この山は試練の山と言って、ここまで辿り着いた勇気ある者の願いを一つ叶えることになっているのです。使い切れぬほどの財宝も、不死の妙薬や珍しい品々も思いのままですよ

何でも、と言ったな

Olの言葉に、サクヤは頷く。

妾の力の及ぶ範囲ですが

勿論それで構わんお前自身を含めた、この山の全てを俺に寄越せ

その要求に、サクヤは目を大きく見開いた。

強欲は身を滅ぼしますわよ

自分から口にしたことも守れん奴に言われてもな

もしこれが悪魔との交渉であれば、何でもなどと言った時点で詰みだ。ありとあらゆる方法で付け込まれる言い方を避けなければならない。

お話になりませんわ。不心得者よ、立ち去りなさい。願いは特別に、その生命を奪わぬこととしてさし上げましょう

その傲慢な物言いに、Olは軽く苛立ちを覚えた。

断ると言ったら?

力尽くでも、お帰り願うまでです

サクヤが扇を振るえば、花が咲くかのように無数の紅い炎が現れた。

第4話新たな魔王を始めましょう-9

妾の炎がそのようなか弱い石造りの壁で防げると思わないでくださいましね

サクヤの言葉に、Olはキューブによる不可視の迷宮が既に見抜かれていることを悟る。その言に相違はなく、彼女の炎の温度はテナの狐火とは熱量の桁が違った。仮にキューブの壁が耐えたとしても、それはOlをこんがりと焼き上げるオーブンになるだけの話だろう。

それほどの炎が、一つならばまだしも無数に飛んできたのだ。

御館様!

下がっていろ

咄嗟に庇おうとするホスセリを、キューブの通路がぽんと弾いてユニスに押し付ける。

それと同時に、巨大な赤い蛇がOlを包み込んだ。

御館様!

大丈夫だよー

Olに駆け寄ろうとするホスセリを万力のような力で押さえつつ、ユニスは呑気な声で言う。

ほら見て。壁が全部レンガになってるでしょ

ユニスの指先を辿って壁を見れば、確かに岩を削りだして作られていたはずの広間の壁は、いつの間にか赤茶けたレンガ造りに変わっている。

ってことはここはもう

俺の胃袋の中だ

とぐろを巻く蛇の中から、Olの声が聞こえた。

その声に応えるように赤い大蛇は鎌首をもたげると、サクヤの放った炎をばくりと飲み込んでしまう。

言い忘れていたが

蛇の正体は、弧を描いて吹き出されたマグマの奔流だ。

うちの娘は、お前の九割方を既に自分のものにしている

Olが抱きかかえるソフィアの姿は、八歳ほどまで成長していた。

子供の魔王、ですって!?

ソフィアを見て、サクヤは驚愕する。

Olにはサクヤがそこまで驚く理由がわからないが、問い詰めるのは後に回すことにした。捉えた後ゆっくり尋ねれば良いからだ。

喰らえ

Olの命に従い、マグマの大蛇はそのあぎとを大きく開いてサクヤを襲う。

妾を見くびりすぎではありませんこと?

だがサクヤが扇を一閃すると、大蛇は口から上下に真っ二つに裂けて飛び散る。その飛沫を身に受けつつも、サクヤは火傷どころか汗一つかいていなかった。流石は火山の主だけあって、熱には殆ど完全に近い耐性があるのだろう。

ではこれならばどうだ?

だが間髪を入れず吹き出す海水の対策までは講じていなかったらしい。あっという間に冷え固まった溶岩の部屋に、サクヤはいとも容易く閉じ込められる。ダメ押しとばかりにOlは地面の岩を隆起させ、更にその部屋を固く封じ込めた。

ぱぱ!やったよ!

ああ、よくやったいや

だがすぐに、Olは表情を引き締める。

サクヤを封じ込めた部屋が赤く輝いたかと思えば、次の瞬間どろりと溶け出した。

言いましたでしょう?それは少し見くびりすぎと

中から現れたサクヤはじろりとOlを見下ろした。

貴方は勘違いしているようですがこの山が妾に力を与えているのではありません

どろりと溶けた岩を、サクヤはまるで衣のように纏う。

妾がこの山に力を与えているのです

次の瞬間、それは溶岩の矢となってOlたちに飛来した。

マリーが冷性剣を振るい、液状になった岩を凍りつかせる。同時にユニスの斬撃がそれを粉々に砕いて、スピナの糸が破片を蜘蛛の糸のように絡め取った。

ナイス、マリー!

