そしてこの村に若い娘はもはやユツしかおらぬ
まさかその為に、お前は孫娘を差し出したのか!?
Olは立ち上がってテナの胸ぐらを掴んだ。
ユツはもはや清らかな娘ではない。Olが穢したからだ。
娘を得られないくらいで滅びを与える暴虐な魔王が、それを許すことなど無いだろう。
つまり、Olの手によってこの村は危機に瀕しているのだ。
滅びを粛々と受け入れるよりはよほどマシであろう、悪魔の王よ
顔色一つかえず、テナは言った。
待ってください、勇者様!それはボクが望んだことでもあるんです!
思わず握りしめられるOlの拳を、ユツの両手が包む。
ボクはずっと、勇者様の話をお祖母様から聞いてました。そして奴の贄となるくらいなら、勇者様の妻になる方がいいと思ったんです
彼女はOlの腕を胸に抱くようにしながら、彼の瞳をじっと見据えた。
そしてそれは、間違いじゃなかった
勝手なことを言うな
ユツの手を振り払い、Olは椅子に座り直す。
それで、マリーが死ぬというのはどういうことだ
お主は奴と戦う運命にあると言ったじゃろう。その戦いで、その娘は死ぬ。それもまた運命として定められておるのじゃ
Olはその段になってようやく、自分が何故こうまで苛ついているのかに気がついた。
定められているだと?
未来が決められているということは、彼が今まで歩んできた道もまた定まっていたという事だ。自ら選び、勝ち取ってきたものが、ただ単に決められていたものだなどという言葉は、到底受け入れられるものではなかった。
一体誰がそれを定めたというのだ。天か?もしそうであるなら、俺はそんなもの疾うの昔に捻じ曲げたぞ
腹立たしげに言うOlに、しかしテナは首を振る。
運命を決めるのは常に人自身。儂であり、お主であり、その娘自身じゃよ、お若いの。そして、じゃからこそ、それは変えることが出来る。そうでなければわざわざお主にこうして助けなど乞わぬじゃろう
内心で、Olは舌打ちをした。
思考そのものを先回りされている。
それは彼女が敵でないにしてもいや、敵でないからこそ、まずい事態だ。
つまりお前の言う運命とは知っていてもなお避けられない筋道。そういうわけか
然り
Olが奴と遅かれ早かれ敵対するのは、理解できる。その性質を対立させる魔王同士が共存できるわけもなく、出会えば確かにそれは敵となるだろう。互いに勢力を広げていくつもりなら避けられない。
マリーを我らの本拠地に連れ帰ればどうなる?それでも奴とやらはこの娘を殺すのか
いいや。そうはならぬ
テナの言葉にOlは胸を撫で下ろすと同時に、それがただの脅しであったことに気付いてほぞを噛む。
儂の力では逃げ出すことは出来ても、奴を倒すことは出来ぬ。お主は単独でも奴を倒しうるかも知れぬが、災いを避けることは出来ぬ。それ故、互いに協力し奴を討ち果たそう。そういうことじゃ
なるほど
それはどちらの損にもならない申し出だった。
テナの先見の強力さはOl自身が十分味わっている。
何よりその能力は、無駄な争いを出来る限り避け、この大陸の内情を探りたいというOlの目的とこれ以上無いほど合致する。
お前の能力が本物ならば、俺がどう答えるかもわかっているのだろう?
何故じゃ
だからこそ、Olはこの話を受ける気はなかった。
そう問うということは、俺は理由を答えることはないと決まっているわけだ。お前の言う、運命とやらでな
それだけ言って、Olは立ち上がる。同時に床から生えた椅子はぐにゃりと歪み、もとの平らな床へと戻った。
勇者様!
離せ
縋るように伸ばされるユツの腕を、Olは振り払う。
勇者などと呼ぶな。俺はそのような都合の良い代物ではない
そう言い残し、Olはリルとマリーを伴ってその場を立ち去った。
ふぅ
その背を見届けて、テナは深く深く息をつく。
気を抜いた途端、堪えていた冷や汗が一気にぶわりと全身から吹き出した。
まったく、老骨には堪えるわ
何をされても何を言われても平然とした態度を取る。
それが、あの魔王と対等に渡り合うための最低条件だった。
断られてしまいましたが、良かったのですかお祖母様
ああ。とりあえずはこれが最善手じゃ。案ぜずとも
どのように話を持っていこうと、この時点でOlが手を組んでくれる未来はない。
既に楔は打たれておる
だがそれは、彼女の思い描く未来への道を断つものではなかった。
Olさま。どうして協力しなかったんですか?
