ごはん(タガーダ)、ください(ユウェーロ)!

毎回そう言ってたのか、お前は

ダンジョンの中に当たり前のように響く声の内容に、Olは思わず額を抑えた。

彼の記憶が確かならば、最初にタツキがダンジョンに侵入してきた時の第一声も全く同じだったはずだ。

あれ?おうる、喋ってる

言葉を覚えたからな。お前が毎回俺のことを馬鹿と言い捨てていったのもわかってるぞ

ふーん、そうなんだ。ところで今日のご飯なに?

ブレないなお前は

タツキは魚の尾を脚に変えると、勝手知ったる我が家のように食堂に向かう。

既にそちらの方からはリルの焼くパンの香ばしい匂いが漂ってきていて、タツキはごくりと喉を鳴らした。

美味しそうに食べてくれるから作りがいはあるけどね

見たことも聞いたこともないものばっかり出るけど、美味しいよ!

Olがテナの攻略に勤しんでいる間にも、タツキは毎日のように迷宮を訪れては食事をせびっていたらしい。すっかり一人分多く作ることに慣れたリルが皿を並べながらいえば、タツキは瞳を輝かせた。

よくもまあそんなものを平気で食べるな、お前は

?だって美味しいよ?

毒を混ぜられているかもしれないという発想がないらしく、タツキはOlの言葉に首を傾げる。

海にはこんな魚いないもん

お前は海の中に住んでいるのか?

うん。そうらよ

猪肉のソテーをつまみ上げ、上を向いて口の中に放り込みながらタツキは答える。

お前は一体何なんだ

何って言われても。たつきはたつきだよ

種族の名前はないのか?

シュゾク

指についた脂を行儀悪く舐めながら、タツキはううんと頭をひねる。

そういえば陸の人間は、たつきのことを魔王って呼ぶよ

そして、まるで昨日の食事のメニューを思い出したかのような気軽さで、そんなことを言い出した。

魔王!?

いや待て

反射的に剣に手をかけるマリーを、Olは制止する。

魔王と呼ばれているのは、お前一人か?

んーん。なんか結構たくさんいるらしいよ

魔王という言葉は、現地語でのオーミという言葉を翻訳したものだ。

正確には全く同じ意味の言葉は、Olたちの言語にはない。

怪物や魔物の配下と治める領地を持つが、人の王とは異なる存在。

それに最も近いのがOlであったがゆえに魔王という訳語を当てただけだ。

Olたちの大陸においては魔王はOlただ一人だったが、こちらでもそうとは限らない。

何より、この幸せそうに鴨のモモ肉に舌鼓を打っている少女が全てを滅ぼす魔王とはとても思えなかった。全てを平らげるという意味ではあっているかもしれないが。

お前の知ってる魔王について教えろ

塩漬け魚のオムレツ(トルティーノ)を頬張り、ヒヨコ豆のスープを飲み干し、白パンに蜂蜜をかけた菓子を食べきったタイミングで、満足気に腹をさするタツキにOlは問うた。

んー東の海のダーオーンとか、北の海のナパートとか?すごーく遠いし、会ったこともないからよく知らないけど

近くには他にいないのか?

この辺の海はぜーんぶたつきのだよ

両腕を広げ、タツキは自信満々にそう言った。

陸は?

陸(オカ)の上のことなんて、たつきが知るわけないじゃん

結局役立たずじゃないの

当たり前のように答えるタツキに、期待していたわけでもないけれどと呟きつつもリルは肩を落とす。

では

Olはしばし考えた後に、質問を変えた。

河の周りならどうだ?

水を全く必要としない生き物はいない。魔王といえど生き物であるなら、Olがダンジョンに地下水脈を引き入れたように、何らかの形で水は引いているはずだ。

そして河というものはたいてい、海に繋がっているものだ。

それなら、知ってるよ

その推測はあたっていたのか、タツキはにやりと笑みを浮かべた。

強くって、大きくって、悪くって、なーんでも食べちゃうのを

気づいてはいたが、聞かれなければ答える気はなかった。そんな感じの笑みだ。

詳しく聞かせろ

テナの言っていた事と合致する情報に、Olはずいと身を乗り出す。

んーとぉ

タツキは人差し指をピンと立て、枝葉で出来た天井を指差した。

すると水が彼女の腕にまるで巻き付く蛇のように螺旋を描きながら渦巻いて、天井に大きな穴をあける。

ああっ屋根が!?

