それが、その一人です。一人で、落とし穴に落ちました
一人だと?
相手はどのような手段を用いてかはわからないが、フローロの動向を掴んでいる。ならば、サルナークがその配下になったことも知っているだろう。
コートーの主人は鉄の腕の異名を持つラディコという男であるという。鋼の盾を持ちあらゆる攻撃を無効化するサルナークとは相性が悪いはずだ。ならば部下を用い集団で襲ってくるだろうという事を想定しての罠であった。
罠というのは侵入を完全に阻むものでも、一撃必殺を狙うものでもない。侵入者の勢いと戦力を削ぐためのものだ。
罠があれば人はそれを警戒する。疑心暗鬼は足を鈍らせ、精神を摩耗させる。小さな傷も積み重なれば大きな物となり、体力を奪っていく。
だが敵がたった一人であるならばあまり意味がない。直接打倒した方が手っ取り早いしコストもかからないからだ。
まあ、罠にかかったならいい。捕らえに行くぞ
落とし穴と言っても致死性のものではない。行動力を奪うためのものだ。一人であれば這い上がることも不可能だろう。
いえ穴の中から飛び出てきました
何せここは最下層だ。下の層に突き出る心配がないから、壁や床を操ることの出来るOlにとっては、深くする分にはいくらでも深い穴を掘ることが出来る。かなり深くした上に、すり鉢状の逆に下に行くほど広くなる穴を掘ったから壁面を伝って登ることも不可能なはず。
す、すごい勢いで走ってきまあっまた罠にかかった。吊るされてます
吊るされたということは引っかかったのはくくり罠(ワイヤートラップ)だろう。見づらく迷彩された紐に脚を引っ掛けると、輪にした紐が脚を締め付けそのまま中空に吊り下げるという罠だ。
森の中に張るならともかく、紐を隠すもののないダンジョン内では比較的発見が容易で避けやすい罠なのだが
あっ、紐を引きちぎって降りてすぐ落ちました!?
それを跨いで避けると、直後の落とし穴に落ちるように設置してあった。いわゆる二段構えの罠なのだが、ご丁寧にその両方に引っかかるとは、よほど注意力のない相手らしい。
あっでもまた出てきました!だいぶ頭に来てるみたいです!すごい速度で走ってあっ、捕捉範囲から抜けちゃいました
まあそうなるだろうな、とOlは額を押さえる。一つ目の落とし穴と深さにそう差はないのだから、抜け出すだろう。普通ならば冷静さを失った相手というのは罠にはめるのに最適なのだが、ラディコはそれを強引に突破するパワーを持っているらしい。
詳しい事情を探るため、罠の大半を非殺傷性にしておいたのが仇になった。部屋の外からドカバキと破砕音が聞こえてくる。ラディコはだいぶ近づいてきたようだ。
あっ、サルナークが戦闘に入りました。えっ嘘!?鋼の盾に物理攻撃は効かないはずじゃあ
フローロが驚きに目を見開くが、Olは驚かなかった。敵が一人であるという時点で半ば予想していたことだ。サルナークの能力を知った上で突撃してきたなら、それをどうにかする手段を持っているのは当たり前のことだ。
フローロ、来い
Olはフローロの肩をぐいと抱き寄せる。その次の瞬間、Olが設置しておいた扉が弾け飛んで、先程までフローロがいた空間を切り裂き、壁に当たって粉々に砕けた。
折角木材をかき集め苦労して作ったものをと内心で呟きつつ、Olは侵入者を見据える。それは、Olが想像していた姿とは随分違った。
勇猛果敢にして豪放磊落。巨大な鉄槌を軽々と振り回す下層に住む牙族。
なるほど。男とも巨漢とも言っていないな。とOlは納得した。
巨大な鉄槌を手にし、身体のあちこちに矢が刺さったり焼け焦げていたり粘液がこびりついたりといった罠の痕跡を残した牙族の戦士は、しかし少女と言っていい外見であったからだ。
手にした鉄槌とは不釣り合いに小柄な少女だった。ふわふわとした毛並みの大きな尻尾と、オレンジがかった髪の上にぴょこんと突き出た耳。満身創痍かつその鉄槌からサルナークの血が滴ってさえいなければ、愛らしいという言葉がぴったり似合ったであろう少女であった。
妙な仕掛けを作ったのは、キミ!?