なんか凄い凍った

ユニスのハイタッチに半ば無意識に応えながらも、マリーは己の成した結果に目を見張った。とにかくソフィアを守ろうと飛び出し無我夢中で振るった剣は、全ての溶岩を一瞬で岩に戻したのだ。

冷性剣は魔力をただ冷気だけに変換する剣だ

Olはサクヤから目を離さずそう言った。

冷やすだけなら水や氷に変換するよりも遥かに効率がいい

マリーに四属性の剣ではなく、四性質の剣を作ってやったのはその為だ。分かりづらく扱いにくいが、その分手札の数は倍に増える。

Olさま、この剣をあの人に刺したらどうなるかな

冷性剣をじっと見つめていたマリーは、ふとそういった。

やってみろ

少し考えた後、Olはマリーの背中をぽんと叩く。

サポートは任せて!

仕方ありませんね

ユニスが剣を構え、スピナがさらりと髪をかきあげる。

あの、ボクも手伝います!

このままじゃと失敗するぞ。方策を考えい

そこにユツが声を上げ、テナが眉根を寄せつつそう言った。

では、これならばどうだ

わかっておるとは思うが、未来を変えた場合どうなるかは実際にやってみるまでわからんぞ

構わん。そもそもお前の能力自体、それほど信用しているわけではないからな

まだ信じておらんのか!?疑い深いにも程があるじゃろ!?

あっさりとそう言ってのけるOlに、テナは思わず叫ぶ。

相談はまとまりまして?

ああ。待たせたな

各自に算段を伝え、サクヤの問いにOlは答えた。

構いませんのよ

サクヤは扇を広げ、天に掲げる。

妾もただ待っていたわけではありませんから

その動きに連動するように、Olたちの周囲全てを朱が覆い尽くした。

赤く焼けた岩と、華のような高熱の炎、そしてマグマの奔流。マリーの冷性剣でも冷やしきれない熱量と、凌ぎ切れない物量だ。

これを見ても、退く気はないようですわね

然様ならば

サクヤは哀れみを込めた瞳でOlを見つめ、扇を振るった。

お休みなさい

紅が渦を巻きながら、怒涛のようにOl達に向かって流れ込んだ。

Olが壁を聳え立たせ、ソフィアがそれに水の膜を張る。

稼げた時間はほんの一瞬だった。

瞬く間に水は蒸発し、岩の壁もろとも焼き落とされる。

だがその一瞬で、ユニスは炎の隙間を駆け抜けていた。

行って!

彼女が抱えていた二人の少女が、同時に左右に走り出す。

それはどちらもマリーの姿をしていた。

小賢しい事を!

別々の軌道を描いて己に迫るマリーに、サクヤはどちらを攻撃したものか一瞬逡巡する。

だが彼女はすぐに、片方が剣を持っていないことに気付いた。

ならば狙うのは剣を持っている方だ。

扇を一振りすると、炎が矢となって剣を構えたマリーを射抜く。

そして、ポンと音を立てて煙となって消えた。

かかったっ!

のは、そちらですわ

サクヤは残ったマリーに、扇を持っていない方の手を向けていた。

炎を司るのは彼女自身の権能だ。扇を使う意味はさほどない。

マリーに向けて放たれた炎が彼女の身体を包み込む。

残念、そっちも外れですっ

だがその身体が突然木の葉の塊になったと思えば、バラバラになって燃え消えた。

などこに?

辺りを見回すサクヤの視界の端で、炎が彼女の意思とは関係なく蠢いた。渦巻く炎から手が生え、脚が伸び、頭が付き出したかと思えば、それは見る間に人の姿を取りながらサクヤに肉薄する。

えぇーい!

裂帛の気合とともに放たれたマリーの一撃を、サクヤは辛うじて扇で受け止めた。特に補強もされていない、木と紙とで作られたその扇を、しかしマリーの剣は切り落とすことが出来ない。

一手、足りませんでしたね

薄く笑みを浮かべるサクヤの視界に、炎が溢れ出た。マリーを守るように壁が立ちはだかったが、そんなものが何の役にも立たないことは先刻承知だ。

炎がマリーに向かって殺到し、壁ごと彼女を焼き尽くす。

はずだった。

何故、溶けないのです!?

壁は炎を受け止め、溶け崩れることもなく立ちはだかっていた。

そんなことはありえない。サクヤの炎に耐えるものなど、何もないはずなのだ。

状況が全くわかんねえんだけどよ

サクヤが困惑していると、マリーの背中から低い声が響いた。

まるで金属を擦り合わせるような、不愉快な声だ。

後ろには生まれたての幼女。目の前には想像を絶するほどのミレニアムババア。どっちに味方すりゃいいかなんて言うまでもねえな!

