そうして森を眺めていると、大ムカデの進行から逃げていく魔物たちの姿がよく見える。

小鬼のような人型をしているもの、狼や蛇のような獣の姿のもの、意思を持つように動く炎や土の塊にしか見えないものや、木の肌に浮かぶ目玉が開いては閉じてを繰り返して移動するものなど、Olにも一体どのような存在なのか窺い知ることすら出来ないようなものまでが何匹も見られた。

俺がマリーと探索した時は、樹人(トレント)の出来損ないみたいなものしか出てこなかったものだが

殿の威を察して逃げていたというのもありましょうが恐らく大部分は最近、棲みついたのでしょうな。神の住まう森となれば、あのような怪生たちには居心地がいいものです

そんなものか

腑に落ちない様子で、Olは相槌をうつ。

彼の感覚で言えば、神と魔とはけして相容れない存在だ。

それが共存しているというのは不思議な話だが、理力と魔力を矛盾させず内包する彼らの力はその辺りに理由があるのかもしれない、と思った。

しかし、やはりここにはいないようだな

Olが呟き見下ろすのは、かつて彼がソフィアを見つけた場所。

森のダンジョンの中心、ダンジョンシードが設置されている場所だった。

火山の方かな?

であろうな

神というのは基本的に自分の支配する領域から離れたがらないものらしい。

だがソフィアは森の神ではなく、ダンジョンの神だ。

ダンジョンの中であれば、どこにでも自由に移動できた。

Olを拒絶するなら最も奥。試練の山の最上階だろう。

でもなんでソフィアは、Olを飛ばしちゃったんだろうね

さてな。長く相手をしてやらなかったから拗ねたか、或いは母であるマリーを差し置き、他の女たちと睦まじくしていたことに腹を立てているのか

いずれにせよ、本人に会って問い質さないことにはわからないとOlは考えた。

大ムカデはあっという間に森のダンジョンを踏み越えて、火山のダンジョンの麓にまで辿り着く。

よし、ここまでで良い。ご苦労だったな

Olは大ムカデの頭をぽんと叩くと、森の中心近くまで戻る信号を送った。

ここから先はあの図体では移動が難しいし、ムカデは熱に弱い。

それにあの強さならば、森のダンジョンにとって良い守護になるだろう。

お館様は、すごいね

大ムカデを見送るOlの横顔に、ホスセリはぽつりとそう言った。

怖くないの?

問えば更に質問が返ってきて、Olは首を傾げる。

あのムカデのことか?お前たちが無力化し、術で制御したのだろうが。何を恐れる必要がある?

Olの答えに、ホデリとホスセリは互いに顔を見合わせた。

殿。そうではなく、斯様な異形を馬の代わりに乗りこなすことに抵抗はないのか、とホスセリは聞いておるのです

女子供ではあるまいし、虫如き怖がる必要がなかろうが

いまいち要領を得ないホデリの言葉に、Olは呆れる。

まさか震えていたのは落下の危険性にではなく、虫が怖いなどと言うつもりだろうか?

姿形に頓着されぬと申されるか

抱く女の見目ならともかく、魔物の姿形に何の意味がある?

ならば

兄さん。待って

ホスセリの制止を無視して、ざわざわとホデリの姿が変化していく。

猛禽を思わせるような細く鋭い瞳はまるで穴のように白目のない真っ黒な真円となり、唇が頬まで裂けたかと思えば鋭い牙が生え揃う。鼻が盛り上がり、顔全体が円錐のような形に突き出して、腕を細かい鱗がびっしりと埋め尽くした。

我らが人間ではないとしても、同じことを言いなさるか

お前、その姿は一体

しゃがれたような、耳障りな声色で尋ねるホデリに、Olは思わず呟く。

恐ろしかろう。醜かろう。これでも見目など関係ないと申されるか

いや、見た目はどうでもいいが。一体何の動物だ、これは?

牙はあるが狼でも獅子でもない。鱗はあるが、竜でも蛇でもない。

全く見覚えのない生物の顔立ちを、Olは眉根を寄せながら無遠慮に触った。

こ、これは鰐にござる

ワニ?馬鹿を言うな。ワニといえばあの、水辺に棲む竜の出来損ないみたいな大蜥蜴であろうが。このような姿はしておらんぞ

鱗は硬質な手触りの割に弾力性があり、撫でる方向によって手触りが全く違う。鼻先から首元に向かって撫でれば滑らかなのに、逆だとざらざらとした感触があった。

あ、ほんとだ、おもしろーい

そのことを口にすればユニスまでが面白がって触りだし、ホデリは困惑しながらもただされるがままに撫でられる。

わかったぞ。お前は、サメだ!

