なんじゃ、あの草は?

鳥の餌だ

餌じゃと?

Olの答えに、テナは思わず問い返す。

そんなものであの大毒蛇の毒が防げるとはとても思えなかった。

俺の大陸には、コカトリスという魔獣がいる。蛇の尾が生えた巨大な鶏のような獣で、その嘴で触れたものは何でも石にしてしまう。その鶏に突かれても唯一石にならず、それ故に餌となるのがあのヘンルーダという薬草だ

石になるどころの話じゃなかろう。岩を溶かしてるんじゃぞ、あの毒は

もっともなテナの言葉に、Olは頷く。

コカトリスというのはもともと雑種でな。親はバジリスクという小さな竜の一種だ

あまり強そうには見えんな

Olが呪文で作り出した幻影に、テナはそう素直な感想を漏らした。

掌に乗ってしまうほどの大きさしかないそれは、竜というよりただのトカゲのようにしか見えない。

だがその毒は凄まじい。その吐息に触れるだけであらゆる生き物は息絶え、鳥は落ち、水は腐り、岩は割れ、土は砂と化し、バジリスクが一匹いるだけでそこは不毛の砂漠になる。騎士が槍で突き殺してもその毒は槍を伝って騎士の乗る馬まで殺すという。まさに毒蛇の王だ

お主の大陸には滅茶苦茶な生き物がおるのじゃな

毒だけで言えばヤマタノオロチさえも軽々と超える存在が生息していることに、テナはおののく。

あの草はな。そんなバジリスクを飼うために作り出した特別製だ。コカトリスは無論のこと、バジリスクの毒にも耐えて餌となり檻ともなるようにできている

なるほどのか、飼うじゃと!?

さらりと告げられた言葉に、テナは叫んだ。

儂の耳がおかしくなったのか?

いや、安心しろ。俺も最初にその話を聞いた時、気が触れたかと思った

何のためにいや、確かにそれほどの魔獣を配下に持てば、強力な戦力に

可愛いからだそうだ

おかしいじゃろ!?

うちの牧童は少しばかり変わっていてな

少しばかりで済ませる範囲を大幅に逸脱しているだろう、とテナは思ったが、いつに無く遠い目をするOlに口をつぐむ。

ちなみにバジリスクは戦場に出せば敵も味方も被害が甚大すぎる上に、輸送する手段もないので戦力としては全く期待できなかった。

Olとテナが話すうちに、オロチは毒液を吐ききってしまったようだった。

Olは外套を広げ、そこに描かれた魔法陣を起動した。

その表面から細くしなやかな指が付き出して、ゆっくりと掌、肘、二の腕と続いていく。

一対の羊のような角に、すっと通った鼻筋。金の双眸を持つ黒髪の美女。

とどめだ、リル

まっかせて!

Olの美しくも忠実な使い魔が、その姿を現した。

オロチの硬い鱗は、ウォルフの剣でも貫けず弾き返してしまう。

酔わせて動きを止めても、倒すためにはこれを何とかせねばならなかった。

行くわよ!

リルの構える石火矢から脚のようなものが二本生え、地面に突き刺さって固定される。

それは、彼女が作り上げた武器を更に改造したものだった。

射程距離と命中精度を重視した石火矢形態に、威力を重視した大砲形態の弾を乗せる。

大きく大雑把な大砲の威力を小さく一点に集中した、純粋な破壊力だけに特化した魔兵器だ。

欠点は山のようにあった。

まず反動が大きすぎて、携行武器であるのに手に持って撃つことが出来ない。

固定し、地面に伏せて撃つ必要があった。

魔力の集中に時間がかかるせいで、連射どころか一発撃つにも時間がかかる。

襲いかかってくる相手に当てるというのはほぼ絶望的だ。

そもそもここまでの威力がなければ殺せない生き物なんてものが殆ど存在せず、大半の相手にとって威力が過剰だ。

轟音とともに、リルの石火矢が火を吹いた。

圧縮された魔力の塊は高速で回転しながら正確にオロチの眉間に突き刺さり、分厚く硬い鱗を突き破ると、そこで止まることなく大蛇の肉を抉りながら進んだ。ダンジョンの水路に沿ってまっすぐ伸びていたオロチの肉体を半マイルも引き裂いたところで、ようやく魔力の弾はその力を失って止まる。

それを追うように衝撃がオロチの身体を走り、生じた熱が飲み干した火酒に引火した。火酒の名は伊達ではなく、火をつければよく燃える。酒というより殆ど燃料のようなものなのだ。結果として、オロチは体内から爆発した。

凄まじい威力だな

轟音とともに降り注いでくるオロチの鱗や肉片をキューブで防ぎながら、Olは思わず呟く。

ちょっと、はわたしのこと、見直し、た?