帰る道すがら、マリーはOlに問うた。
理由は色々あるが簡単に言えば、信用ならないからだ
でも、嘘はついてなかったんですよね?
そうね。そこは間違いない。あのお婆ちゃんは一回も嘘をついてないわ
マリーの言葉を、リルが胸を張って請け負う。
なんかリルがそう言うと逆に心配になってきた
何でよ!?
そんな彼女に、マリーは疑わしげな視線を向ける。
だってリルって結構うっかりしてるし
あのねえ
リルがそう言うのなら、間違いはない
この小娘どうしてくれよう、と腰に手を当てるリルにOlが助け舟を出す。
そうなんですか?
意外そうに、マリーは目を丸くした。
Olは何かとリルに対して、詰めが甘いとか仕事が雑だとか言っているイメージがあったからだ。
こいつは俺の右腕だぞ
端的なOlの言葉に、マリーははっと息を呑む。
大陸を統べる魔王の片腕。よくよく考えてみれば、それはつまり大陸全土で二番目の地位にいるということに他ならない。ましてやOlは徹底した実力主義だ。妻だから、仲が良いからという理由で重用しているわけではない。
リルって凄い人だったの?
ま、少なくともわたし相手に嘘を突き通す人間なんてのが想像できないのは確かなことね
素直な尊敬の目を向ければかえって面映ゆい様子で、リルはそう答えた。
でも、っていうことは、あのお婆ちゃんはほんとに未来を見れるってこと?
信じがたいが、そういうことだろうな
忌々しげにOlは頷く。
読心術や予言を組み合わせて似たようなことを出来なくもないが、それならリルはそれを嘘と見抜く。半端な悪魔なら見逃してしまうだろう些細な言い換えや根拠のない思い込みも、今の彼女ならば鋭敏に察知するのだ。
だからこそ、Olは協力を断った。
もし予知などというものが本当に可能だとすれば、そんな相手と行動をともにするのは非常に危険が伴う。将来彼女を信用し、信頼することになったとしても重要な情報は渡せない。未来で渡すのと現在渡すのは、予知できるものにとって等価だからだ。
いずれにせよ、これきり無視するというわけではない
無視するには、テナのもたらした話はあまりに重要で無視できないものだった。
情報の面で完全に上をいかれている以上、その対策を練る時間が必要だ。
どことなくぼんやりとしていた様子のマリーは、はっとあることに気付いた。
あれ?じゃあわたし死んじゃうの?
お前は本拠地のダンジョンに戻れ。そうすれば死なないとテナとやらも言っていただろう
えっ、そうだっけ?
自分の生き死にに関係することだろうに、とOlはマリーの呑気ぶりに嘆息する。
少なくとも、こちらにいる我々を無視していきなり海を超えて攻めてくることはあるまい。攻めて来ても本拠地にはユニスもメリザンドもいる。お前に累が及ぶことはあるまい
渋々と、マリーは頷く。
リルはOlの右腕だ。英雄であるユニスは言うまでもなく、スピナだってOlの一番弟子。メリザンドもOlの迷宮に欠かせない相談役だ。
彼の傍にいる女性たちは誰もが優れた能力を持ち、迷宮の運営に貢献している。
そんな中で、マリーだけが、何者でもなかった。
優れたものの集団に紛れて同じ立場のような気になっていたが、そうではないのだ。それをようやく、彼女は自覚した。
Olはダンジョンの扉を開き、マリーを促す。
おかえりなさい、まま!
途端、ソフィアが駆け寄り彼女に抱きついてきた。
留守中ソフィアを見ていてくれたスピナが、ぐったりとした様子でOl達を出迎える。
いつも隙なく鉄面皮を保っている彼女の珍しい様子に、Olは思わず問う。
いえ、大したことではただ、マリーにママに会いたい、と少し暴れまして
彼女の乱れた髪を見れば、少しどころでなかったことは明白だ。
Olさま
足にしがみつくソフィアを抱き上げながら、マリーは後ろを振り向いた。
わたし、やっぱり帰れない。この子を置いていけないもの
幼子の目尻に溜まった涙を拭いてやる少女の表情には先ほどまでの幼さはなく、我が子を守る母親の決意に満ちている。Olはかつて、その表情を見たことがあった。産んだばかりの我が子を抱くユニスの浮かべていたそれと、同じ表情だ。
なるほどそういうことか
Olは渋面で呟く。
そうはならぬ
あの言葉は、ダンジョンに帰ればマリーは死なないという意味ではなかった。
マリー自身が、ダンジョンに戻ることを選択しないという意味だったのだ。
第3話原住民と平和的に友誼を結びましょう-5
うむ?
