そもそもダンジョンキューブを見て、自分で操作するものであると見抜けるはずがないのだ。Olがサルナークの斬撃を防いだ部分は自動的なもので、操作など一切していないのだから。
だがそれに気づいた理由はどうあれ、こうまでされては流石に取引は成り立たないだろう。別の手を考えなければならない。
いいだろう。商談成立だ、瞳を持ってこい
だからそう言ってのけるサルナークに、Olは驚愕した。
奴隷の一人が運んできた箱から、サルナークは石を取り出す。
それはフローロの瞳にそっくりな、漆黒の石であった。球体だったOlの魔術防護とも、石英の原石のようだった言語スキルとも違う。美しくカットされた、宝石のような石だ。
そら。これが瞳だ
サルナークはOlからダンジョンキューブを受け取って、瞳を無造作に投げ渡す。それを受け止めたOlの右腕が、ずるりと落ちた。
何のつもりだ
肘から先が切り落とされ、地面に転がる右腕に、Olは低い声で問う。
商談は無事終わったろ?
血に赤く濡れる剣を閃かせ、笑みを見せながらサルナークは答えた。
こっからは、強奪の時間さ
第2話奪われたものを取り戻しましょう-3
約束は違えてないだろ?なあ?オレはちゃんと約束通り、貴様に瞳を渡した
転がるOlの右腕を蹴り飛ばし、サルナークは地面に落ちたフローロの瞳を拾い上げる。
ただ不幸なことに、その後貴様は強盗に遭う。ただそれだけの話だ。ナギア!
サルナークが声を張り上げると、部屋の外で待機していたナギアが戸惑いながら入ってきた。
サルナーク様これは、一体
貴様がこの男と通じているのはわかっている。おっと、余計な事を命じるなよ
腕を押さえるOlに剣を突きつけ、サルナークはナギアに顎をしゃくった。
こいつから、この石壁の鎧とかいうのを操るスキルをいや、面倒だ。こいつの持っているスキルを全部奪え。悪くない商談だろう?貴様の全てと、生命を交換だ
そうか。目か
Olが呟くように言った瞬間、彼の左脚が切り裂かれた。
余計な事を言うなって言っただろう?だがまあ、教えてやる。その通りだ。オレはこいつで、貴様とナギアのやり取りを全て見聞きしていたのさ
フローロの瞳をチラつかせながら、サルナークは笑う。
愚かな魔族め。その本当の価値もわからないままに、貴様はオレにこれを差し出したな
サルナークが嘲笑っているのはOlではなく、ナギアだ。彼女の鑑定では、スキルの名前はわかってもその効果まではわからなかった。ただの瞳でないことはわかっても、具体的にどれほどの効果があるかまではわからなかったのだろう。
これこそは支配者の瞳。全ての魔族を支配し従える、魔王の瞳だ!
魔王、だと?
Olは驚愕に目を見開く。その右足に、剣の切っ先が突き刺さった。
ぐぅっ!
おっと、あんまりやり過ぎるとそろそろ死ぬか?殺して奪ってもいいんだが、聞きたいことは色々あるからな舌は残しておいてやる。ナギア。さっさと奪え
剣を引き抜き、つまらなさそうにサルナーク。
待ちなさい!
そこへ、突然フローロが現れて割って入った。
おっと魔王陛下御自らお出ましか。ご機嫌麗しゅう、元、魔王陛下
サルナークは元に殊更アクセントをつけて、慇懃無礼に礼をしてみせる。
へ陛下!?
ナギアはそれを知らなかったのか、驚きに目を見開いた。
Ol。私の配下になると誓いなさい!そうすれば助かります!
おっと、そうはさせるか!貴様ら、そいつを黙らせろ!
サルナークの命令に、彼に従う奴隷たちは皆戸惑いの表情を見せる。
やれ!
だが重ねてサルナークが命じると、奴隷たちは一斉にフローロに向かって襲いかかった。
Ol!お願いです!私の配下になる、と!
奴隷たちによって取り押さえられ、床に押し付けられながらもフローロは叫ぶ。
黙れ!
サルナークは彼女に向かって剣を振り上げ──
断る
Olの言葉に、ピタリとその動きを止めた。
何だと?