アレ

叫ぶリルを尻目に悪びれた様子もなく、タツキは遥か彼方に聳える山脈を指し示した。

あの山を拠点としている、という事か

キョテンというのは、ちょっと違うかなあ

首をひねるタツキに、Olは怪訝な表情を浮かべる。

あそこにいるってこと

まさかあの山自体、などとは言わんだろうな?

違うよ

首を振るタツキの説明は、どうにも要領を得ないものだった。

まあいい。それで十分だ

元々タツキから大した情報を得られるとは、Olも思っていなかった。

敵となりうる相手の大体の場所と、どのような存在であるか。それがうっすらとでもわかったなら期待していた以上の成果だ。

あ、それとー

両足を魚の尾に戻し、すっかり彼女専用通路となった海のダンジョンに飛び込む寸前、タツキは不意に振り返る。

それも、魔王だよ

タツキが尻尾の先で指し示したのは、ソフィアだった。

第4話新たな魔王を始めましょう-3

あれが魔王で、奴と戦う決め手か

Olはキャッキャと声を上げて遊ぶソフィアを眺めながら、頭を悩ませていた。

リルの身体によじ登りながら、その角をぐいぐいと引っ張っている幼子の姿からはどちらも全く想像できない。

しかしお前、淫魔のくせに子供の扱いが手慣れ過ぎじゃないか

そりゃあ、マリーにアリスにラシーにアナにいい加減、慣れもするわよ

ぶらんと首にソフィアをぶら下げながら、リルが指折り数えるのは迷宮育ちの子供たち。その大半は、フィグリア王家の女達に生ませたOlの子だ。

勿論子供の面倒を見るのはリルの仕事ではないのだが、夢魔でもある彼女の手にかかればどんなに泣き喚く子供でもすぐさま安らかに眠ってしまうので、何かと重宝されていた。

元々淫魔にしては異常に情け深い彼女のこと、そうするうちに寝かしつけ以外でもなんだかんだ面倒を見るようになってしまったのは、自然な成り行きといえた。

そんなお前から見て、ソフィアは使い物になると思うか?

うーん、そうね

戯れに聞いてみれば、意外にもリルは真剣な眼差しでソフィアを抱き上げ、じっと見つめる。

今一ヶ月くらいで、三歳半くらいの見た目でしょう?このペースなら五ヶ月で十七歳。十分Olの相手出来ると思うし、この顔立ちならきっと美人に育つわよ

お前は何の話をしてるんだ

かと思えばその至った結論に、Olはがっくりと肩を落とし、

まて。三歳半だと?

使い魔の言葉を聞き咎めて、顔を上げた。

赤ん坊の成長なんて個人差大きいから大体の目安だけど

お前、前はニ、三歳と言ってなかったか?

それは一ヶ月前、タツキがダンジョンを襲撃する直前のことだ。

そういえばそうだっけ。いつの間にか大きくなったのね

いつの間にかで済ませていい話か、愚か者!

Olとて、この一ヶ月一切ソフィアの面倒を見なかったというわけではない。しかしその成長には今の今まで全く気づいていなかった。勿論、覚束ない足取りで歩く程度だったのが駆けては跳ねるようになったり、言葉が以前より達者になったのは把握していたが、それは赤子の自然な成長と捉えていたのだ。

だがよくよく考えて見れば、一月で一年から半年分程も成長するというのは明らかにおかしい。単に元々成長速度が極めて早いだけというのならばともかく、短期間に異常成長する存在なのだ。緩やかだが急速なその成長にも、何か理由があるのではないか。Olはそう考えた。

そうは言っても魔力が増えたわけじゃないし、これが自然な成長なんじゃないの?

リルはソフィアがベッド代わりにしている大きなダンジョンシードの横に設置された、小さなダンジョンシードを示す。それは海のダンジョンを作り出した方のシードで、今は海水から吸い上げる魔力を溜め置くタンクになっていた。

と言っても貯蓄はほんの僅かだ。龍脈と水脈では取れる魔力の量は比べ物にならない。その僅かな収入から、日々の生活に必要な魔術を捻出しているのだ。Olが村人やテナを若返らせたり、大きな湯殿を作ったりした上でなお多少なりとも残っているのは、リルの涙ぐましい節約と配分の努力があっての事だった。

魔力の問題ではないとしたら、どうだ

どういうこと?

