ぶっきらぼうな口調に戻る男。テーブルに銅貨を束ねて置くと、 毎度 とそれらを無造作に前掛けのポケットに突っ込み、のそのそとカウンターへ引っ込んでいった。ぎこちなく、足を引きずるような歩き方―。

よっと、お待たせー。これ何?

入れ違いに、アイリーンが食堂に入ってくる。

ハムとチーズのパニーニだそうだ。今来たばかりだからまだアツアツだぞ

いいな! 食べよう食べよう

いそいそとテーブルに着くアイリーン。 イタダキマース と嬉しそうにパニーニに齧りつくアイリーンを見ながら、早目の昼食と洒落込んだ。

†††

昼食後、身支度を整えた二人は、公都図書館のある高級市街区を目指して、街の中心部へと向かっていた。

ケイとアイリーンがウルヴァーンを訪れた理由は、二人が『こちら』の世界に転移した原因を探ること。

すなわち、ゲーム内に発生した謎の白い霧や、その他の超常現象にまつわる情報を公都図書館で収集することにある。

問題は入館料がいくらになるか、だな

……ああ

頭の後ろで腕を組んで歩くアイリーンの言葉に、懐の財布のずっしりとした重みを感じながら、ケイは頷いた。

公都図書館は、表向きは、貴賎の関わりなく誰に対しても開放されている。が、その代わり入館料がかなり高めに設定されており、実質的に利用できるのは貴族や裕福な商人、知識階層などに限定されているのだ。

世知辛い話だが、これは必ずしも悪いことではなく、裏を返せば利用者の質が一様に高いことを示す。また話によると図書館は、そういった知識階層の社交場(サロン)としても機能しているらしい。

貴族はさておくとしても、学者や商人などの存在は、ケイにとってもかなり魅力的だ。そういった知識人に接触を図れば、より効率良く情報を収集できるのではないか―とケイは期待している。

さて、となれば一番の問題は、やはり馬鹿高いと噂の入館料だ。具体的にいくらかかるのか―ウルヴァーンの住民たちに聞き込みを試みたが、そもそも一般人は図書館にさほど興味を抱いておらず、入館料がいくらなのかを具体的に知る者はいなかった。

というわけで、今回ケイは、手持ちの現金を全て持ってきている。金貨一枚に、銀貨が数十枚。粗食に甘んじれば、大の大人が十年は食い繋げられる額だ。

流石に、これだけあれば足りると思うんだがな……

不安げに呟きながらも、つい周囲の通行人へ必要以上に警戒の目を向けてしまうケイ。全財産を持ち歩いているのはいつものことだが、今は街中ゆえに武装を解除しており、どことなく心細い。

財があれば襲われる前提、襲われれば武力で制圧する前提で思考が回るあたり、ケイも大分この世界に馴染んできている。おっかない雰囲気を漂わせるケイに、逆に通行人の方が足を速めて、逃げる様にその場から去っていく始末だった。

ケイ……もうちょっとリラックスしろよ、それじゃ逆に怪しいぜ

むっ。普通にしてるつもりだったんだが

臨戦モードに突入しつつあるケイを、呆れ顔で諌めるアイリーン。全く自覚のない様子を見て(重症だな……)という思いを強くするが、ここ二週間の経験を振り返り、それもやむを得ないことかも知れないと思い直した。

(平和ボケするよりマシか……)

むしろアイリーン自身が、街中だからという理由で気が緩みつつあったことを自覚し、改めて気を引き締める。

そんなこんなで、無駄に切れたナイフのような空気を纏う二人であったが、公都の中心で真昼間から暴漢が出現するはずもなく、そのまま高級市街への入り口である第一城壁に辿り着いた。

ぐるりと市街を取り囲む、分厚い強固な城壁。城門から垣間見える、一般市街よりも洗練された石と煉瓦の街並み。壁の高さは六メートルほどだが、ウルヴァーンは岩山の斜面に築かれているので、下方に位置するケイたちからは体感的にもっと高く感じられた。

五十メートルごとに間隔をおいて設けられた城門には、もれなく落とし格子と鋲打ちされた木製の大扉が備え付けられ、斧槍(ハルバード)と細剣(レイピア)で武装した衛兵が二人ずつ、城壁の外を行き交う市井の民に鋭い視線を向けている。