断る、と言った。俺とナギアの会話を全て聞いていたというのなら、お前も知っていよう。俺は誰にも従わぬ。生きる道は己で決める
サルナークのみならず、奴隷たちも、ナギアも、フローロもぽかんとしてOlを見つめた。
配下になると言ったとして、Olに何が起こるのかはフローロ以外にはわからない。しかし彼女がOlを助けようとしたのは明白であった。その救いの手を、Olは自ら跳ね除けたのだ。
──ハ
最初に我に返ったのは、サルナークだった。
ハハハハハ!いい啖呵だ。貴様の方がよほど王に向いているんじゃないか?
髪をかきあげ可笑しそうに笑い。
ではその選択通りナギア。そいつのスキルを全て奪え
己の奴隷に、そう命じた。
ナギアは言われるがままにOlの胸元に手を差し入れそして、引き出す。
そこに現れた巨大な光の結晶に、サルナークは目を見開き、感嘆の声を漏らした。これほどの量、これほどの輝きを持つスキルは、彼も初めて目にするものだった。
今日は最良の日だ。魔王の瞳と、魔王本人、そして未知のスキルが手に入った。これでオレは壁族に返り咲くことが出来る!こんな最下層とはおさらばいや、これさえあれば、最上層民王族になることだって夢じゃない!
哄笑を上げながらOlのスキルへと手をのばすサルナーク。しかしその手は、虚空を掴んだ。
スキルの結晶を高く持ち上げ剣を構えるナギアに、サルナークは鋭い視線を向ける。
ち、違うんです、サルナーク様!これは身体が、勝手にっ!
ナギアの剣が横薙ぎに振るわれ、サルナークの首を打つ。彼は避けもせずにそれを受けた。
Ol。これはお前か
Olはナギアに言葉を発してはいないし、事前に命令していた様子もない。ということは、彼は言葉を発さずともナギアを操ることが出来るのだ。
だが無駄だ。オレの鋼の盾は崩せん
何度も振るわれる白刃を気にした様子もなく、サルナークはナギアに間合いを詰めていく。一体どういう原理なのか、肌どころか着ている衣服すら傷ついていないようだった。
ぐい、とサルナークがナギアの上で無造作に掴んだその時。ナギアは大蛇のようなその下半身を、サルナークにぐるりと巻きつけた。
たとえ一切の傷がつかないとしても、拘束されることはどうか。
無駄だと言っているだろう
だがサルナークは事も無げにナギアの下半身を押し広げ、こじ開けた。ただ攻撃が効かないだけではない。物理現象に干渉する効果をも持っているらしい。
停止、か
ぼそりと呟くOlに、サルナークは眉を上げた。
触れたものを停止させるそれはつまり、力を失わせるということだ
だから剣で切りつけても傷がつかないし、大蛇の尾で締め上げても簡単にこじ開けることが出来る。ということは恐らく炎や毒も同様だ。それらは小さな目で見れば、結局の所物理的な現象に過ぎない。
彼の鋼の盾はその名に反して、ほとんどあらゆる攻撃を無力化する。だからこそ、Olのダンジョンキューブが炎を防げると聞いても、さしたる興味を示さなかったのだ。
オレのスキルの正体に勘付いたやつは貴様が初めてだ。まあ
サルナークはナギアの剣を弾き飛ばし、蹴り倒す。
気づいたところで無意味だがな
そして、その手から転がったOlのスキルに向かって手を伸ばした。
フローロの目の前に転がった、そのスキルへと。
離しなさい、無礼者っ!
フローロの怒声に、奴隷たちの力が緩む。その隙をついてフローロは拘束から腕を引き抜き、スキル結晶を掴む。そして、一息にそれを飲み込んだ。
な貴様!
反射的にサルナークは剣を振るう。だがそれは、堅牢な石の壁に阻まれた。
その光景にOlは愉快げに声を漏らす。
これ、は
そして彼以外のものは、やってのけたフローロを含め絶句した。サルナークの剣を防いだ石壁は、ダンジョンキューブのものではない。
このダンジョン自体の床から、飛び出したものだったからだ。
え、えいっ!
呆然とする奴隷たちを、その壁が更にせり出し弾き飛ばす。
馬鹿な新しい壁を作り出すスキルだと!?
狼狽えるサルナークをよそにフローロは立ち上がると、ゆっくりと埃を叩きながらOlに視線を向けた。
俺の術、しばし貸してやる。好きに使ってみろ
ありがとうございます。では、お借りします、Ol
フローロはぺこりと頭を下げ、改めてサルナークに向き直ると、彼をきっと睨みつけて言った。
私の瞳返してもらいます、サルナーク!
