壁が消え、実が成った。ということかだが外の神とやらは、何故ソフィアのことを知る?
お主の前におるのはなんじゃ
Olの問いに、テナは呆れた様子で己の狐耳を指差した。
儂の力でさえ、ここまでのことを知れるのじゃぞ。より知に優れた神が外には必ずおるじゃろう
厄介な事だ
深くため息をつきつつも、Olは意識を切り替える。
よく考えてみれば、言うほど悪い事態ではない。少なくとも、そんな連中の存在を知らないまま、本拠地を攻められる方が遥かに厄介だ。
まあ、俺が滅ぶと言ってもお前の予言はよく外れるからな
所詮、たった千年しか生きておらぬ天狐じゃからの
テナは僻みっぽい口調で答える。ローガンやメリザンドの年齢を伝えた結果だ。
不安げにOlを見上げるソフィアを、彼は抱き上げる。
何があってもお前は俺が守ってやる。俺の子なのだからな
わかっているのかいないのか、ソフィアは言葉少なにこくりと頷いた。
たつきも、守るよ!
ばしゃりと水中から飛び出して、タツキが叫んだ。
ナカマだもんね
海中に作ってやった彼女の部屋がよほど気に入ったのか、タツキは事あるごとにそう主張する。
致し方ありませんわね。この地を荒らされるわけには参りません。妾も助力いたしましょう
それに対抗するように、サクヤは薄紅色の髪をかきあげる。
夫を支えるのも、妻の勤めですしね
そしてぽっと頬を染めてそう呟いた。
正妻、わたし。新入り、引っ込んでろ
何故か片言で、リルがサクヤに文句をつける。
あの、ボクは愛人で大丈夫です
互いに豊かな乳房を押し付け張り合う二人を尻目に、こそりとユツがOlに耳打ちした。
お師匠様の正室は三人、側室は十人。愛人だと二百五十二人目ですね
冷静にユツの名前をリストの末尾に書き加えつつ、スピナは私は正室ですがとさり気なく主張する。
この分だともっと増えそうだねえ
ちゃっかりとOlの隣を専有しつつ、正妻の最後の一人、ユニスは呑気に言った。
ただの偵察のはずだったのだがな
言いつつ、Olはソフィアの髪を撫でた。
ぱぱ?
新大陸の事情はわかったから、後は本拠地に戻って戦力を整えよう。
そんな言葉は不思議そうに見あげてくる娘の目を見た途端、雲散霧消する。
そして同時に老いたる魔王は再び、世界に挑むことを決めた。
登場人物その2
第二期一幕に登場した人物(の一部)です。ネタバレ要素を含みますので未読の方はご注意ください。
このページのイラストは全て新堂アラタ先生、tocoda先生から頂いたものです。
迷宮の少女。16歳。幼い頃、生贄としてOlのもとに送られた子供が成長した姿。まだ若干の幼さを残してはいるものの、金に輝くウェーブした髪とサファイアのような青い瞳は宝石箱のように美しく、女性としての魅力を兼ね備えつつある。
成長しやや大人しくなりはしたもののその自由闊達さは健在で、猫のように気まぐれ。若干面倒臭がりな部分があり何かとサボりがちではあるが、迷宮の住民たちに鍛え上げられたその実力は確かなもので、剣術から魔術、法術、家事全般に育児まで大体何でも率なくこなす。
ソフィア
迷宮の幼女。0歳。森のダンジョンの中で見つかった謎の赤子。その正体はダンジョンを拡張するに伴って成長する、ダンジョンの化身である。中心となっている森を反映してか、木の葉のような緑の髪と瞳を持つ。
名付け親であるマリーを母と慕うが、彼女に似ず臆病で慎重な性格。人見知りをするきらいがある。ダンジョンは彼女自身であり、内部構造や中にあるものをある程度自由に操ることができる。逆に、ダンジョンが破壊されると傷を負ってしまう。
タツキ
龍姫。海の魔王。年齢不詳。比較的若い世代の神。青い髪と碧の瞳を持ち、鹿のような角、ヒレのような耳、魚のような下半身を持つ。その本性は魚ではなく龍であり、下半身は人間の足に変化させることもできる。
人とは異なる価値観を持ち、その性質は人間よりも獣に近い。己の欲求に素直であり、何よりも食欲を優先する。水の波を操る力を持ってはいるが、水を圧縮したり凍らせたりすることは出来ない。
ユツ
湯津。巫女の少女。18歳。白い髪に黒い瞳。小柄で彫の浅い顔立ちのため見た目上はもっと幼く見えるが、それは民族的な特徴であり、特別童顔というわけではない。ややたれ目気味。
大人しく素朴だが、意外と思い切りはよくやるときはやる性格。妖魅と呼ばれる存在を自分の身に降ろすことができ、100年生きた妖狸を使役することを得手としている。狸を降ろすと変幻自在の変化の術を使える他、身体能力が強化され、巨乳になる。
テナ
