それがどこから聞こえるともなく、辺りに反響していた。

我が名は魔王Ol。汝に願いの義ありて参った

Olは、隣にいるはずのリルさえ見えぬ無明の闇の中、膝をついて声を張り上げる。

火山の神、イワナガヒメよ。汝が妹、サクヤヒメを助けるため、手を貸してはくれないか

──サクヤ、じゃと?

闇の中に響く声の纏う雰囲気が、変わった。

汝がいかにして妾を知り、サクヤとの関係を知ったかは問わぬ。興味もない。じゃが

感情を感じさせぬ枯れ果てたそれから──憎しみに満ちた、燃え盛るようなそれへと。

妾が奴のために何かするなどとは、考え違いも甚だしい!良いか。確かにサクヤは我が妹。だがこの身に奴への情愛など欠片もないわ!あるのはただ憎しみのみ!ましてや助けるじゃと?ハ、全くお笑い草も

娶る

だが、凄まじい勢いで並べ立てられた呪いの言葉は、Olの一言によって水をかけられた小火のように立ち消えた。

いま、なんてゆった?

代わりに返ってきたのはどこか舌足らずな、鈴を転がすような声。

お前を娶ると言ったのだ。この魔王Olがサクヤの夫でもある、この俺がだ

ははははははは!騙されぬ、騙されぬぞ!誰がこのイワナガを嫁に取るものか。サクヤとの関係を知っているのなら、妾についても知っておるのだろう。見目麗しく華やかなサクヤとは似ても似つかぬ醜い姿。いかなる男も妾の前では萎え衰える!

老婆の声に戻って哄笑するイワナガに、Olはローブの隠しから袋を取り出し答える。

結納品ならば用意した。これだ

それは!

彼が取り出したのは、マリナに献上した五品の一つ。ノームが蓬莱の玉の枝としてドヴェルグたちに作らせた、黄金で出来た枝であった。

黄金の枝に翠玉の葉、真珠の実鉱石で出来た木、じゃと!?ま、まるで妾に誂えたかのような

その通りだ。樹木を司るサクヤヒメはなるほど確かに美しい。だが、岩を司るイワナガヒメもそれにけして劣るものではないそれを証明する、世にも珍しい蓬莱の玉の枝だ

真摯な表情で、Olは息を吐くように偽りを口にする。

さあ。その姿を見せてくれ、イワナガ

じゃが見せたら、きっとげんめつする

老婆の声と、鈴のような声。それが入り混じった声色で、イワナガは答える。

するものか。俺を、信じよ

Olの言葉に、ゆっくりと闇は薄れていき、辺りの景色が目に映る。そこはサクヤの火山の遙か地下に作られた、小さな石室。

そして、イワナガヒメはOlのすぐ目の前に立っていた。

確かにその姿は、サクヤとは正反対だ。

ゆるくウェーブした長い薄紅のサクヤの髪に対し、肩口で揃えられた黒い髪は岩のように真っ直ぐで、目元を覆い隠している。豊かなサクヤの胸元に対して、イワナガの胸は何の起伏もなくまっ平らだ。そして何より

一万四千年近く生きているというサクヤの姉であるにも関わらず、その姿は五、六歳の幼女にしか見えなかった。

思った通りだ

Olは跪いて視線の高さを合わせると、イワナガの目元を覆い隠す髪を掬い上げながら微笑む。

サクヤに負けず劣らず美しいではないか

確かにイワナガに欲情するような男はそういないであろう。あまりにも幼すぎるからだ。しかしその造形そのものはけして醜くも不細工でもなく、むしろ美しかった。

子供らしい愛らしさとはまた違う十数年もすれば美人になるだろうと感じさせるような、そんな美しさだ。

だけどわ、わらわせいちょうは、しないの

サクヤが花のような繁栄を象徴する神であれば、イワナガは岩のような永続性を象徴する神である。故にその幼い容貌はけして変わることなく

生まれたときから、サクヤに求婚するものは引きも取らず、イワナガに求婚するものは全くいなかった。故にイワナガはサクヤを妬み嫉み、憧れながらもけして認められないのだった。

もっともサクヤはサクヤで、そのせいで理想を高く持ちすぎて結局Olと会うまで男と縁がなかったりしたのだが。

案ずるな。見ての通り

Olはリルを抱き寄せながら、言った。しかしその使い魔の姿は常とはまるで違う。メロンのようにたわわに実った双丘は引っ込み、むっちりとした芸術品のような太ももは細く短く、男を誘惑してやまない尻は小さくなっていて。

