老婆心ながら教えておいてやる。策というのは、往々にして無茶をする阿呆に潰される

ちらりとユニスを一瞥し、Olは言った。

物事を理詰めで進める人間にとって何をしでかすかわからない相手というのは、それだけで脅威だ。かつてのユニスのように。

そら、出番だ

Olがついと指を滑らせれば、キューブがパタパタと展開して門を形作る。

その表面が渦巻き転移の陣が起動したかと思えば、一瞬にして砂漠は純白に染まった。

その砂の原はタツキが連れてきた波をすぐに飲み込んでしまったが、すっかり乾いてしまうにはまだまだ時間がかかる。

そして水分さえあれば、彼女の独壇場だ。

存分に討つが良い、氷の女王

ウセルマァトォォォォッ!

門からはじき出されるかのように、ザナが飛び出す。

その心の中はOlでさえ眉をしかめるような、漆黒の憎悪に満ち満ちていた。

幾本もの氷の矢がウセルマートに向かって飛び、彼はそれを盾状に展開した炎で溶かし落とす。

だが矢はザナの手元からだけではなく、全方位からウセルマートを取り囲むように放たれた。

む!

それをかわそうとして、ウセルマートは既に自分の足元が凍りつき、移動できない事に気付く。その一瞬の隙をつき、ザナは巨大な氷の槍を作り上げた。

全ての攻撃を防ぐには、全方位に炎の壁を張らざるを得ない。だがそんなことをすれば壁の厚み自体は薄くなる。厚くすればウセルマート自身が焼け死んでしまうからだ。

そしてこの槍ならば、薄い壁なら突破できる。

喰ら!

氷の槍を投げ放とうとしたザナの手は、しかし、ぴたりと止まった。

ウセルマートの背後に立つ、イェルダーヴの姿を見たからだ。

よかろう認めよう。此度は余の負けであると

その間に辺りの氷を焼き払い、ウセルマートは忌々しげに吐き捨てる。

Olの命にユニスが空間を渡り、刃をウセルマートの首へと走らせる。

だがその一撃を、巨大な銀の魔獣の牙が受け止めた。

まただ、とユニスは歯噛みする。こんなに巨大な魔獣だと言うのに、ソフィアを攫われたときも今も、どこから出てきたのか全くわからなかった。例え魔術で姿を消していたり、影の中に潜んだりしていても、これほど強力な存在であれば気づかないはずがないのにだ。

だが次はないものと思え!

ウセルマートの宣言とともに、巨大な石が砂を割って突き出す。それはウセルマートたちの身体を押し上げながら、高く高くそびえ立つ。

それが何であるか、Olはよく知っていた。

材質も、作り方も、見た目も、まったく違う。だが

いくつもの石を積み重ね作られた、巨大な建造物。

それは間違いなく、ダンジョンであった。

かの娘は次にまみえるその時まで、預けておこう

そう言ってウセルマートとイェルダーヴはダンジョンの中に姿を消す。

待て!

その後に続く銀の魔獣を、Olは呼び止め。

何故お前がそいつを守る。答えよホスセリ

静かな声で、そう問うた。

魔獣は振り返り、Olを見つめる。

なんで、分かったの

そしてひび割れたような醜い唸り声で、そう答えた。

この、完全に獣の姿になった状態はOlには見せていない。

髪も染めていたから、銀色の魔獣の姿から連想するのは難しいはずだ。

情を交わした女のこと、気づかぬわけがあるか

その言葉に、ホスセリはぐっと奥歯を噛み締める。

ああ。だからこそ

御館様は、見目など関係ないと言った

だからこそ、ホスセリはOlを裏切った。

裏切らなければならなかった。

これが私。この姿の獣を、御館様は抱ける?

その問いにOlは答えられず、ただ沈黙する。

そしてそれは何よりも明白な回答だった。

ホスセリは悲しげに目を伏せて、その身をダンジョンの中へと踊らせる。

損害はほとんどなく、相手方の不死兵は何千何万と打ち倒し、相手方の情報も手に入れながら、相手には敗北を認めさせ撤退させた。

それは紛れもなく、勝利と呼べるものだろう。

石造りのダンジョンは轟音を立てながら、再び砂の中へと埋まっていく。

だがOlは苦い思いで、それを見つめ続けた。

第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-1

魔法陣の基本は円と曲線だ。だが人は、完璧な円というものを描くことは出来ない。

ある魔術師の言うことには、この世には完璧な円などないのだという。

だがマリーは真なる円を目指しながら、何度も何度も丁寧に陣を描き直していた。

どれだけ描き直しても言いようのない不安が募り、上手く行かないのではないかという予感が離れない。

マリー。それ以上描き直しても無駄だ

Olは更に陣を修正しようとするマリーの手を止めた。

彼の目から見てさえ、魔法陣は完璧な出来だ。

そもそもローガンが無事であれば多少陣がいびつだろうが問題なく呼べるだろうし、無事でなければ出てこれないからやはり問題はない。Olには、マリーの行為はただ確認を先送りしているだけのように思えた。

