怨念と憎悪によって戦い続ける不死の騎士。剣技と魔術を縦横に操り、己の損害を気にもせず全力を出せるので、戦力は生前よりも一回り高くなっている。瘴気の溢れる迷宮内では一度倒してもしばらくすると復活するという厄介極まりない魔物でもある。
街を攻めたことにより悪名が広まり、耳聡いものや付近の冒険者がその存在を知ることとなった。訪れる冒険者達や、それを迎撃する魔物達の血が流れた事により瘴気は強まり、簡単な魔術で亡霊を呼び出し、使役できる状況になっている。侵入者が増えた事により防衛形態自体も見直され、ますます侵入は困難なものとなった。
第11話魔王を始めましょう-1
アラン遊撃隊、地下8階を探索中に消息を絶つ、か
報告書に眼を通し、キャスは執務机の上で頬杖をついてため息をついた。そして、その報告書を処理済の山にぽいと捨てる。処理済の山も、処理前の山も、まさしく山の様に彼女の目の前に積みあがっていた。
それらは全て、Olの魔窟に挑み、散っていった冒険者の報告書だ。勿論、全員が全滅した訳ではなく、恐れをなして途中で逃げ帰ったもの、仲間を失って這う這うの体で戻ってきたもの、罠に引っかかって強制的に迷宮の外に排出されたものなど、様々だ。
消息不明はその中で、二割程度を占めていた。これは、迷宮に恐れをなしてひっそりと逃げ出したか迷宮の中で全滅したか。そのどちらかだろう。逃げ出したものについては調査をしていないので割合はわからないが、後者も決して少なくないはずだ。
動く死体となった変わり果てた知り合いに遭遇したという話も聞いている。そして、アラン遊撃隊は恐らく全滅した方だろう、とキャスは殆ど確信に近いものを抱いていた。
魔王Ol本当に厄介ね
次の報告書を取り、手の中で弄びながらキャスは考えた。
邪悪なる魔術師Olが、辺境の町アカニに宣戦布告したのが、3ヶ月ほど前の事。
身の程も知らぬ愚か者が増長した結果だ、あんな田舎町など捨て置けばよい。訓練を積んだ騎士団の常駐するような街に戦いを挑み自滅するだろう。
当時の王国首脳部の見解は概ねそのようなものだった。
キャスは王軍を派遣しすぐにでも討伐すべきだと進言したが、受け入れられなかった。それどころか、稀代の軍師と持て囃されようと所詮は女、惰弱で臆病な事よと面と向かって嘲りさえした。
それから三ヶ月。Olの侵攻は目覚しいものだった。大臣自慢の騎士団は常軌を逸した威力の超長距離魔術によって槍を振るう間もなく木っ端微塵に吹き飛ばされた。
そもそも、辺境の田舎町といえども町を丸々一つ占拠して殆ど無傷と言っていい程度の損害しか出さなかったのだ。それは相手が変わろうと、殆ど変わらなかった。
Olは瞬く間に、七つの町を占拠した。その活動が特異なのは、街を完全に攻め滅ぼすのではなく、自分の領地として奪っていく事だった。
魔物にしろ、山賊にしろ、それらを従えた魔術師にしろ、そんな事はしない。一方的に略奪し、去っていくのみだ。勿論街に居座って街の人間を奴隷の様に扱う事もあるが、その場合は他の街へと侵攻する事など稀だ。
Olのやり方はそれとは全く違う。最低限の監視として魔物を配し、自分に税を納めさせ、領地に問題があればそれを解決さえする。商人は関税を免除され、破壊された街の復興も相まって占拠される前より活気を持つ街さえあると言う。
これはまるで、他国の侵略を受けたのと殆ど同じだ。事実、街の人間の中にはそう感じるものも多く、治める王が変わっただけさと嘯くものさえ少なくない。
魔物を従え、
魔術を操り、
魔窟にすむ。
魔の国の王。すなわち魔王。
誰がそう呼び始めたかは知らないが、いつしかOlはそう呼ばれるようになっていた。
街が四つ占領されるに至って、ようやく元老院が騒ぎ出した。元老院とは、最上位の貴族達で構成される機関で、実質このフィグリア王国を動かしている集団と言っていい。
飽くまで最終的な決定権や実権は王にあるが、実際に政策を考えたりするのは元老院で、王はそれに許可を与えるのみ。勿論、王が許可を下さずとも元老院だけで判断できる事も無数にあり、要するに天才と持て囃されようが一介の軍師であるキャスにとっては最も逆らってはならない相手だ。
