何を言ってるんだお前は。ここの汚れが消えただろう、と言ってるんだ私は

示され、よくよく見てみれば、確かに彼女が磨いた場所は輝かんばかりに綺麗になっている。

ただの地下迷宮とダンジョンを分けるもの。それこそが、掃除だ。ダンジョンの中は地下ゆえ汚れやすいが、よく掃除され手入れされたそこは王の城をも上回る気品を手に入れるのだ

でも、いまこのダンジョンって空の上にあるって聞きましたけど

ベルの指摘にラサラの動きはぴたりと止まり。

ええい、うるさい!割と最近なんだよ空なんて飛びだしたのは!

あっさりと切れてそう叫んだ。

無駄口を叩いてないで働くぞ!ついてこい、新入り!

ラサラはそう宣言すると、ぶんとモップを振り回す。

それは何とも見事な演武であった。

突き、打ち、払い、薙ぎ、振り下ろしながらも、的確に汚れを磨き落としていく。

(凄いなんて)

ベルはその動きに、ある種の感動を抱いていた。

(なんて無駄な動き)

それを攻撃とみるのなら、一切の無駄がない動きである。

だがそれを掃除として見るのなら、ほとんどの動きが無駄であった。

長年の修練と研鑽をもってして作られた、洗練された無駄のない無駄な動きだ。

はぁっ、はぁっ、はぁっや、やるじゃないかまさか初日からこの私についてくるとはな

荒く息を吐きながら褒め称えるラサラに、ベルは気のない返事を返した。

ベルの方はごくごく真っ当に磨いていたのだから当然だ。

むしろあれだけ無駄に動いていてベルと同じくらいの速さで進んだラサラの方が凄いのかもしれないが、称賛する気にもなれず、ベルは何やらもやもやとした思いを抱える。

私はかつて、ラーヴァナという国の竜騎士団の副団長をしていた

突然、ラサラは聞いてもいないのにそんなことを話し出した。

聞いたことがあります

ラーヴァナの竜騎士団といえば、今でも有名だ。

飛竜を駆り空を駆ける大空の王者。

ただし、魔王軍の獣の魔王を除く。

飛竜どころか真竜を馬にし、獣に属するものであれば例外なく掌握する獣の魔王に一瞬で敗北した竜騎士団の話は魔王軍に関する叙事詩でもよく語られる話である。

騎士団を壊滅させられ、虜囚の屈辱を受け、このように侍女などという身に落とされた私が何を考えているか、わかるか?

ラサラの鋭い視線が、ベルを射抜く。

もしお前の目的も同じであれば、手を組んでもいい

そうですね。では、お力を貸してくださいますか?

ベルがそういうと、ラサラの瞳は更に鋭く引き絞られ。

私もお掃除は大好きですから

ん?掃除?

気付いた時には、モップの先端が鼻先に突き付けられていた。

全く動作が見えなかった。ベルの背中に、冷たいものが伝う。

後一瞬遅れていたら彼女の頭は木っ端みじんに砕け散っていただろう。

それはあれか?ダンジョンに住むものはゴミだから始末する的な意味か?

違いますよ。純粋な意味で、お掃除です。ラサラさんと同じで

ベルの言葉にラサラは呻いた。

本当に魔王様に恨みがあったら、あんなに楽しそうにお掃除なんかしませんよ

百歩譲って掃除そのものが好きだとか、疑いを持たれないように演技しているとかであったとしても、掃除に対して語った熱意は本物だった。

ただの地下迷宮とダンジョンとを分かつ作業。それはつまりそこに住む人間への配慮だ。

そんなことに熱意を持っている人間が、叛意を持っているわけがない。

まてそれではまるで、私が魔王様を大好きみたいではないか!

はい、ですから申しあげたとおりです

くすくすと笑いながら、ベルは答える。

私もラサラさんと同じで魔王様が大好きですからきっと、力をお貸しくださいね

我らひとしく特典ヒロイン-3

んっとね。おふろのよういはー、すっごくだいじなおしごとなの

あどけない口調でそう説明してくれたのは、メリアという名前の侍女だった。

まるで幼児のような舌足らずな口調とは裏腹に、その外見はとても侍女とは思えない程の美しさだった。

基本的に侍女たちは見目の麗しさを前提として集められているからその平均は非常に高いのだが、その中でもメリアの美しさは一頭地を抜いている。

足首まで伸びた純白の髪はまるで絹糸のように滑らかで、紫色の瞳は宝石のよう。すらりとした肢体には豊かな果実を抱いていて、体型までもが神が作り上げたかのように完璧。乏しい表情も相まって、まるで人形のような美しさだった。

なぜですか?