いいや

これほどの一撃を放つのは、リルにとっても負担が大きい。

ぜえはあと肩で息をしつつも冗談めかして言う彼女に、Olは首を振った。

お前が有能な事は元々知っている

あら、そうお?

珍しいお褒めの言葉に、リルは思わず頬を緩ませる。

あとは単純に、これを七度繰り返せば良い

もう!頑張ればいいんでしょ!

石火矢を振り上げ、リルは怒鳴った。

第5話死の運命を覆しましょう-3

単純に繰り返せば良いとOlは言ったものの、そう話は簡単なことではなかった。

酒を飲ませ、溶岩で封じるところまでは他の通路の首も並行して行ってはいたが、オロチの進行はそれでは止まらなかった。他の首は毒液で冷え固まった溶岩を溶かし、強引に迷宮の中を進んでいたのだ。

ぃぃよいしょおっ!

掛け声とともに、ユニスの振るった剣がオロチの牙を断ち割る。

今だよ!

避けてねユニスっ!

オロチが一瞬怯んだその隙を突いて、射線上のユニスを無視しリルの石火矢が火を吹いた。

それはオロチの喉奥を穿つと、盛大に爆発させる。

ふーどんどん大変になるね

寸前、転移して難を逃れたユニスはリルの隣に座り込んでヘンルーダを噛み締めた。凄まじく苦く舌がピリピリとするが、全身を犯す毒を中和するためには必要なことだった。

気のせいかな。どんどん強くなってない?

気のせいではない

ユニスの傷を魔術で治しつつ、Olが答える。

奴は八つの尾と首を持つ蛇であり、河だ。つまり尾から首へと力が流れる。首を潰せば潰すほど、残りの首へと尾の分の力が流れ増えていく。勿論潰した首の分、全体の力は弱っているが

じゃあ次はもっと強いわけかあ。これで五本目だっけ?

ユニスはずきりと身体を走る痛みに顔をしかめた。三本目から、溶岩を上手く操れなくなったソフィアに代わって彼女がオロチの足止めを務めている。戦いが終わる度にOlが傷を癒やしてはいるものの、消耗は否めなかった。

七本目、ですわ

通路の奥から現れて、疲れ果てた声色で訂正したのはサクヤだ。

二本はこちらで仕留めました。旦那様、この者達の治療をお願いできませんか?

その背後には片腕を失ったホデリと、脚を引きずるホスセリの姿があった。

ああ。千切れた腕はあるか?

いえ喰われ申した

ホデリは首を横に振る。

そうか。まあ安心しろ、この程度なら時間はかかるが再生は出来る

見ればホスセリの足も、足首から下が毒で溶かされていて殆ど用をなしていない状態だった。

それでもOlほどの魔術師であれば治療も可能だったが、流石に戦えるまでになるには数日はかかる。

面目ない

ごめん、御館様

いいや。十分な働きだ

しゅんと項垂れるホスセリの頭を、Olは軽く撫でてやる。

すみません、旦那様。妾も次は足手まといとなってしまうかと。霊力が尽きてしまいました

仕方あるまい。よくやってくれた

申し訳なさそうに頭を下げるサクヤに、Olは内心ほぞを噛みつつ彼女の労をねぎらう。

火の化身である彼女にとって、水の化身であるオロチは天敵のようなものだ。むしろよく二本も討ったと言うべきだろう。だが単独でOlたち全員に匹敵するほどの力を持つ彼女が脱落したのは痛手であった。

Ol、ソフィアが!

リルの叫び声にOlが振り向くと、ソフィアは左腕を抱きかかえるようにしてぼろぼろと涙を流していた。

見せてみろ

Olは手早く袖を捲りあげる。そして、その白い肌についた傷に絶句した。

ソフィアの左小指から伸びた傷は彼女の肩を超え、心臓へと向かっている。それはつまり、オロチの首が中核たるダンジョンシードへと到達しつつあるということだ。

急ぎましょう

残り一本、頑張るよ!

立ち上がるリルとユニスに、Olは頷く。

お前たちはここに残れ。後は俺達で片をつける

サクヤたちにそう指示しながら、Olは床に転移陣を描いた。

Ol。未来は、まだ変わってはおらんぞ

ああ。わかっている

テナの言葉に、Olは頷く。

ダンジョンシードのある部屋で、Olはマリーとともにオロチと対峙し、そしてマリーは死ぬ。それがテナの見た未来の姿だ。それを回避できないか手を尽くしたが、どうしてもそれだけは変わらなかった。

後は、Olが仕込んだ仕掛けが未来を変えることに賭けるしかない。

飛ぶぞ!

