うむ、それではそういうことじゃ。お前たち、くれぐれも立ち入った話を聞くでないぞ。あんなな(・)り(・)をしているということは、それ相応の理由があるということじゃ。そして、そんな理由なんぞには、関わらん方が良いに決まっておる。なるたけ丁寧に迎え入れ、付かず離れず世話をし、貰えるものを貰って、可能な限り早く去って頂く。そのことをゆめゆめ忘れるな
おう
わかった
何はともあれ了解の意を示す息子たちに、うむ、と重々しく頷いた。
―さて、
くるりと振り返り、曲がってしまった腰をぽんぽんと叩きながら、ベネットは顔に笑みを張り付ける。
いつまでも客人を待たせるわけにもいかん。お出迎えと行こうかの
好々爺然とした愛想の良いひとりの老人は、招かれざる客の待つ方へ、ゆっくりと歩き出した。
8. 死神
ケイが案内されたのは、村の中で一番大きな家だった。
申し訳ありませんな、こんな田舎の村では、大したおもてなしも出来ませんで
いやいや、とんでもない。こんな真夜中に突然、こちらとしても申し訳ない限りだ
ランプの明かりが照らす居間。ベネットにテーブルの席を勧められながら、ケイは何食わぬ風を装っていたが、実は内心かなり恐縮していた。
(お忍びの身分の高い人間、とでも解釈してくれているみたいだが……)
明らかに、ただの旅人をもてなす態度ではない。それ自体は狙い通りだったのだが、相手も謝礼を期待しているとはいえ、夜中にここまでの歓待を受けるのはどうにも居心地が悪かった。
ミカヅキとサスケは家の前の杭につないであり、相変わらず意識の戻らないアイリーンは、別宅に寝台の空きがあるということで、そこで厄介になっている。
最初は、病人のように顔色の優れないアイリーンを心配して、ケイも傍にずっと付いていようとした。しかしクローネンが 自分が世話役をする と強く主張したこともあって、思い切って彼を信用し村長らの歓待を受けることにしたのだ。
(敵意は感じられなかったしな)
責任を持って世話をする、と言ったクローネンの生真面目な顔を思い出す。ゲーム内では殺気の感知に長けていたケイだが、生来より人の悪意にもかなり敏感な性質(たち)だ。クローネンは、ケイに対してはまだ警戒心を解いていなかったが、少なくとも体調の悪いアイリーンには同情的であった。悪いようにはすまい、というのがケイの判断だ。
また、彼が独り身の男であれば別の心配もあっただろうが、既婚者で幼い娘もいるらしいので、その点もあまり心配はしていない。それでも万が一、『何か』があればケイは大暴れするつもりだが―それも態度で示しているので、向こうも心得ているだろう。
ささ、どうぞどうぞ。我が村の豚を使った燻製肉になります
媚びるような笑みを顔に張り付けた長男坊、ダニーが、肉の塊を載せた皿や木製のゴブレット、干し果物やビスケットなどを、これでもかとテーブルに並べ始める。最初の尊大な態度とは随分な変わりように、ケイは思わず笑いそうになった。ベネットが これはなかなかに美味ですぞ といいながら、ナイフで手ずからに肉を切り分けていく。
そしてこちらは、近隣の村の葡萄を使った酒になります。去年は十年に一度の当たり年でしてな。近年にない良い出来といえましょう。さあ、どうぞ
……ありがたい
その間に、ダニーが葡萄酒を注いだゴブレットを勧めてくる。
流石はタヌキ親父とその息子、といったところか。押しつけがましくなく、それでいて妙な間を作らない、実に見事な連携だった。接待慣れしている、という印象。こんな夜分に突然やってきた者を相手に、ここまで手際良く対応できる辺り、年季というものを感じさせられる。
(……しかし、これは、飲んでも平気なものだろうか)
流されるまま思わず手に取ったゴブレットの中、とぷんと揺れる赤色の液体を眺めて、ケイはひとり逡巡した。本物のアルコールを口にするのは、幼い頃に飲んだ甘酒以来だ。加えて現状だと、不用意に飲み食いすると一服盛られやしないか心配してしまう。
(こ(・)の(・)体(・)なら大丈夫だとは思うが……)
アルコールは、問題ないはずだ。また、薬を盛られたとしても、『身体強化』の紋章を刻んだこの身なら、よほど強力な毒でない限り耐性がある。
あるには、あるのだが。
ケイが香りを楽しむふりをして時間を稼いでいると、何かを察した風のダニーが、自分のゴブレットにも葡萄酒を注ぎ、 それではお先に と口をつけた。
(……大丈夫っぽいな)
自分用のゴブレットにだけあらかじめ毒を―という可能性もあったが、ダニーから緊張や悪意を読み取れなかったので、ケイも踏ん切りをつけた。
そっとゴブレットを傾ける。少しだけ、口に含む。酒精の香りと、滑らかな葡萄の風味が、ふわっと鼻から抜けるようにして広がった。
…………
いかがですかな?
