ありえんな。ありえんがこちらの常識でありえんことなら、新大陸に来てから何度も遭遇した。今更だ
そもそもソフィアの存在自体、理解し難いものなのだ。
成長がダンジョンと同期し、俺よりもこのダンジョンを把握し、自由自在に操る。そんな存在がいるとするなら、それはただ一つ
Olはソフィアを抱き上げて、ぐるりと辺りを見回す。
お前はここだ。このダンジョン自身だ。俺が作り上げ、マリーが名付けた。だから父と、母と呼ぶんだろう
ソフィアは単に遊んでもらっているとしか思っていないらしく、きゃっきゃと笑い声をあげた。
未来のOlが伝えたソフィアを育てろとは、つまりダンジョンを育てろと言うことだ。彼女が意思を持つ迷宮そのものだとすれば、なるほどそれはOlにとって最高の武器と言える。
ならば育ててやろう。お前を、最高の魔王に!
我が子を天に掲げるようにして、Olはそう宣言した。
第4話新たな魔王を始めましょう-4
本当にこの道を行くのか?
硫黄の匂いが充満し、噴煙たなびく溶岩洞を目の前にして、テナは思い切り顔をしかめた。
この山を勧めたのはお前だろう
それは、そうなんじゃが
そこはタツキが奴がいると指し示したのとは別の、高い高い山に出来た洞窟だった。
テナ曰く、古来から強い力を持つ霊山であるらしい。
そうでなくとも、火山というのは龍脈の魔力が地表に噴き出している場所であるということが多い。魔力を入手するという観点から見ても、次のダンジョン作成地として最適な場所であるとOlは見当をつけた。
この中は極めて危険じゃぞ
では何故今まで火山をダンジョン化しなかったかといえば、それが理由だ。
地下水脈を掘り当てて溺れてしまうのはダンジョン作りの際もっとも気をつけなければならないことだが、溶岩洞でのそれは煮えたぎる岩だ。ダンジョンシードで自動的にダンジョンを作ることすら出来ない。
その上高熱と猛毒の火山ガスが充満しているのだから、ダンジョンを作っても人間の住める場所ではなかった。
だからこそ、万全を期したのだ
メンバーはユニス、マリー、ユツ、スピナ、Ol、テナ、そしてソフィアの七人だ。
リルにはダンジョンシードを守る役目を与えたため留守番である。
任せといて!
ぐっと力こぶを作ってみせるユニスを、テナは胡散臭げに見つめた。
身の丈でいえば自分と殆ど変わらない小さな赤毛の少女。
身長はそれよりは高いが、細く無口な黒髪の女。
そして死が約束された金髪の少女と、緑の髪の赤ん坊。
とてもではないが、過酷な火山の中を通り抜けるに相応しい一行とは思えなかった。
事実、このまま進めばこの中の何人かは死ぬ予知が見えている。
その事自体はOlには既に伝えてあるのだが。
お前の能力があれば危険は避けられるはずだ
問題は、危険を避けた後どのような運命になるのかは、実際に避けてみるまでわからないということだ。一つ、二つの危機であれば予知によって避けられても、手詰まりになる可能性があった。
覚悟を決めろ。行くぞ
Olの両手が琥珀色に輝き、光は地面を伝って壁や天井へと広がっていく。
光が舐め上げた部分は瞬く間に石造りの通路へと変貌した。
吹き散らせ、ソフィア
Olの指示にソフィアはピンと手を掲げる。
途端、出来上がったばかりの通路に暴風が吹き荒れて、有毒ガスが一掃された。
すごーい!今の、ソフィアがやったの?
そふぃ、やったよ!
何ですか、その顔は
パチパチと手を叩くユニスにソフィアはえへんと胸を張る。
何やら複雑そうな表情のスピナを、マリーはニヤニヤと笑みを浮かべて見つめた。
ダンジョンを構成するのは、何も通路や部屋だけではない。その内部にあるものも当然、ダンジョンの一部だ。空気を動かすのは、ソフィアにとっては息を吐くのに等しい
この溶岩道に至るまでの道は、Olが地下道を掘ってきている。つまり溶岩洞はソフィアのダンジョンと繋がっており、そこを舗装すれば自然とソフィアの一部であると認識されるようであった。
では進むぞ。危険があれば逐一伝えろ
仕方ないのう
テナは大きく息を吐き、ちょんと指先を短刀でついて瞼に朱を塗る。狐の耳と尻尾を出すことで、彼女の予知の速度と精度は飛躍的に高まった。老いた肉体では長時間天狐をおろしておく事が出来ないので、これに関してはOlに感謝しないでもない、とテナは内心呟く。
今から少し進んだところで、天井から溶岩が降り注いでくる。お主がそれを被って死ぬ
そうか。三歩先になったらまた教えろ
死の予言にOlは表情一つ変えることなく、スタスタと歩いて行く。
その歩みに従って、洞窟はじわじわとその姿をダンジョンに変えていった。
出るぞ!