出てきてローガン

召喚の呪を唱え、マリーは祈るような気持ちで陣を見つめる。

するとにわかに魔法陣の中に炎が溢れ、とぐろを巻く蛇のように膨れ上がった。

ぐるぐると螺旋を描きながら立ち昇る炎は柱のように伸びると、パンと弾けて悪魔の形を取る。

四本の腕、赤銅色の肌、山羊のような顔、蹄を持った足。

そのどれもが、マリーの知っているローガンそのもので。

あ?ババアが気安く名前を呼ぶんじゃねえ。誰だ、てめえは

彼は一度も聞いたことのない低い声色で、マリーにそういった。

分霊?なんだ、それは

まーお前ら人間には馴染みがねえかもな。俺くらいの大悪魔ともなりゃあ、一度に全ての力を地上に送ったりはしねえってことよ

魔法陣の中にどっかりと座り込んだまま、ローガンはOlの問いにそう答えた。

俺で言えば分霊の数は全部で四体。その全てが俺様で、同時に別々の個体だ

リルの分け身とは違うのか?

Olの問いに、リルはこくりと頷いた。

うんわたしのは、単にわたしという存在が、身体を増やしてるだけよ。遠隔操作できるよく出来た操り人形みたいなものだから

どちらかと言うと、私の分け身に近いのかもしれません

ああ、そういう理解で構わねえ。違うのは、本体と呼べる存在が四体いるってことだ

スピナの言葉にローガンはそう答え、Olは僅かに瞠目する。

スピナのことを知ってるのか?

言っただろ、全部俺は俺なんだよ。記憶や知識は共有してる。だからあんた達のことは知ってるし、契約だって元のままでいいぜ

ローガンは極めて強力な悪魔でありながら、その契約条件は信じられないほど緩い。

普通ならば何十という人間の魂を要求されても不思議はないというのに、ほとんど魔力の供給だけで働いていた。

ローガンは元々の分霊は、どうなったの?

さてな

マリーの問いに、ローガンは肩をすくめる。

記憶の同期は魔界に戻る度にだから、どうなったかはわかんねえよ。だがまあ、こうして別の分霊の俺が出てくる羽目になってるってこたあ、消えたんだろ。仮初の肉体しかない地上で、どうやって消したのかまではわかんねえけどな

そう

マリーは手にしていた剣をぎゅっと掻き抱く。

まあ気にすんな。どっちも同じ俺だ。能力には一切差がねえ。これからもよろしくお引き立ての程をってな

いいや。お前とは契約しない

にこやかな口調で言うローガンに、Olはきっぱりとそう答えた。

あぁ?なんだってんおい、本気かよ!?

光り輝き送還の準備を始める魔法陣に、ローガンは結界を拳で叩いて抗議する。

待て!ふざけんな、わざわざ呼んでおいて返すだと!?そんな馬鹿な事があるかよ!おい、Ol!俺を

アイツは!

ローガンの声を遮って、Olは怒鳴った。

俺のことを、旦那と呼ぶ。消え失せろ、名も知らぬ悪魔

とぷん、と水没するようにして。

赤い悪魔は、魔法陣の奥へと消えた。

あんなの、ローガンなんかじゃない

うん。あたしもそう思う

涙を浮かべて言うマリーを、ユニスがぎゅっと抱きしめる。

リルも、スピナも、Olも。その場にいるものは皆、同じことを思っていた。

口調も、性格も、能力も、あるいは記憶も全て同じ。

言っていることに嘘はないのだろう。

だがその記憶というのは、まるで本で学んだような薄っぺらいものだ。

本人は同一の存在だと言っていたが、言葉の端々からそれが感じられた。

それにしてもマリーのことをまったく覚えていなかったのは不思議ですが

同期は魔界に帰るごとと言っていたが、最後に帰ってからそれほど長い月日が経っているわけではない。サクヤとの戦いで呼び出す時に魔界を経由したから、せいぜいが数ヶ月前だ。

