そんなOlを、ユニスが間近から見上げる。小柄だが均整の取れた体つきは鍛えられているにも関わらず女性的な丸みを失っておらず、薄い胸の膨らみもこうして下着姿で見ればしっかりと谷間を形作っていて、目の前から上目遣いで見られると凄まじい破壊力があった。

いや、何の問題もない。何もな

緩みそうになる口元をぐっと引き結んで言えば、ユニスは不思議そうに首を傾げ、ホスセリは勘付いて言う。

口だけで良ければ、抜いてあげようか

要らんわ、愚か者っ!

Olの怒鳴り声が、迷宮に響き渡った。

にしても、お風呂に入って運動して、ちょっとお腹空いちゃったねえ

ユニスがそんなことを言った矢先のことだった。

通路の先、小さな部屋にホカホカと湯気を立てる料理が用意されていたのは。

いや、食べないよ!?流石にね!?

疑わしげなOlの視線に、ユニスはぶんぶんと首を振る。

毒はないみたい

いや、食べないってば

念のため毒の有無を確認するホスセリに、ユニスは言いつつふと何故こんな罠があるのか考えた。

いくらなんでもこんなのに引っかかる馬鹿がいないことくらいは、ユニスにだってわかる。

だがソフィアの罠は先程から、見た目はともかく中身は見事なものだった。

何せOlさえ引っかかる程なのだ。

そこまで考え、ユニスは気づいた。気付いてしまった。

自分がこんな罠に引っかかる馬鹿だということに。

ごめんOl、あたしこれ食べる

正気か!?

こくりと頷きながら、ユニスは椅子に座って手を合わせると、食事前の祈りを捧げる。

口を付けてみれば案の定、料理は既に少し冷め始めていた。

一体何故

ユニスが魔術や法術で操られているわけではないことは、既に確認済みだ。

彼女は彼女自身の意思で、食事をとっている。

だってぇ

泣きそうな声で、ユニスは答えた。

これリルの作ったご飯なんだもん~

食事を取ることの出来ないリルが料理を習得するのにどれほど苦労してきたのか、その味見役を引き受けていたユニスが一番よく知っている。

親友が丹精込めて作った料理を食べずに冷めて台無しにしてしまうことなど、ユニスにはどうしてもできなかった。

しかもその味付けがまた、Olではなくユニス好みのものになっていて。

あの悪魔めぇ~、美味しいよう~

呪詛を吐きつつ、ユニスはもぐもぐと料理を噛みしめる。

ご馳走様でしたっ!

全ての料理を食べきって、パンと手を合わせたところで、彼女の身体は座っている椅子ごと落とし穴の下に落下した。

ユニスーーーーーーーー!

念のためキューブで床を覆い、転移にも対応できるように魔術の準備をしていたのに、それらは全く役を果たさなかった。見えざる迷宮さえ透過して落とし穴に落とすような真似が可能なのは一人だけ。ミシャまでもが協力していると見て間違いなかった。

となれば、ユニスが転移で復帰してくるのも期待できない。ミシャの境界を操る権能は、繋ぐだけでなく遮る側にもその効果を発揮するからだ。

認めねば、なるまい

ホデリが容易く脱落し、装備を剥ぎ取られ、ユニスまでもが罠にかかった。

油断がなかったとは言えないが、この結果はそれだけではない。

ソフィアの作り上げた罠が、純粋にOlの上を行っているのだ。

だがまだ、ダンジョンマスターとして負けてやるわけにはいかぬ

Olはもはや形振り構わず、この迷宮を攻略することを決めた。

第8話初めての親子喧嘩をしましょう-6

あれ?

どーしたのー、ソフィア

暇そうにテーブルに突っ伏しながら、リルは怪訝な声をあげるソフィアに尋ねる。

罠や魔物に苦戦するOlたちとは対照的に、こちらには極めてのんびりとした空気が流れていた。

パパがいなくなっちゃった

ソフィアが言うと同時、虚空にいくつもの映像が浮かんだ。

それこそがソフィアが見ている景色。ダンジョンの中の様子だった。

通路や部屋など様々な場所の景色が映っているが、そのどれにもOlの姿は見られない。

映像は次々に切り替わっていくが、ダンジョンのどこにもOlはいないようだった。

一旦ダンジョンの外に出て態勢を仕切り直しにということでしょうか?

