振り下ろされる速度はそのままに、重さだけを増やされた剣は容易く鬼の毛皮を切り裂き、骨ごと両断した。
わお
マリーは口をオーの字にあけて、己のしでかした結果に目を見張った。
その隙を突いて繰り出された鬼の鉤爪を、塔のように隆起した壁が防ぐ。
ソフィア、ありがとうっ!
礼を言いつつ、マリーは残る二本の剣を空中で打ち合わせた。
熱と湿との性質を合わせて生まれるのは土の真逆、すなわち風だ。
と言ってもそれは精々僅かに体勢を崩す程度の威力しか無い。
ついでにこれもお願い!
だがそこにソフィアの協力があれば話は別だった。
マリーの敷いた道をなぞるように、ソフィアはそこに突風を吹かせる。
鬼の巨体がぶわりと浮いて、空中に投げ出された。
ユッちゃん!
あ、はい!
マリーの声にユツははっとして、木槌を構える。そしてぐるりとその場で一回転し、加速しながら巨大化する木槌で落下してくる鬼を思い切り弾き飛ばす。哀れな鬼の巨体はそのまま壁に叩きつけられ、全身の骨を粉々に砕かれて絶命した。
マリーは剣を振って血を払い鞘に納めると、自信あり気に笑みを浮かべながら、ユニスの表情を伺う。
まあ及第点ってところかな
しかしその評価に、マリーは不平の声を上げた。
マリーは動きは良いんだけど、やっぱり判断が遅すぎるよね。ユツは逆に戦い方そのものが拙すぎる。能力は凄く便利そうだから、もっと戦い方を工夫すると良いよ
え、あ、はい
ユツは突如話を向けられて、慌てながらも頷く。
厳しい評価を下しつつも、ユニスは内心己の弟子の成長を喜んでいた。
マリーに足りていなかったのは実戦経験だ。今まで殆ど身内相手の訓練しかこなしてこなかったことを考えれば、この成果は上々と言っていい。それに何より素晴らしいのは、同年代で実力も同じくらい友人ができたことだ。
互いに互いの長所を吸収しあって、どんどん強くなっていくことだろう。
ソフィアは
ふとユニスはワクワクしながら目を輝かせている幼児に気づき、少し考えて、
満点!完璧!よく出来ました!
そふぃ、できたよ!
手放しで大げさに褒めながら頭を撫でた。ソフィアも得意満面の表情で胸を張る。
なんか納得行かない
我が子相手に嫉妬するマリーは、まだまだ未熟であった。
分かれ道か
二つに分かれた道を前に、Olは歩みを止めた。
ここまで細かな分岐はあったもののどれも人が通れるほどの大きさではなく、はっきりとした分かれ道はここが初めてだった。
どちらが正解の道だ?
駄目じゃ。どちらに進んでも道はない。行き止まりじゃ
Olの問にテナはしばし瞑目し、未来を読んでそう答えた。
ここに来るまでに、正解の道を見逃したのではないか?
それはありえん
テナの言葉に、Olは断言する。
隠し通路や分岐の類があれば、俺がそれに気づかないわけがない
だがそのお主が、どちらの通路も行き止まりだと言っておるんじゃぞ
もう一度、それぞれについて予知をしてみろ
Olは少し考えて、テナにそう命じた。
それぞれの数値は幾つだ?
三十二、十五、マイナス五と、三十、十五、プラス一一体何の話じゃ?
