Olは扉の横の壁に手を当てて魔力を込める。すると壁がひとりでに動き、部屋がせり出してきた。Olだけが使える、彼の部屋へのショートカットだ。

ろくな罠もないとはいえ、俺の迷宮を踏破する程度の知能は持ち合わせているらしい

Olの部屋は滅茶苦茶に荒らされ、食料や飲料を保存していた樽がバラバラになって散乱していた。Olによって改造された船内は小さいとはいえ迷宮そのもので、最深部である彼の部屋にはおいそれと辿り着けるものではない。

そういえばマリーちゃんも気付いたら船の中がダンジョンになってて、出るの凄く苦労しました

急いでOlさまに追いついたらひどい目に合うし、とマリーはぼやく。

敵かどうかはわからんが、注意せねばな

はい。一旦、リルのところに帰りますか?

いや、予定通り行う

Olのキューブが細い紐のように解け、海中に再び組み上がっていく。積み重なった石はまるで井戸のような中空の柱となって、海の一部を切り取った。

この底にダンジョンシードを埋め込めば、森の迷宮を繋ぐ水路が出来るはずだ

前回みたいに暴走したりしませんか?

二度同じ失敗はせん。何があろうと森まで道を作るよう調節してある

素直なマリーの質問に、Olは顔をしかめる。

はーい、じゃあこれ持っててください

そんな彼の反応を気にした風もなく、マリーは剣帯ごと四本の剣を外すとOlに預けた。

構わんが一体何をする気

言い終える前に、ぱさりと彼の顔をワンピースドレスが覆い隠す。仄かな怒りを堪えながらそれを剥ぎ取れば、マリーは片足を後ろに折って最後の下履きを引き抜いているところだった。

お前には恥じらいというものがないのか

健康的な白い肌が日の光をいっぱいに浴びて、キラキラと輝く。青い空の下に晒される裸体はどこか非現実的で、不思議な魅力があった。だがジロジロと見ることは何となく憚られて、Olはあえて視線を外す。

だってOlさまにはもう見られてないところも触られてないところもないじゃない。昨日だってお尻をあんなに

わかったわかった。いいからさっさと行ってこい

Olからダンジョンシードを受け取ると、マリーは元気よく返事をして柱の中に飛び込む。金の髪がふわりと広がり、白い肢体は魚のようにあっという間に水底の暗がりに消えていった。

ややあって、柱の中の水位が下がり始める。ダンジョンシードが作り出した空洞に海水が流入しているのだ。柱の内部から水がなくなったことを確認してOlが降りていくと、マリーは柱の底で壁に寄りかかりながら、ぐったりと座り込んでいた。

どうした、大丈夫か?

み、みずが、ぐるぐるまわって

ただ目を回しただけか

呆れ半分、安堵半分で言いつつ、Olは彼女に手を貸して立ち上がらせる。すると、全身から水を滴らせる彼女の肢体がいやでも目に映った。

水を吸って濃い色になった金の髪が、重たげに肌に張り付いて彼女の胸元を申し訳程度に覆い隠す。ぽたぽたと滴り落ちる雫は頭上から降り注ぐ光を浴びて、まるで彼女の肌を飾る宝石のように眩く輝いていた。

いやん。Olさまったら、えっち

それほど長い時間見つめていたつもりはなかったが、少女は男の視線に敏感に気付いて嬉しそうに笑いながら、胸元を隠すような仕草をした。その動きによってかえって髪の毛がずれ、腕の隙間から胸の先端が見えてしまっていたが、或いはそれも計算のうちなのかもしれない。

下らんことを言ってないでさっさと服を着ろ

ぺちんとOlが額を叩いて剣を押し付けると、マリーの肌についた水分が弾け飛ぶ。濡れた髪までが一瞬にしてふわふわになっていて、改めてこれはどういう魔術なんだろうと考えながら、マリーは丁寧に折りたたまれた服に袖を通した。

さて、では森のダンジョンに戻るぞ

はーい。これ、どうやって上がるんですか?

