魔術という武術とは関係のない戦い方があるというのは聞いていたが、Olにしたって戦うもの特有の覇気のようなものをいくらか帯びている。スピナには、それがまるで無かった。

Ol自身も戦いが得意なようには思えない。つまり、こちらのグループで戦えるのはユツだけなのだ。

自分がOlを守らねば、とユツは奮起した。

その瞬間。

トン、と軽い音を立てて、スピナの胸に小刀が突き刺さった。

無表情のまま、スピナは自分の胸に突き立つそれを見下ろす。手の平に収まってしまいそうな小さな刃物は、正確に彼女の心臓を貫いていた。

緩慢な動作でそれを引き抜こうとした瞬間、スピナの全身に無数の刃が突き刺さって彼女は地面に倒れる。

Ol様、後ろに!

ユツは叫びながら、尾を薙刀に変じさせて構えた。明確に攻撃されているにも関わらず、敵の姿はどこにも見えない。

敵の場所はわかるか?

いいえ

Olの言葉に、ユツは首を振る。

だが彼はユツに尋ねたわけではなかった。

敵はそちらではありません。もう後ろに移動しています

背中から聞こえてきた怜悧な声色に、ユツは振り返って目を剥いた。

全身に刃が突き刺さったまま、スピナが立ち上がっていたからだ。

まるで埃を落とすかのような仕草で、スピナは身体に刺さった刃物をはたき落とす。

ばらばらと小刀が落ちた後には、血の一滴、傷跡さえ残っていなかった。

あちらに

スピナは振り返り、後ろを指差そうとする。その首がごろりと落ちた。

まるで魔法のように現れたのは、短刀を構え、真っ赤な服に全身を包んだ女だった。

その派手な服はしかし、マグマの流れる溶岩洞の色にぴったり同化して、酷く輪郭を捉えにくい。

捕まえました

地面に転がったスピナの首が声を上げ、女ホスセリは驚愕に目を見開いた。

彼女の脚を、首を失ったスピナの腕が掴んでいる。

殺すなよ。情報を吐かせる

かしこまりました

魔王師弟がそんな会話をしている間にホスセリは短刀を閃かせ、スピナの腕を切り裂いて飛び退った。

私はあまり戦いが得意ではないのです。素直に投降してくれませんか?

残った片腕で自分の頭を拾いつつ、スピナはホスセリに呼びかける。

知ったことか、と内心毒づきながらも、ホスセリはどうしたものかと考えた。

心臓を突いても首を刎ねても死なない生き物なんて初めてだ。

だが、死なないだけの人間など怖くはない。

不死の武人であれば驚異的だが、目の前の女に武術の素養はまるで感じられなかった。

ホスセリは標的を変えて、ユツに対し小刀を投げる。

その指先から刀が離れる前に、右腕自体が彼女の身体から離れた。

な、あ?

状況を理解できず、ホスセリは目を見開く。

自分の腕が、二の腕の半ばから切断されてぼとりと地面に落ちていた。

断面から吹き出す血を左手で慌てて抑えるが、そんなことで血を止められるわけもない。

あら、勿体無い

まるで飲み物をこぼしてしまった子供を見たかのように言うスピナに、ホスセリは顔を上げた。

そこにあったのは、シュウシュウと煙を上げるマグマを掌に掬いとりながらも、眉一つ動かさない美女の姿だ。

傷口を塞ぎますね

そんなことをいいながら、スピナはその手のマグマをホスセリの傷口に塗りつける。

!!

途端、言葉に言い表せないほどの痛みがホスセリを襲った。

体中に火がついたようにすさまじい熱が全身をめぐり、腕には数億本の針を刺してハンマーで何度も叩きつけるような痛みが間断なく襲い掛かってくる。あまりの激痛に胃の奥から吐き気が込み上げ、悲鳴とともに喉から出そうになるのを、ホスセリは奥歯を噛み締め辛うじて堪えた。

どうですか?降参しますか?

ふざけるな!

心の中に無数の呪詛を吐きながら、ホスセリは何とかこの魔女から離れたいという一心で地面を蹴る。

その右脚が、根本からぽろりと落ちた。

あああああああああああああ!