テナは予知の先でOlに告げられた数字をそのまま告げる。
座標だ。ほぼ同一座標で高度だけが違うとなれば、その間に最深部があると見て間違いなかろうな。俺が行って道を見つけられなかったということは恐らく、両方の道に進む必要があるということだ
そう言って、Olは一行をぐるりと見回した。
仕方あるまい。二手に分かれるぞ
第4話新たな魔王を始めましょう-6
Olさまと一緒がよかったなぁー
ぼやかない、ぼやかない
マリーと並んで歩きながらも、ユニスは明るい声で彼女を励ました。
まま、いいこいいこ
マリーに抱かれたソフィアが母の頭を撫でて、その背後をむっつりとした表情でテナが歩んでいる。左の道へとやってきたのは、この四人だった。
この火山のダンジョンを手中に収めるという目的がある以上、二手に分かれるなら二人のダンジョンマスターは別行動しなければならない。そしてソフィアはマリーと一緒にいたがるために、マリーとOlは同じ組になることはない、という理屈だった。
そちら側に予知能力を持つテナと英霊であるユニスを配したのは二人を守るためでもあったが、同時に連絡を取るためでもあった。
ユニスがテナを連れてOlの元へ飛んだことにしてその未来を見れば、実際はOlの元へと移動することなく彼の指示を仰ぐことが出来る。実際に飛んでしまうと、ユニスの能力では元の場所に戻れなくなってしまうのだ。
しかし、とテナはユニスを見た。
彼女が当初思っていたよりもずっと強いことは、この後の予知でわかる。
しかしその先の未来が、何故か全く見通せない。こんなことは初めてだった。
最近、ユニスあんまり優しくないしなー
そりゃ、あたしマリーの師匠なんだからね。もうちょっと敬いたまえよー
笑いつつ、ユニスはマリーの頭をぐりぐりと乱雑に撫でた。
わかってるけど、もう少し手心を加えてくれたっていいじゃない
十分優しくしてるつもりなんだけどなあ
どこかあどけなさを残したままの眉根を寄せながら、ユニスはすらりと剣を引き抜く。
死にそうになったらちゃんと助けてあげるしさ
彼女が無造作にそれを振ると、どこからともなく飛んできた矢が押し下げられて地面に突き刺さった。
見事
通路の奥から低い声が聞こえてきて、二度ほどパチパチと瞬きをしたあと、マリーは自分が今攻撃されたことに気がつく。
矢を剣で弾く事が出来る剣士など、百人に一人いるかどうか。切り落とせるものは万人に一人だろう。だが、矢を空中で押し下げて逸らすなど、初めてこの目にした
現れたのは弓を手に、腰に剣を差した男だった。
その腕はまるで丸太のように太く、胴回りも樽のように分厚い。
背丈はユニスとそう差はないが、目方で言えば倍はあるだろう。
この先に進むことまかりならぬ
男はそういいながら弓と矢筒を投げ捨てると、腰の剣を引き抜く。
マリー、下がってて。あたしが相手する
片刃の剣を構える男の姿を見て、ユニスは硬い声で言いながら剣を構えた。
我が名はホデリ。いざ、手合わせ願おう
ユニスだよ。よろしくね
ホデリは両手で持った片刃の刀を顔の横に構え、ユニスは両刃の剣を片手で持って背中に担ぐような姿勢を取る。互いの構えはゆるりと緩慢に完成し、やがて同時にピタリと静止する。
かと思った次の瞬間、雷光のような鋭さでユニスは踏み込んだ。
同時に剣は最短のコースを走ってホデリの額を打ち割るように振り下ろされる。
ホデリはその動きに合わせて、擦り上げるように刀をつきだした。
甲高く金属音が鳴り響き、火花を散らしながらホデリの刀身を滑ってユニスの剣は軌道をずらされる。そしてそのままその動きはユニスの首を狙う突きとなって放たれた。
ユニスは首を傾けてその突きを避けつつ、手首を柔軟に返して剣の柄頭でホデリの頬を打つ。ホデリはその一撃を受けながら、ユニスを蹴り飛ばした。
キミ、強いね!
地面に転がる勢いを利用して飛び起きながら、ユニスは喜びに溢れた声を上げた。
ホデリは英雄ではない。彼からは兄や父のような、英雄特有の力強さのようなものを一切感じなかった。腕力も、速度も、全然大したことはない。
だが、強い。
純粋に反応が早く、そして正確なのだ。それは生まれ持った才能でも天から与えられた能力でもなく、ただただ鍛錬によって磨きぬかれた技術であった。
剣の道だけであれば、ホデリはユニスの遙か先にいる。
つまり、ユニスはもっともっと強くなれるということなのだ。
だから、彼女は屈託なく笑った。
死合の最中にそのような顔で笑うか
そしてそんなユニスを見て、ホデリは内心汗をかいていた。
純粋な剣技であれば勝っているという自負はある。
だが、戦いに勝利できる気はまるでしなかった。
もう少し戦っていたいところなんだけど
その考えを裏付けるように、ユニスはぺこりと頭を下げる。
ちょっと卑怯な手を使わせてもらうよ
突きの構えを見せるユニスに、ホデリは疑問を覚えた。
彼女の持つ剣はホデリの刀よりも幾分短い。仮に先ほどの倍の速度で踏み込まれても対応する自信はあったし、それはユニス自身もわかっているはずだ。
だがホデリは一切の油断なく、彼女の動きを待つ。
彼らが剣だけでなく、面妖な術を放つのは主から聞いていた。
炎を出そうが水を出そうが切り抜けられる自信はあったし、事実彼には何の落ち度もなく。
次の瞬間、ホデリの全身は弾け飛んでいた。
なっあ?