マリーは空を見上げながら問う。塔のように聳え立つキューブの天辺はかなりの高さになっていて、道具もなしにはとても登れそうにはない。しかしOlはロープのような道具を持ってきてはいなかったし、マリーは飛行の魔術をまだ修めてはいなかった。

登る必要はない。少し縮むから、中央に寄れ

Olの言葉にしたがってマリーが中央にたつと、彼は床に手をついてキューブを操作する。石の柱はパタパタと上から折りたたまれて、彼らを囲む小さな部屋となった。

途端、がくんと部屋自体が大きく揺れて、マリーは空中に放り出されそうになる。

すぐ安定する。掴まっていろ

彼女を抱きとめたOlの背に腕を回しぎゅっとしがみつくと、彼の言うとおり部屋の揺れはやがて止まった。だが完全になくなったわけではなく、立っているのに問題がない程度には細かな揺れが続いている。

今、わたしたち、どうなっているんですか?

見せてやろう

Olが部屋の壁に触れると、上下左右、全ての壁が透けてその向こうの様子が露わになった。

これって、水流!?

したりとばかりにOlは頷く。石柱で蓋をされていた新しいダンジョンに、海水が流れ込んでいる。その流れに部屋ごと乗って移動しているのだ。

凄まじい勢いで流れていく部屋の後方で、通路は無数に枝分かれしていく。最短ルートが作り上げられた後、侵入者を迷わせるための通路が出来上がっているのだ。

前を見れば、通路が右に曲がり左に折れては延びて行く。そこへと海水が白く波をたてながら流れ込み、キューブで作られた部屋はその波に乗って通路を走っていく。

角を曲がる度に部屋の中でマリーの身体は右に振られ左に揺られたが、最初のように吹き飛ばされるほどではなく、不思議な浮遊感を楽しめる程度の動きだった。

すごいすごい、Olさま、これ楽しい!

そうか。これが出来るのは最初の開通時だけだからな。存分に楽しんでおけ

はい!

そうやって笑う顔は、子供そのものなのだが。

Olはマリーの笑顔を眺めながら、しみじみと思った。

あー楽しかった!

終点。

キューブは森のダンジョンの中心、ダンジョンシードのある部屋の真下まで辿り着くと、停止してパタパタと展開し、螺旋階段になって上へと延びていく。

Ol、帰ってきた?ちょっとなんて言うのか。そう、異常事態よ

リルから念話が飛んできたのは、ちょうどその階段を登っている時だった。

どうした?

緊急ってわけじゃないんだけどううん、緊急なのかしら。とにかく、急いでダンジョンシードの部屋に来てくれる?

どのみちそちらへ向かっていた所だ。要領を得ない彼女の報告に訝しみながら、Olはとにかくダンジョンシードへと向かう。

あっ、どこいくの、ちょっと待ちなさい!

Olが部屋へと足を踏み入れると、リルの制止の声を振り切って何者かが飛び出してきた。咄嗟にOlは背後のマリーを庇うように動きながら、キューブを盾として展開する。

まま!

ごん。と、鈍い音が響き。

ソフィアはOlが盾として作り出したキューブの柱に激突したソフィアは、数秒後、火がついたように泣き始めた。

第2話海中ダンジョンを作りましょう-3

ここ、たい、ここ、たいのぉ

そうだね、痛かったねー、痛かったねー、よーしよーし

マリーはわんわんと泣き喚くソフィアを抱いて、頭を撫で続ける。ようやく泣くのが収まってきたと思えば、ソフィアはじっとOlを睨みながら自分の鼻を示して痛い痛いと訴えた。

Olさま

悪かった

マリーに促され、微妙に納得できない思いを抱えつつOlは赤子に頭を下げる。するとソフィアは先程までの泣き顔などなかったかのように満面の笑顔を浮かべた。

ぱぱ!えー、りっ

ただいま

困惑しつつもOlはソフィアを抱き上げる。

さっき、マリーの事ママって呼んだわよね

リルが尋ねれば、ソフィアはマリーを見つめて得意気にそう宣言する。

で、こっちが

ぱぱ!

指をさされて不満気に表情を歪めるOl。

じゃあ、わたしは?

リルはワクワクしながら自分を指さして、

りる!

なんでよ!?

ソフィアの言葉に叫んだ。

で、どういうことなんだ

わたしの方が聞きたいわよ

Olが尋ねれば、忠実なる使い魔はなんでわたしだけ呼び捨てとぼやきながら困ったように唇を尖らせる。

さっきまではただの赤ちゃんだったのに、急に立って喋り始めたの

ではやはり、単に成長速度が早いというわけではないのだな

朝Olが見たソフィアは、生まれたばかりで立つことも喋ることも出来ない赤子だった。だが今や彼女は自分の足で歩き、片言ながらも言葉を口にしている。

うん。急に、一歳くらいからニ、三歳まで成長したのよ

考えられる可能性としては、海のダンジョンの影響か

魔力が流入したから、ってこと?

