リル、進路を変えろ。ここから2時の方角だ

Olの指示に、リルは無言で方向を変えた。外に出るまで上々だったリルの機嫌が急降下しているのは、準備と称して着替えてきた白いワンピースと、手に持った弁当を置いてくるように言ったからだった。

そんな目立つ格好で飛べば見つけてくださいと言うようなものだし、ピクニックに行くわけでもない。そう怒鳴りつけると、リルは柳眉を逆立てながらも普段の服装に戻り、弁当を投げ捨てた。

一体何なんだ、とOlは内心嘆息する。ここの所、リルが露骨に好意を表しているのはわかる。が、その理由となるとサッパリわからない。悪魔にとって人間など、家畜か精々ペット程度の存在に過ぎない。

多少情が沸く事はあろうが、本気で惚れる事などあろうハズもない。ましてやリルは性愛を操り男を手玉に取る淫魔。尚更ありそうもない話だ。かといって、Olを篭絡して操ろうと言う腹でもないらしい。そもそもOlにそんな手が通用しないのはわかりきってるはずだ。

最初は、大っぴらに好意を示すユニスに対抗しているだけかと思ったが、最近ではむしろ彼女やスピナと共謀してOlを誘惑してくる。全く訳がわからない。

さっきから指示通り飛んでるけど、龍脈が流れてるかどうかなんて見てわかるの?

いや、わからん

多少機嫌が直ってきたのか、間を繋ぐ様に尋ねるリルにOlはきっぱりと答えた。

今は以前調べた龍脈を逆に辿っているところだ。龍脈が数日でずれるほどの変化があれば、必ず目で見てわかる程の何かがあるはずだ

Olの言葉にリルも地上にじっと眼を凝らしたが、特に不自然な光景は広がっていない。草原、森、山、村そんなものを飛び越えながら、二人は会話を続ける。

龍脈の流れってどうやって調べるの? 大地の中を流れてるんなら、魔術や魔力の瞳とかでも無理だよね。あたしにだってわかんないくらいなんだし

Olは頷く。

深く穴を掘って、土に含まれている魔力量を調べるんだ。大体、3チェーンほどの深さの土に通常の100倍魔力が含有されていれば、そこは龍脈の上と言っていい。1マイルごとにそうして掘って、龍脈点が2箇所あれば、そこを線で繋いだものが龍脈だと予想できる

3チェーンはおよそ60m。1マイルは約1.6kmだ。

それって結構大変じゃない?

結構どころの話じゃない。俺は龍脈の調査をしている間、ずっと狂人、もしくは変人扱いされていたくらいだ。今迷宮を広げている場所は三本の龍脈が交差している地点だが、ここを割り出すのに20年かかった。そこまでして場所を特定しても、ダンジョンコアがなければ何の意味もないからな

変人なのは間違ってないじゃない、という言葉をリルは辛うじて飲み込んだ。

代わりに彼女は鼻をひくりと鳴らし、大気に混じる魔力の匂いをかぎつけた。

ご主人様、何かかすかに魔力の匂いがする

何だと? どこだ?

んんあっちの方かな

リルはパサリと翼をはためかせると、まばらに木の生える森へ向かって高度を下げた。大気に混じる魔力の匂いはどんどん強くなり、地表に近づくとOlもはっきりと気付いた。

何これ?

そこには、何本もの鉄柱が埋め込まれていた。上から覗き込むと、それは柱ではなく中空の筒であることがわかる。どうやら、その筒を通じて地面から魔力が漏れ出しているようだった。

これは! しまったッ!

Olは咄嗟に、リルを突き飛ばす。同時に、彼の足元が真っ白に光った。

突き飛ばされたリルの目の前で、光の柱が立ち上ってOlの姿が包み込まれる。

Olッ!!

駄目だ、来るな! リルシャーナ、逃げろ!

Olに向かって手を伸ばすリルに、彼は呪力を込めた命令を叫んだ。契約に突き動かされ、リルの身体が意思とは関係なくOlから全力で離れていく。

Olーーーーーーーーーーー!!