あー、わたしわかっちゃった。多分こういうことでしょ

うむ。そういうことじゃ

首を傾げるサクヤに、付き合いの長いリルはOlのとった手段を予想してテナに視線を向ける。

Olの行動とリルの答えとを両方予見して、テナは頷いた。

あやつの行動は我にも読めぬからな。此度は一体何をするやら

ボクにも全然わからないです

おうるもごはんたべにかえったのかなー?

ミシャが楽しげに腕を組みながら言い、ユツは生真面目に考え込んで眉根を寄せ、タツキは本日三回目の昼食をもぐもぐと頬張りながら首を傾げる。

殿はこちらにお出でなさるのか?某は一体なんと言って詫びれば

大丈夫大丈夫、Olはあのくらいで怒ってないから

どっちかって言うとユニスの方が酷いよね

頭を抱えるホデリに気楽な調子でユニスがいい、マリーはそれを見て苦笑した。

だってリルのご飯だもん!食べなきゃ!

うんうん、嬉しいけど、あなた馬鹿でしょ

リルは呆れながらも、ぐっと拳を握って力説する親友の頭を撫でる。

リルのごはん、おいしいもんね

その後ろで、タツキがこくこくと頷いていた。

わかんないよー、ママ、いじわるしないで教えてよう

だーめ。わたしたちは中立。力は貸してあげるけど、どうするのかを考えるのはソフィアの役って言ったでしょ?

困ったように眉を寄せるソフィアに、マリーはそう言い聞かせる。

それにどっちにしろ、そろそろ到着するんじゃないかな

マリーがそう言った瞬間のことだった。

突然天井が爆発したかと思えば、瓦礫がソフィアの頭上に降り注ぐ。

その瞬間、反応したのは三人だった。

ユニスの斬撃が虚空を飛んで、巨大な岩を粉々に打ち砕く。

次いでサクヤが扇を振るうと、空間が爆ぜてまだ形を残す石の塊を崩す。

最後にタツキが食事をもぐもぐと食みながら尻尾をちょいと動かせば、海水が竜巻のように巻き起こり、落下する砂礫をさらって洗い流した。

ソフィアの身体には、砂粒一つかからない。

捕まえたぞ、この悪戯娘め

驚きに目を見開いて反射的に天井を見上げるソフィアを、Olは床に空いた穴から飛び出し、抱きすくめた。

反撃はせぬか

油断せず構えを解くことなく、Olは一同を見渡す。

しないよー。ここまで辿り着いた時点でOlの勝ちだし

リルの言葉にひとまず頷き、Olはソフィアを床に降ろした。

やはりユニス、サクヤ、タツキの戦闘能力は頭抜けている。ユニスはともかくサクヤとタツキに迎撃されては溜まらないので先にソフィアを狙って攻撃したが、どうやらそれは杞憂のようだった。

で。一体どういうつもりか、説明してもらおうか

パパ、どこから出てきたの?

Olの質問に、ソフィアは問いで返す。

無論、俺のダンジョンからだ

嘆息しつつ、Olは種明かしをした。

この火山のダンジョンは元々溶岩洞だけあって、ダンジョン化されている部分以外にも多くの空洞がある。それを魔術で探知して転移し、俺自身のダンジョンをお前の中に新たに作って掘り進んできたのだ

何せ溶岩洞の中を流れるマグマは魔力の塊。形を持った龍脈そのもののようなものだ。ダンジョンコアがなくとも魔術は使い放題で、もう一つ小さなダンジョンを作ることは造作もなかった。

いつかのスピナと同じ手ね

リルの言葉に、まさか弟子の真似をする羽目になるとは、とOlは頷く。

ソフィア。お前の弱点はダンジョンしか知らぬこと。その外に注意を向けなかったことだ。だが侵入者は常に

Olの説教は、ソフィアの表情の前に途切れた。

顔をくしゃりと歪め、今にも泣きそうな目で彼女はOlを見つめる。

パパは

そういえば、ソフィアはへそを曲げていたのだった。

そんなところに説教などするものではなかったか。

パパはわたしより、自分のダンジョンの方が良いんだ!

そんな考えは、ソフィアの叫びの前に消し飛んだ。

などういうことだ?

パパはソフィより、おっきくて、べんりで、つよくて、きょうあくな、あのこの方が好きなんだもん!ソフィなんていらないんでしょ!