テナの警告からきっちり三歩Olが歩いたところで、何の前触れもなく天井を突き破って赤熱したマグマが降り注いだ。
だがそれはただの一滴もOlにかかることなく、左右に別れて流れ落ちていく。Olのキューブ、見えない迷宮(ラビュリントス)が道となって防いだからだ。
ソフィア、口を開けろ
あーん
ソフィアが大きく口を開けると、同時に床がぱくりと開いてマグマをごくりごくりと飲み込んでいった。その間にOlは破れた天井を補修してマグマをせき止める。
ふむやはり、不自然だな
まるで何事もなかったかのように平穏を取り戻したダンジョンに、Olは顎を撫でる。
待て!急いで逃げるんじゃ!
その時、突然テナはそう騒ぎ始めた。
状況は正確に伝えろ。何が起こる?
溶岩じゃ!それも、大量の!儂ら全員焼け死んでしまう!
正確にと言っただろう。どちらからだ
逃げようとするテナの襟首を掴み、Olは冷静に問う。
奥の、通路全部じゃよ!
テナが叫んだ瞬間、濁流のようにマグマが押し寄せてきた。
水とはわけが違う。触れなくとも重度の火傷を負ってしまうような、煮溶けた岩なのだ。
水よりも遥かに重く、それでいて速度は水のそれと殆ど遜色ない。
薄い石壁で防げるようなものではなかった。
ソフィア、水だ
Olの指示にソフィアはさっと両腕を前に付き出した。すると床に穴が二つ空き、そこから凄まじい勢いで水が吹き出す。
海水、ですね
そこに交じる僅かな潮の匂いを感じ取って、スピナが顔をしかめた。半スライムの彼女には剣も魔術も通じはしないが、唯一の弱点が塩水だ。塩水を浴びると彼女はスライムとしての身体を保っていられず、魔術の吸収もできなくなってしまう。勿論、海水もその範疇に入った。
スライムではないが、よく冷えた海水はマグマに対しても効果絶大であった。
溶岩とぶつかってじゅうじゅうと音をたてる海水は瞬く間にその温度を奪い、凝固させていく。例えそれが破られても、漏れだしたマグマがそのまま壁の補修材になり変わるのだ。
それを続けるうちに、固まった溶岩と押し寄せるマグマの間に、固まるほど冷たくもなく、かと言って固まった溶岩を溶かすほど熱くもない層ができる。そうなってしまえば、水を止めても大丈夫だった。
タツキちゃんの来る海のダンジョンから、水を引っ張ってきたんですね
ああ。理屈としてはダンジョン内の空気を動かしたのと同じだ
感心したように声を上げるマリーに、Olはそう説明した。
あれ?地下迷宮なんだから石や土を動かせるのは当然として、風と水を操れるってことは
ふとユニスはあることに気付き、目の前にできた溶岩の壁を見やった。
そう。この火山を手中に収めれば四属性が揃う
Olが火山にやってきたもう一つの狙いはそれだ。
あれ、もしかしてソフィアって、わたしより役に立つ?
俺の娘(ダンジョン)なのだ、当然だろう
わたしがダンジョンに来た時よりも小さいのに、と愕然とするマリー。
落ち込む彼女の頭を、ソフィアはよしよしと撫でた。
そんなことよりもだ。テナ、直前まで今の溶岩は予知できていなかったな?
そういえばそうじゃな
問われて初めて、テナは気付いて頷く。
お主が最初に、天井を塞いだ影響かのう?
その程度であれほどの変化が起こるものか
首を捻るテナに、Olは呆れて息を吐く。
折角予知能力があっても、本人がこの様子では宝の持ち腐れだった。
お前の予知は確定した未来だけが見える。そして予知によって未来が変わった場合は、実際に変わるまでその未来を見ることが出来ない
じゃから、お主が天井を塞ぎ、死ななかったことで未来が変わった。そういうことじゃろう?
