Olは意識すればそれより高度な対抗魔術をいくつも使うことができる。例えば高度な術をも無効化するものや、相手に無効化したことを気づかせずに術の性質を解析するもの、そして今使った術の内容を相手にそのまま跳ね返すものなどだ。

ぜひともそのスキルもお売り頂きたいところですわねあら?

言いつつ、ナギアはOlから受け取った結晶を口に含む。そして、怪訝そうに眉を寄せた。

何、なんですの、これは?

言っただろう。それはスキルではなく、術だと

スキルという言葉が技術と異なるのは、それは独立しているということだ。前提となる他のスキルというものが存在せず、単独で扱える。

だが、Olが培ってきた術はそうではない。あらゆる術が別の術と相互に関連し、積み重なり、体系だって成り立っている。だからこそ、術一つだけを取り出しても何の役にも立たないし、逆に一つだけを抜かれても他の知識からそれを補完できる。

Olは既に抜き取られた魔術防護を己の中で再発明していたし、逆にナギアにはそれを扱うことが出来ない。前提となる魔力の収束も、それを全身に巡らす方法も、無詠唱で魔術を扱うやり方も、何もかもわからないからだ。

言うなれば、一つたりとて聞いた覚えのない材料、調理法の載ったレシピだけを渡された状態に近い。一方でOlは、作り方を忘れても何を作りたいかは覚えているのだから、一からレシピを考案することが出来る。

つまりこれは最初から、彼にとっては一切の損のない取引であった。

さて、約束通りフローロの瞳を渡して貰おうか

承服、しかねますわ

手を差し出すOlに、ナギアは不満げに顔をそらす。

このようなもの、不良品じゃありませんの!取引に応じるわけには参りませんわね

俺は、最初からスキルではなく術だと言っただろう。それとも約定を違えるというのか?

Olの言葉に、ナギアはクスリと笑って答える。

あら。そんな約束、しましたかしら?

すらり、と彼女の腰から剣が引き抜かれる。やはり最初からまともに取引する気などなかったのだ、とフローロは歯噛みした。もっと強くOlを引き止めていれば、と悔やんでももう遅い。

だがOlは悔しそうな素振りなど一切見せずに、静かにそう答え。

では、魔術師相手に約定を違えた報いを受けよ

呟くように、そう告げた。

あっあああああ!?

途端にナギアは剣を取り落し、地面に転がる。

痛い!痛い痛い痛い痛い!何をッ!しました、の!?

異な事を言う。したのはお前の方であろう?

悶え苦しむナギアを見下ろし、Ol。

その表情を見て、フローロは戦慄した。

人をいたぶり、苦しめ、傷つけることを楽しむ者は多い。彼らはそうするとき決まって笑みを浮かべる。陰惨で下劣な、汚らわしい笑みを。

だがOlは、全くの無表情だった。彼はナギアの苦しみを全く楽しんではおらず、それどころか興味すら持っていない。

魂を締め付ける痛みだ。肉の痛みと違って慣れることも狂うことも出来ぬ

ただ必要だからしただけ。

それは加害を楽しむ事よりも、よほど恐ろしいことに思えた。

許してっください、ませっ!お願いっ!お願い、しますっ!

耐えきれない苦痛に涙を流しながら、ナギアはそう懇願する。

痛みから解放されたいなら簡単なことだ。お前が約束を守ればいい

持ってないん、ですぅっ!フローロの瞳は主人にサルナークに、渡してしまい、ましたのっ!

ではやはり、ナギアは最初から約束を守るつもりなどなかったのだ、とフローロは思う。しかしOlはそれをわかった上で彼女と約束した。そちらの方が衝撃的で、ナギアを責める気にはなれなかった。

そうか。ならば仕方がないな

Ol!もう、許してあげてくれませんか?

見るに見かねて、フローロはOlにそう頼んだ。

許すも許さぬもない。約束とは契約であり、契約とは呪い。魔術師との契約を破るというのはこういうものなのだ。俺が今、こいつを苦しめる何かをしているわけではない

つまりOl自身でさえも、ナギアの苦痛を止めることは出来ない。言外にそう告げる彼の言葉に、ナギアの顔がみるみるうちに青ざめていった。

それはそれは、あまりにも哀れではありませんか。これほど苦しむ程の咎を、彼女はなしたというのですか?