ごめんね
気付けば眼前にユニスの姿はなく、後ろから謝罪の声が聞こえてくる。
何が起きたかは分からないが、何をされたのかはわかった。
反応すら出来ないほどの速度で背後に駆け抜けながら、数千回切りつけられたのだ。
傷は指先ひとつ動かせないほど全身くまなく無数につけられておりそして、それでいて死に至るような傷はどれ一つとしてない。ユニスほどの腕さえあれば首の脈一つ断ちきるだけでホデリを殺すのは容易なはずで、つまり彼は生かされたのだと知った。
なぜ殺さん
力を振り絞って、ホデリは問うた。
敵に情けをかけられて生き残るなど、武人としての恥だ。
んー。ちょっとズルしちゃったからさ
ユニスが行ったのは彼女の英霊としての権能、転移の応用だった。
己の放つ斬撃だけを無数に転移させ、浴びせかけたのだ。重さも形もない斬撃そのものであれば、何千と転移を繰り返しても消費する理力の量は大したものではない。
本来ならば速すぎて剣を振ってもろくに当てられないような速度で駆け抜けながら、その勢いの斬撃だけを飛ばして相手に当てる。それは剣技でも何でもない、法術と生まれ持った脚力による蹂躙であった。
巫山戯るな!
だがホデリにとってそんなことは関係なかった。
そもそも勝負というのは互いの全能をもって臨むものだ。ホデリが剣でのみ相手をしたのは、単に彼がそれしか能がなかったからに過ぎない。そんな理由で生かされたのであれば、それこそ侮辱でしか無い。
が。
今は急いでるから無理だけど、またキミと戦いたいから。だから悪いけど、生きててね
悪びれた様子もなく手を合わせるユニス。
くは、ははははは!
その自分勝手な物言いに、ホデリはかえって清々しい物を感じて笑った。
敗者にはそもそも自分の最期を選ぶような権利は無いか
ならば、勝者に従うまでだ。
一つ教えてやろう。お前たちの仲間を、ホスセリという俺の妹が襲っているはずだ
ホデリの言葉に、マリーは目を大きく見開いた。
ユニス!助けに行かないと!
ホデリがマリーでは絶対に敵わないほどの実力を持っているのは、戦いを端から見ているだけでわかった。ホスセリという刺客がもし同じくらいの強さを持っているなら、Olたちに勝ち目はない。
その人って、キミより強いの?
真正面から戦えば負けはない
ユニスの問に、ホデリはそう断言した。
だが実際に戦えば、負けるのは某であろう
ふうん。なら大丈夫でしょ
軽い口調でいうユニスに、ホデリは怪訝な表情を浮かべた。
襲う相手を選ぶ際に、大体の実力は測っている。
少なくともホスセリを相手にして間違いなく勝てると言えるほどの者はもう一方のグループにはいないはずだった。
本当に大丈夫なの?
大丈夫だよ。だってあっちにはスピナがいるでしょ
マリーが心配そうに尋ねれば、返ってきたのは意外な言葉だった。
姉さんが?え、姉さんって、強いの?
あれ?マリー、知らないの?
スピナがいれば大丈夫という言葉が全くピンと来ず、首を傾げるマリーにユニスは言った。
スピナはもうだいぶ前から、もうあたしより強いよ
第4話新たな魔王を始めましょう-7
Ol、ユツ、スピナの三人はマリーたちと別れ、マグマの中に続く右の道を進んでいた。
道の幅は十分あるから誤って落ちてしまうことは早々ないだろうが、立ち上る熱気にユツは汗を拭う。
分かれ道まではユニスとマリーが歩きながらお喋りしていた為、それに参加する事がなくとも和気藹々とした雰囲気があった。しかし今や、一行の会話はゼロである。それが、重苦しい雰囲気に拍車をかけているようで、ユツはやや気まずい思いで黙々と歩みを進める。
ユニスの強さは、ユツにも薄々と感じ取れていた。戦うところを直接目にせずとも、その立ち居振る舞いだけでわかるほどの強者ということだ。
ユツは歩きながら、横を歩くスピナにちらりと視線を向けた。
だが、こっちの女性はよくわからない。というよりも、完全に戦いの素人に見える。