第2話奪われたものを取り戻しましょう-4
それで優勢にでもなったつもりか?
動揺を押し殺しながら、サルナークは剣を構える。
忘れたかも知れないが、全く同じスキルを持ったOlはあのざまだ。貴様がそれを手に入れたところで、オレに勝てるとでも?
不意をついたとはいえ、サルナークはOlを一方的に倒してみせたのだ。フローロが同じスキルを手にしたとしても、付け焼き刃の彼女はOlより弱いことこそあれど、強くなるはずがない。
サルナークの考えは道理であり、正しいものだ。
──ただしそれは、フローロの受け取ったものがスキルであればの話だった。
ぐっ!?
フローロに斬りかかろうとしたサルナークは、突然地面からそびえ立った柱に額をぶつけ、苦悶の声とともに数歩たたらを踏む。
馬鹿なオレの身体に傷をつけただと!?
そして、自分が痛みを感じていることに驚愕した。
貴様、何をした!?
フローロは答えず、サルナークをじっと睨みつける。
答えろッ!
サルナークは叫び、斬撃を見舞う。だが今度は壁から生えた横向きの柱がその一撃を防ぎ、同時にサルナークの腕をしたたかに打ち付けた。
ぐ、うっ!
やはり、鋼の盾の力が無効化されている。スキルを失ったわけではない。そんな隙はなかったはずだし、己の内側に意識を向ければそれは確かに存在している事がわかった。
だが事実として、フローロの攻撃は彼にダメージを与えているのだ。
これがOlの未知のスキルの力なのか。あるいはフローロの持つ魔王としての能力かも知れない。
舐めるなァッ!
槍のように襲いくる柱をかわし、サルナークは距離を取ろうとするフローロへと突き進む。柱はどこから出てくるかわからないのが厄介だが、かわせないほどの速度ではない。
ぐっこれしきっ!
そして柱から受けるダメージも、そこまで高いものではなかった。慣れぬ痛みに初めの頃こそ動きを止めてしまっていたが、覚悟さえしていていれば致命的なものではない。
喰らえッ!
そしてついにサルナークはフローロの眼前まで辿り着くと、その首を刎ねるべく刃を振るった。盾を作るように柱が伸びるが、サルナークの剣速には間に合わない。それは違わずフローロの首筋を捉え──
そして、空を切った。
何ッ!?
先程から微動だにしないフローロが、その一撃をかわしたわけではない。しかしサルナークの手元が狂って外したというわけでもない。ならば何故、剣はフローロの頭の上を通り過ぎているのか。
床か!
一瞬の後、サルナークはそれに気づいた。彼の踏みしめる床そのものが、せり上がってきている。柱を生み出すだけでなく、広範囲の床面さえも生み出せるとは。
小癪なッ!
反射的に飛び降りようとするサルナークを邪魔するように、せり上がる床面から更に柱が立ち上る。その間にもどんどん天井は、サルナークを押しつぶさんと迫っていた。
焦るサルナークは一箇所、邪魔をする柱が少ない場所を見出し、そこに飛び込もうとして
突然、その動きを止めた。
ずん、と低い音が響き渡り、せり上がる床が止まる。それは天井と床の間にサルナークが完全に挟まれ、押しつぶされたことを意味していた。その結果にフローロは目を見開く。
ハ
逃げ道を用意しておいたにも関わらずサルナークが圧死したからではない。
ハ、ハ、ハ、ハ、ハ!そういう、ことか!
彼が無事であるということを、フローロはわかっていたからだ。
つまらないトリックだ。まさかオレの鋼の盾に、そんな弱点があったとはな!
柱が鋼の盾を持つ彼に痛みを与えたのは、Olの未知のスキルの効果でも、魔王の能力でもなんでもない。
鋼の盾は自分自身の力からは、身を守れない。そんな、能力の制約のためだ。自分で自分を攻撃するなど、サルナークは今まで試したことは一度もなかった。
だが考えてみれば当然のことだ。あらゆる力を無効化しては、歩くことすらできなくなってしまう。自分の脚で床を蹴り、自分の体を押す力はきちんと受ける必要があるのだ。
そう考えてみれば、サルナークが痛みを感じたのは単純で馬鹿馬鹿しい理由。ただ飛び出した柱に、自分からぶつかっただけだ。