Olたちは先へと続く通路に這い上がると、身体に絡みつく粘液に顔を顰めた。

毒じゃない

ああ。毒などというものは、空気に触れさせておけばすぐに変質する。このような使い方は出来ぬから、それは安心していいが

己についた液体をぺろりと甜めて言うホスセリに、Olはそう解説しながら内心で首を傾げる。

毒性もなく、特に魔力を帯びているわけでもないその液体は、本当に少しべとつくくらいの液体でしかなかった。これでは動きを封じるどころか、ほんの僅かに戦闘力を削ぐことも出来ないだろう。何の意味もないように思えた。

ホデリは大丈夫かな

あれだけの海水と共に落ちたのだ。溺死の心配がないならかえって安全であろう

タツキに食われてなければいいが、と思いつつそれは口に出さずにOlは言った。

最近は仲間意識が芽生えているようだから大丈夫だとは思うが、次の瞬間に何をしているか最も想像がつかないのがタツキという女だ。

ソフィアに手を貸しているのか、単にふざけて遊んでいるかすらわからなかった。

うん。兄さんはしぶとい。心配しなくていい

あ、うん。命の心配はしてないんだけど

と、ユニスはやや言いにくそうに。

一人だけ罠に引っかかっちゃって落ち込んでないかなって

ああ、とホスセリは頷いた。確かに、改めてOlに仕えると誓った直後の事だ。気にしているかもしれない。

あたしもお兄様がいるからなんとなくわかるんだけど、男の人って強くても結構精神的に脆かったりするよね

確かにそういうところはある

兄を持つ妹たちの会話を聞きながら、唯一の男であるOlは居心地悪そうに渋面を作った。

そら。無駄口を叩いている場合ではないぞ。客だ

通路の奥から殺到してくる魔物たちを示せば、ユニスの表情はあっという間に妹から一流の戦士のそれへと変貌した。この一瞬の切り替えがユニスの頼もしいところであり、恐ろしいところでもある。なおホスセリの方は常に無表情で、こちらはこちらで底知れない。

襲い掛かってきたのは、人の顔に虎の身体、蛇の尾を持つ奇妙な魔獣だった。

それが何十匹と群れを作り、こちらへと向かってきている。

マンティコアという魔獣だ。尾に強力な毒があるから気をつけろ

あれは鵺。尾の蛇の毒は強いから気をつけて

それを見据え、Olとホスセリは同時に言って互いに顔を見合わせた。

まあどっちだろうと、斬っちゃえば同じだよね

ユニスは軽い口調でそう言って、雷光のように群れの中に切り込むと剣を一閃させる。その一撃は魔獣の太い首を、三頭まとめて切り落とした。

わぷっ!

かと思えば、その死体は木の葉の塊となってユニスに降り注ぐ。

これは、ユツの術か!

ああもう、鬱陶しいごめんOl、一匹そっち行った!

そしてその光景に、Olはようやく先程張られた罠の狙いを悟った。

粘性の低い接着剤は動きを封じるためのものではない。

木の葉を張り付かせるためのものだったのだ。

ユニスはその全身に木の葉を纏わり付かせながらも、剣を振るう。一度振るう度に魔獣が一匹木の葉に変わり、それが更に彼女の身体にへばりつく。へばりついた木の葉は動きを鈍らせ、視界を塞ぎ、不愉快な感触に平常心を奪う。

地味だが、効果的な罠だった。

全てが木の葉ではないはずだ!本体が一匹どこかにいる。そいつを倒せ!

そんなこと、言われても、わぷっどれがどれやらだよー!

ユニスは顔に木の葉を受けながら叫ぶ。ただの幻術であれば見破るのは容易いが、木の葉で出来ているせいか、それとも魔術ではないからか、ユツの幻術はとかく見破りづらい。Olでさえ、一瞬で看破するわけにはいかなかった。

今俺が、炙り出す

だが、対処法がないわけではない。Olは印を組み呪文を口にすると、手の平を重ね合わせるようにして胸の前に構える。その間にちろりと炎が生まれたかと思えば、それはあっという間に膨れ上がり、奔流となって魔獣たちを包み込んだ。