大勢の人々で賑わう一般区に対し、城壁の近くは、まるで波が引いたかのように閑散としていた。近寄る者がいない―というべきか、城門を抜ける者も殆ど見受けられず、城壁を隔てた向こう側には、まるで別の世界が広がっているかのようだ。それを奇妙に思いつつも、ケイたちが城門をくぐり抜けようとすると、

止まれ

両脇の衛兵が斧槍を交差させて行く手を遮った。

目を引く赤色の衣の上に金属製の胸当てを装備し、派手な羽根飾りのついた兜は、面頬が仮面のように目元を覆い隠す造りになっている。その奥から覗く瞳が、威圧的にケイたちを見据えた。

見慣れぬ者だな

一級市街区へ、如何なる用か

訝しむ様子を隠しもしない、何処となく傲岸な態度。怪しまれる覚えのないケイとアイリーンは、きょとんとして顔を見合わせる。

……図書館に行こうとしているだけなんだが

ふむ、

ケイの顔、アイリーンの顔、ケイの弓ケース、アイリーンが腰に差す短剣、といった風に視線を動かした衛兵は、おもむろに口を開いた。

―許可証、あるいは身分証を提示せよ

えっ

同時に困惑の声を上げたケイたちは、再び顔を見合わせる。

図書館に行くのに、身分証が必要なのか?

一級市街区に入れるのは、市民及び許可を得た者に限られる

マジか……

また、仮に身分証があったところで、特別な許可なしに武装を内側に持ち込むことは、まかりならんぞ

事務的に、そして有無を言わせぬ口調で、交互に説明する衛兵二人組。まさか、図書館に入る前に足止めを食らうとは想定外だった。 えー…… と硬直したままのケイとアイリーンに、衛兵たちは呆れた様子で姿勢を崩す。

……そもそも、草原の民と雪原の民が、公都図書館に何の用がある

先住民と辺境の蛮族に、文字を読む風習があったこと自体が驚きだな。それにしても、城門をくぐり抜けたところで、お前たちに入館料は払えるのか?

片方の年配の衛兵は疑念を滲ませる声で、もう片方の若い衛兵は嘲るような口調で。困ったように、表情を曇らせたケイは、おもむろに片手を懐に突っ込んだ。

図書館の入館料ってのは具体的に幾らなんだ? 聞いて回ったんだが、知ってる人がいなくてな

年間、銀貨五十枚だ

ケイの問いかけに、 どうだ払えまい とばかりに胸を張る若年の衛兵。兜のせいで口元しか見えていないが、ドヤ顔をしているのが手に取るように分かった。

成る程……

懐からもったいぶって財布を抜き出し、わざとらしく中身を確認する。

払えない額じゃないな

大きく膨れた巾着袋、その口から覗く金と銀の色に、二人の衛兵が動きを止めた。ふふん、と二人の反応を堪能してから、ゆっくりと見せつけるように、再び財布を懐に仕舞い込む。

……。見かけによらんもんだ

やがて、ぼそりと年配の衛兵が呟いた。彼らが意表を突かれるのも無理はない、日本で言うならば、みすぼらしい身なりの若者がいきなり懐から数百万円の札束を取り出したようなものだ。

現状、ケイもアイリーンも服飾には全く金をかけていない。ケイの方は飾り気のない肌着と、防具としても機能する革のロングベスト。アイリーンに至ってはタアフ村で譲り受けたお古の農村娘スタイルだ。せめてケイが革鎧を含むフル装備であれば話は別なのだが、この状態では貧乏人と見られてしまっても致し方ない。

……まあ、金があるのは分かった。が、それと城門を抜けることとは、別問題だ

呆気に取られた状態から再起動を果たした若い衛兵が、やや憮然とした様子で言い切った。袖の下でも要求されれば―と考えていたケイは、己の考えが甘いことを悟る。

なあ、身分証とか許可証ってのは、どうやったら取れるんだ? 要は素性の分からない奴は入れられない、ってことなんだろ?

その時、静観していたアイリーンが、衛兵二人に無邪気に問いかけた。

……許可に関しては、我々の関知するところではない。役所に行くことだな

先に答えたのは、年配の衛兵。

役所ってーのは何処に?

城壁に沿って南に行けばいい。ここからだと歩いて十分もかからないだろう。赤煉瓦の建物で、おそらく入口に人が並んでるから、見ればすぐに分かる筈だ

分かったよ、ありがとうオッちゃん!