叫び声をあげるリルの目の前で、Olの姿は掻き消えた。

第11話魔王を始めましょう-3

ほう、思ったよりいい男じゃないか

Olが部屋に入るなり、女はそう言った。ゆったりとした肘掛付きの椅子に脚を組んで座っているその女は、年の頃で言うと22,3と言った所だろうか。

白銀の髪をキッチリ肩で揃え、皺一つない軍服に身を包むその姿はいかにも隙がない。眼鏡の奥からOlを観察する瞳には、豊かな知性の光が見て取れる。一目にして、今回の作戦はこの女の手によるものだとOlは確信した。

はじめまして、魔王Ol。私はフィグリア王国軍、軍師のキャスだ

尊大にキャスは名乗った。

軍師?

聞き覚えのない単語に、殆ど反射的にOlは問い返す。

ああ、この辺りではまだ一般的ではないだろうな。主に軍の戦略指揮補佐、作戦の立案等を専門に扱う職業の事だ

ふむ。ところで、客に対し椅子くらい出ないのか?

キャスの説明に対して興味もなさそうに、Olは後ろに手を縛られたままそう尋ねた。

自分の立場がわかってないようだな

わかっているから言っておるのだ

言外に相手を馬鹿にするような視線を含ませながら、Olは答えた。

フン、と鼻を鳴らし、キャスは兵に椅子を持ってくるよう命じた。

流石は魔王、と誉めておく。こちらの要求を理解しているなら話は早い

それは、計略で上を行った自分の事を間接的に誉めているのか?

出口はあちらで間違いないようだ、とOlは椅子が運ばれてきた扉を視線は動かさずに確認する。そして椅子に腰を下ろしながら、キャスを揶揄するように尋ねた。

まさか龍脈の位置を把握しているものが、俺以外にいるとは思わなかった。どんな魔法を使ったら、僅か数ヶ月でそんな事が出来るんだ?

そんな安い挑発で口を滑らせるような女と侮らないで欲しい。が、二度と同じ手は通じないだろうし、逃がす気もないから教えてやろう

キャスはニヤリと笑みを浮かべた。

簡単なことさ。龍脈の魔力を使っていることはわかったが、どこを龍脈が流れているかなんて全くわからなかった。だから、魔窟の周囲全体に同じ罠を無数に作ったのさ

してやられた。Olは内心顔をしかめる。表情は変えなかったはずだが、その空気は伝わったのかキャスは愉快げに笑った。

どうだ、悔しいか。綿密な計算をただの力技で破られた気分は如何?

力技とキャスは言うが、そもそもOlの魔力の源が龍脈である事を突き止める辺りから、凡人の発想ではない。

お前の弱点は、他人を信じない事だ。迷宮の骨子となる龍脈の魔力が乏しくなれば、必ず自分自身で調べに来ると思っていたよ

魔力を弾く鉄の管で無数に穴を掘って、魔力を地中から吸い上げる。理屈としては、比較にならないほど乱暴で無茶苦茶な手だが、Olの迷宮と同じものだ。

ここ数ヶ月、私はずっとお前の事を調べ上げていた。お陰で初対面だと言うのに気の知れた友人に会う気分だよ

キャスは椅子から立ち上がると、そっとOlに顔を寄せて彼の顎をなでた。

出来れば名実共に友人になりたい。お前はそうは思わないか?

キャスは話の核心に触れた。Olは鼻で笑う。

友人だと? 部下か、奴隷の間違いじゃないのか

キャスはヒールを履いた足でOlの椅子をどかっと踏みつけた。

勿論、お前がそれを望むならそういう関係でも私は一向に構わん

要するに、キャスの言い分はこういう事だった。

迷宮全てと、それを作った技術を全て差し出せ

Olが未だに殺されないのは、それ以外に理由がない。それを察し、Olは椅子を要求したのだ。いう事を聞いて欲しければ多少の機嫌取り位しろと、こういう事である。

しかしそれも度を越せば、それほど躊躇うことなくキャスはOlの首を刎ねるだろう。首を刎ねられた程度で死にはしないが、そのまま全身バラバラにされたり、火葬されたりすると少々不味い事になる。

さて、どうしたものか、とOlは考えた。状況はかなり悪い。まず、Ol自身に打てる手が殆どない。両腕を縛っているのはかなり強力な魔封じの呪具だ。指輪なら指ごと噛み千切ればいいだけの話だが、腕輪となるとそういうわけにもいかない。