こちらを覗き込むように、ダニーとベネットが首を傾げる。体格こそ似ていない二人であるが、その笑顔を見ると、なるほど親子だと思わされた。
……口当たりがとてもよく、飲みやすい葡萄酒だ
そうですか、それはよかった
ケイの返答に、ほっとしたように―おそらくこれも演技だろうが―顔を見合わせる村長親子。
(危ねえ、むせそうになった)
この葡萄酒、度数はかなり低めだったが、やはり慣れない『酒』であることには変わらず、肺の空気が逆流しそうになった。口の中で転がすうちに何とか慣れてきたので、少しずつなら問題なく飲めるが、ジュースのようにとはいかない。
肉と合わせると、また味わいが違いますぞ
と、肉を程よいサイズにカットしたベネットが、皿をずいと目の前に寄せてくる。
『こちら』に来てから、まだ水とポーションと葡萄酒しか口にしていない。空腹を自覚し始めていたケイは、嬉々として皿の肉をつまんだ。
おお、これは……
凝縮された肉の旨みと、程よい脂が舌の上で踊る。燻製肉独特の濃い木々の香り、塩味そのものはかなりキツめだったが、そこに少しずつ、葡萄酒を流し込むと―ベネットの言葉に嘘偽りはなかった。
口に残った脂を、濃い目の味を、アルコールで洗い流すことの心地よさ! VR技術では再現しきれない、本物の味覚。久しく味わうことの出来なかった食物に、ケイは感動しながら舌鼓を打った。
……なあ、村長
そんなケイの隣、のんびりとした、低い男の声が響いた。
一つ聞きたいんだが。……なんで、おれまで呼ばれてるんだ?
濃い顔立ちの男―マンデルは、眠そうに目を擦りながら、村長に尋ねる。
―
一瞬の空白。笑顔のベネットから、首筋をちりちりと焼くような、微弱な『殺気』がもれ出るのをケイは感知した。
……なに、聞くところによれば、ケイ殿は盗賊に襲われたとのこと。それも、ここからそう離れておらん場所でじゃ。村で一番腕が立つお前に、わしらと一緒に話を聞いておいて欲しかったんじゃよ、念のためにの
……なるほど
その返答に納得したのか、マンデルはぼんやりと眠たげな表情のまま、ケイの前の肉をちらりと見やる。
小腹が空いたな。おれもつまんでいいか? ……ケイ殿
ああ、もちろん。あと『ケイ』でいいぞ
……ありがたい
もぐもぐと二人で燻製肉を堪能する。一人だけで食べるのは気まずかったので、ケイとしては歓迎だ。マンデルも気にする風はない。
うむ。……これは酒が欲しくなるな
そして肉を飲み込んでの第一声がこれだ。ちなみにマンデルには水しか供されていない。頭痛を堪えるように額を押さえるダニー、その横でベネットは相変わらず笑顔のままだったが、口の端が引きつっていた。
その……そういうわけで、賊についてお話を伺えませんかの? ケイ殿
マンデルを華麗にスルーし、ベネット。
もちろん。と言っても、俺もすぐに逃げ出したから、そんなに詳しくは話せないが
葡萄酒をちびちびとやりながらも、かいつまんで襲撃された際の状況を説明する。場所、賊の数、その装備や練度。
……“狩猟狼(ハウンドウルフ)“ですと?