軽んじ、鼻で笑っていたOlの侵攻に慌てふためく様はそれなりに痛快な光景ではあったが、その皺寄せが全てキャスに押し付けられるので他人事ではない。お陰で、キャスはこうして報告書の山に囲まれる事となった。
よせと止める間もなく元老院の独断で最初に送られた王軍の一個大隊は、殆ど成果を出せずに帰って来た。しかも、3割超の犠牲を伴って、だ。
Olの住む魔窟の場所はすぐに判明したが、そこは難攻不落の大迷宮だった。狭く暗い地下の迷宮で、騎士達はものの役にも立たない。
彼らが行っている訓練は広い戦場で陣を敷いたり、馬に乗って駆けて人間と戦う為のものであり、4人並んで槍を構えれば一杯になってしまう通路で、膝ほどの大きさの小人や炎を吹く羽虫、見上げるような巨人達と戦う為のものではない。
騎士を戦わせるなら、Olが街を攻めている時にしなければならない。しかし、転移の術をもって陣を敷く魔王軍は神出鬼没で、とても常備軍では対応できない。相手は付近に大軍がいないのを確認してから移動できるのだから当たり前だ。察知されない程度の寡兵ではとても対応できない。
ならば、と相手の転移を逆手に取り、魔王配下の村から貢物と共に兵士を送り込んだ事もある。返ってきたのは、送った兵士と同じ数だけの首だった。
生贄の娘として、暗殺者を送った事もある。その性技で男を自分の虜にし、ベッドの上で文字通りの意味で天国に送るように訓練された娘だ。こちらは死体は帰ってこなかった。
が、特に美しいものを選んで今まで三人ほど送り込んだが、Olが死んだという話はついぞ聞かない。篭絡されたか、悪魔に捧げられたか。どの道、碌な目にはあっていないだろう。
他にも食料に毒を混ぜて送ってみたり、何とか転移先を割り出そうと魔術を解析してみたり、大量の水を流し込んでみたりしたが、すべて徒労に終わった。それどころか最近では、王軍が村に近づくだけで村人達から猛反発を受ける始末だ。
そしてそう言った失敗への批判は全てキャスに降り注いだ。先の大戦では英雄だの名軍師だの耳障りのいい言葉ばかり送ったくせに、今ではごく潰しだの無駄に人材を死に向かわせる人非人だのと好き勝手言ってくれる。
結局一番上手くいっているのは、冒険者達を使った迷宮の調査だった。未開拓地を旅し、神代の遺跡を荒らし、時には魔物退治や用心棒の真似事も務める彼らは魔物相手の戦い方と言うものを良く心得ていた。
魔王Olを倒したものには望みのままの報酬を与える
そんな触れを出すと、冒険者達はこぞって魔窟へと潜っていった。やがて魔窟の中で魔術のかかった武具や金貨が手に入る事が判明すると、冒険者達の流入は一気に加速した。
勿論被害も相当に出てはいるが、元々定住し税を払っているわけでもない流れ者達だ。幾ら死のうと元老院は気にしないようだった。彼らの犠牲によって、少なくともOlの魔窟は8階、ニ階層以上の深さがあることがわかっていた。しかし、まだ最下層ではないらしい。
アラン遊撃隊は、並み居る冒険者の中でもキャスが特に期待を寄せているパーティだった。僅か4人の手勢ではあるが各々が一流の冒険者であり、それ以上に優れた連携で実力以上の敵をも倒すつわもの達だった。しかし、どうやら彼らでさえOlを討つには足らないらしい。
キャスはため息をつき、思考を転換させる。
狡猾で冷酷だが、無駄に殺戮を好むような隙もない。
徹底した合理主義者で、臆病だが大胆不敵。
恐ろしいほど慎重で計算高く、絶対に他人を信頼しない。
空間魔術、とりわけ召喚術に長じ、魔力付与、魔物支配の術に長けているが、攻撃魔術はそれほど得意ではない。が、人間としては在り得ないほどの魔力量を持ち、力技で長距離から魔術強化された門を粉々に吹き飛ばす程の魔術を使う
今までの結果や、Ol配下の村で聞いた情報からわかる魔王Olの像は、大体そんなようなものだ。
在り得ない程の魔力、か