となれば舌先三寸で敵を騙すか丸め込むしかないが、目の前の女は恐らくOlより頭が切れる。成功する確率はかなり低いだろう。

悪いが俺は踏まれるより踏む方が好きな性質でな。お前が俺の靴を舐めるんなら考えないでもないぞ

まあ予想はしていたが、協力する気は無しか

Olの軽口に表情を変えることすらなく、キャスはOlの椅子から脚をどかすと、元いた椅子に座りなおしてぽつりと呟く。

ラディクス・フルーメン

そのたった一言で、Olの表情は激変した。

余裕を湛えていたそれが、矢の様に鋭い視線でキャスを射抜く。リルやユニス、スピナといった、彼を知る者たちがそれを見れば、驚いたかもしれない。

それは紛れもない、怒りの表情だった。

何故貴様がその名を知っている

苦労したぞ

キャスは机の上から報告書を取り上げ、薄く笑った。

琥珀色の髪に茶の瞳。まあ、大して特徴もないよくいる色だが、それはここ数十年の話だ。およそ70年前、我がフィグリア王国が隣国プラエティを滅ぼし植民地にするまでは、瞳の色はともかく琥珀色の髪の者など殆どいなかった。お前が街に送った手紙も見たぞ。Olの綴りのOの文字にほんの僅かだが、違和感があった。まるで、そこだけ書きなれていないかのようにな。お前の名前はAから始まるんだろう。プラエティ読みではOlはAurだ

否定も肯定もせず、Olはキャスをじっと睨んだ。

目撃証言は20代程の男とあったが、これほどの魔力を持つ大魔術師がそんなに若いわけがあるまい。魔術で若返っていると考え、私は調べる範囲を数十年以上前に伸ばした。そうしたら、いたんだ。アイン・ソフ・Olと名乗る魔術師がな。まあ、そちらでは主にアインと呼ばれていたようだが

大した名推理だな。だが、それがどうかしたのか

Olは既に平静を取り戻し、表情を戻していた。しかし、それが逆に付け入る隙であることをキャスに知らしめる。

アイン少年はそう、70年前のこの頃は、お前は間違いなく少年だった。彼は、プラエティ王国に住む魔女ラディクス・フルーメン通称ラズに拾われた。これが、資料にあるアイン少年の最も古い記録だ

Olは面白くもなさそうに、ふんと鼻を鳴らした。キャスは気にした様子もなく続ける。

彼女はお前と同じ琥珀色の髪をしていたらしいな。それで同情でもしたのか、とにかくラズはアインを自分の弟子にした。彼女の専門は魔術付与だった。と言っても、剣や槍に魔術を込めるようなありがちなものじゃない。城や投石器の様な、建築物や大型兵器に魔力を込める専門家だったらしい。国家魔術師でもない一介の魔術師であった彼女の名が残っているのもその為だな。彼女の作った砦や兵器は戦争に多大な功績を残し、小国ながら我がフィグリア王国に長い事抵抗を見せた

やめろ

Olの言葉を無視して、キャスは全部暗記している報告書をぺらぺらと読み上げる。

しかし、アイン少年を拾った辺りから、ラズは国への協力を減らし始め、ついには己の作った塔に篭って出てこなくなってしまう。プラエティ王国はこれを反乱と見て、兵を持って彼女を包囲し殲滅に当たった。その結果は

やめろといっている!

キャスはOlの怒声を振り切り、告げる。

自らの師を裏切り、その首を差し出す弟子によって、終結しひっ!

キャスのその宣告の最後は、恐怖によって震わされた。

軍師などと言う仕事をしていれば、敵からも味方からも恨まれる。今まで幾人もの人間達が彼女に怒りをぶつけ、憎しみのこもった視線を投げかけた。

しかし、Olの今の表情に比べればそれはいかばかりのものだっただろう。今Olの首を刎ねれば、首だけで宙を舞いキャスの喉笛を食い千切る。そう確信するだけの激しい怒りが彼の顔の形を変えかねない程歪めていた。

交渉が決裂した事は明らかだった。キャスが有効なカードだと思って賢しげに切ったそれは、Olの逆鱗そのものだった。

こ殺せ! 八つ裂きにしろ!

キャスの命に、待機していた兵達が槍を構え、一斉にOlに突き刺す。四方八方から槍で刺され、常人なら間違いなく死ぬほどの大量の血を溢れさせながらもOlは苦悶の声一つ漏らさずにキャスを睨み続ける。

ば化け物め

キャスは剣を引き抜き、振りかぶった。

煮え滾る怒りの中、どこか冷静な頭の一部分で、Olは己の死を覚悟した。

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