マンティコアにしろ鵺にしろ、それしきの炎で死ぬほどヤワではない。が、姿形は魔物に化けても、その本質は木の葉だ。火をつければ覿面に効いた。

ホスセリが天井からぶら下がり、残った最後の一匹の首筋に剣を差し込む。

それが本物で間違いなかったようで、魔獣はどうと地面に倒れ伏した。

ホスセリの姿が見えないと思えばいつの間にあんなところに、とOlは半ば呆れつつも感心する。

さっすがOl。攻撃魔術使うところなんて久々に見たけど、相変わらずの精度だね

Olの炎は通路全体を埋め尽くしていたが、ホスセリやユニスには火傷どころか火ぶくれ一つなかった。威力はさほどでもないが、その狙いの精密さだけで言えばOlは間違いなく当代屈指の魔術師だ。

流石にそれだけ燃やすのは無理だがな

ユニスの頬についた木の葉を一枚とってやって、Olは嘆息する。

一人最前線で戦っていただけあって、彼女は全身ほとんど木の葉まみれだった。

これほど張り付いていては、流石にちょっとやそっとでは取れそうもない。

うん。さっさと攻略して、お風呂でも一緒に入ろう

その時はお供する

終わったらな。気を緩めるなよ

さり気なく身を寄せてくるホスセリの頭をぽんと叩いて、Olは嘆息する。

油断していたわけではないが、致命的な効果を持たない罠に対しては警戒心も薄れる。

粘液を乾かしてから進まなかったのはOlの失態というよりも、ソフィアの手柄だろう。

己にはない罠の発想に、我が子の成長を喜びつつも悔しく思う気持ちがあるのも、また否定できなかった。

更に通路を進んでいると、にわかにユニスが嬉しそうな声を上げる。

彼女の視線の先にあったのは。

Ol、温泉だよ!

ホカホカと湯気をたちのぼらせる、湯溜まりの池だった。

第8話初めての親子喧嘩をしましょう-5

ねえOl、入ってもいいかな

良いわけなかろうが

うきうきとしたユニスの声とは対照的に、Olは低い声で答えた。

居住区ならまだしもダンジョンのこんな只中に、そうそう都合よく温泉があるわけがない。

あまりにもあからさまな罠だった。

適温。毒もない

だからといってこんな見え透いた罠に嵌まれるか

跪いて湯に手を差し込むホスセリに、Olは辟易としながら言い返す。

でもあたしこんなんだし

木の葉まみれの身体で両手を広げながら、ユニスは言った。

木の葉こそ被ってはいないが、Olも粘液自体はたっぷり浴びている。

乾いてきたそれは何やらチクチクと痒みを帯びてきて、不愉快なことこの上ない。

Olとて元々、ダンジョンを作れば真っ先に湯殿を設計するほどの入浴好きである。入りたくないわけがなかった。

Olは念のため周囲を丹念に調べ上げ、固定された罠がないことを確認する。

しかしそれはあまり意味のないことだった。

ソフィアはその気になれば、迷宮のどこにでも即座に罠を作り上げることができるからだ。

油断はするなよ

Olは溜め息をつき、キューブを椅子の形に変えて座り込んだ。

流石に自分も入ろうとまでは言えない。

喜び勇んで、ユニスは服を脱ぎ捨て湯に飛び込む。

ホスセリも丁寧に服を畳むと、それに続いた。

はー、気持ちいいー

御館様も入ったら?

うんうん。Olもおいでよー

流石にそこまで油断できるか

湯の中で手足を伸ばして息を吐く二人に、Olは渋面を作りながら答える。

二人の美女がその健康的な裸身を晒しながら手招きする光景は正直ひどく魅惑的だったが、流石に身内とは言え敵対しているダンジョンの中で寛ぐわけにもいかない。

こんなに良い湯なのにねえ

湯船の縁にもたれかかり伸びをするようにユニスが身体を逸らすと、水面下に隠れていた彼女の膨らみが露わになる。褐色の肌の先端を彩る蕾は子を産み母となった今も美しい薄桃色で、思わずむしゃぶりつきたくなるような瑞々しさだ。

正に。この湯を味わわないなんて、御館様は人生の八割を損している

リラックスしたのか先程まで隠していた山犬の耳と尾を晒しながら、ホスセリは猫のように四つん這いになって身体を伸ばす。背筋はしなやかな弓のように優美な曲線を描き、水面に浮かび上がった白い尻から伸びた尾は誘うようにゆっくりと振られる。

わざとやっているだろう、お前たち

露骨なアピールに溜め息をつきつつも、Olは彼女たちの媚態から視線を逸らしはしなかった。

にしても、気持ちよすぎて眠くなってくるね

おい、流石に油断しすぎだろう

ふああ、と欠伸を漏らすユニスにOlは釘を刺す。

私も眠く、なって

しかしホスセリまでもが船を漕ぎ出して、Olは何かがおかしいと気付いた。

何故、自分たちは風呂になど入っている?