神妙な面持ちで話を聞いていた一同だったが、ケイが調教(テイム)された狼に追われたくだりを話したところで、その顔色が変わった。
……ああ。二頭は殺した。一頭は運良く鼻を潰せたから、この村まで追ってくることはないと思う
臭いを辿ってこられることを恐れているのだろう、と解釈したケイは、そう言ってベネットたちの懸念を払拭しようとするが、村長親子の顔色は冴えない。マンデルも肉を食べる手を止めて、難しい顔をしていた。
(何だこの地雷を踏んでしまった感)
一瞬で重苦しいものに変わった、場の空気に困惑する。
ハウンドウルフが、どうかしたのか
い、いえ……あの獣は調教が難しく、それを使役する盗賊団となりますと、その、限られてきますから……のう?
ベネットとダニーと顔を見合わせて、ぎこちない笑みを浮かべた。 わかるでしょ? と言わんばかりの態度。
(そう言われてもな)
分からん、知らん。
この世界に来てから僅か数時間。こちらの盗賊事情など知るはずもない。
……『イグナーツ盗賊団』
腕を組んだマンデルが、ぼそりと低い声で呟く。
…………
まさか、ご存じないので?
知ったかぶりをするか、素直に尋ねるか、逡巡している間にベネットに見破られる。
恥ずかしながら、聞いたことがない
なんと
それは
呆気に取られたように、互いに顔を見合わせる村長親子。
イグナーツ盗賊団は、“リレイル”地方一帯を中心に活動する、大盗賊団さ。近頃は、昔に比べると大人しくなった、という話だが……それでも規模が大きすぎて、未だにどこの領主も、迂闊に手が出せないらしい。……ここらじゃ、知らない奴はいないよ
マンデルが真顔で、静かに解説する。言外に、 お前は何処から来たんだ と聞かれている気がしないでもないが、その茫洋とした表情からは真意が読み取れない。ただ外野のベネットとダニーが、顔をひきつらせてマンデルに微弱ながらも殺気を放っているのが印象的だった。
しかし村長親子の態度よりも、ケイには気になることがある。
ここは、リレイル地方なのか?
ケイの問いかけに、マンデルは妙な顔をしつつも、ああ、と頷いて肯定した。
リレイル地方。
ゲーム内においては、マップの南西部のエリア一帯がまとめて、そう呼ばれていた。
平原や草原、丘陵や森林などの緑豊かな地形がその大半を占めており、要塞村”ウルヴァーン”、港町”キテネ”など重要な活動拠点が存在する、ケイのホームとでもいうべき地方だ。
……村長。妙なことを聞いて申し訳ないんだが
はぁ。なんでございましょう
まだ妙なことがあるのか? とその顔には書いてあった。
この村の近くにある、大きな町の名前を教えてくれないか
町、ですか
ベネットがふぅむ、と息をつきながら腕を組む。
まあ、一番近いのは東にある”サティナ”の町でしょう
指をぴんと立てて見せて、代わりに答えるダニー。
サティナ、か……
やはり、聞いたことがない。ケイの顔が少しばかり曇る。
それと、北に行けばウルヴァーンがありますな
ウルヴァーンッ!?
が、それに続いたベネットの言葉に、にわかにテンションが上がる。突然大声を出したケイに、他の三人がぎょっと身を引いた。
いや、失礼、取り乱した。ウルヴァーンといえば、要塞―
村の、と言おうとして、違和感に言葉を止める。
(……。俺は『大きな町(・)を教えてくれ』、と言ったはずだが)
ゲーム内でのウルヴァーンは、確かに大掛かりな工事を経て作られたプレイヤーメイドの村ではあったが、完成したそれそのものは規模としては小さなものだった。
そうです
こくりと頷いたのは、ダニー。
―要(・)塞(・)都(・)市(・)ウルヴァーンですよ
咀嚼し、理解するのに、数秒を要した。
……要塞都(・)市(・)?
ええ、要塞都市
……要塞村(・)でなく?
ベネットとダニーが、そろってブッと噴き出した。
ハハハ……なんともはや。ウルヴァーンが『村』なら、我らがタアフはさしずめ、犬小屋か何かですかな
いや、本当に。規模も人口も、比べるのもおこがましいという奴ですよ
ないない、と手を振りながら小さく笑う村長親子。
どうやらゲーム内とは違い、ウルヴァーンはその規模を変えて、『都市』として存在しているらしい。葡萄酒のゴブレットを揺らしながら、ケイは考える。ウルヴァーンが存在するということは、つまり―
となると、西にずっと行けば港町キテネがあるわけかな