俺を心配し止めていたくせに、おかしなことを言うやつだ。しかしまあ、呪いを解く方法はないではない

一筋の光明に、ナギアはOlの足に縋り付いた。

お願いっ!しま、す!何でも、しますからぁ!この痛み、を?

そしてそう懇願して──

唐突に、己の身体から痛みが引いていることを悟る。

ああら?

言ったな

Olはニヤリと笑って、ナギアを見下ろし、告げた。

何(・)で(・)も(・)す(・)る(・)と。今度はその約束、違えるなよ

ナギアは自分が口走った言葉がどれほど致命的であるかを悟るのに、それから更に数秒の時間を要したのだった。

第2話奪われたものを取り戻しましょう-2

サルナークは鋼の盾と呼び称される、この最下層の支配者です

己の主について知りうることを話せ。

そう命じられたナギアは、そう切り出した。

鋼の盾だと?

わたくしが見た限りでは、物理攻撃無効というスキルのことですわ。ありとあらゆる攻撃は彼には一切通じませんの

彼女は鑑定がOlに弾かれたことに驚いていた。つまり通常は鑑定を阻害するようなスキルなど存在しないし、そもそも相手を鑑定したことにも気づかれない。

故に当然のこととして、ナギアはサルナークの能力を鑑定していた。その上で、彼にはけして敵わないことを悟り、奴隷としての立場に甘んじていたのだ。

ふむそれで?

それで?ええとそれに、凄腕の剣の使い手でもありますわ。彼の剣技のレベルは5ですの

確かナギアは2だったか、とOlは思い出す。恐らく数字が大きいほど強いということなのだろうとは思うが、基準はよくわからなかった。

例えば純粋な剣の技術を比べたとき、ユニス、ナジャ、ホデリの三人の中でもっとも下手なのはユニスである、と聞いたことがある。だが、実際に戦えば勝つのはユニスだ。技術以前に、素の身体能力に大きな差があるからである。

つまり強さというのは、単一の数字だけで比べられるようなものではない、というのがOlの感覚であった。だがナギアにとってはそうではないらしい。

うむ。それで?

さっきからそれでってなんですの!?Ol様は何が知りたいんですの?

何って

Olはちらりと視線を下に向け、己の腰にしがみつくようにしながらずりずりと引きずられているフローロを見やった。

こいつがこんなに俺を引き止める理由だ

それはOl様を心配しているのでしょう。サルナークは冷酷で容赦のない男ですわ。無事で済むとは思えません

まあそれは、ナギアのような女を使役している時点で何となくわかる。

Ol、駄目です!サルナークの鋼の盾にはどんな攻撃も通じません。勝てるわけがないのです!

それについてはわたくしも同感ですわ。Ol様が底しれぬ力の持ち主だということは理解しましたけれど、サルナークの前では全てが無意味なのですから

口を揃えて言う二人に、Olはううむと唸った。

他に特筆するような能力はないのか?

物理攻撃無効。鋼の盾。

詳しい効果は検証してみてみなければわからないのだろうが、Olがその言葉から感じた印象は酷く不完全というものであった。

物理攻撃とわざわざ明言するということは、非物理的な攻撃は効くのだろう。

鋼は確かに硬く強靭な金属であるが、絶対に破壊できないわけではない。

そもそも盾という防具そのものが、攻撃に対して能動的に扱わなければいけないという性質を持っている。

それは、Olの思う無敵からはかけ離れていた。

少なくとも不死身だとか不滅だとか全知全能だとか、Olが今まで相手にしてきた存在と比べると随分隙が多いように思える。

無敵の盾と剣技。それだけで十分以上に恐ろしいと思いますけれど

困惑したように、ナギア。彼女には事前に、虚偽や隠し事をしないように命じてある。ということは本当にそれ以上の能力はないのだろう。

まあ、それならそれでいい

それが本当であるにせよないにせよ、Olにとって油断をする理由にはなりえない。

商談に移るとするか

ただ決めた事を、粛々と実行するだけだ。

商談だと?