駄目ですよ、逃げては

耐え切れず叫び声をあげるホスセリに抑揚のない声で言いながら、スピナは更にマグマを掬い取る。

やめやめて

首を振るホスセリの要求は受け入れられることはなかった。

脚の血管は太いから、しっかり塞がねば死んでしまいます

言いながらマグマを差し出すスピナの手の平は高熱に焼けただれ、炭化しつつあった。自身もダメージを受けているのだ。にも関わらず、平然としている。

狂っている、とホスセリは思った。

まるでパンにバターでも塗るように、スピナはホスセリの脚の断面にマグマを塗りたくる。

いっそ殺してくれ。そんな思いさえ、激痛の前に一瞬にして消え去った。

もはや叫び声は人ではなく獣の唸り声のようで、硬い地面にたてた爪が根本から剥がれるが、それさえ気にならないほどの苦しみが彼女の身体を灼く。

あまりの苦痛の前に、気を失うことさえ出来ない。常人であればとうの昔に正気を失っているだろう。だが弛まぬ鍛錬によって磨かれた彼女の精神は、狂うことすら許さなかった。

さあ、しゃんとしてください。降参、しますか?

スピナがホスセリの顔を覗き込む。

その身体を、ホスセリは渾身の力を込めて片腕片足で押した。

軽い魔女の身体はぽんと宙を舞って、煮えたぎるマグマの中に没する。

残り二人を、殺さなければ。

痛みを押し殺し、己に待ち受ける不具者としての運命を無視して、ホスセリは片方の足だけで立ち上がった。

凄まじい精神力だな

Olは思わず、感嘆の声をあげた。ここまで傷めつけられてなおも動ける人間など、Olの配下の中にもそうはいない。

だがまだ終わっていないぞ

そうはいない、ということは、逆に言えば何人かはいるということでもある。

そのうちの一人が、マグマの中から這い上がってきた。

申し訳ありません、お師匠様

全身を火に巻かれながらも、スピナは平静な声で言った。

彼女は別に痛覚がないわけでも、高熱が通用しないわけでもない。

魔術によらない熱は、半スライムのスピナを殺す数少ない方法だ。

ただ彼女は、この程度では死なないから気にしていないだけに過ぎない。

ご心配をお掛けしました

微塵も心配していなかった、という本音は言わずにおいた。

そんなことを言えば彼女は嘆き悲しみ、泣き叫ぶだろう。

マグマに突き落とされるよりも、夫に関心を持たれない方が遥かに辛い。

スピナはそういう女なのだ。

さて思ったより元気があるようなので、もう一本いっておきますね

スピナの指先に炎がともって、彼女は僅かに眉をあげた。

その動作を見てホスセリはようやく、己の手足を切り取った仕掛けに気付く。

スピナの指先から、糸が伸びていた。不意打ちや闇討ちを得手とするホスセリでさえ、よく目を凝らさねば気づかないほどの細い細い糸だ。それほど細いのに、肉を切り骨を断つほど鋭く強靭な糸。何で出来ているのか検討もつかなかった。

だが、それに気がついて何になるというのか。糸は既にホスセリの周囲を完全に取り囲んでいて、動く隙間など完全に無くなっていた。蜘蛛に捕らえられた獲物が、そのことにようやく気づいたようなものだ。

あ、あの、戦闘、苦手って言ってましたよね?

左腕をもがれたホスセリの絶叫を聞きながら、ユツは思わず尋ねた。

ええ。苦手です

傷口に丁寧にマグマを塗り込めながら、スピナは答える。

戦うというのはユニスがしているようなことだ。

互いの技術を尽くし、命をかけて武を競う。

そんな崇高な事は、スピナは一度もしたことがない。

一方的な殺戮は得意ですが

初めて薄く笑みを見せる魔女に、ユツは震え上がった。

第4話新たな魔王を始めましょう-8

これは、見事だねえ

ホデリを下し、歩きついた終着点。

溶岩が滝のように流れ落ちる雄大な光景に、ユニスは感心して声を上げた。

確かに、この先に道はなさそうだね

キョロキョロと辺りを見回しつつ、マリー。

怪しいのは滝の裏だが、そんな単純な隠し通路にOlが気づかないとは思えない。

ソフィ、わかる?

