何か突出した才能があるわけではなかったのだが、とにかく何を教えても物覚えがいいのだ。それが面白くて、迷宮に住む者達は彼女に様々な事を教えた。

英雄が鍛えた剣技、魔王が手ほどきをした魔術、聖女が教えた法術に、淫魔が仕込んだ床の技。

他にも亞人や妖魔、精霊に悪霊、冒険者達まで、迷宮に住まうもの殆どから教えを受けていて、Olですら何がどこまで出来るのか正確に把握していないのだ。

少なくとも純粋な戦闘能力という意味ではもはやOlよりも上だろう。

だが、迷宮の中で大切に育てられたが故に、実戦経験というものが全く足りていなかった。

そら

中でも特に問題なのが、

言った傍からお前は一回死んだぞ、マリー

ダンジョンへの脅威感の無さだった。

えっ、わっ、なにこれ、魔物!?

マリーは木の幹にぎょろりと生えた目玉に驚き、次にその枝が槍のように伸びて腹に突き刺さっているのに驚く。

やはり海を超えると見たことも聞いたこともない魔物がいるものだな

感心したように呟くOlにも木の枝が二本、左右から素早く伸びる。だがそれは彼の身体に触れる直前に、半ばから断たれて地面に転がった。

マリーが両手に二本の剣を持ち、同時に切り捨てたのだ。

こっちはそんなに硬くないね

彼女を警戒するように、木の枝がざわりと蠢く。更に四本の枝が触手のようにしなり、同時にマリーを狙って突き出された。

マリーは二本の剣を楯のように構え、攻撃を受け止める。彼女の動きが止まった瞬間を狙って、地面から根が突き出した。

わあっ。そっちからも来るの!?

予期せぬ攻撃に、マリーは目を丸くする。

その瞳を貫く勢いで飛び出した根は、直前で動きをピタリと止めた。

あーびっくりした。ちゃんと目が弱点で良かったー

木の化物の目玉には、剣が二本突き刺っていた。マリーの扱う四刀の三本目、四本目だ。

絶命した化物の後を追うようにして、木の枝もバラバラと崩れ落ちる。

奇しくも相手の攻撃を受け止めて追加攻撃を行うという狙いはどちらも同じ。ほんの僅かな差で、マリーの方が早かった形だ。

ありがとです、Olさま

マリーの腹に巻き付いた石の帯がするりと解けてキューブに戻る。Olが初撃を防がなかったら、彼の言葉通りマリーは何もわからないまま死んでいただろう。

まさか木が動き出すだなんてOlさまは知っていたんですか?

いいや。俺も気づいたのは動き出す直前だ

未だにバクバクと鼓動する胸を抑えながら尋ねれば、老魔術師は首を横に振る。

ダンジョンではあらゆるものを警戒せねばならん。お前は異常に気付くのも遅すぎなら、気付いてからの対応も遅すぎる

ううー

いつに無く厳しいOlの意見に、マリーは眉根を寄せた。

わかりました。もっと、気をつけます

しかしすぐに立ち直り、彼女はきりりと表情を引き締める。

これからは、もう絶対に油断しないんだから!

そう言い放つ彼女の背後で、樹という樹がぎょろりと目を開けた。

第1話じゃじゃ馬娘を躾けましょう-6

これは、まずいな

流石のOlも目を見開いて、キューブを取り出しながらマリーを抱き上げる。

ふぇっ、な、こんな所でですか?

馬鹿な勘違いしてないでしっかり捕まってろ!

キューブから伸びた石畳を踏みしめると、Olの身体は高速で道の上を滑るように移動していく。一瞬後、無数の枝槍がマリーの髪を数本引きちぎりながら地面に突き刺さった。

やあん、髪が!

命の心配をしろ。来るぞ!

道の上を滑っていくOl達を迎え撃つように、前方で木々が枝を広げる。

油断しないって言ったばっかりなのに、もぉー!

マリーは叫びながら腰に下げた二対四本の剣を引き抜いた。両腕で剣を二本操り、魔術でもう二本を操る異形の剣術。だがそれは驚くほどの破綻の無さで、的確に彼らを襲う木の枝を切り落とした。

剣を扱う流派はそれこそ星の数ほどあるが、二本の剣を用いて振るうものとなると数えるほど。ましてや四刀流などどこにも存在しない。人間には腕は二本しか無いのだから当然だ。

だが独自に磨いたにしては、マリーの剣技は余りにも洗練されていた。長きに渡って無駄を削ぎ落とし、有効な動きだけを磨き抜いた技だ。

実戦で見るのは初めてだったが、真っ向からの戦闘に限っていえば十分使い物になりそうだ、とOlは値踏みした。

よし、マリー。このまま突っ切るぞ

え!?でも!