おうるさまが、おふろだいすきだから

だが、そんな美の化身から紡がれる言葉はどこまでもたどたどしい。

外見と中身とが、あまりにちぐはぐであった。

そして何よりも異常なのが、その魔力だ。

例え魔術師でなくとも人間というのは多かれ少なかれ体に魔力を宿しているものだが、メリアの肉体には微塵も魔力を感じられない。

ヨハネやラサラのように強いというわけではないむしろ子猫にも負けそうなくらいだったが、その得体のしれなさも群を抜いていた。

まずー、ふくがぬれちゃうから、ふくをぬぎまーす

そういうや否や、やおら服を脱ぎ捨てるメリアにベルはぎょっとして目を見開く。

でー、おゆをぬいて、おそうじしまーす

メリアが浴室内のレバーを引くと、巨大な浴槽になみなみと湛えられた湯が轟音を立てて渦を巻いた。

よいしょ

メリアは浴槽のへりに座り込むと、減っていく湯をじっと見つめる。

あの服を脱ぐのは、お湯がなくなってからでもよかったのでは?

おおー

思わずベルが尋ねると、メリアは感心したように声を上げた。

あっ、でもぬれちゃうし

そりゃあ浴槽のへりに座れば濡れるだろうが。

とりあえずベルは腕をまくり、靴を脱いで、スカートを短く腰に挟み込んだ。

流石にいきなり肌を晒すのは恥ずかしい。

幸いメリアもそれを咎めることはなかったので、湯が抜けた後ベルはその格好で掃除を始めることにした。

湯を抜いた浴槽の床は存外滑りやすく、ベルは危うく転びかけて何とか持ちこたえる。

これ、滑らない為に何かコツはあるので

先達に求めようと振り向くと、メリアは思い切り滑って身体を投げ打っているところだった。

痛くないんですか?

へーき!

鼻を真っ赤に染め上げながら、メリアはすっくと立ちあがる。

そして果敢にブラシで床をこすり始めるが、またすぐにつるりと滑って転がった。

なるほど、これは裸にならなければいけないわけだ、とベルは納得する。

しかしそれにしても、と床を磨きながら、ベルは横目でメリアを伺う。

同性でもため息が出てしまいそうなほど美しい裸身だ。

メリアが床を磨くたびに、その豊かな双丘がぶるんぶるんと惜しげもなく揺らされる。

まるで羞恥心というものをどこかに置き忘れてきてしまったかのように手で隠すようなそぶりも一切なく、その上何度も滑って転げまわるので、大事な部分までがばっちりと見えてしまっていた。

落ち着いて。滑りやすいので、しっかり足を踏みしめて、ゆっくりと歩いてください

その白い肌にいくつも痣が出来てしまうのが何とも耐えられず、ベルは思わずそう声をかける。

うー。こお?

こうです

ぱたぱたと走るからこけてしまうのだ。足の裏を地面につけたまま、擦るように動けばそうそうは転ばない。ベルがやってみせると、メリアはまるで鳥の雛のように後をついてきた。

ほんとだ。ありがとう、べる

侍女としては自分の方が先輩だというのにメリアはまったく気にした風もなく、にっこりと笑う。

おわったー

浴室の掃除を終えて、メリアは嬉しそうに身体を伸ばす。

あとはー、おゆをためたら、おしまい

メリアが始めに引いたレバーを元に戻すと、壁に彫られた獅子の意匠からどぼどぼと音を立て湯が溢れ出す。

やることは単純だが、浴槽が巨大なだけになかなかの重労働だった。

身体を見せてください。多少ですが、回復魔術の心得がありますので

摺り足を教えた後でも、メリアはやはり何度かは転んでいた。

服を着ずに石でできた浴槽に転んでいたのだ。痣どころか擦り傷の一つや二つ、出来ていてもおかしくはない。

あら?

ところが、メリアの体にはどこにも傷などできていなかった。

間違いなく痣が出来ているのを確認した膝や、赤く腫れていた鼻の頭まで何ともない。

あのね、めりあはせーじょのかけらなんだって

聖女の欠片?

