ローガンに答え、ユニスは剣を鞘に収めるとその場にへたり込んだ。
一瞬の隙を突いて、心臓を貫かれた。
鎧と筋肉と肋骨に守られた心臓を剣で狙うなど普通なら悪手でしかないが、彼なら息をするかのように易々とやってのける。
ユニスが相手していたのは、空想上のホデリだ。
とは言えその動きは本物と寸分違わない。
最初に勝てたのはユニスの能力の特異さ故、そしてホデリも本気ではなかったが故だ。
あれから何度か手合わせしたが、二回目以降の戦いでは簡単に対応されてしまった。
ユニスの剣は軽い。それを助走距離と速さで補う剣は、下がった瞬間歩を詰められ剣を置かれるだけで封じられる。ならばとどれほど早く動こうが、ホデリは最小限の動きでユニスの命を絶った。
あれ以来、実際にも空想上でもユニスはホデリに一度として勝てていなかった。
膂力も速度も全てユニスのほうが勝っているのに、剣の振るい方一つで覆されるのだ。
で、なんでローガンはマリー避けてるの?
言わねえよ。お前、笑うだろ
うん、多分
そういうとこ正直だよなおめえはよ!嘘でも笑わないとか言えよ!
深々とため息を付いて、ローガンは両手を腰に当て、上側の腕で己が目を覆う。
マリーが殺されて俺は本気で怒っちまったんだよ。もうとっくに十三歳なんて超えちまったババアと生まれたばっかの超ビューティ幼女を比較して、ババアを優先しちまったんだ。俺のアイデンティティがクライシスだぜ
あはははははは
あっこの野郎、本気で笑いやがったな!?
指をさして笑うユニスに、ローガンは牙を剥いた。
だってそうじゃない。好きなのに理由なんて必要ないでしょ
お前はなあこちとら六千年生きてる大悪魔なんだぜ。人間なんかに入れ込んだっていいこたねえ。色々あんだよ。わかれよ
関係ないよ
ローガンの言葉を、ユニスはばっさりと切り捨てる。
悪魔だって人間だって人間だか幽霊だかわかんないのだって、好きって気持ちは同じだよ。好きになるまでの経緯はそれぞれ違うだろうけど
だけどなあ
そりゃあローガンがマリーのことを女の子として好きで、子供作りたいなあーとか思ってるなら色々難しいけど、別にそういうわけじゃないんでしょ?
そりゃまあ、そうだけどよ
ローガンのマリーへの思いは、人間で言うのならば妹や娘に対するものが近い。
その難しい方を選んだ子だっているんだし
名を上げずとも、ユニスが誰のことを言っているかは明白だった。
あまり入れ込むと後がつらいぞ、と彼女に忠告したことさえあったのを、ローガンは思い出した。
ったく、ローガン様もヤキが回ったもんだぜ
辟易として、ローガンは天を仰ぐ。
しかし口調とは裏腹に、その表情はどこか吹っ切れたような晴れ晴れとしたものだった。
下らん説教の礼に、お前に良いことを教えてやる
お前がさっきからやってる訓練な。それ、全部無駄だ
無駄!?
流石にショックを受けて、ユニスは目を見開き口をあんぐりとあけた。
あのホデリとか言う男の真似をして剣の振るい方を学んでるんだろうがよ。そんなもん一朝一夕に身につくもんじゃねえし、何十年もかけてあの程度の只人に追いついてどうする
で、でも、ホデリはすごく強いよ?
ユニスの言葉に、ローガンは頷く。
恐らく人の形で為せる範囲において、ホデリの動きは極められていると言って良い。
もしこの世に全知全能と言える存在がいたとして、剣を振る人間を作り出したとしたら彼とそっくりの動きをするだろう。そのくらいの域にいる人間だ。
だが彼はどこまでも、人間でしかない。
竜が人の真似をしてどうする。同じ土俵で戦ったら技術が同じでもお前が負けるぞ
えっ、なんで?
ユニスは本気で聞いているようだった。
背が小せえ。体が軽い。腕が細い。技術も能力も同じだったら勝てる要素がねえだろうが
小柄なユニスの頭を手で押さえつけながら、ローガンは言う。
体が小さいということはその分リーチが短いということで、細く軽いということはその分一撃も軽くなるということだ。不意打ちを身上とする暗殺者ならばまだしも、真っ向から戦う剣士としてはそれは不利な要素でしかない。
えー、そうかな?