テナの言葉は一言一句間違っていない。
だが、もっとも重要な情報だけが抜け落ちていた。
そうだ。だがそれは、天井を塞いだことで溶岩の圧が変わったとか、流れる方向が変わったとか、そういった理由ではない
どういうことじゃ?
もっと単純な話だ
Olはそれを、そもそも溶岩洞に足を踏み入れる前から薄々察していた。
殺しそこねたから、追撃を放った。ただそれだけだ
なんじゃと?それじゃあ、まるで
予知無しで進めば死ぬ、とテナは言った。
幾ら危険な場所とはいえ、Olとソフィアという二人のダンジョンマスターを擁し、英雄ユニスが護衛を務めるパーティが、ただの探索行でそうそう簡単に死ぬわけがない。
この洞窟が、儂らを殺そうとしているようではないか
全く、その通りだ
ならばこれはただの探索行などではない。
正確には、この洞窟を統べる別のダンジョンマスターが、な
既に敵の胃袋の中にいるということだった。
第4話新たな魔王を始めましょう-5
そら、新手が来たぞ
ええ、またあー?
二本の剣を杖にしながら、マリーはぜえはあと肩で息をする。
もう、ユニスも手伝ってよお!
だーめ。これは訓練みたいなものなんだから
剣を構えて泣き言をいうマリーに、ユニスはぴしゃりとそう答えた。
眼前に迫るのは、人型の獣たちだ。その数、三体。
全体的な身体の造りは、人間によく似ている。だが全身を深い毛に覆われ、鋭い牙を生やし、長い鉤爪を振りかざすそれはどう見ても人ではなかった。ぎょろりとこちらを睨みつける一つ目の上に、鋭い角が何本か生えている。テナとユツはそれを鬼と呼んだ。
やぁっ!
飛びかかってくる鬼の爪を剣で逸らしながら、マリーは魔術の腕で鬼の腹に斬撃を叩き込む。
あーもう、硬ーいっ!
だがごわごわとした分厚い毛はその衝撃を容易く吸収し、傷一つつかない。
最初に戦った鬼はこれで両断できたのに、とマリーは歯噛みした。
疲労しているというだけでなく、奥に行くほど明らかに敵が強くなっている。
あの、ボクもお手伝いしていいでしょうか?
三匹の一つ目鬼に防戦一方になっているマリーを見かねてか、ユツがおずおずとそういい出した。
問いかけられたOlはそのままユニスに視線を送り、彼女はユツの身体を上から下まで眺める。
んー。まあいいかな
どんなものだ?
見たところ、マリー一割引って感じ
ユニスの答えに、Olはほうと驚きの声をあげた。
それなら思っていたよりもずっと強い。
いきます!
掛け声とともにユツの頭に耳が生え、胸が膨らみ、尻尾が伸びた。
えっ、嘘、何あれ!
これには流石のユニスも目を剥く。
ユツはそのまま尻尾を引っ張り抜いたかと思えば、白い煙とともにポンと音を立ててそれは巨大な木槌に変じた。
えっと、マリーさん、助太刀します!
ユツは己の身の丈ほどもある柄をぐるんと回し、マリーに襲いかからんとしていた鬼に向かって振り下ろした。その瞬間、木槌の頭は更に巨大化して鬼の巨体をぷちりと潰す。マリーは突然目の前を埋め尽くした壁のような木槌に、目を白黒させた。
よいしょっと
ユツが木槌を引っ張れば、その頭は再び元の大きさに戻って彼女の手の中に収まる。
マリー、次は避けられるから気をつけてね
ユツが再び木槌を繰り出す前に、ユニスがそう忠告した。
もう一体っ!
仲間を一人失って浮足立つ鬼たちに向かって、ユツは木槌を振りかぶる。
だがユニスの忠告通り、鬼はそれを容易くかわした。威力は大きいし速度も早いが、動きが単調すぎるのだ。
えっと、えっと
マリーはユツの攻撃を大きく飛び退ってかわした鬼の背後に回りこんではいたものの、どうしたものかとまごついていた。彼女の膂力では鬼の毛皮を貫けないからだ。
あ、そっか!
しかしふといいアイディアを思いつき、彼女は手に持つ剣を入れ替える。
冷・乾!
そして体勢を崩した鬼に振り下ろしながら、その力を開放した。その性質の重ね合わせが示すものは土の元素だ。と言っても、風や炎のように土くれが生まれるわけではない。剣には既に土に属するもの鋼が使われているからだ。ただその土としての性質を強化する。すなわち、硬さと重さを。