ローガン!

壁の表面に描かれた魔法陣から現れた四本腕の悪魔に、マリーは歓声をあげた。

ミ、ミレニアムババア!?

サクヤの眉間に皺が寄る。それが彼女のことを指していることは明らかだった。

てめえ、千歳、二千歳どころの騒ぎじゃねえだろ?このローガン様より年上のババアなんざ、初めて会ったぜ

ローガンがぐっと四方に腕を突き出すと、マリーを囲む炎はゆっくりとその数を減じていく。

妾の炎が!?

ドえれえ温度の炎だが、残念だったな。魔界の炎ってのは何だって燃やしちまうんだぜ。あっつい分、炎なんて特によく燃える

とは言え、ローガンでもサクヤの炎を燃やすほどの力を出せるのはほんの僅かな間だけだ。

そら、さっさと決めちまえマリー

悪魔の視線を受けて、マリーは白く輝く冷性剣をサクヤに思い切り突き刺した。

この程度、で!

サクヤは全身からしゅうしゅうと白い蒸気を吹き出しながら、その身に炎を纏う。マリーの魔力では、彼女の力を相殺するには足りないのだ。

姉さん!

マリーが悲鳴のように呼ぶと、彼女の服の中からスピナがぬるりと姿を現し、人の形を取る。

いいですか。これは魔力譲渡の為であって、数に数えるものでは

わかってるから、わたしだって別に好きでやるわけじゃないんだよ。早く!

ジリジリとサクヤの身体から漏れる炎は、徐々に勢いを増してマリーたちを飲み込もうとしている。ローガンが押さえているが、それも段々と押し返されていた。

ですが、やはりお師匠様以外の

ああもう!

マリーの腰から二本の剣がすらりと抜けて、スピナの首を柄で押し下げる。そうして顔を引き寄せて、マリーはスピナの唇に自身の唇を重ねた。

思ったより、凄く柔らかい。

マリーはそんなことを思いつつ、スピナの口から流れ込んでくる魔力を冷性剣にそのまま流し込む。圧縮された大量の魔力が一気に冷気に変換されて、剣は刀身の根本までサクヤの身体に埋まりこんだ。

これしきで魔王を殺せると、思わないで下さいまし!

血を吐きながら、サクヤは扇を振るう。

しかしその先端からすべてを燃やし尽くす炎は出ることなく、代わりに小さな炎と冷気が生まれて互いに打ち消しあった。

そんなこれは

上手くいったようだな

愕然としながら己の両手を見つめるサクヤを、Olが見下ろした。

サクヤやソフィアが操っている力は魔術ではない。

だが、魔力と全く無関係なわけでもなかった。

魔力そのものを放出して操っているのなら、四性剣でその魔力を他の形に変換してやれば無効化出来る。特にサクヤにとって冷性剣は致命的だ。能力を使おうとすれば、半分が炎になり、半分が冷気になる。

片方が炎の形で出るのに対し、もう片方は純粋な冷気になってしまえば、炎には光というロスがある分、必ず冷気の方が僅かに勝つ。もはや彼女はほぼ無能力になったも同然だ。

剣を抜こうと掴んでも、根本まで突き刺さって凍り固まった剣は彼女の力では抜くことも出来ない。

さて

そんな彼女の顔を覗き込み、Olは問うた。

勇者の褒美とやらを貰おうか?今度は、契約書付きで

閑話蜘蛛の巣掃除を致しましょう-前

うむ

広々とした湯殿に身を沈め、Olは深々と頷いた。

その面積は以前の倍以上。本国のダンジョンにある湯殿にも負けないくらいの広さだ。湯も入るときにだけ沸かすなどというケチ臭いことをいうことなく、常に溢れ出てきている。それだけでなく火山熱で暖められたその湯には多量の魔力が含まれていて、浴びるだけでちょっとした傷くらいなら治ってしまう程の効果を持っていた。

んふ、んぅん、は、ぁ

新大陸のダンジョンの良い所は、迷いの森のおかげで地上部分もダンジョン化している所だ。例え空を飛んでこようと木々は侵入者を惑わし、簡単に中枢へと侵入することは出来ない。それ故、Olは地上にも露天風呂を作り上げ、星々を見上げながら湯に浸かっていた。

上半身を冷やすひんやりとした空気が、湯で火照った身体に心地よい。だが欲を言えば、もう少し湯温は高い方がOlの好みであった。

おい、少し湯の温度を上げろ

納得いきませんわ!

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