手名。大巫女の老婆。80歳。白髪に灰の瞳。Olの魔術によって若返った後は、若いころの銀の髪と、ユツに酷似した顔立ちを取り戻す。やや釣り目。
泰然としたふうを装ってはいるが経験に裏打ちされた虚勢であり、本質的には神経質な苦労性。1000年生きた妖狐を使役することができ、未来予知、狐火、変化、幻術など様々な術を使いこなす。巨乳にはならない。
我らひとしく特典ヒロイン-1
既刊の店舗特典SSに登場したゲストヒロインたちの、その後のお話。
時系列は本編第二期開始前、第一期エピローグ後しばらく後になります。
本日から侍女としてここで働かせて頂くことになりました、ベルと申します。どうぞよろしくお願いします
居並ぶ侍女たちを前にして、少女は折り目正しく自己紹介をしながら深々と頭を下げた。
年の頃は十四、五。栗色の髪を腰まで伸ばした、愛らしい少女だ。
多分にあどけなさを残すその顔には、緊張の色が濃く浮き出ていた。
新しい環境に不安を抱いているからでは、ない。
私が侍女長のルーアルです。よろしくお願いしますね、ベルさん
副侍女長、ラサラだ。なかなか見込みがある奴が入ってきたようだな
ヨハネと申します。困ったことがあれば何でも言ってくださいね
めりあ、です。よろしくです
目の前に並ぶ侍女たちが皆、どう考えてもただの侍女には見えなかったからだ。
まだ幼いとはいえ、ベルはこれまでそれなりの研鑽を積んできたつもりだった。
勿論本職の戦士や魔術師には敵わないにしても、一般人が相手であれば大人であっても遅れを取ることはないであろう自負があった。
だが、だからこそ彼女は彼我の実力差をはっきりと感じ取っていた。
何十人もいる侍女たちの大半に、ベルでは手も足も出ない。
と自己紹介しても一度には覚えられないでしょうから、順番についていって、仕事を覚えていってくださいね
にこやかにいう侍女長の言葉に、ベルはただ頷くことしかできなかった。
お洗濯は、この地下迷宮の中でもっとも大事なお仕事の一つです
どこか気品を感じさせるゆったりとした口調でそう言ったのは、ヨハネと名乗った侍女だった。
赤い髪に緑の瞳の、小柄な女性だ。美人というよりは愛らしく可愛らしい顔立ちをしているものの、その落ち着いた所作と優美な仕草が彼女を幼く感じさせない。
洗い物がたっぷりと入った洗濯籠を抱えているというのに、まるで姫君のような雰囲気があった。
だがその中身は、はっきり言って化け物である。
敵わないと感じた侍女たちの中でも、ヨハネの実力は更に抜きんでていた。
重い洗濯籠を片腕で軽々と抱え、それでいて体の軸は微塵も揺らがない。
多分、綱の上に片足で立つ素手のヨハネに十全の状態のベルが槍で突きかかっても負けるだろう、とベルは予感した。それも、一瞬で。
洗濯はここで行います
ヨハネに案内されて辿り着いたのは、広々としたテラスだった。
頭上には青い空が広がり、爽やかな風が頬を撫で、燦々と太陽の光が降り注いでいる。
あまりにもダンジョンという言葉からかけ離れた光景に目を剥くベルに、ヨハネはくすくすと笑った。
驚いたでしょう?私たちの住んでいる場所は、空の上にあるんですよ
そういえば、とベルは思い出した。
雲の上に浮かぶ巨大な城が現れたのは、最近の事だ。
あれこそは魔王様の城に違いないと噂されていたが、本当だったとは。
さあ、洗いましょうか。ここを引くと水が出てきますので
ヨハネが壁から突き出したレバーを引くと、その隣にある竜の首を模した彫像から水が溢れ出す。
それをタライに溜めて、洗濯物を洗うという仕組みらしい。
水を吹く竜なんて、ちょっと不思議な感じですね
ごしごしと服を洗いながら、ベルはふとそんなことを言った。
竜といえば火を吹くものだ。
そんなことはありませんよ。昔は水を吹くもの、稲妻を迸らせるもの、毒を吐くもの色んな竜がいたんです。今残っているのはもう、火を吹くものばかりというだけで
ベルは目を瞬かせる。魔物についても随分調べたつもりだったが、そんな話は初耳だった。
ええ、本当ですよ。何頭か倒したこともありますから
何者なんですかヨハネさんは
聞くまいと思っていたことを、ベルはついつい聞いてしまった。
ドラゴンスレイヤーの侍女なんて、流石に気にならないわけがない。
ずっと昔、ちょっと英雄を嗜んでまして
嗜むものなんですか、英雄って
コロコロと笑うヨハネに半ば呆れつつもベルは納得した。
英雄であれば彼女の異常なまでの隙のなさも説明がつく。
魔王陛下に元英雄の部下がいるという話は聞いていた。
まさか侍女となってごしごしと楽しそうに洗濯物を洗っているとは思わなかったが。
英雄から侍女になるなんて、大変じゃないですか?