Olはユニス、リル、ソフィアの三人を魔法陣に入れて、魔術を発動させた。

転移陣が光を放ち、Olたちの身体は瞬く間にダンジョンシードの元へと転移する。

途端彼の腕に飛び込んできたものに、Olは目を見開いた。

お師匠様申し訳、ありません

それはバラバラに千切れた、スピナの身体だった。

腹には大きな穴が空き、左腕と右足はまるごと無くなっている。

なんだ、あれは

スピナを跳ね飛ばしたのは、青黒い人型の生き物だった。

人型と言っても作りは全体的に大雑把で、目鼻や指のようなものはなく、まるで粘土を固めた人形のようだ。

その背中からは、やはり青黒い触手のようなものが伸びている。

Olさま、あいつ普通じゃないよ!攻撃が全然通じないの!

四本の剣を構えながら、マリーが叫んだ。

途端、青黒い生き物の触手が全て半ばから切れ落ちる。

だがそれはほんの一瞬のことで、すぐに元の通りに生え伸びた。

ホントだ。まるで水を切ったみたい

斬撃を飛ばしたユニスはそうぼやくと、相手に向かって大地を蹴る。

あれが最後の首ってこと?

だろうな。ということは八本伸びるあれは触手ではなく、尾か

リルの言葉に、Olは頷いた。

七本の首を落とされて小さくなったのか、それとも狭いダンジョンの中で戦いやすい姿をとったのかは分からないが、少なくとも今まで倒してきた首より遥かに厄介であることは明白だった。

多分私の石火矢なら吹き飛ばせるとは思うけどああ動かれちゃ当てるのは難しいわね

縦横無尽に尾を振るいながら、ユニスと戦うオロチの動きは巨大な蛇の姿をとっていた時とは比べ物にならないほど早かった。

ユニスは転移で勝手に避けるだろうから気にしないでいいだろうけど、動きを止めないと。ユニス、出来る?

ちょーっと難しいかなーっ!

オロチの尾を躱し、切り裂きながらユニスは声を張り上げた。

既に並の生き物なら十回は死ぬだけの攻撃を加えてはいるが、全く効いている気がしない。

ユニスの方も相手の攻撃に当たる気はしなかったが、戦いが続けばどちらが負けるかは明らかだ。

まるでスピナと戦ってる気分だよっ!

ユニスの言葉にはっとして、Olはスピナに目を向けた。

半スライムである彼女には重要な臓器というものがなく、これだけボロボロになろうと命に危険性はない。だがその傷が治らないのは奇妙なことだった。

スピナ。何故お前の傷は治らん?

わかりません

力なく首を振る彼女の傷口は半透明の粘液に変じていて、スライム化を解かれたわけではない。にも関わらず、傷が治らないのはおかしい。

その時、Olの脳裏にある情報が蘇ってきた。

それは既に回避したはずの未来であり、それ故に彼の頭から抜け落ちていたもの。

しまった、ユニス!

Olが目を向けた時、ユニスはある手段を試そうとしていた。

再生が追いつかないほどのダメージを、一瞬でオロチに与えるのだ。

小柄さ故に一撃の破壊力よりも身のこなしを信条とする彼女にそこまでの威力を出せる方法は限られている。ホデリを倒した、斬撃を転移させ無数に繰り出す技だ。

だがそれを放つには、助走と一瞬の時間が必要だった。

八本の尾が彼女を同時に攻撃した瞬間を狙って転移で避け、距離と時間の両方を稼ぐ。

何度目かにやってきたチャンスに、ユニスは尾をギリギリまで引き付けた。

そいつは、術を食う!

Olの警告は、しかし遅すぎた。

転移は発動せず、八本の尾はユニスの身体を貫く。

Olは思わず走っていた。

彼の脳裏をよぎったのは、十年前の光景。

一瞬の躊躇によって彼女を失った時のことだった。

駄目

ユニスは叫ぼうとしたが、代わりに彼女の喉から血の塊が溢れる。

Olに勝算がなかったわけではない。オロチの尾は強力だが、他の首の牙ほどではない。キューブの防護壁で十分防御可能だろうという予測はあったし、それが間に合う距離でもあった。

Перейти на страницу:

Поиск

Нет соединения с сервером, попробуйте зайти чуть позже