メリアの拙い説明に、ベルははっと思い出す。

確か九年ほど前、魔王軍が宗教国家ラファニスに攻め込み、攫った聖女の名前がメリアだったはずだ。その後ラファニスは魔王軍の侵攻によって属国となったが、まさかこんなところで侍女をしていたとは。

いっかいしんで、めりざんどさまのちからでもういっかいつくってもらったから、だから、けがはすぐなおっちゃうの

メリアの説明はよくわからないものであったが、彼女のような子が侍女をやっている理由はなんとなく察した。

と、その時だ。

湯は出来たか

突然浴室の外から投げかけられた低い声に、ベルは飛び上がらんばかりに驚いた。

うん、できたよ、おうるさま!

ご苦労

忘れもしない、この声。メリアの言葉を聞くまでもなく、それがベルの目的であり、このダンジョンの主であるOlのものだとわかった。

Olはベルがいるのを気にした風もなく浴室に入ってきて、浴槽の隣に設えられた段差に腰掛ける。

おせなかながしまーす

すると自然な動作で、メリアは彼に湯をかけ、石鹸を泡立て始めた。

そしてその泡を自分の身体に塗りたくり、Olに抱き着いて彼の身を清め始める。

なるほど、これは最重要の仕事だ。

ベルは顔を真っ赤に紅潮させながら、先輩の仕事を観察することに努めた。

我らひとしく特典ヒロイン-4

では、お料理を教えますね

侍女長ルーアル直々の申し出に、ベルはやや緊張した面持ちで返事を返した。

銀の髪を腰まで伸ばした、たおやかな印象の女性だ。

その瞳はいつも微笑みに細く弧を描いていて、常に穏やかな口調で話す彼女が声を荒げたり、不機嫌そうにしているところをベルは見たことがない。

にもかかわらず、ベルはルーアルの事が侍女の中で一番怖かった。

お料理は、重要な仕事ではないんですか?

ふと、気になったことをベルは問う。

今までの方々は、皆さん自分のお仕事を一番大事だと仰っていたのですが

ベルの言葉に、ルーアルはくすくすと笑った。

そうですね。嘘ではありませんよ。どのお仕事もとても大事で皆さん、自分の仕事に誇りをもって働いているのです

優しげな口調でそう言いながらも、ルーアルの手はまるで別の生き物のように動いて調理の準備をしている。

勿論、お料理もとても大事です。特に魔王様は舌が肥えてらっしゃいますから

そんなことを言っている間に、あっという間に下拵えを終えてしまった。

ベルも料理には自信があったが、手際の良さではとても敵いそうもない。

だが、ベルが彼女を恐れる理由はもちろん、そんなところにはなかった。

す、すごい

ベルさんも十年も勤めていれば、このくらいできるようになりますよ

十年、ですか

十年。その言葉を、ベルは複雑な表情で呟く。

そうそう

その表情を視界の端でとらえながら、ルーアルは言った。

ごめんなさいね、ラサラさんが妙なことを言って

唐突な話題の転換に、ベルの心臓はどきりと跳ねた。

いえ、気にしていません。私も、自分自身怪しいと思いますし

そうですね。魔術が使えて戦闘技術も持ってる侍女が入ってくるなんて、暗殺者でもない限りそうあることじゃないし

ベルはこくりと頷いた。その辺りを見抜かれてしまっているのは先刻承知だ。

でも私は、誓ってOl様に害意は

勿論、わかってますよ

ルーアルは笑みを絶やすことなく頷く。

流石に人を殺したことのない暗殺者が送られてくるなんてないでしょうしね

何で、わかるんですか

ベルの戦闘技術は、純粋にたゆまぬ訓練によって磨かれたものだ。

魔物を相手にしたことはあっても、人を切ったことはない。

私が元暗殺者だから、でしょうか

さらりと言ってのけるルーアルに、ベルは驚くよりも先に得心した。

純粋な強さという点で言えば、ルーアルはヨハネどころかラサラにさえ及ばないだろう。

だが、圧倒的に怖い。

彼女は気づけば、いつの間にか間合いにいるのだ。

近寄られたことにも気づけないし、気付いた後もそのにこやかな笑顔を警戒できない。

だからこそ、誰よりも怖い存在だった。

Ol様を暗殺するために送り込まれたんですが、あっさり失敗してしまいましてね。それ以来、毒殺の為の料理の腕を見込まれてここで働いて、いつの間にやら侍女長ですよ

鍋をかき混ぜながらあはは、と笑うルーアルに、ベルはどう反応していいか悩んだ。

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