それを不思議に思うということは、ユニスは今まで一度もそれを苦にしたことがないということでもあった。
だからお前さんは棒きれの振り方なんぞより、自分の力の使い方を学べ。英霊の力ってのは、要するに英雄の生き方そのもの。象徴みたいなもんだ。振り回されずに使えりゃ、きっと力になる
うん。ありがとうね、ローガン!
正直ローガンの言っている意味の半分ほどは良くわからなかったが、それでも何か進むべき道筋を得た気がしてユニスは頷く。
おう
契約にもないのに人間を守ったり、戦い方を教えてやったり、あまつさえ礼を言われたりするなど、まったく持って悪魔らしい行動ではない。
だが不思議と、そう悪いものでもない。ローガンは、そう思った。
第10話砂の王に挑みましょう-4
かつてヤマタノオロチがその根城にしていた山脈の名を、ヤエガキという。
まるで並び立つ剣のようにそびえるその山脈は、西から吹く風の中から湿り気を全てこそげ取り、山頂に雪として降らせながら乾いた風をサハラへと送り込む。
その頂の一つに立ち雪を踏みしめながら、不思議なものだな、とOlは心中でつぶやいた。
サハラという国と、Olは一切の交流を持っていない。
その国に住む人間とあったこともなければ訪れたこともなく、伝聞でしかサハラの話を聞いたことが無い。それはサハラにとっても同じことのはずだ。
にも関わらず、眼前には山の麓を埋め尽くすかのように死者の兵が居並んで、Ol達の手勢に相対している。
宣戦布告もなく、時刻を伝えたわけでもなく、しかし互いに戦う準備を完了させて向かい合っているのだ。それはなんとも不思議なことのように思えた。
にしても、わかっちゃいたけど酷い数ね
うんざりとした口調で、リル。
まるで絨毯のように黒々と眼下に広がっているのは、その全てが不死兵に違いない。
山の上からでは遠すぎて細部までは見えないが、その尋常でない数だけははっきりとわかった。
対してOlたちは兵士も連れず、僅かな手勢のみだ。
冬山に慣れたザナの手を借り、春近くなってだいぶ溶け出してはきているものの、まだ雪の残る険しい山脈で軍を率いて登るなど不可能だ。
かといって悠長に春を待てば大軍に攻め寄せられ滅ぼされるのを待つばかり。それまでに手を打たなければならない。
どの道真正直に一億の不死兵に兵士を当てても損害が広がるばかりであろうから、Olは少数の精鋭だけを連れてやってきていた。
あの、あたし、何で連れて来られたんでしょうか?
そんな中、少し困ったように眉根を寄せて、ShalはOlに問いかけた。
十年前は肩口で揃えていたエメラルドグリーンの髪を腰まで伸ばして先端をリボンで纏め、Olを見つめるサファイアのような瞳は僅かに涼やかに。背も胸の膨らみもほんの少しだけ成長したその姿は、出会った頃の幼げな印象に取って代わるように儚げな美しさが加わっていた。
とはいえその能力までもが成長したかといえば、必ずしもそういうわけではない。
Ol配下の僧侶たちの取り纏めとして忙しい日々を暮らす彼女は、かつてのように自らが戦場に立って戦うということは殆どなくなった。
僧侶としてはともかく、冒険者としての腕や勘は確実に衰えているということだ。
まあ見ていろ。リル、やれ
リルが返事をすると同時、山脈の斜面にいくつもの穴が開いた。
ヤマトにせよヒムロにせよ、Olたちの文明と比べて非常に遅れている点があった。
それは、魔道具の存在だ。
何でも霊力というのは人や古い動物、木々などに宿るものらしい。
逆に言えば生き物でない存在には霊力は宿らないのだ。
ゆえに道具に込めて使うという発想にも乏しく、Olたちで言うところの付与魔術に関する分野が殆ど発達していない。
ゆえに。
山脈の斜面から突き出した何門もの大砲は、例えその存在を知ってはいても理解できるものではないはずだ。
轟音をたて、巨大な弾丸が一斉に射出される。
もし理解できないはずのそれまでをも知り対処できるなら脅威であるが、死者の軍団は対応することもなく弾丸に押しつぶされた。
とはいえ、せいぜい数百体。焼け石に水といっていい数だ。
あっ、わかりました。これですね
リルの放った弾丸を見て、ShalはOlの意図を察する。
弾丸の中には特大の魔石を仕込んであって、円を描くように大地に落ちていた。
それはShal本人にすら今の今まで伝えていなかった作戦だ。
Olの頭の中を読むか、テナのように未来を読むかでもしない限り対処できるものではない。
解呪(ディスペル・カース)!
