Olの言葉に応えるように、壁の表面がぐにゃりと歪んで図像を浮かばせる。

それは、地図だった。

大きく左側に突き出した細長い半島と、その根元を押さえるように布陣する二つの国。

そして、その間を区切るかのように横たわる巨大な山脈。

Ol達が倒したヤマタノオロチが棲んでいた連峰だ。

ここが我々が今いる国だ。ヤマトという

連なる山脈がまるで壁のように国の境を区切っていますでしょう?ですから、山門(ヤマト)と呼び称します

半島を示してOlが言えば、サクヤがそれを補足する。

オロチがいなくなったとて、この門を超えるのは容易ではない。が、不可能でもない

うむ。春が来れば、サハラの軍はこちらに攻め込んで来るじゃろう

Olの言葉に、予知の能力を持つ巫女であるテナが頷く。

ダンジョンの中で季節の移ろいを感じることは難しいが、外界では冬が訪れていた。

冬の山を越えるのは殆ど自殺行為に等しいが、春ともなればその限りではない。

雪解けとともにやってくる兵士たちの姿を、テナの予見ははっきりと捉えていた。

サハラって?

隣国二国の南側。灼熱の大地に覆われた国と聞き及んでおりますわ。砂の原が延々と広がる不毛の地。ゆえに、砂原(サハラ)の国です

リルの素朴な問いに、サクヤが答える。

ちなみに北側は逆に極寒の地。雪と氷に覆われた国。氷室(ヒムロ)の国と呼ばれています

それはまた、極端ねえ

南は灼熱、北は極寒。いずれにせよ住みやすそうとは言い難い。

ヤマトは、サハラやヒムロとは比べ物にならぬ小国だ。攻められれば簡単に滅ぼされてしまうだろう

山脈はヤマトを守る壁であるが、同時に閉じ込める檻でもある。

狭く小さな半島内だけでの繁栄を許されたヤマトと違って、サハラやヒムロは広大な土地を支配できているのだから、その国力には大きな差があった。

ましてや僅かなこのダンジョンの手勢だけでは話にもならぬ。故に、我々は戦力を整えなければならぬのだ。それも、僅か一季節の間に

それは、難しいのでは

サクヤは山を司る神であり、人の世には疎い。

だがそれでも、Olが無茶を言っているのはわかった。

ああ。故に、お前たちに尋ねたいことがある。空間を司る神に心当たりはないか?

空間を司る神ですか

考え込むかのように反芻するサクヤに、Olはうむと頷いた。

我々の本拠地は別の大陸にある、という話はしただろう。戦力の大半はそこにあるのだが

Olの治める国はほぼ大陸一つをまるごとに広がっている。大きさだけで言えばサハラ、ヒムロ両国を合わせたよりも更に巨大だ。

俺がこの大陸に来たときには船で一ヶ月かかった。多少短縮は出来るだろうが、それでも二週間。一度に百人程度が限界だろうな

往復で一月。三ヶ月で三百人を運んでもねえ。今から船を作ったって、作るだけで一季節過ぎちゃうし

大海を百人の兵を乗せて渡れるような船を、一季節で作れるという方が恐ろしいのですが

何気ない口調で呟くリルに、サクヤは改めて戦慄した。

根本的な国力、技術力が違いすぎるのだ。

船なら、たつきが運ぼうか?

お前が?どうやってだ?

ふと、これまで暇そうに話を聞いていたタツキがぴっと手を挙げた。

こう、ざばーん!って

海の神である彼女には、波を操る力がある。

タツキの掌の上で用意された茶が渦巻き、大きく波立って湯呑みを運び

それは勢い余って湯呑みを跳ね飛ばし、壁に叩き付けて粉々に粉砕した。

うん、転覆するわね

だめかぁ

断言するリルに、タツキはしゅんと項垂れる。

仲間になると宣言して以来、彼女は食事にしか興味がなかった以前とは打って変わって協力的になっていた。といってもその努力はたいてい見当違いの方向に向かっていて、いまいち空回りしているが。

いつもいらっしゃるあの赤い髪のユニスさん、でしたかしら?あの方の力ならば、簡単に人を運べるのでは?

