太陽神の右の手のひらから砂嵐が、左の手のひらからは氷雪が溢れ出し、Olたちを襲った。
あなた達がなしたのは、私の足元に小さな氷を貼り付けただけの事。私の力は
砂嵐をザナの氷術が凍りつかせ、氷雪をラーメスの炎が焼き尽くす。
しかし。
この通り、微塵も減じてはいない
吹き荒れ続ける砂嵐にザナの氷は追いつかず、ラーメスの炎は力負けして、二人は共に吹き飛ばされて風のダンジョンを覆う雪の中に叩き込まれた。
ちっ!ユニス、スピナ!
Olが革袋を開けば風のように中から赤毛の英雄と稀代の魔女が飛び出す。それとほとんど同時にスピナの放った粘糸が太陽神を縛り付け、ユニスが斬撃を放った。
魔法生物生成の天才によって作られたその糸状のスライムは、蜘蛛糸の十数倍もの強度を持ちつつ、巨人ですら引き剥がせないほどの粘着力を持つ。一度縛り付けられれば古竜ですらおいそれと抜け出せないものだ。
そして空間を自由に転移する英雄が編み出した斬撃は、刃を境にした片側をほんの僅かに転移させ、空間そのものを斬り裂くという技だ。光と同じ速度で閃くこれを避けることは極めて困難で、どれほど硬い鎧も意味を持たない。
それを。
太陽神はこともなげに引きちぎり、片手で払い除けてみせた。
わっ。全知全能とか言うだけのことはあるね
お師匠様、ここはお任せを
呑気な声を出しつつもユニスはいつになく鋭い視線を向け、スピナは溜め込んだ魔力を用いて無数の分身を生み出しながらOlに向かって叫ぶ。
無理はするなよ!
Olはそう返しながら、雪の中からザナとラーメスを引きずり出した。
雪の女王が雪まみれなんて、洒落にもならないわ!
流石は太陽神、あれ程の力があるとはこの余が目をつけただけのことはあるわ
口に入った砂を吐き捨てながらザナがいい、ラーメスは愉快そうに笑う。
言っておる場合か。行くぞ!
Olの操作によって吹き荒れるザナの氷が太陽神を取り囲む部屋を作り出し、更に通路の先にOlのダンジョンを形成していく。
行かせは
それはこっちの台詞だよっ!
無論そんなものは時間稼ぎにすらなりはしないが、目くらましにはなる。瞬時に消しとかされる氷の壁に紛れて、ユニスの斬撃が飛んだ。
やっぱり、手で撃ち落とすよね
その尽くを打ち払う太陽神に対し、ユニスはにっこりと笑った。
手を使わないと防げないんだ。全知全能なのに
それは、獲物を捕らえる時の肉食獣のような笑みだ。
それは認めよう。だがこのようなもの、百来ようと千来ようと?
言葉の途中で太陽神は急に力を失い、がくりと片膝を突く。目を向ければそこには、小さなスライムが二匹、蠢いていた。真っ黒なスライムと、純白のスライムだ。
結局、霊力というものを吸い取るスライムは作ることが出来ませんでした
残念そうに、スピナは言う。
ですので魔力喰いと理力喰い。二種のスライムを放たせて頂きました
左右に大きく広げた彼女の両手がどろりと溶けるようにして崩れ、黒と白とに染まる。
じゃ、頑張ろうね、スピナ
力をお借りします。ユニス
二人は互いにそう言い合うと、太陽神に向かって駆け出した。
大丈夫かな、姉さんたち
心配ないとまでは言えぬが。我が妻で最強の二人だ
心配そうにぼやくマリーに、Olは走りながら前方を示す。
それよりも、己の心配をした方が良かろう
そちらからはOlたちを迎え撃つべく、次々に怪物たちが姿を現していた。
敵は任せたぞ
承知致しました
がんばりまーすっ!
それに対するは、ホデリ、ホスセリの兄妹に巫女の少女、ユツだ。
津波のように押し寄せる小鬼たちの額に正確にホスセリの放った手裏剣が突き立ち、その死骸を踏み越えて襲い来る巨大な蜘蛛の身体をホデリが一瞬にしてバラバラに切り捨てる。
むユツ殿!
その背後で大きく口を開け、紅蓮に染まる鵺の喉奥を見て、ホデリが叫んだ。
はあい。風よっ!
ユツが妖狸の尻尾を変化させた大団扇を振るうと、凄まじい風が巻き起こって鵺の吹いた炎は逆流し、鵺自身を焼き焦がす。
忝(かたじけ)ない。助かり申した
その一瞬、ホデリはその風に乗るようにして間合いを詰めると、猿頭の怪物の身体を一刀のもとに両断した。
やるじゃない!