Olが疑問に思った瞬間、ガコンと音がして湯船の底が開く。

そう同じ手を何度も喰らうか!

Olはそれを予測していた。見えざる迷宮(ラビュリントス)は既に温泉全体を器のように覆っていて、底が開いても湯の一滴も漏れ出ない。

が。無数の小さな転移陣が床に浮かぶのを見て、Olの顔色が変わった。

狙いはそちらか!

手の平ほどの大きさのそれは、人間大のものを転送する程の力は持っていない。

それが転移させているのは、ユニスとホスセリが脱いだ衣服だった。

キューブはすっかり寝こけてしまっているユニスたちを支えるのに使ってしまっていてこれ以上伸ばすことが出来ない。仕方なく、Olはともかく近くにあったものに手を伸ばした。

ごめん、まさか眠っちゃうなんて

良い。油断は俺にもあった

流石に申し訳なさそうな二人に、Olはしかめ面でそう答えた。

油断と言っても、普段の彼らがあそこまで気を抜くなどということはありえない。

あれはおそらく、法術によるものだ

あ、マリーか!

魔術や物理的な罠であればOlが、毒や薬であればホスセリが見破れるが、法術ばかりは見つけるのが困難だ。

法術というのは無から有を生み出す魔術と違って、元々の性質を強めることが得意だという。Olたちの心に刻み込まれた、風呂は安全で寛げる場所であるという意識を強めるような法術がかかっていたのだろう。

ユツがソフィアに協力しているのだから、マリーが協力していることもまた予想すべきだったのだ。それを事前に気付けなかったこと自体が油断と言える。

まあでも大丈夫だよ!剣はOlが拾ってくれたし。攻撃は避けるから

ユニスは腰の剣をぽんと叩いて言う。だがその身には鎧どころか服すら着ておらず、剣帯の他には腰と胸を隠す下着だけが覆っていた。褐色の肌と白い下着のコントラストは、全裸よりも情欲を誘う。

忍びは己の肉体を凶器とする訓練も積んでいる。何も着ていない方が強いくらい

だがそれはまだマシな方で、ホスセリに至っては何も身につけていない、生まれたままの姿だ。流石に見かねたOlがローブを貸そうかと提案したが、動くのに邪魔になると断られてしまった。

二人ともそんな格好をしながら全く恥ずかしがるような様子もなく、前衛の務めとばかりにOlの前を歩く。

下着に包まれたユニスの大きめの尻と、きゅっと引き締まったホスセリの尻が目の前で揺れる。

流石に前が突っ張って歩けない、などという愚を犯すほどに若くはないが、中々にその光景は目の毒だった。

あっ、また敵だ。行くよ!

服なんて要らないということを証明してみせる

次に襲い掛かってきたのは、かつてOlが試練の山に足を踏み入れたときに襲い掛かってきたのと同じ、一つ目の鬼であった。マリーとユツでは苦戦していた相手だが、ユニスとホスセリの前には敵ではない。

押し寄せるように迫りくる鬼どもを片端から斬り捨てていく。

宣言した通りユニスは相手に影をも踏ませず、ホスセリの蹴りや手刀は剣にも比類する鋭さで鬼の首を刎ねていく。

だがその度に乳房が揺れ、美しい脚が躍動する。ホスセリなど、大きく脚を上げて蹴りを放つものだから秘部までもが丸見えになっていたが、全く頓着した様子もなかった。

やっと片付いたー。大して強くなかったけど、数だけは多かったね

これは姫様が呪で作った式鬼。幾らでも生み出せる

優に百体は倒しただろうか。二人は呼吸一つ乱すことなく一つ目鬼たちを撃退したが、温泉で温まった身体で運動したからか、しっとりとした汗を滲ませていた。それがまた何とも言えず扇情的で、Olはしかめ面にますます力を込めた。

Ol、大丈夫?怪我でもした?

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