ラディコは鉄槌をびしりとフローロに突きつけ、怒鳴る。
えいえ
戸惑うフローロを離して、Olは己を指差した。
よーし!そこを動かないでよお!
言うやいなや、ラディコは鉄槌を振り上げOlに向かって突進した。フローロが補足してからここに辿り着くまでの時間でおおよそ把握はしていたが、ラディコの足はそこまで早くない。ユニスに比べればあくびが出てしまう程度の速度だ。
だが破壊力で言うなら雲泥の差だろう。あの鉄槌がかすっただけでもOlはぐちゃぐちゃにすり潰されてしまうに違いない。
行け
故にOlは言われた通りその場を動くことなく、布袋の口を開いてそう命じた。途端、袋の中から無数の蜂が飛び出してくる。サルナークに集めさせた蠍蜂と呼ばれるモンスターだ。
それは角兎のスキル突進を使って、矢よりも早い速度でラディコの全身に突き刺さった。
痛あ!?なにこれ、なにこれえ!?
すっ転んだラディコの手から飛び出した鉄槌を、Olは軽く首を曲げてかわす。それは背後の壁に激突すると、粉々になった扉の横に転がった。
身体動かなよお
ラディコは地面に突っ伏したまま、弱々しい声を上げる。
蠍蜂のスキル麻痺針だ。こんなにすぐ使う羽目になるとは思わなかったがな
警戒音を立てながら宙を舞う蠍蜂たちに、Olは魔術で命じて袋に詰め直す。
角兎の突進を、フローロは使い勝手の良くないスキルであると評していた。敵に向かって高速で突き進むだけなのだから、さもあろう。しかし角兎は同時にパンも落とすため、スキルの結晶は相当余っているのではないか、とOlは考えた。
ナギアに聞けばまさにその通りで、その大量に余ったスキルを上手く使えそうなモンスター蠍蜂に覚えさせたのである。捕獲してきたのはサルナークだ。鋼の盾を持つ彼であれば、麻痺針を食らう心配もなく好きなだけ捉えることができる。
そうして突進を覚えた蠍蜂を魔術で操れば、再利用可能な上に回避が難しく命中した相手を麻痺させる飛び道具の完成だ。知能の低い昆虫型のモンスターを操ることなど、Olにとっては赤子の手を捻るよりも容易い。
モンスターにスキルを覚えさせるなんて、考えもしませんでした
モンスターから取ったスキルをモンスターに覚えさせる事の何がそう珍しいのかわからん
サルナークやナギアと全く同じ反応をするフローロに、Olは首をひねった。人間は高い学習能力を持っているのだから、わざわざスキルなどというものを使わずとも訓練すればいいだけの話だ。
だが知能の低いモンスターに複雑な動作を仕込めるのであれば、これは大きな強みである。もしここにスピナがいれば、どれほど手のつけられないスライムを作ったことか。
そんなことを考えつつも、Olは麻痺して動けないラディコの小さな体をひょいと担ぎ上げる。
何をする気なのよう
ラディコの問いに、Olはふむと考えた。思った以上に彼女の身体能力は高かった。縛り付けたところで動きを拘束するのは難しいだろう。麻痺毒もどれほど持つものかわからない。
さらに言えば、ラディコが敗北したことも早々に知られるだろう。増援が来るよりも早く、彼女に口を割らせるもっとも効率的な手段は何か。Olはいくつか候補を思い浮かべるが、その中で最も有用なのは、といえば
気持ちのいいことをするんですか?
何故か目を輝かせて尋ねるフローロ。
まあ、そうなるか
そうなるのだった。
第4話次なる刺客を迎え撃ちましょう-6
魔力というのは実に様々な性質を持っている。中でも最も単純な利用法がこれだ
ピンと伸ばしたOlの人差し指の先端に、琥珀色の光が灯る。
魔力というのは空気のように形のないものだが、圧縮すると形と硬さを持つ。そうした上で形状を整えてやればこの通り。量を増やしてやれば剣にも盾にもなる
その指先で布をついと撫でると、切れ落ちた布がぱさりと床に落ちた。
これが、魔術
いや、正確には違う。これはただの魔力操作であって魔術ではない
どう違うのですか?