ほとんど一瞬にして全滅した怪物たちにザナが快哉を叫ぶ。それと同時に巨大な広間を氷が覆い尽くし、新たな部屋を作り出した。
イヴ、大丈夫?
はいお姉様。まだいけます!
あちこちに煮えたぎるマグマが流れる火山の中、氷を維持するのは流石のイェルダーヴにもかなりの負担となっている。そうでなくとも、彼女は今まで辿ってきた全てのダンジョンの維持を担っているのだ。だがイェルダーヴは荒く息を吐きつつも気丈に答えた。
Ol、厄介な新手が来たぞ
舌打ちし、ラーメスが暗がりに向けて炎を飛ばす。神の力を帯びずとも、彼女の膨大な霊力によって甚大な破壊力を秘めた火炎球は、しかし長い尾の一振りで弾き散らされる。
何だ?大蛇か?
いえ、違います、あれは!
ずるりと伸びた細長い身体に呟くOlに、ユツが悲鳴じみた声で答える。
確かにそれは蛇によく似ていた。だがその頭はワニのように長くゴツゴツとしていて、頭には鹿のような角が二本、生えている。そして四本の指を持つ小さな手足は、しかし大地を踏みしめることなく、まるで空中を泳ぐかのように宙をたゆたっていた。
龍です!まさかあんなものまで支配しているなんて
その言葉は、正確にOlに伝わった。
竜。いわゆるドラゴンとは別種のしかし、同等の脅威を持つ存在。
殿、お下がりを。あれは、某が刺し違えてでも仕留めまする
ざわり、とホデリの肉体が隆起し、その瞳が漆黒の真円を描く。忌まわしい呪いによる獣の姿も、龍の生み出す風雨を防ぎ牙と爪とを弾く鎧になるならありがたい。異形に変ずるホデリを強敵と認めたか、龍の髭がパリパリと乾いた音を立てて雷気を帯びた。
兄さん!
ホスセリ。お前は殿を御守りせよ
ぽんと妹の頭を撫でて、鮫頭の男は笑みを浮かべる。
良い子を産むのだぞ
そしてそう告げると、死地へと赴いた。
龍とはただの獣ではない。神の一種とも言われる、最強の存在。そんな相手に只人の身でどこまで迫れるか。ホデリはぶるりと身体を震わせた。
武者震いは武士の誉れだ。たとえ勝てたとしても死は免れぬであろう、必死の戦。
その戦場に、彼は足を踏み入れ──
ごめん、ホデリさん
そのときにはもう、全ては終わっていた。
マリーは龍の死骸を背に、髪が赤く染まった頭を下げる。
竜っていうからイケるかなって
結論から言うと、イケた。マリーがその身に降ろした竜殺しウォルフディールの竜種必殺の権能はてきめんに効き、龍は何をもする前にその躯を地面に横たえることになった。
ぷしゅうう、と風船が萎むような音を立て、ホデリの身体が元の人へと戻る。
皆様ご無事で何よりでござる
その姿はどこか、年老いたようにも見えた。
あったぞ。あれだ
火山のダンジョンの奥。要と呼べる場所に辿り着いて、Olはそこに鎮座する巨大な岩を指し示した。そここそ火山のダンジョンの心臓部。サクヤの住んでいた部屋だ。
といっても、それを破壊すればサクヤの身に何かがあるというわけではない。ましてや太陽神を倒すのに役立つというわけではなかった。
いくぞ。結界を張る
だがわざわざそこまでやってきた理由は無論ある。
そうはさせない
故に。全知全能の神もまた、それを阻まんと手を打っていた。
岩の陰から現れたのは、薄紅色の美しい髪をたたえ、まるで花びらのように幾重にも広がる着物に身を包んだ見目麗しき女神。
姫、様!
行くなよ、ホスセリ
無論、それがサクヤ本人であろうはずもなく。
悪趣味な真似をしてくれる太陽神めが
Olは憎々しげな目で、サクヤの姿をしたそれを睨みつけた。
第21話全知全能の神を斃しましょう-3
悪趣味
太陽神は、Olの言葉を反芻して言った。
別にこれはあなた達の戦意を削ぐために外見を変えているわけではない
その声色からは平坦で何の感情も読み取れなかったが、心外だと訴えているようにも思えた。
ただ、余った肉体を活用しているだけだ
落ち着け
凄まじい殺気を迸らせるホスセリとホデリを、Olは押さえる。
俺が結界を張るまでの間、奴を押さえられるか?