きっと、ローガンはそれを自分だけの記憶にしたくて、報告しなかったんだよ

何の根拠もないユニスの言葉。しかしなぜだかそれは真実であるような気がした。

だが、奴がいないとなると、戦いは更に厳しいものになるな

先の戦いにおいて、ウセルマートは明らかに油断していた。

だがあの巨大な石造りのダンジョンで防備を固める彼にもはや慢心はないだろう。

その上、あのダンジョンは膨大な砂の中にある。

つまりサクヤの山に攻め込んだときのように、ダンジョン同士を繋ぎ合わせて攻め込むことが出来ないということだ。砂では、壁も柱も天井も作ることが出来ない。

ダンジョンに引き篭もった相手を打ち倒すことがどれだけ困難なことであるかは、Ol自身が誰よりも知っていた。

討ち果たすための千載一遇の好機を、Olは逃したのだ。

それにホスセリも

ぽつりと呟くユニスの言葉に、Olは苦々しい思いで頷く。

ホデリもそうだが、ホスセリは正確にはOlの部下ではない。サクヤの部下だ。

であるがゆえに、呪いの類はほとんどかけていなかった。

それは明確なOlの失態だ。

ウセルマートにはああ言ったが、確かにOlは腑抜けてしまっている。

自覚はあった。

力を手に入れたがゆえの油断や慢心だと、そう思っていた。

だがこうしてローガンを失ってみて、初めてOlはそうではないことに気付く。

リル。ユニス。スピナ。マリー。心配そうに見つめてくる妻たちの表情を。

いや、彼女だけではない。

己の内(ダンジョン)に入れてしまった者たちを、Olはもう心から疑うことが出来ない。

例えそれが、たやすく失われるものだとわかっていても。

Olは彼女たちを、信頼してしまったのだ。

殿。よろしいでしょうか

ちょうどその時、扉の外から声をかけるものがあった。

ああ。入ってこい

失礼いたす

沈痛な面持ちで連れ立って入ってきたのは、ホデリだ。

妹が裏切りという罪を犯した故だろうか。常とは違いその腰に剣を帯びず白い装束を纏った出で立ちで、ホデリはOlの前に膝を突き、立てた踵の上に腰を下ろした。正座と呼ばれる、彼らが改まった時にする座り方だ。

此度の我が愚妹の所業。そしてそれを見抜けなかった某の咎。申し開きも御座いませぬ。なれどあれは奴の独断。我が主の預かり知らぬこと。何卒何卒、寛大な処置を賜りますよう、このホデリ、厚顔にもお願い仕る

ああ。俺もアレがサクヤの指示であるとは思っておらん。悪いようにはせぬ

手をつき、額を床に擦り付けながら懇願するホデリに、Olは鷹揚にそう答える。

ご厚情、まっこと感謝致します。しからば

ホデリは顔をあげると、懐から短刀を取り出した。

反射的にユニスが身構えるが、ホデリに敵意や殺意はまったく感じられない。

そもそも襲いかかるのなら正座したままというのは妙な事だ。

一体何をするかと見守っているとホデリはぐいと着物をはだけ、短刀を己の腹へと突き刺した。

何らかのまじないなのか、それとも別の意味があるのか。

戸惑い硬直するOlたちをよそに、ホデリはぐっと真横に短刀を引いて腹を切り裂き、更に臍の上辺りから縦に刃を進めて、十文字に切り裂く。

何を、している?

血と臓物がどぷりと溢れ、目を見開くホデリにOlは恐る恐る尋ねるが、返事はない。

し、死んでる

リルがつつくと、ホデリはバランスを崩し己の血の中にどしゃりと崩れ落ちた。

リル、ユニス、確かShalがまだこの迷宮にいたはずだ!探して呼んでこい!スピナ、マリー、手伝え!蘇生するぞ!

Olは大慌てで、そう叫んだ。

蘇生魔術というものは、必ず成功するものではない。三つの要素によって左右される。

一つ目は、術者の能力。当然のことながら蘇生魔術をかけるものの腕が良いほど成功確率は上がる。その点に関してはOl自身もかなりの腕を持っており、回復・防御を専門とするShalはトップクラスの技術であると言って良いだろう。

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