聞き返すリルの腕の中で、ソフィアはじたばたと暴れだす。

リルが苦笑しながら幼子を地面に下ろすと、彼女は壁に向かって一直線に駈け出した。

それと同時に扉のように壁が開き、ソフィアはその向こうにいた金髪の少女に飛びつく。

はい、ただいま。ソフィア見ててくれてありがとうね、リル

それを抱きとめながら、マリーはリルに軽く頭を下げた。

あんなにわたしに懐いてたのに、やっぱりマリーの方が良いのね、ソフィアは

ツンと可愛らしく唇を尖らせて、リルは不平を漏らすフリをする。

そうした次の瞬間には赤子を抱きかかえる少女を見て頬を緩ませているのだから、文字通り口先だけだ。

今こいつは、入ってくるより先にマリーの存在に気がついた

Olがぽんとソフィアの頭に手を乗せると、ソフィアは嬉しそうにその手をとって、もう片方の手をマリーに伸ばした。マリーがその手を握れば、ソフィアは両親の手を両手に握ってにっこりと微笑む。

ダンジョンの中にいればわかるみたいね。マリーが部屋を離れても、ダンジョンの中にいるなら騒がないし

俺よりも早く気づいた、と言っているのだぞ

ソフィアの愛らしさに相好を崩すリルに、Olは重ねてそう言った。そこまでいえば流石にリルも気づき、はっと目を見開く。

そういえば、タツキが来た時も真っ先に気づいたんだっけ

Olとて、ダンジョンの全容を完全に把握しているわけではない。その気になればダンジョンの隅に転がる石ころの数まで数えられるだろうが、それを常に認識することは人間の能力を超えるのだ。

ダンジョンの中を見渡すにはそれなりの集中が必要だし、他の作業をしながら出来るようなことでもない。それをソフィアは、リルによじ登って角に手を伸ばしながら、誰に教えられるでもなく自然とやってのけたのだ。

ソフィア

ふとOlはあることを思いたち、ソフィアに視線を向けて地面に手をつく。

これが、出来るか?

Olが手の平を持ち上げると、パチパチと魔力の光を溢れさせながらその手を追うかのように床が変形し、塔のように盛り上がる。

うん!そふぃ、できるよ!

ソフィアがマリーに抱かれたまま頷くと、Olの周りの床が突然隆起した。

慌てて飛び退こうとすれば、Olの背に石の壁がぶつかる。

壁は見る間にOlを覆い尽くすと、真下の床がせり上がって彼の身体は持ち上げられる。

左右からは木々が生い茂り、ざぶんと音を立てて海水が流れOlの足元の溝を通って行く。

これは

そして少し離れたところに出来上がった、小さな玩具のような塊を見てOlは全てを理解した。

未来において彼が伝えようとしたのは、このことだ。

精度はまだまだだが、よく出来ている

Olは高台のようになった中心部から降りると、膝をついて部屋の端に出来た小さな塊を眺める。

なあに、これ

リルもふわりと浮いてそれを見つめたが、地面から不格好な指先のようなものが幾つか疎らに生えているようにしか見えない。

わからぬか?これはここ一月のソフィアの成長の証だ

だがOlには、それが何を示しているかはっきりとわかった。作りは稚拙だが、位置関係や数は完全に合っている。

イナダといったか。テナたちの住む、あの村の似姿だ

あ!

Olにそこまで言われてようやく、リルは気付く。

ソフィアが作り上げたのは極めて稚拙な出来ではあったけれども、ダンジョン全体の模型だったのだ。

そしてソフィアは、あの村自体もダンジョンだと認識している。半年分の成長は、恐らくそのためだ

テナの裏をかくために、Olはこの一月、ゆっくりとイナダの村を己の手中に収めていた。床下に通路を作り、家同士を繋ぎ、外部から中を伺えぬよう木造の家を秘密裏にレンガの壁で覆った。テナが眠っている間に送り込まれたのも、そうして作った地下通路だ。

それは見方を変えれば、村をまるごとダンジョンとして取り込んだとも言える。

でも魔力は増えてないのに、ダンジョンが広がるだけで成長するなんてことあるの?

魔術的にはありえない話だった。魔術は大概の不可能を可能に変えることが出来るが、それには何にしろ元手魔力が必要不可欠だ。

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