マリーは困惑の表情を浮かべる。

Olが示したのは特に木々が密集する行き止まりの方向だった。

道の左右からの攻撃であればいくらでも凌ぐ自信があったが、三方を囲まれた状態となると少々厳しい。ましてや行き止まりで、背後に回りこまれたら流石に対処しきれない。

案ずるな。全ての剣を前に向け、全力で壁を切り開け

全力って、全力で?

Olが頷いてやると、マリーは目を閉じ、すっと開く。彼女のサファイアブルーの瞳が、右だけ赤く輝いた。

四本の剣が束ねられ、まるで一枚の刃のように連なって振り抜かれる。先ほど僅かな傷を与えることしか出来なかった木の壁は、まるで紙のように容易く切り開かれた。

Olはマリーを木々の攻撃からキューブで守りながら、彼女の開いた穴に飛び込む。転がりながら壁の向こうの空間に滑り込むと、Olの予想通り木々の攻撃は止まった。

よし、よくやった。流石に効果覿面だな

Olはマリーを抱き起こし、しげしげと彼女の開けた穴を眺めた。ぽっかりと空いたそれは、再生すら出来ずに開いたままになっている。

世界で唯一の、彼女の特異性聖女メリザンドと呪術的な双子であるが故に使える、法術を乗せたマリーの一撃によるものだからだ。

法術には、魔術を打ち消す作用がある。魔術による解呪(カウンター)と違って、魔力さえ使っていればどんなものでも問答無用だ。勿論それは迷宮の壁とて例外ではなく、法術を使えば彼女が言った通りそれはただの木の枝でしかない。

襲って来ないですね。行き止まりに侵入するときも攻撃は少なかったし

油断なく剣を構えながら、マリーは不思議そうに声を上げる。

あいつらの根は地面にしっかりと繋がっている。移動はできん。純粋に防衛用の罠のようなものだな。それに、壁になっている木と動き出す木は別物だ。壁に囲まれた部分はかえって安全というわけだ

当たり前のように解説するOlに、マリーは己の至らなさを痛感した。どれだけ油断しないよう意気込んでも、Olの視野はあまりにも広くて付いていくことさえ出来ない。これではただの、足手まといだ。

ではこのあとはお前の出番だ。期待しているぞ

だから、Olに肩を叩かれそう言われて、マリーは心底驚いた。

わ、わたし?

この先に、おそらくこの迷宮の核がある

Olは目の前の、わだかまった茨の壁を指差す。

これほどの魔力を保有する森だ。相当な力を持った主がいるのは想像に難くない。本来ならばじっくりと準備を整えるところだが、お前なら問題無いだろう

純粋な真っ向勝負ならば、マリーは既に相当な域にある。度胸も十分だ。ならば、他を自分が補えばこの規模の主になら十分な戦力だ。Olは、そう判断した。

頑張ります!

マリーは俄然張り切って、茨の壁を切り開く。それが正規の侵入ルートだったのだろう。法術を使わなくとも、壁は容易く破壊できた。

半球状に形作られた茨の部屋の中央に、それはいた。

その姿に、マリーは声を漏らしてぱちぱちと瞬きする。

四方八方から伸びた数本の蔓草が、中央にダンジョンシードを固定している。そしてその中で、小さな生き物が丸くなっていた。

これが主?

その、ようだな

Olも困惑を隠し切れない様子で頷いた。

そこにいたのは、どう見ても。

赤ちゃんじゃない

生まれたばかりの赤子であった。

第1話じゃじゃ馬娘を躾けましょう-7

これも罠ってことですか?