ああ、そう呼ぶ場合もあるのでしたか

ようやく正体に思い当たり、Olはうむと満足げに頷く。

確かに水生生物の獣人とは珍しい。この俺ですら初めて見た。なるほど斯様に珍奇な生き物であるなら見目を気にするも無理はないやも知れぬな

ち、珍奇?

一人納得するOlに、ホデリは頭を抱えた。

彼の想定していたものとOlの反応は、あまりに違っていた。

御館様、私は?

気づけばホデリを止めた妹まで、その本性を露わにしていた。

手足は深い毛に覆われ、髪の間からはピンと尖った三角形の耳が突き出し、尻からはふさふさとした尾が伸びている。

見るもおぞましい、野獣の姿。山犬の顔を持った娘など、誰が好こうか。

抱いた女がこのような見目と知ったら、流石に嫌悪するのではないか

お前は珍しくも何ともないな。狼の獣人などそれこそ我が迷宮には何百といるぞ

そんなホデリの予想は、さして興味もなさそうなOlの平坦な声にまたしても裏切られた。

と言うかなんだ。お前たちは兄妹と言っていたが、血の繋がりはないのか?別の種族だったとは

我々は元々こうだったのではございませぬ。神の呪いにて異形になり果てた身

そう、呪いだ。気まぐれな神の怒りに触れ、人ならざるものへと変えられた。

聞くもの全てが恐れ嫌う、穢らわしい話を、ホデリは苦々しく語る。

なんだ、では呪いを受けただけで人間なのではないか

Olはあっさりとした様子でそう言った。

人、と我々を、人と認めて下さるのか

震える声で、ホデリは問う。

当たり前だろう

神に仕える存在だから、Olはてっきり彼らのことを天使や悪魔のような存在だと思っていたのだ。

そう言った者たちは厳密には生物ですらない。

新しい命を育むことも、食事を取ることもないからだ。

それに比べれば多少獣が混じっていようが、妖精由来だろうが、Olにとっては人の範疇だった。

お館様、私、変じゃない?

お前はむしろついている方が自然なくらいだな

じっと見つめてくるホスセリに言うと、表情は変わらぬまま尾だけがぶんぶんと振られた。

実にわかりやすい。

じゃあまた抱いてくれる?

大丈夫だよー。Ol、手足が鳥になってる子とか、下半身が蛇の子とか、全身が水みたいになってる子でも顔が可愛ければ全然いけるから

Olが答える前に、ユニスがそう言ってね?と顔を覗き込む。

確かにハルピュイアもラミアもウンディーネも抱いたことはあるので、Olは何も言えなかった。

流石は、姫の認められたお方だ

深く感じ入ったように呟くホデリに、どういう意味だとOlは内心叫ぶ。

俺は魔王だぞ。魔を統べるものが、種族だの見た目だのでどうこういうものか。人と違うのであれば、その違いを持って役立てればそれでよい

御意に

弁明するようにそう言うとホデリは跪き、腰の剣を鞘ごと引き抜いてOlの前に掲げた。

ホスセリもその横に並んで、それに倣う。

それはOlの知らない仕草だったが、武に生きるものが武器を捧げることの意味くらいは検討がついた。

Olは彼らの剣を受け取ると、鞘から引き抜いてその刀身を見つめる。

緩く弧を描く刃には独特の文様が浮かび、一点の曇りもなく輝いている。

大ムカデを切り裂くほどの実用性を秘めていながら、それはまるで芸術品のような美しさだった。

良き剣だ

Olは言ってその剣で彼らの肩を軽く叩き、鞘に収めて返す。

能(よ)く仕えよ

兄妹は揃って剣を受け取り、深くその頭を垂れた。

第8話初めての親子喧嘩をしましょう-4

さて、探索としてはここからが本番だ。気を抜くなよ

ダンジョンに作り変えられた火山は、以前のような岩壁がむき出しになった溶岩洞とはまるで違う雰囲気になっていた。

でこぼことした地面には石畳が綺麗に敷かれ、溶岩の流れる河は丁寧に埋められて、規則正しく道の続く通路となっている。

前より歩きやすいように思えまするが

ホデリの言葉に、Olはキューブを掲げた。直方体の石の塊はパタパタと展開して長い杖となると、十一フィートほど先の床をこんと突く。途端天井が開いて、Olの鼻先から十フィート先までを滝のように流れる溶岩で埋め尽くした。