ベルには想像もつかないが、英雄というからにはさぞ煌びやかな暮らしをしていたのだろう。
それがこんな地味な下働きをしているというのは辛いのではないか。
そう思って尋ねると、
竜を殺してもね。人は、褒めてはくれないのですよ
ヨハネはそんな言葉を返した。
喜んではくれても、よくやった、助かる、などとは言ってくれないの。だって相手は、竜より恐ろしい女なのですもの
遠くを見るような目つきで、ヨハネは語る。
それに比べたらね。お洗濯は素晴らしい仕事ですよ。皆私の洗った服を気持ちよさそうに着て、褒めてくれるんですもの
にこりと笑って、彼女は洗い終えた服を籠に積んだ。
本当はこれを一枚一枚干していかないといけないんだけど、今日は特別に、少しだけずるをしちゃいましょう
ずるですか?
小首をかしげるベルにヨハネはパチリと片目を閉じて見せると、後頭部で髪を束ねたリボンを外す。ふわりと広がる髪の毛は瞬く間に真っ赤な炎となって、洗濯物を包み込んだ。
洗濯物が!
燃えてしまう、と手を伸ばすベルを、ヨハネは落ち着いて押し留めた。
私の炎は燃やしたいものだけを滅ぼす情念の炎。これを使えば、ほら
あっという間に炎は消え去り、あとに残ったのはさっぱりと乾いた服だ。
余計な水分も汚れも燃え消えてさっぱり!普段はちゃんと干してますけどね
燃やしたいものだけ燃やす炎なんて、武器として使えばすさまじく強力だろうに、とベルは思う。
火を吹かない竜も、おかしいものじゃない確かに、その通りですね
だが不思議とヨハネには、その炎で竜を殺すよりも、洗濯物を乾かしている方が似合っているように思えた。
我らひとしく特典ヒロイン-2
掃除こそ、このダンジョンの中で最も重要な仕事だ。なぜだかわかるか、新入り!
モップをまるで槍のように掲げて高圧的に問うてきたのは、副侍女長のラサラだ。
金の髪を後頭部で丸めた長身の美女で、その鋭い目つきときびきびとした所作は侍女服よりも鎧兜に身を包む方が似合いそうだった。
えっとわかりません
うむ、正直でよろしい!
しばらく考えても思いつかないのでベルがそう答えると、ラサラはカラカラと笑った。
正解はな、この私が受け持ちだからだ!
えっ。そんなバカげた理由なんですか?
あまりにも予想外の返答に、ベルは思わずそう問うてしまった。
お前、いくら何でも正直すぎるだろ!?
す、すみません、つい
流石に聞き咎めるラサラに、ベルは小さくなって謝る。
まあいい。今のは半分冗談のようなものだ。本当の理由は、これだ
言ってラサラはモップを走らせる。
見事な突きだ、とベルは感嘆した。
出始めと引き戻しの動作がとにかく早い。それでいて、派手な音は一つもしない。
長年に渡った修練の末にだけ手に入る、本物の戦士の突きだった。
この境地に至ってしまえば得物が刃のついた槍だろうとモップだろうと大差はない。
人の形をしている以上、その命を間違いなく奪うだろう。
どうだ。わかったか
はい!ラサラさんの至った武の極み、感服いたしました!
あふれる感激を正直に表に出すと、ラサラははあ?と眉をひそめた。