ああ。そこが話の要点だ

サクヤの問いに、Olは頷く。

お前たちには馴染みのないことだろうが、我々は魔力と理力という異なる二つの力を使い、それぞれ魔術と法術という術を使う。どちらも遠く離れた場所に一瞬で転移することは出来るが、それぞれ別の制約がかかってくるのだ

制約と、申しますと

簡単に言えば、魔術には人数の制限はほぼないと言っていいが、大陸を隔てるほどの距離を飛ぶことは出来ぬ。法術では逆に、距離は全く関係ないが運べる量はせいぜい二、三人だ

魔術では魔法陣を使うことによって、内部のものを一気に転移させることが出来る。

手間はかかるものの、陣を大きくするだけで数は幾らでも送ることが出来るが、消費する魔力の量は距離が伸びるほどに加速度的に増加する。

それに対してユニスの法術は距離も結界も無視するが、移動させられるのは彼女が抱えられるだけのものが限度だった。

あちらを立てればこちらが立たず、というわけですのね

そこで、お前たちの使う術に期待しているのだ。霊力とやらは、魔力と理力が混ざり合ったものであるようだ。ならば双方の欠点を埋める方法があるやもしれん

と、申されましても

サクヤは困惑の表情を浮かべた。

道を司る道祖神の類であればいくらでもおりましょうが、あれはあくまで道を守護するもの。遠く離れた場所を繋げるなど聞いたこともございませんし。一日に千里を駆ける神もおりますけれど、万里を運ぶとなると

やはりそう都合よくはいかないか。Olがそう思っていると、ふとサクヤはあることに思い当たったように顔を上げる。

一柱おりましたわ。Olの望むことが出来るかどうかはわかりませんが

厄介な相手なのか?

何やら浮かない表情のサクヤに、Olは問う。

厄介そう、ですわね。関わりたくない、という意味ではまさにその通りかもしれません

なるほど。これはまた

サクヤの言葉に未来を読んで、テナもまた顔を顰める。

もしかしてあいつ?たつき、あいつきらーい

それどころかタツキまでがそんなことをいい出した。

一体どんな神なのだ

Olの問いに、サクヤは重々しく口を開く。

彼の者の名は、サイノカミこのヤマトで最も古い神の一柱です

第6話旧きものを斃しましょう-2

なるほどな

関わりたくない。なぜサクヤがそう評したのか。

行くと決め、どのような結果が起こるかを問えばなぜテナが言葉を濁したのか。

それと対面した瞬間、Olはすべてを理解した。

ある意味、リルの同類?

やめて。冗談でも

からかうようなマリーの言葉に、リルが心底うんざりしたような口調で答える。

おおきいですね

あんぐりと口を開け、ユツがそれを見上げていった。

動物に例えるならば、それは蛇であろう。

暗く深い洞窟をみっしりと埋めるように入り込んだ白い大蛇。だがその頭に目はなく、身体にも鱗はなかった。それどころか口もなければ牙もなく、あるのは縦に伸びる亀裂のみ。

動物以外で例えるならば、簡単だ。

要するにそれは、巨大な男根であった。

<我を起こすは何者ぞ>

喋ったぁぁぁ!?

ゆっくりとその頭をもたげ、低い声を響かせる男根にリルは叫んだ。

サイノカミよ。我が名は魔王Ol。貴様の力を借りにいや、違うな。奪いに来た

<ほう>

Olの傲岸不遜な物言いに、サイノカミは愉快そうな声をあげる。

<そは我が順(まつろ)わぬものと知っての言の葉か>

<よかろう!>

白い大蛇が洞窟から這い出して、高く高くそそり勃つ。

<我(われ)が力と汝(なれ)が力。どちらがより硬く太いものか、比べてくれよう>

いちいち言い方が卑猥なのよ!

ヤマタノオロチをも貫いたリルの石火矢が轟音とともに火を吹いて、サイノカミに向かって放たれる。

しかし柱のようにそびえる大蛇は、ぶるんと揺れてこともなげにそれをかわした。

マリーちゃん登って!

ユツが己の尻に生えた狸の尻尾を引き抜くと、それは朱塗りの階段に転じてカタカタと音を立てながら天へ伸びていく。

ありがと、ユッちゃん!

マリーはそれに乗ってサイノカミの頭上を越えると、跳躍しながら四振りの剣を引き抜いた。

ええーいっ!

<ぬるい>

だが重力加速度を加えたその一撃は、サイノカミの頭にいとも容易く弾かれる。

まさか刃すら立たないとは思わなかったマリーは、そのままなすすべもなく落下した。

しかしその体は地面に激突することなく、緩やかな弧を描いて減速しながらOlの腕の中に納まる。

えへへ、ありがと、Olさま

世話を焼かせるな

Olがキューブを展開し、不可視の迷宮でスロープを作り上げていたのだ。

<おかえしだ>

サイノカミの身体にびきびきと血管が浮き立ち、赤黒く怒張する。

そしてその身を大きく後ろにしならせると、思い切り叩き付けた。

まずい!