失言でござった

理解を得られたようで何よりだ

Olたちが赴いた際もこのような罠はあったが、それはサクヤがOlたちの動きを見ながら自身の力で都度溶岩を動かしていただけだ。

それに対していま発動したものは、純粋にOlが仕掛けた機械的な罠に過ぎない。

油断すればすぐに侵入者の命を奪うだろう。

これに加えてソフィアの妨害が加わる可能性がある。各自くれぐれも油断せぬように

Olの言葉を遮るように、みしりと不吉な音がなった。

走れ

地面を割って吹き出したのは、溶岩ではなく大量の海水だ。

こんな事ができるのは一人しかいない。であれば、この場に留まるのは下策だった。

Ol、失礼するねっ

とは言えこの中で一番足が遅いのは、魔術師であるOlだ。彼の身体をユニスがひょいと抱え上げ、横抱きにして走る。小柄な身体のどこにそんな力があるのか、それでもユニスは誰よりも早く駆けた。

殿!これしきの波、某が本性を表せば!

待て、ホデリ!

言うが早いか、ホデリの身体はみるみるうちに巨大な鮫へと変化する。そしてOlが止める間もなく、濁流の中にその身を投じた。

お乗り下さい、殿!

止まるな、ホスセリ!

押し寄せる海水の中でその身を踊らせながら叫ぶホデリに、ホスセリが一瞬足を止めかける。だがOlの叱咤に彼女はコクリと頷くと、ユニスの後を追って走った。

殿、ご安心めされよ!この姿は仮にも神を運びし神獣のもの、背に乗られれば息も

その時ガコンと音がして、ホデリの行く先、その床に穴が空いた。

ぬおおおおおおお!

ホデリは懸命に滝のように落ち行く水の流れに逆らい、登ろうと泳ぐ。しかしその尾を、同じく魚に似た尾を持つ娘がぐいと引いた。

タツキだ、とOlがその顔を認識した時には既に、ホデリの身体は大量の海水とともに穴の中に消え去っていた。

Ol、どっち!?

なおも押し寄せる海水から逃げながら、ユニスは前方の別れ道を指していった。

右だ!

Olの言葉に迷わずユニスは右の道へと向かう。

が、一歩踏み出したところでその足ががくりと沈み込んだ。

こちらにも落とし穴だ。

しまっっ!

いつものユニスであれば、その状態からでも開いていく落とし穴の蓋を蹴って跳躍し、回避できただろう。だが彼女は今、Olをその両手に抱えていた。流石にその状態では跳ぶことも出来ず、彼女はそのまま落下する。二人の後を追って、ホスセリは躊躇なく落とし穴へと飛び込んだ。

良い判断だ、と内心で呟きながら、Olはキューブを伸ばしてホスセリの身体を引き寄せる。

これで良い。これが、最短経路だ

両手にユニスとホスセリとを抱き寄せながら、Olは周囲を見えざる迷宮(ラビュリントス)で覆った。この落とし穴は殺傷を目的としたものではなく、侵入者の捕獲の為のものだ。

捕獲された獲物はどうなるかといえば当然迷宮の奥へと連れ去られるのであり、その為の通路もまた落とし穴の奥に用意されている。故に、この道を行くのがもっとも手っ取り早かった。

Olたちはそのまま、液体がなみなみと湛えられたプールの中へと飛び込む。それは侵入者を殺さないように落下の衝撃を和らげるための緩衝材であり、同時に捕らえるための仕掛けでもあった。

なんだ、これは!?

だがその中身は、Olの記憶にあるものと別物にすげ替えられていた。彼が用意したのは強力な粘着力を持つ一種の接着剤だ。故に、見えざる迷宮を展開して周囲を囲っておけば捕らわれることなく回避できるはずだった。

だがそこにあったのは、Olが想定していたよりも遥かに粘性の低い液体だった。Ol達を覆う見えざる迷宮は、その名の通り入り組んだ迷宮の形をした防御壁だ。粘度の高い接着剤であれば防げただろうが、殆ど水と変わりのないその液体は迷宮の中へと縦横に流れ込んで、Ol達を飲み込んだ。

なんだ、これは

とはいえ粘性が低い分、逃れることも簡単だ。

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