アカニの門を破壊した魔術は、調査の結果爆裂(エクスプロージョン)系統の魔術であると判明している。これは魔力を空間に注ぎこみ、許容量をわざと越えさせる事で周囲に衝撃を破裂させるものだ。
威力が使用する魔力に比例し、魔力さえ用意すれば天井知らずに破壊力を増大させられるという特徴があるものの、対魔力効率はあまり良くない。並みの魔術師ではゴブリンの一団を半壊させるのが関の山。矢も届かぬほどの長距離にかけるとなれば、そもそも発動さえしないだろう。
普通攻城にはもっと適した魔術例えば、隕石落下(メテオスウォーム)だとか火砲(カノン)だとかが使われる。これらはずっと少ない魔力でOlがやったのとほぼ同等の威力を得られるが、その分制御が遥かに難しい。これを使えるなら間違いなく導師級、国にそう何人もいるレベルではない。
が、Olの魔力量はその導師級魔術師に更に数倍して余りある。勿論、魔力量が多ければ魔術が上手い、などと言うことにはならないが、それにしてもそれだけの魔力を持ち、問題なく制御しながら、攻撃魔術は並みの魔術師程度の腕と言うのは不自然だ。
あれだけの力を持つなら、それこそ伝承に残る魔道王の様に、あらゆる魔術を縦横無尽に使ってくれた方がまだ理解しやすい。
或いは、そこに付け入る隙があるのかも知れんな
キャスは机の上の報告書を纏めて床に払いのけると、手元のベルを鳴らして部下を呼んだ。
第11話魔王を始めましょう-2
おかしい
ダンジョンコアの中、たぷたぷと波打つ魔力の結晶を見てOlは呟いた。
どしたの?
たまたまOlに新しく来た魔物の報告に来ていたリルが、後ろから一緒にひょいと覗き込んだ。
コアの魔力が減ってきている
えっ、今月ちょっと魔力使いすぎちゃったかな?
ダンジョンコアの魔力が維持しているものは多岐にわたる。リルやローガンをはじめとする悪魔達の身体を維持するのはもとより、湯殿の湯を沸かしたり、居住区の灯り、炊事や洗濯といった家事全般にも魔力を利用した施設を使用している。
いやこれは消費が多いと言うより、吸い込む魔力量そのものが落ちているな
じゃあどこかが崩落しちゃったのかな? 昨日見回ったときは大丈夫だったけど
比例とまではいかないが、魔力の流入量は迷宮の規模によって増減する。コボルトやドヴェルグを雇い入れてからは殆どなくなったが、大規模な崩落が起きれば魔力の流入量が大きく下がる事もある。
しかし、Olは首を横に振った。
いや、現在の量を見るに、数日前から徐々に減っているようだ。魔力の流れ方からして、どこかで崩落が起きているという様子もない。龍脈自体の流れが変わったのかも知れんな
Olは顔をしかめた。もしそうだとしたら少し厄介な事になる。
龍脈ってあれでしょ? 大地の中を流れてる、川みたいな魔力の大きな流れ。そんなのが簡単に変わったりするの?
いや、普通は変わらん。だが、全く変わらないわけでもない
長い時の中で河が徐々に流れを変えるように、龍脈も徐々にその流れを変えていく。しかし、それは数百年単位の話で、数日や数ヶ月でどうこうなる話ではない。
どこかで地盤沈下でもあったのかも知れんな
思い当たる理由はそれくらいだった。龍脈は大地を流れているのだから、大地の構造自体が変われば流れも変わる。
まあ、流れが変わろうと変わった方向に迷宮を広げれば良いだけの話だ。だが、どういう方向に変わったのか調べなければならん。調査に行くぞ
ユニスとかスピナ呼ぶ?
リルに問われ、Olは少し考える。
いや、いい。空中から調査する事になるし、あまり多い人数で動いてフィグリアの連中に勘付かれても困る
っし
リルは小声で呟き、腰の辺りでぐっと拳を握った。
じゃあ、準備してくるね!
準備? 特に必要なものはおい!
Olの言葉を無視し、リルはいそいそと自室に戻る。
参ったな
リルの消えた廊下をぼんやりと見つめ、Olはため息と共に呟いた。
久方振りに二人で出かけた空の上で、リルは不満に頬を膨らませながら空を飛んでいた。
その腕の中にはOlが収まり、空の上からじっと地面に視線を注いでいる。