剣を構えるマリーとは裏腹に、Olは大胆に赤子へと近寄っていく。

手の平に収まる程度の大きさだったダンジョンシードは、赤子がすっぽり収まってなお余裕がある程度にまで膨れ上がっていた。

それはつまり、内部に高密度の魔力を閉じ込めている証拠だ。ダンジョンコアを元に設計したダンジョンシードは、内包する魔力に応じてその大きさを肥大化させる能力を持っている。

だが、その内部には液状になった魔力は見られない。つまりこの赤子自体が、高濃度の魔力だということだ。そしてその正体がなんであれ魔力である以上、ダンジョンシードの中からはOlの許可がなければ出てくることは出来ない。

他に敵らしき姿も見えず、Olはダンジョンシードに触れる。その途端、赤子がぱちりと目を開けてOlの姿を見た。

髪と同じ色の、緑色の瞳がじっとOlを見つめる。感情の読めない、野生の動物のような瞳だった。赤子は攻撃してくるでも、話しかけてくるわけでもなく、ただひたすらにOlを見る。

すると徐々にその表情は歪み始め、ひくひくと息を吸ったかと思えば、突然泣き始めた。

何だ?一体こいつは何なんだ?

ただ泣いているだけだ。その泣き声に何らかの魔力が含まれていたり、音波が攻撃になったりするわけでもない。Olが困惑していると、マリーが剣を鞘に収めてダンジョンシードを覗き込んだ。

Olさま、この子、外に出せますか?

恐らくは出せるだろうが

じゃあ、出してあげて下さい

有無を言わさぬ彼女の口調に、Olはダンジョンシードを掌握する。一瞬にして迷宮はOlの管理下に置かれ、彼は魔力を取り出す時の要領で赤子をダンジョンシードの中から引き出した。

途端、赤子は火がついたように更に泣き出した。その両目からは大粒の涙がぽろぽろと溢れだし、大きく口を開け、両手足をジタバタさせて泣きわめく。まるで、己の存在を精一杯世界に認めさせようとしているかのようだった。

大丈夫よ。大丈夫。いい子、いい子

マリーはOlの手から赤子を受け取ると、手慣れた様子で抱きながらゆらゆらとその身体を揺らす。

Olさま、多分この子、ただの赤ちゃんだよ。女の子だね。産着か何か着せてあげないと風邪引いちゃう

むとりあえず、これを使え

産着の手持ちなどあるわけもなく、Olは外套を脱いでマリーに手渡した。マリーは手早く赤子をそれで巻いて抱き直す。

いやに手馴れているな

アリスたちやアークのお世話、結構してたもの

マリーにとって、Olがフィグリア王家の女達に生ませた子やユニスとの間の子は可愛い妹分、弟分である。幼い頃から何かと面倒を見ていたから、赤子の扱いは慣れた物だ。

でも何でこんなところに赤ちゃんがいるんだろ

マリーの問いに答えるすべは、Olでさえも持っていなかった。

はい、持ってきたよー。産着と、おしめと、ベビーベッドと、その他諸々

すまんな

小さなベッドを担ぎ上げ、転移してきたユニスをOlは労った。

転移したら船の中じゃないしマリーはいるし赤ちゃんはいるしで、びっくりしたよー

それをびっくりした、程度で済ませるんだから、ユニスは度量が大きいわよね

けらけらと笑うユニスに、リルは憮然としながらぼやく。

ようやく迷宮から抜け出せたと思えば、Olと共にマリーが赤ん坊を抱いていたのだ。リルの驚愕ぶりは並大抵のものではなく、一から十までOlを問いつめなければ気がすまなかった。

ユニスがスピナを伴ってOlの下に飛んできたのは、ちょうどリルが不承不承ながらも納得した時のことだ。距離も結界も無視して転移する能力を持つ彼女は、一日一回、Olの元とダンジョンを往復して必要な物品などを届けている。

ローブに包まれた赤子を見た途端、ユニスは殆ど事情を聞くまでもなく、ダンジョンに取って返して赤ん坊に必要なものを取り揃えて帰ってきたのだった。

やはり、純粋な人間ではありませんね。かと言って精霊と言うには存在がしっかりしすぎています。人造生命に近い気はしますが

赤ん坊の顔を覗き込んで難しい表情をしているのはスピナだ。

こと人造生命に関する分野においては、彼女はもうOlを凌駕している。

だがそんな彼女でも、赤子がどういう存在なのか断定することは出来ないでいた。

何者かが俺より先に迷宮の中心部に入り込んで、魔力を使ってダンジョンシードの中に人造生命を作っていった、と?

そうなりますね

頷きつつも、スピナの表情はそんなことは有り得ないと言っている。

Olとしても同感だった。

しかし、ダンジョンシードを通じてダンジョンから魔力を集めているのは確かなようです。恐らく、ここを離れては生きてはいけないでしょう

厄介な事になったものだな

Olは頭痛を堪えるように額を押さえる。

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