ちょうど、目の前のイワナガと同じ年頃に見えるまでに縮んでいた。

俺はロリコンだ

血を吐くような思いでそう宣言するOlの脳裏で、四本腕の悪魔が快哉を上げたような気がした。

くしゅんっ

一人火山のダンジョンの外を駆けながら、マリーはくしゃみをした。全身暖かなイェルダーヴの炎を纏ってはいるが、火山から雪原に移動してまた火山、という温度変化でやられたのかもしれないな、などと思う。

ええと、この辺りのはずなんだけど

Olから指示されたものを探しながら、マリーは山の麓をキョロキョロと見回すがそれらしいものはまるで見つからない。

げっ

それどころか、木陰から姿を表した小鬼とバッチリ目があってしまった。

見つけた

しかもその小鬼から、例の男とも女ともつかぬ太陽神の声が聞こえたものだから、マリーは思わず表情を引きつらせる。

結界か。小賢しい

その小鬼が自分を指差し呟くのを聞いて、マリーは反射的に自分が今即死させられそうになったことを悟った。イェルダーヴの炎がなかったら成すすべなく死んでいたに違いない。となれば。

ひゃぁっ!

マリーが横っ飛びに飛ぶと同時に、彼女が先程まで立っていた地面が真っ二つに裂けた。即死させられなければ、次はユニスのすべてを切り裂く斬撃だ。あまりの殺意の高さに戦慄しつつ、マリーは当て所なく逃げる。

逃さない

言葉とともに出てきたのは、ユニスの姿をした太陽神だった。英霊も神と本質的には同質の存在だ。つまりはユニスも取り込まれてしまったということなのだろう。

あれ?ってことは

マリーが思わず別の事に思考を飛ばした時。彼女は地面にあいていた穴に躓いて、そのまま穴の中に転がり落ちた。

チ。まあ良い。好都合だ

太陽神がパチリと指を鳴らすと、火山の側面からマグマが溢れ出し、マリーの落ちた穴へと流れ込んでいく。

太陽神が全知の力で確認した限り、その穴の先はなにもないただの地下道だ。

こうしてマグマを流し込んでやればもはや逃げ場もなく、先程の転移のような幸運もそう何度も続くまい。なにせ火山のダンジョンはその殆どを岩で占めている。確率で言うなら生き埋めになってしまう可能性の方が何倍も高いのだ。

そこまで考えて、太陽神はふと違和を感じた。

なにもない地下道?

なぜ、そんなものがこの火山の麓に存在しているのか。無論、山の中には自然にできた火山洞は無数にあるが、ここは火山の外だ。しかも地下道はよくよく見てみれば、レンガを積んで作られた明らかに人工的なものだ。

いやだからといって何になるというのか。逃げ場がないことには変わりがない。ついでに念のため、転移を防ぐ結界を張ってやれば、マグマによって焼け殺される運命は覆しようもない。

案の定マリーは行き止まりの部屋でマグマに追い詰められて

そして、その時、爆発が起きた。

マリーのいた部屋の天井が吹き飛び、それと同時にマリー自身も空高く飛んでいく。何が起こった──そう考えるのと同時に、太陽神の全知の権能がその理屈を感じ取る。

マグマによって圧縮された空気の圧力で比較的薄かった天井が吹き飛び、マリーごと吹き飛ばされたのだ。

そして少女はそのまま空中をくるくると回りながら、すとんと足から着地した。

太陽神の、目の前に。

けれどその姿はつい先程とは全く異なっていた。

アルティメットマリーちゃん

少女はいや。もはや少女とは呼べぬ姿の彼女は。

ぜんせいきのすがた、さんじょう!

五歳児の姿で、堂々とそう宣言した。

第21話全知全能の神を斃しましょう-6

あはははははははは!

幼子の無邪気な笑い声がこだまする。それはまるで、大人と遊んでもらって楽しくて仕方ないと言わんばかりの笑い声だった。

だが、そんな彼女の傍らでは、盛大な破壊音が鳴り響く。壁が真っ二つに割れ、マグマが吹き出し、氷の槍が突き立ち、砂嵐が巻き起こる。

全知全能の神が振るう、ありとあらゆる破壊の渦に狙われながら。

しかし、マリーは傷一つついてなかった。

馬鹿な馬鹿な馬鹿な!何故だ、何故当たらん!?