Shalの詠唱とともに、リルが放った弾丸から光の柱が立ち昇る。
それは相互に結ばれ巨大な魔法円を描くと、白い光が戦場を埋め尽くした。
まるで空に吸い込まれるように光はやがて消え、巻き込まれた死者の群れは動きを止め倒れ伏す。
これで数万体は倒せたはずだ。
魔力の補給、お願いします
それそのものが魔力の塊である魔石を利用した術は本人の魔力をほとんど使わないが、流石にこれほどの規模ともなればその魔力の殆どを使い果たし、Shalはふらりとよろめく。
その肩を抱き唇を重ねれば、Shalは胸の前でぎゅっと拳を握りながら舌を差し入れてきた。ちゅぷちゅぷと音を立てながら唾液を絡め合い、唇を吸い、ぎゅっと抱きつく。必要な分の魔力を注ぎ終わっても口を離さず、存分に堪能したところで銀の糸を唇に伝わせながら離れた。
次は下のお口から白い魔力をお願いします
馬鹿なことを言ってないで次の用意をしろ
ちらりと法衣の前をたくし上げるShalの後頭部を軽くはたき、Olは彼女の身体を敵に向ける。
あれ、なんだろ
不意に、マリーがそう声をあげた。
その視線を辿ってみれば、黒々と広がる不死の兵団の奥に何かが光っているのが見える。
炎、か?
Olはその光を見定めようと目を細める。
それはまるで松明の炎が揺らめいているかのような、そんな光景に見えた。
ねえ、なんだかあれ
リルが硬い声色で、Olの肩を掴む。
大きくなってない?
彼女の言うとおり、炎は地平の彼方でじわりじわりとその大きさを増していた。
まさかそんな馬鹿な
Olたちはサハラの軍を山の上から見下ろしている。つまりその目に見える地平線は地上から見るよりも遥かに遠い。百マイル(およそ百六十キロメートル)程はあるはずだ。
どんな弓も兵器もそんな距離を飛ばすことなどできない。
ましてや何の媒体もなく炎の塊を飛ばすような術など、あるはずもない。
来るぞ!
つい先程までは、誰もがそう思っていた。
迫りくる火球はどんどんその大きさを増し、眼前へと迫る頃には視界を埋め尽くすかのような巨大さまで膨れ上がる。
パパ!
その寸前ソフィアが山頂に姿を現すと、一行を壁で覆って即席の部屋を作り上げ、その部屋ごと離れた場所へと転移した。
轟音とともに炎が弾け、山脈が揺れる。
リルは目を見開き、呆然と呟く。彼らが先程まで立っていた隣の峰は、まるで途方もなく大きな巨人が削り取ってしまったかのように、ごっそりと抉られていた。
砂の王ウセルマートの術ですまさかここまで強くなっているとは
その威力はザナにとっても予想外のものであったらしく、彼女は呻くようにそう言った。
ソフィア。大丈夫か?
うん、すぐ切り離したから。でも髪がちょっと焦げちゃった
チリチリと焦げた髪の先を気にしながら答えるソフィアの姿は、十歳程度にまで成長していた。その姿も、咄嗟に現れてOlたちを救えたのも、山脈をまるごとダンジョン化して己の身体としたためだ。
あんなものを連発出来るとは思いたくないが出来ると思って行動した方が良いだろうな。どのみち奴の全知に関する範囲ははおおよそ知れた。今日は一旦
引くぞ、と言いかけたその時だった。
巨大な魔獣が、ソフィアの襟首を噛んで連れ去ったのは。
ソフィアっ!
Olとマリーが同時に叫び、手を伸ばした。
触手のように何本も伸びたキューブの道は、しかしソフィアを攫った銀色の魔獣の足に追いつくことが出来ず、その長さの限界に達して空を掴む。
魔獣は雪の積もる山の上を苦もなく駆けると、切り立った崖の上から跳躍した。
ダンジョンの外ではソフィアはその権能を振るうことが出来ず、ただの十歳の子供にすぎない。
待ってっ!
その後を追い、マリーは躊躇うことなくその身を崖へと投じた。