革張りの椅子に深く座り、胡散臭げに視線を向けるサルナークは美しい男であった。

艶のある黒い髪とすらりと通った鼻筋は女と見まごうばかりだったが、しっかりと筋肉のついた上背のある体躯と鋭い瞳からは、むしろ精悍さを強く印象付けられる。

彼の周囲にはフローロのように角の生えたもの、翼を持つもの、深い毛に覆われたものなど、人ならざる種族の奴隷が数多く侍っていたが、サルナーク自身は角も翼も鱗も尾も生えていない、純粋な人間のようであった。

ああ。鋼の盾サルナークに相応しい代物を持ってきた

彼の住む一際大きな部屋に単身乗り込んだOlは、そう言って懐から手のひらほどの大きさの石の塊を取り出した。

なんだ、それは?

青白く光る線が走った、濃い灰色の立方体。何の役に立つのかもわからぬそれに、サルナークは露骨に興味を失いながら問う。

そうだな石壁の鎧、とでも呼ぼうか

それはダンジョンキューブであった。ダンジョンという語彙を持たない言葉で、Olは名称を捻り出す。

石壁だと!?

名を告げた途端、サルナークは椅子から立ち上がり、身を乗り出した。

ああ。俺を攻撃してみろ

その急激な反応に多少戸惑いつつも、Olはダンジョンキューブを手のひらに乗せてそう告げる。次の瞬間、Olの喉元に石壁が現れて火花が散った。

上、下、左、右、斜め、正面。立て続けに火花が散り、Olの目では見ることすら出来ない斬撃を、ダンジョンキューブの見えざる迷宮(ラビュリントス)が防いでいく。

これでも防ぐか!

興奮した様子でサルナーク。そう言いながらも、彼の剣速はますます上がっていった。防ぐ瞬間、Olの持つキューブからは石壁が伸びる。どれほどの速度であれば防御が間に合わなくなるのか試しているのだろう。

だがそれは無駄な試みであった。石壁は防いだ瞬間に実体化しているように見(・)せ(・)て(・)い(・)る(・)だけで、実際は防ぐ前からそこに存在しているからだ。

だがそれにしても、早い。無数の斬撃は石壁の実体化が消える前に放たれ、Olはほとんど全身を石壁で覆われているような状態になっていた。

このオレの斬撃を凌ぎ切るとは!これはどうやら本物のようだな!

サルナークは興奮した様子で言いながら、チン、と音を立てて、剣を鞘に収める。

この鎧が防げるのは斬撃だけではない。炎や毒といった、物理的でない脅威からも身を守る事ができる

ふむ?そうか

だが続くOlの説明には、サルナークはさしたる反応を見せなかった。彼の能力が本当に物理攻撃のみを無効化するというのなら、十分価値のある情報だろうと思ったが、とOlは内心首をひねる。

これと、お前がナギアから受け取ったというフローロの瞳を交換してもらいたい

ああ、構わん──と、言いたいところだが、その前に一つ聞きたいことがある

サルナークは鋭い視線をOlに向け、問うた。

それはオレにも使えるものなのか?

Olは思わず目を見開きそうになるのを堪える。

使える。まあ、多少の訓練は必要かもしれないが

ここで嘘をつくわけにはいかない。ナギアのように呪いをかけるのであれば、取引そのものは公正である必要があるからだ。

多少の訓練──か。貴様の見立てだと、オレはそれに何年くらいかかる?

サルナークは更に深く切り込んでくる。

個人の素質にもよる。お前の能力は知らないから、正確なことは言えないが

世界でも屈指の魔力操作能力を持ち、その生涯の大半を迷宮作りに捧げてきたOl。ダンジョンキューブはそんな彼だからこそ操れる魔道具だ。つまりそれを十全に使うためには彼と同じ領域まで鍛え上げる必要があり

七十年はかかるだろうな

彼が今までの人生で費やしてきた以上の時間はかかるであろうことは確かだった。

ハ!七十年だと!これはまたとんでもない物を売りつけようとしたものだな?

サルナークはOlの言葉に怒るどころか、愉快そうに笑ってみせた。

質問が致命的すぎる、とOlは思う。全くの未知の道具を見せられ、それを自ら操るものであると看破し、具体的な期限までをも確認してくる。それは、Olの想定の範囲を大きく超えていた。

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