捲し立てるように言うソフィアの価値観に、Olは目を剥く。

構ってやれていなくて拗ねている。他の女に嫉妬している。

Olの予想は二つとも当たっていたが、同時に二つとも見当外れだった。

まさか嫉妬の対象が他のダンジョンだとは、思いもよらなかったのだ。

馬鹿なことを、言うな

そういいながらも、Olは助けを求めるように視線を彷徨わせる。

だがリルもユニスもマリーも、気まずげに視線をそらした。

彼にとってダンジョンというものが何よりも大事だと知っているからだ。

それは別に、妻たちを軽んじているわけではない。むしろその逆とも言える。

Olにとってダンジョンとは身内を守る壁であり盾であり家だ。

失われれば仲間を守ることが出来ず、それゆえにその価値は仲間の総和にも等しい。

が、そんな理屈はソフィアに対しては通用しなかった。

なぜなら彼女自身がダンジョンであるからだ。

Olのダンジョンは、ソフィアを決して守れない。

パパはソフィより、自分のダンジョンの方が大事なんだもん

お前の方が大事だ、と嘘をつくのは簡単だった。

老獪な魔術師にかかれば幼い子供一人騙す事など容易い事だ。

そうかも、知れんな

だがOlにはどうしても、そうできなかった。

彼は片膝をつきソフィアと視線の高さを合わせると、涙を浮かべた瞳を見つめる。

だがそれは、お前のことを大事だと思っていないという事ではない。俺にとってはどちらも等しく娘。お前にとっては姉のようなものだ。どちらの方が好きだなどとは言えぬし、要る要らぬで語れる話でもない

お姉ちゃん?

幾らか落ち着いた様子のソフィアに、Olは頷く。

そうだ。それにあちらには一年も会っていなかったのだぞ。再会を喜んでやらねば、そっちの方が可哀想だろう。わかるな?

諭すように言えば、ソフィアはこくんと頷いた。

うむ。ソフィアは良い子だ

頭を撫でてやればようやく笑顔が見えて、Olはほっと胸をなでおろす。

パパ、ソフィアの中、よかった?楽しかった?

ああ。上出来と言ってよかろう

何せ真っ当に攻略することは諦め、奇手を使わざるを得なかったのだ。

ダンジョン探索者としてのOlは敗北したと言っていい。

やったあ!もっともーっと頑張って大きくなって、お姉ちゃんやママたちみたいにソフィの中で楽しんで貰うんだ!

姉はわかるがマリーはダンジョンではなかろう

でもいつもパパ、ママや他の女の人の中に入って楽しんでるでしょ?

ソフィアはダンジョンそのものだ。

無論、その中での行動は全て彼女に筒抜けになっているわけで。

今度から、俺の寝室の中は覗かぬようにしろ

え、なんで?

首を傾げるソフィアを説得するのには、へそを曲げた時よりも大変な労力を要したのだった。

閑話先達の知恵を借りましょう

杯に注いだ琥珀色の液体を、ぐっと喉に流し込む。

灼けるようなのど越しに思わず顔を顰めるが、Olは一息にそれを飲み干した。

珍しいこともあるものだ

野太い声が突然、背中から降り注ぐ。

一瞬前までそこには何の気配もなかったはずだが、彼ならOlに悟られずに近づくことなど訳はないのだろう。

貴様が酒を飲むなど。しかもそれに

身の丈六フィート半(約二メートル)、豊かな髭を蓄えた偉丈夫。

俺を誘うなどとはな

英雄王、ウォルフ。今は英霊となり白く染まったかつての王は、Olの横にどっかりと腰を下ろした。

まあな

Olは不愛想に答え、スピナの分体が二人の杯に無言で麦酒を注ぐ。

おお、すまんな。では何に乾杯する?

別に祝い事があるわけではない。そんなことをするような仲でもなかろう

つれぬなあ、義理の息子よ

笑って酒を飲み干すウォルフに渋面を作りながら、Olもそれに倣って麦酒を口にする。

酒はあまり好きな方ではないが、飲んででもいなければやっていられなかった。

英霊は、酒を飲めるのだな

おう。必要ではないが、飯も食えるぞ。飲み食いすれば多少なりと身体を賄う事は出来る

ウォルフほどの大英霊ともなれば、その召喚に必要な理力は莫大なものとなる。それを軽減するために、現界しているウォルフはよく飲みよく食べた。

いつぞやはマリーに手を貸してくれたな。礼を言う

ああ。あの程度、別になんでもない。若い娘の身体に宿るというのもなかなか愉快な体験よ

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