新しい弟子の素朴な疑問に、師は少し考えた。それは理屈というよりは慣習的、感覚的な分類であったからだ。
ナギアのスキルに剣術というものがあっただろう。剣を使わねば剣術ではなく、剣をただの棒のように振るってもそれは剣術ではない。そこに術理を効かせ、刃筋を立て敵の急所を狙ってこその剣術だ。それに近い
ええとなんとなく、わかる気がします
剣術スキルを持たないフローロにはあまりピンとこない説明だったが、しかしOlの言いたいことはなんとなく察して頷く。
例えばこのままでは集中を解けば魔力もまた形を失う。それでは実戦では使いにくい。そこで呪文によってそれを補い、集中を解いても形が保てるようにしてやればそれは魔術だ
つまり、自分の意志から離れるということですね
聡明な弟子の視点に、Olは満足げに頷く。
その通りだ。故に魔術は常に暴走の危険を持つ。ゆめゆめ油断するなよ
わかりました!
折角膨大な魔力を持っているのだ。フローロにもその扱い方を覚えておいてもらうに越したことはない。だが、スキル結晶の力を利用するつもりのないOlは、フローロを弟子として魔術を一から教え込んでいた。
さて。では時間もないことだし、早速施術へと移る
Olはそう告げると、部屋の中に存在する三番目の存在へと目を向けた。
両手両足を壁に固定され、服を切り裂かれて全裸になったラディコである。
サルナークが言うには、このダンジョンの壁は誰にも破壊できないのだという。確かに強力な術が籠もっているのは感じるが、Olにとってはただの壁だ。誰にも破壊できないというのであれば、それは最高の拘束具であった。
そういえば、これも魔術なんですよね?
そうだ。だが見た目よりもかなり高度な事をしている。お前にはまだまだ無理だ
見た目よりも何も、絶対なる母なる壁を動かすことより高度な事があるとは思えないのですが
ぼやくフローロを無視して、Olは彼女の手を取った。
今回お前にやってもらうのは、簡単な身体操作だ。簡単と言っても奥は深いが、方向を持たず動いてない物を対象に単純な強弱だけであれば、お前にも出来るだろう
身体強化は簡単だが、難しい。例えば腕の力を何も考えずに上げてしまえば、強化された筋肉は己の骨をすぐさまへし折るだろう。方向を間違えれば敵を殴るつもりが己を傷つける。戦いながら強化するなら動く身体に合わせて魔術も動かさなければならない。
だが固定された相手の感覚を強化するだけであれば、初心者でもそう難しくはなかった。
こうだ
Olは握ったフローロの手を通して、彼女の魔力を操りラディコに感覚強化の術をかける。
あっ。これ、この前Olが私に使っていたものですね
ほう。よくわかったな
自分に使われた魔術を使う感覚から特定するというのは、たとえるなら石に彫られた鏡文字を指で触っただけで文章を言い当てるようなものだ。単純なものとはいえ、フローロの記憶力と勘の良さにOlは感心した。
んん
目を閉じ気を失ったまま、ラディコは小さく声を上げる。
強さとしてはこの程度でだいたいそうだな。平時の二、三十倍と言ったところか。感度は魔力量に対し比例するのではなく、二次関数的に上がっていくから気をつけろよ
真剣な面持ちで頷くフローロに術を任せ、Olは改めてラディコに向き直る。
目を覚ませ
Olがそう告げると、ラディコはぼんやりと目を開いた。その焦点はあっておらず、呆けた表情で彼女は顔を上げる。
ここはどこお?
心配することはない。ここは安全な場所だ
夢を見ているような顔つきで呟くラディコに、Olは優しげな声で囁いた。実際、今の彼女は夢を見ているようなものだ。
単純な刺激の繰り返しと魔術の併用によって、ラディコの思考は今深い催眠状態にあった。起きてはいるが、意識がない状態。
そういえば初めてユニスと出会ったときも、この様な手を使ったのだったか。Olは不意に随分昔のことを思い出し、軽く首を振って意識を目の前に集中させた。
お前と少し話がしたいのだ
ボクとお話しい?
間延びした口調で問うラディコに、Olはそうだと頷く。
でもお知らない人と、話しちゃいけないって、フォリオ様が
俺の名はOl。アイン・ソフ・Olだ。お前は?
ボクはラディコ。鉄じゃなかった、銀の腕のラディコ