……なぁに、いいってことよ

アイリーンの特上の笑顔を向けられて、年甲斐もなく照れた風の衛兵。美人は得だな、などと他人事のように思いつつ、ケイも礼を言ってから、その場を辞した。

……で、どうする?

しばらく歩き、衛兵たちから離れたところで、ボソリとアイリーン。

……まあ、行ってみるしかないだろう

だな。それにしても証明書がいるだなんて聞いてないぜ……

誰か教えてくれてもよさそうなもんだが

……ホントに必要なのか? もしかしてオレたち、体よく追い払われた?

その可能性も否定できんが……

聞き込みを試みたここの住人は勿論のこと、ホランドら隊商の面々にも、ウルヴァーンを訪れた目的が図書館であることは話している。にも拘らず、高級市街に入るために許可証が必要であることは、誰一人として口にしなかった。

……しかしいきなり騙そうとするもんかな

怪しいと思われたのか、……単純に性格が悪いのかも知れないぜ? ここの連中、なんつーか余所者に冷たいカンジがする

少し、ふてくされたように頬を膨らませて、アイリーンが言う。それに対しケイは唸るのみで、口には出さなかったが、それは無言のうちの肯定だった。

先ほどの衛兵の若い方もそうだが、ウルヴァーン市民は、どことなく余所者を見下している感がある。聞き込みの際も、ケイたちとは殆ど目を合わせず、返答も投げやりでぶっきらぼうだった。公都の民であるという自尊心からなのか、はたまた単純に排他的なだけなのか。サティナに於いても、“戦役”の記憶から、草原の民を毛嫌いしている住人は度々見かけられたが、ここはそれに輪をかけて酷いという印象だ。

例外的に、余所者と接することが多い宿屋の従業員や、客商売に関わる商人は一様に愛想がいい。が、裏を返せば、それ以外は―

―あんまり、居心地の良い街じゃなさそうだな

オレたちには、な

ふぅ、と溜息をつくアイリーン。随分とブルーな様子だ。ひょっとすると、生まれで差別されるのに慣れていないのかもしれないな、とケイはふと、そんなことを思った。

あまり愉快でないお喋りに興じているうちに、衛兵の言っていた役所に辿り着く。

木造と石造の建築物が混在する中、赤煉瓦で統一された役所は特に目立っていた。入口付近には衛兵が立っており、扉の上には小さなウルヴァーンの旗が翻っている。赤地に竜の紋章―煉瓦然り、衛兵の装備然り、この色はウルヴァーンの象徴なのかもしれない。

入口からはみ出る形で、そこには十数人の市民が列を為していた。彼らに奇異の目を向けられながらも、最後尾に並ぶ。

そして待つ。

…………

ただ、待つ。

(……。暇だ)

このとき、二人の見解は一致していた。

当たり前だが、このような事態は想定していなかったので、暇潰しになるような物は何も持ってきておらず。

かといってすぐ近くには他人がいるので、踏み入った話もし辛い。

『―よし、精霊語(エスペラント)で話そう』

『いいな!』

切り出したケイに、アイリーンは一も二もなく乗ってきた。

『……で、何の話?』

『まあ、図書館について、かな』

突如として謎の言語での応酬を始めたケイたちに、周囲はさらに奇異の目を向けたが、二人とも気付かない。

『実際のところ、オレ、あのくらいの壁なら越えられるぜ?』

顎で第一城壁を示しながら、アイリーン。高くそびえ立つ、白塗りで凹凸もない壁だが―ゲーム時代のアンドレイの能力を思い出し、ケイはさもありなんと頷いた。アイリーンは今でも鉤爪付きのロープを持っている筈だ。

『それは最終手段だな』

『ダメか?』

『悪くないが、俺も入りたいしな』

『上からロープを垂らせばイケるんじゃね?』

『夜なら大丈夫か? しかし、図書館が開くまでかなり待たないと……』

『うーん……そうだな。オレだけならいいケド、明るくなったあと、ケイが何処に隠れるかが問題だ……』

英語よりも貧弱な語彙を互いにもどかしく思いながら、ああだこうだと侵入計画について話し合う。そのお蔭で待ち時間もあっという間に過ぎ、三十分ほど待ってから、ケイたちの番となった。

……次ー

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