太陽神は全知である。マリーがどのように動き、何をしようとしているかまで、完璧に把握している。にもかかわらず。

マリーが突然つんのめって転げ、たまたまその瞬間を狙った全てを斬り裂く次元の斬撃が彼女の頭上を切り裂いていく。

その足元を狙ったマグマの隆起が、くしゃみをして立ち止まったマリーの鼻先をかすめて虚しく通り過ぎる。

ならば全てを飲み込んでくれると放った砂嵐に乗って、マリーの軽い身体はふわりと浮いて飛んでいき、おもしろかった!もっかい!などとおかわりを要求される始末だった。

それらはどれもマリーが狙ってかわしたわけではない。

たまたま、運良く、偶然、当たらなかっただけに過ぎない。

だがそれが十度も二十度も続けば、何かがおかしいのはわかった。

わかったが何故そうなるのか、全知の能力を持ってしてもわからないのだ。

ならばこれでどうだ!

太陽神はマリーの進む先、通路全体を崩落させる。ダンジョンは太陽神にとって肉体そのものに近しい。小さな傷ならばともかく、大規模な崩落となると流石に痛みが走る。しかしその傷を負ってでも今のマリーを止めなければならないと、全知の力が警鐘を鳴らしていた。

あははははは!

マリーは楽しそうに笑いながら、臆することなく崩落する通路に突っ込んだ。

ははははははは!

その笑い声に重なって、別の笑い声が響く。

漲る全能感が、マリーを支配していた。小さな頃、Olのダンジョンのもとに来たばかりの頃いつも感じていた、その感覚。長じてからはそれがただの錯覚であり、自分はただ庇護されていたに過ぎないと気づいた。

けれど

いっくよー、ローガンっ!

おうよぉっ!

マリーの影から飛び出した四つ腕の悪魔が、崩落する天井をいともたやすく吹き飛ばし、空いた隙間を幼女は猫のようにするりとすり抜ける。

──今のマリーは、無敵だ。

いわれたとおり、いわにあなをあけた。あれでいいの?ええとおっと?

うむ。助かった、イワナガよ

Olが礼を言うと、イワナガは嬉しそうに彼にぴっとりと寄り添った。

ううん、つまが、おっとにつくすのはとうぜんのことだから。あと、チルって呼んでほしい

チル?

木花散姫(このはなちるひめ)。それがわらわのほんとうのなまえだから

咲く姫に散る姫。なるほど、正反対か、とOlは納得する。

ほかにしてほしいことはある?おっと

いや。この二つで十分だ

Olがチルに協力を頼んだのは二つ。

一つは、太陽神の目も届かぬこのチルの石室に匿ってもらうこと。

そしてもう一つは、彼女が保護する領域の一部に穴を空けてもらうことであった。

それで結局何したの?夫

対抗せんでいい

チルの反対側からすっと身体を擦り寄せてくるリルの頭をぽんと叩きながら、Olは説明する。

この大陸に来たばかりの頃、テナの奴を若返らせた仕掛けを覚えているか?

ああ何だっけ。甦りの坂だっけ

それはテナたちの村の地下に作った地下通路。進めば進むほど、通るものの時間を過去へと戻していく坂だ。

チルが守護して隠していた村の結界を一部だけ解き、マリーをそこへ誘導した。効果はご覧のとおりだ

岩壁に映るマリーの活躍を示して、Ol。

けど小さくなったら普通、むしろ弱くなるんじゃないの?

Olやテナのように老齢から若返ったのならまだわかる。だが訓練を積み、心身ともに成長したマリーが五歳児の姿に戻って強くなるというのは不思議な気がした。

あいつは昔っから運がやたらいいだろう

運の良さでどうこうなる話?あれ

おかしそうに笑みを漏らすOlにリルは首を傾げる。

ああ。魔術の本質というのは因と果の逆転だ。火口と火打ち石があるから火がつくのではなく、火を付けたからそこにあるものが燃えるように奴には、健やかに育つ呪いがかかっている。故に大人になるまではけして害されず傷つかぬ

でも、その呪いって全知全能を覆す程なの?

どんな呪い、魔術にも、明確な限界というものはある。いくら因果を逆転させるとは言え、それはOlの能力以上の力を発揮させる事はないはずだった。

無論、そんな力はない。むしろそれはただの触媒に過ぎぬ

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