妙な寝苦しさにテナは目を覚ます。
なんじゃ?
いつの間にか彼女は、全く見覚えのない部屋で横たわっていた。
壁は見慣れた木材ではなく赤茶けたレンガで出来ていて、テナの眠る部屋から通路が一本、見通せぬほど先まで真っ直ぐに続いていた。
流石にそのまま寝直すことも出来ず、老婆は身を起こす。
おかしい
通路を恐る恐る歩きながら、彼女は口の中で呟いた。
未来が、見えないのだ。能力を封じられたのか、あるいは己の命運が尽きたのか。
しかし昼間に見た時には自分の未来は変わらず見えたし、こんな場所に放り込まれるような未来は見なかった。
ということは、他に考えられる可能性は
夢か?
まあ、そのようなものだ。お前にとってはな
呟けば、声が返ってきた。聞き覚えのある声だった。
Ol?
長い長い通路の行き止まりには、最初にテナが寝ていたのと似たような部屋があった。
そこに待ち受けていたのは声の主。魔王Olだ。
どういうことじゃ?
テナが問うと同時、唐突に未来が見えた。
大きな鏡を見せられ、そこに映る像に驚くテナの姿だ。
そしてその未来像自体に、テナは驚愕した。
慌てて己の手を見れば、そこにあったのはいつもの枯れ木のような腕ではない。
若々しい張りに満ちた、滑らかな手の平だった。
予知能力というのは便利なものだな。まあ、一応見ておけ
呆れ半分に言いつつOlは鏡を差し出す。そこには予知で見た通りのものが映っていた。
ピンと伸びた背にシワ一つない肌、腰まで伸びる艷やかな銀の髪に、黒曜石のような瞳。
ユツによく似た、美しい少女の姿だ。
お前の能力は、未来を見通すものだ。過去を見通すものではない
Olは言った。
あの通路は時を逆向ける道だ。進むことは即ち過去へと戻るということ。だから、進む先に何があるのか見えなかっただろう?
何が目的じゃ
まさに、それが知りたいのだ
Olはテナをぐいと抱き寄せる。
お前が何を企んでいるのかを、な
儂が望んでいることは既に話したはずだ。奴を
ああ、いい。話す必要はない
若きテナの言葉を遮り、Olは首を横に振った。
お前の体に直接聞くからな
こんなババアを抱く気か?
テナの言葉に、Olはくっと笑い声を漏らす。
何がおかしい
いや、お前は毎回同じことを言うな。安心しろ。実年齢で言えば、ちょうど互いにこのくらいの歳の差だ、小娘よ
言いつつ、Olはテナをベッドの上に押し倒した。
魔術師の細腕なのにその力はまるで万力のようで、テナは抗うことも出来ずに男に組み敷かれる。
さあ、得意の予知で当ててみせろ。俺は今からお前に何をする?
言われるまでもなく、テナは未来を見ていた。
Olがその剛直を彼女に突き入れ、荒々しく犯す姿を。
ふん、下らん。好きに犯すがいい
肉体が若返ったとはいえ、その精神はとうに枯れた老婆である。
今更陵辱を受けて泣き喚くような可愛らしさなどとっくに朽ち果てている。
なるほど、ではそれはやめておこう
そんな心境で吐き捨てれば、唐突に未来の姿が変化した。
さあ次だ。俺はお前に何をする
次に映ったのは無理やりペニスを口の中にいれられて、白濁を飲まされる未来だ。
口淫などという文化を持たないテナにとってそれは酷くおぞましく屈辱的な光景で、思わず彼女は盛大に顔をしかめる。
貴様なんという
見たな?では次だ
その瞬間、未来像は再び変化した。
テナが見た未来視の結果を受けて、Olは未来を変化させる。
Olはけして、伝えられた行為をしようとはしないからだ。
テナが言葉で伝えずとも彼女の表情の変化を巧みに読んで、Olはそれを察知する。