んだ外套をつまみ上げる。それに身を包んでいると外の寒さはまるで気にならず、互いの体温で温めあうとかえって暑いくらいであった。

マリナに献上した火蜥蜴がいただろう

他の女の名前出すの禁止

ザナは言って、Olの局部をきゅっと握りしめる。

お前な俺相手に無茶を言うな。だいたいお前の奉ずる神であろうが

別にハーレムやめろなんて言わないわよ。でも他の子と一緒にセックスしてるときならともかく、あたしと二人っきりの時はあたしだけ見てくれなきゃヤ

やわやわと精の詰まった袋を指先で弄びながら、ザナはOlの胸元に口づけた。

ともかく。あの火蜥蜴の脱皮した抜け殻をなめして布にしたものだ

ふうん。火蜥蜴の皮衣ってわけ

さして興味もなさそうに相槌を打ちながらザナは肉茎をついと撫で、その上に腰を下ろそうとする。

おい、ザナ

なあに?まだ出来るわよね?んっ

すっかり硬度を取り戻したそれを膣内に咥え込み、気持ちよさそうに声を漏らしたところで。

それは構わんが、迎えが来ているぞ

バキリと音を立てて、彼らを囲んだ氷の壁が割れる。

お楽しみのところ悪いんですけど、さっさと服着て出てきてもらえます?

なんとか助けに来てみれば悠長に睦み合う二人に、流石のマリーもちょっぴり怒っていた。

もー、結構大変だったんですよー。二人の代わりをわたしがするの

吹雪の中、マリーはラーメスの霊力を変換して氷の壁を張り、紋様を彫ってイェルダーヴに維持を任せる。Olとザナ、二人分の仕事を一人でこなし、なんとか進んできたのだという。

進む速度は比較にもならないとは言え、それをこなせるということにザナは驚愕した。

なんで出来るの?

え、だってOlさまがやってるところずっと見てたもん

当たり前のようにマリーは答えるが、見ていたからと言って真似できるような術でもない。そもそもマリーは自身の仕事を含めて三人分の作業を同時にこなさなければならないのだ。それは三本の腕で全く別々の作業を行うようなもので、つまり人間に出来ることとは思えなかった。

そういった小器用さだけは図抜けておるのだ、こいつは

えへへー。でも本職には全然かなわないんで、ザナさん、どうぞ

Olにぐりぐりと頭を撫でられれば即座に機嫌を直し、マリーはザナを促す。

じゃあ、マスター。いくわよ

ザナが腕を振るうと吹き荒れていた雪の一粒一粒がピタリと空中に制止し、かと思えば道を作るようにぶわりと端に退き、そのまま氷の壁の一部となった。

すっごーい!

ザナの速射性とOlの操作精度。それが合わさって初めてなしうる芸当に、マリーは素直に歓声を上げた。

さあ、遅れた分、どんどん取り戻していくわよ!

ザナはそう宣言し、宣言通りに凄まじい勢いで歩を進め始めた。といっても、不機嫌だったときの強引なものとはまるで違う。Olの操作を受け入れ、かといって全て任せるわけではなく呼吸を合わせて自身の意志で氷術を振るう。

それはただOlの負担を軽減するだけではなく、彼女の術の行使速度自体を倍加した。矢継ぎ早に繰り出される氷の術はもはやどこに術と術の切れ目があるのかわからぬほどに間断なく、吹雪を、敵を、罠を、立ちふさがるありとあらゆるものを凍りつかせ無効化していく。

まるで無人の野を行くが如き歩みであった。

ねえ、さっきから襲ってきてるのって国の人だよね?凍らせちゃっていいの?

いいのいいの。神の力の宿った霊氷よ。別に死ぬわけじゃないし、後で溶かせばいいでしょ。だいたい、全知全能の神ごときに操られて、自分の仕える女王に刃を向ける方が悪いのよ

なんかラーちゃんみたいなこと言い出したな、と思いつつ、マリーは賢明にも口を噤む。そしてそのラーメスは、と見れば、彼女は軽口を叩くでもなく黙々と歩いていた。

何だ、マリーちゃん。余の美しさに見惚れでもしたか

視線に気づき、ラーメス。

げんきー?

何なのだ、その質問はこの完璧なる余に不調な時など存在せぬ

そんな返答は、いつも通りという程付き合いが長いわけでもないが、実に彼女らしいものなのだが。マリーにはラーメスが何かを思い悩んでいるように思えた。

やはり、か

その原因の一端を知ることになったのは、翌日の夕方。

氷のダンジョンを抜けて、次に現れた石造りの迷宮を目にしたときであった。

あたしの城を抜けたと思ったら、今度はこいつの墓とはね。節操のないこと

巨大な石を積んで作られた迷宮をみやり、ザナはつまらなさそうに吐き捨てる。

墓?

どこか不穏な単語を、マリーは聞き咎めた。

そうよ。これは城でも住居でもない。サハラの王族が死後

ザナ

ザナの言葉を遮り、ラーメスは彼女を睨みつける。

何よ。この大陸に住んでる人間なら誰でも知ってることでしょ

言い返して、ザナは鼻を鳴らす。

いくぞ。ホスセリ、ザナ、イェルダーヴ、俺、ラーメス、マリーの順だ

睨み合う二人を引き剥がすように割って入り、Olはそう命じた。

石で出来たピラミッドの通路は狭く、横に並んで進むことは出来ない。Olたちは一列に並んで石の迷宮へと侵入した。

基本的な構造は変わっていないな。ここは地下の回廊の入口か。となれば、目指すべきは王の間だろうな

壁を成す白い石に触れながら、ラーメスは呟く。

王の間って?

マリーちゃんが余の手を逃れる時に、天井をぶち抜いていった部屋のことだ

ああ、あそこか、とマリーは得心する。といっても無我夢中で逃げ回っていた末に辿り着いただけなので、道案内できるわけではない。

良い。余が案内する。指示通りに進め。まずは三つ目の十字路を右だ

居城という関係上、比較的素直な構造をしていたザナの城とは違い、ラーメスのピラミッドは複雑な迷宮だ。いくつもの階段を挟んで立体的に入り組んだそれは、複雑さだけで言えばOlのダンジョンにすら勝るものだった。

その先、屍兵が出るぞ

壁が突然開き、包帯でぐるぐる巻にされた屍がくぐもったうめき声を上げつつ襲いかかってくる。ザナは咄嗟に氷術でそれを迎え撃つが、乾ききったピラミッドの中では彼女の術はほとんど効果を発揮しない。

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