この命に代えましても
必ず
相も変わらず物騒なことを言うホデリを、Olは咎めなかった。
ユツ。ザナ。ラーメス。マリー。イェルダーヴ。お前達も援護しろ
死を覚悟して全員でかかったとしても、勝てるかどうかわからない相手だからだ。
まずザナの放った氷の槍が、四方八方からサクヤへと突き刺さる。それを追う様にしてラーメスの放った火球を、マリーの冷性剣が猛烈な吹雪へと変換して凍りつかせる。間髪入れずに、ユツが尾を変化させた巨大なハンマーを凍りついたサクヤに向けて振り下ろした。
無数にばら撒かれたホスセリの手裏剣がそこへ突き刺さって、破壊の嵐の中、躊躇うことなく踏み込んだホデリの刃が喉元に向かって振るわれ──
鉄の壁さえ斬り裂くその一撃を、サクヤは紙でできた扇の先端で、軽く防いだ。
目を見開くホデリの眼前で、桜の花びらが舞い散る。
否。それはひとひらずつが膨大な熱量を込めた炎の欠片だ。
ぬっ!
下がって!
堪らず飛び退るホデリを援護するために、ザナが放った氷術が炎花を狙って迸る。
だが消えたのは、指先ほどの大きさの花びらではなく、ザナの放った氷の塊の方だった。
斯様なもの、余が平らげてくれる!
ラーメスの全身を炎熱の鎧が覆い、彼女はそれを引き裂くようにして脱ぎ捨てると、まるで旗のように振るう。ラーメスが作り出せる中でもっとも温度の高い炎鎧を、不器用な彼女が攻撃に使うために編み出した技。
馬鹿な!?
だがそれは、サクヤの炎花に触れるやいなや弾けとんだ。身体から離した為に多少の減衰はあるにせよ、ラーメスの炎さえも通じぬほどの熱量を、花びらの一枚一枚が秘めているのだ。
ひらり、ひらりとサクヤが扇を振るう度に花びらは舞い散って、広間の中を満たしていく。その美しい花弁に炎も氷も、風も刃も防がれてしまう。
Ol、
ザナは打つ手が無いんだけど!?と叫ぼうとする。
セレスを呼んで!
だが実際に口から飛び出したのは、彼女自身が知らぬ名前であった。
お呼びに預かります
Olの手にした革袋から、金の髪を持つ美しい白アールヴが現れる。その美貌はザナさえ息を飲むほどだったが、けれどこの状況で彼女一人が加わったところでどうにかなるとは思えなかった。
ところで呼ばれたは良いのですが、どうしたらいいのでしょうか?
あれ何とかしてよ!
それどころか状況さえ理解していないのか、可愛らしく小首を傾げるセレスに、ザナはサクヤを指差して怒鳴った。
何とかすればよろしいのですね
キリと弓を引き絞るセレスに、ザナの胸中を絶望がよぎった。あの凄まじい炎の花弁を前に、矢など通用するわけがない。鉄でできていたってサクヤに辿り着く前に溶けて消えてしまうだろうに、セレスが構えているのは木製の矢で、鏃すらついていないのだ。
ひょう、と矢が放たれる。
それは無数に舞い散る炎花の隙間をするりと抜けて、サクヤの手元に突き刺さる。火山の女神が扇を取り落した瞬間、炎花は溶けるように立ち消えた。
何とか、いたしましたよ
魔法のようなその絶技に、ザナは己の目を疑った。視界を埋め尽くすかのように舞い散る無数の炎花の隙間。そう、それは、確かにある。サクヤの姿が見えていた以上、理屈の上では、あるのだ。
だがそれを射抜くなどとは誰も予想せず、セレス以外の全員が絶句した。
そしてそれは、全知全能の神でさえもまた、同様であった。意識の隙間はほんの一瞬。けれどその一瞬に、動いたものがいた。
ホデリとホスセリの兄妹だ。
彼らとて、セレスの技に目を奪われたのは同様であった。だが幼い頃から鍛え抜かれたその肉体がそして何より、母であり、姉であり、仕えるべき主君であるサクヤへの想いが、二人を考えるまでもなく突き動かしていた。
御免!
二刀と一刀。三振の刀が、交錯して。
見事、です
サクヤは微笑みながらそう囁いて、倒れ伏した。
ホデリとホスセリは残心も忘れ、サクヤに駆け寄る。あの声、あの表情。
疑うまでもない、彼らの主君のものだった。
その背後に立ち、Olがぽんと二人の肩を叩く。
この程度の傷であれば幾らでも蘇生できる。仮にも神だ、人より柔などということはなかろう。奴などこれより酷い状態から三度も蘇生してきたぞ
ラーメスを顎で示すOlに、ホスセリはほっと息を吐く。
殿。では