海に植えたダンジョンシードは予備のコアとして働いているが、魔力の大部分はこちらへと流れている。とは言っても龍脈の中というわけではないから、さほど多いわけではないだろうが、ゼロというわけでもない

じゃあ、魔力が増えればソフィアはどんどん成長するってことですか?

わからん。そもそも魔力を注ぎ込めば成長する存在など、聞いたこともない

魔力を持てばそれだけ強大になる存在ならOlも知っている。精霊や悪魔の類だ。だが知能も魔力の量に合わせて発達するというのは見るのも聞くのも初めてだった。

お前は一体、何なんだ?

脇を抱えるようにして目を合わせても、ソフィアは遊んでもらえると思ったのか笑うばかりだ。この年頃の子供にはまだ、そういった抽象的な言葉を理解する能力はない。

もうちょっと成長させたらわかるのかな

とはいえ、あまり無目的にダンジョンを作るわけにもいかないが

まあまあ、とりあえずお昼にしましょうよ。こっちの部屋を食堂にしてみたの

悩むOlの背を押して、リルはことさらに明るく声をあげた。

そういえばこの子って、ご飯食べられるのかな?

ちらりとソフィアに目を向けて、リルは疑問を呈する。

少なくとも出会ってからは一切何も口にしていないが、空腹を訴えたりもしていない。

魔力が流れ込んでいるから、飢えて死ぬことはないだろうがまあ試してみるか

この年令なら、もう大人とさほど変わらないものでも食べられるはずだ。

リルの焼いたパンの香ばしい匂いが漂う食堂に移動し、マリーはソフィアを膝に乗せて席に座る。

その時のことだ。

いた!

突然、ソフィアが声を上げた。

どうしたの?どこか痛いの?

いた、いた!

マリーが顔を覗き込んでもソフィアは同じ言葉を繰り返し、Olの顔を見つめてその腕を叩く。

Olはあることに気付き、急いでダンジョンシードへと取って返した。

指先に込めた魔力がダンジョンシードからダンジョン全体へと伝わり、反響していく。

侵入者だ

思った通りの存在が、そこにあった。

え!?まだ何もしてないのに!

かつてユニスが侵入してきた時のことを思い出したのだろう。

リルの叫び声はもっともなことだった。

単に迷い込んだというわけではなさそうだな。水路をまっすぐこちらに突き進んでいる

この新大陸においてダンジョンの存在を知るものはごくごく限られている。

それって船を壊してた奴?

その可能性は高いだろうな

マリーの問いに、Olは頷いた。考えられる可能性はそれしかない。

ちょっと待って、船を壊した!?わたしの魔動船を!?

その話は後だ

騒ぐリルを無視してOlが手を振ると、ドーム状になっていた茨がわさわさと寄り集まって板になり、そこに幻影が浮かび上がる。何者かが、まるで空を飛ぶ鳥のような凄まじい速度で水路を泳いでいるのが見えた。

水中で視界が悪く、あまりに動きが早いせいで正体がわからないが、それは壁から射出される矢をいとも容易く弾き、天井から降りてくる槍をへし折り、虎の子の電撃罠さえ物ともせずに突き進んでくる。

しかも、ダンジョンの構造を完璧に把握しているとしか思えないほど最短で迷宮の出口を目指していた。

ここではまずい。下で迎え撃つぞ。リル、ソフィアを頼んだ

待って。わたしも行くわ

リルの身体がするりと二つに別れ、片方はソフィアを抱きかかえ、片方は石火矢を掲げ持つ。

これならいいでしょ?

上出来だ

Olがニヤリと笑い、杖状に伸ばしたキューブで地面をコンと叩く。すると地面が円状に輝き、次の瞬間消失した。

きゃうっ!

悲鳴をあげてマリーが地面に落ち、リルがふわりと降り立って、最後にOlがキューブで出来た階段から降りてくる。それと連動するように部屋は大きく広がり、海のダンジョンへの通路を中心とした大広間へと姿を変えた。

天井の穴は閉じ、出口と呼べるのはOlの背後の通路だけだ。

来るぞ

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