マリーが腕の中の娘に尋ねると、ソフィアは両手を伸ばして空中を撫でるような仕草をした。それに伴って露出した岩肌がレンガで覆われていく。洞窟がソフィアの手中に収まった証拠だ。

なんにも、ないとおもう

だが、ソフィアは困ったように首を振った。Olでも道を見つけられないのだから、予想通りといえば予想通りだ。

しばし待て

テナは瞑目し、未来を探った。

ユニスが彼女を抱きかかえ、転移する。

そこまでは明瞭に見えるのに、その後の未来は掠れたように判然としない。

彼女の運命がそこで途絶える、というわけでもなさそうだった。断片的に情報は入っては来るのだが、それはまるで椀に入った水に映る月影のようで、絶えず揺らぎ酷く見づらいものだった。

その滝を塞き止めてみろ、とのことじゃ

それでもなんとかOlの言葉を捉えて言えば、ソフィアは元気よく頷く。途端に辺りの壁が捩れ、滝の流れ出る口に殺到した。レンガがまるで粘度のように丸められ、滝の中に詰め込まれていく。

できたよ!

ま、良いじゃろう

不細工な出来だったが、少なくとも滝は止まっている。テナの先見で見ても十分な時間持つことはわかった。

何にも起きないね?

いや。もうすぐじゃ

滝を止めても変化のない様子に首を捻るマリーに、テナは首を振った。

途端、滝が流れ落ちていた先、溶岩の河がその量をみるみる減らしていく。

数分もしないうちに河は枯れ果て、その跡には一本の道が残った。

左右両方の滝を塞がねばこの道は現れんということらしい

なるほどね。それじゃあソフィアにも見つけられないわけだ。流石に溶岩の中を歩くなんて無理だもんね

感心したように頷くユニスの背を、テナはじっと見つめる。彼女の未来はいつも通り、明瞭に見えるようになっていた。どうやら彼女が転移の力を使おうとすると、その先を見ることが困難になるらしい。

どういうことなのか、問うべきだろうか。

あっ、Olさま!

テナが思い悩んでいると、マリーが明るい声をあげて走りだした。

通路の先に、Olの姿を認めたのだ。

首尾よく行ったようだな

しかし彼に抱きつこうとする寸前、マリーの足がピタリと止まった。

それ誰?

そして、Olの横に張り付くようにぴっとりと寄り添う赤い服の女を指差す。

ホスセリというらしい。襲ってきたが、返り討ちにした

ああ、ホデリの妹ちゃん

ユニスがぽんと手を叩く。

なんで一緒にいるんですか?

スピナにやられて、命を助けてやったらこうなった

ホスセリの身体は五体満足で、傷跡すら残っていなかった。

ともかくも死んでさえいなければ、肉体を治すことは容易い。

そういう意味では、スピナの止血の成果とも言える。

それに比べると心の治療は少しばかり難しいが、それもOlにとっては手慣れた作業だ。その過程でこれほど懐かれるのは若干の想定外だったが、別に害があるわけでもない。

強いて言えば、マリーが憮然とした表情でこちらを見ていることくらいだ。

姉さん、やり過ぎたんでしょ

私はただ、私に出来ることをやったまでです

多分それ、一般的にはやり過ぎを超えた奴だと思うよ

マリーがじろりと睨めば、スピナは澄まし顔でそう答え、ユニスが呆れ半分に笑う。

スピナさん怖いスピナさん怖いスピナさん怖いスピナさん怖い

一体何があったんじゃ?

虚ろな表情で延々呟き続ける孫娘の姿にテナは漠然とした恐怖を抱くが、過去を視ることの出来ない彼女には何が起こったのか知る由もない。

さて、ホスセリ。この先には何がある?

二つの通路の合流点。そこにある巨大な扉の前で、Olは尋ねた。

主がいる。ただ、詳しいことはお館様の命とはいえ言えない

言葉少なにホスセリは答える。

彼女はOlに服従したが、元々の主を裏切る気もないらしい。

良い。邪魔はするなよ

だがOlはそれを咎めはしなかった。

簡単に主を裏切るような者よりも、そんな人間の方が信用はできる。

扉をくぐり抜けると、そこは巨大な広間のようになっていた。

迫り上がった祭壇の上、豪奢な造りの椅子に女が座っている。

薄紅色の髪を長く伸ばし、同じ色の衣装に身を包んだ女だ。

よくぞここまで辿り着きました。妾の名はサクヤ。この試練の山を治める主です

女はOlたちを見下ろしながら、丁寧な口調でそういった。

勇者よ。お名前を伺ってもよろしいですか?

Olだ

また勇者か。Olは辟易としつつ、短く答える。

勇者Olよ。あなたは妾の課した試練に打ち勝ち、その力を示しました。その褒美として、何でも一つ願いを叶えましょう

願いだと?

まあ。知らずに来られたのですか?

怪訝な表情を浮かべるOlに、サクヤはぽかんと開いた口を扇で隠した。

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