Olは咄嗟にキューブに仕込んだ転移陣を起動し、その一撃を避ける。

僅か十数歩ほどの距離しか跳べないものだが、危機を回避するには十分な距離だ。

つやめくサイノカミの頭がしたたかに地面を打ち付けた瞬間、大地が破裂した。

土と石とがそこら中に飛び散って、風とともに刃のように打ち付けてくる。

その余波くらいであればキューブによる壁が守ってくれたが、直撃を受けていたら即死だっただろう。

ふざけたなりしてとんでもない強さね

咄嗟に空中に逃げたリルは、地上に舞い降りながら石火矢を構えなおす。

マリーちゃんの剣でも刃が立たないなんて

傷一つないサイノカミの頭を見ながら、ユツは困ったように眉根を寄せる。

あの頭、すっごいブヨブヨしてた。硬いっていうよりは弾力が凄いの

マリーの言葉に、思わず女性陣の視線がOlに集まった。

その感触に関しては非常に覚えがあったからだ。

ええい、剣など弾けるか!

己の下半身に集中する不躾な視線に、Olは思わず怒鳴った。

だがそうなると、奴に有効な打撃を与えられるのはリルの石火矢しかあるまいな

何とかして動きを止めないと当てられないわ。あいつあんな図体で動きも素早いのよ

無数に弾丸をばら撒く連弩であれば当てられるだろうが、そちらでは今度は威力が足りない。

あの皮を貫くのはやはり、貫通力に優れた石火矢しかないだろう、とリルは考える。

でもあの動きを止めるって、どうやって?

マリーの素朴な問いに、Olもリルも押し黙る。

あれほどの巨体を止める手段を、二人とも持っていなかった。

そんな中、不意にユツが声をあげる。

ボク、動きを止められないか試してみます

何か策があるのか?

策、というほどのものでもないですけど

自信なさげに言いながら、しかしユツはこくりと頷く。

わかった。時間を稼いでやる、やってみろ

詳しく作戦会議をしているほどの暇はない。

Olはユツに任せることを決めて、一歩前に出た。

<もう終わりか?>

己自身が起こした衝撃によってもうもうと立ち込める砂煙の中から頭を覗かせ、サイノカミはそう問うた。

これからだ。攪乱するぞ、マリー

うんっ!

マリーは両手に剣をもって打ち鳴らす。途端、その刀身が炎を帯びた。

刃は通らなくても、これならどう!?

<ぬうっ!>

流石に高熱は嫌なのか、サイノカミが僅かに怯んだ様子を見せる。

ミラーハウス

Olの手にしたキューブがパタパタと展開すると、何条もの路となって放射状に広がっていく。

そのうちの一つがマリーの足元へと延びると、彼女の姿はまるで鏡写しのように他の路の先にも現れた。

<小賢しいわ!>

幾ら姿を増やして見せたところで、もともとどこに居たのかは見えているのだ。

幻影を出すと同時に本体を消していたとしても、瞬時にそう遠くに行けるわけもない。

サイノカミはそう考え、頭を横薙ぎに払ってマリー達の姿を纏めて叩く。

しかし手ごたえはまるでなく、不審に思ってサイノカミが動きを止めると、途端に炎を帯びた剣が何本も突き刺さった。

<ぐぅっ!?>

それらはどれも幻ではなく、実体のある痛みだ。

Olがキューブで作り出したミラーハウスは、その名に反して幻影ではなく転移を用いた迷宮魔術だ。幾本もの路の先に増えた姿は高速で転移を繰り返すことで映し出された像であり、映し出された者はそのすべてに存在し、同時にどこにも存在しない状態となる。

守勢に転じれば無事な路に逃げて攻撃を避け、攻勢に転じれば全ての路から同時に攻撃する。

ユニスの転移を使った戦法を、魔術で再現した代物だった。

<おのれ、小癪な!>

だがそれでも、サイノカミに苦痛を与えこそすれ、打ち倒すには程遠い。

襲い掛かる熱に業を煮やしたサイノカミは、再び全身を怒張させて叩き付けようと体を反らす。

今です!

途端、ユツの体が何倍にも膨れ上がり、その豊満な双丘でサイノカミの体をぎゅっと挟み込んだ。

<ぬうっ!?これは!>

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