それを見て、ウセルマートは言い放ちローガンに杖を向ける。

褒美だ。受け取れ

そして、もう一発の火球を投げはなった。

マリーはようやく魔獣に追いつくと、四振りの剣を抜き放って対峙した。

ママ!

着ている服の襟首を咥えられぶらぶらと揺れているソフィアには怪我もなく元気そうで、マリーはほっと胸を撫で下ろす。とは言え馬のように巨大な狼に咥えられたままのその状態では、安心するにはまだ早い。

見た目はただの巨大な狼だ。ヘルハウンドのように炎を吹くわけでもなく、ケルベロスのように幾つも頭があるわけではない。

だがその佇まいに油断ならないものを感じて、マリーは慎重に歩みを止めた。

ソフィアを、離して

もしミオがいたなら、そう伝えるだけで勝負がついただろうか、とマリーは思う。

だが残念ながら今日彼女はエレンたちとともに迷宮の防衛にあたっていた。

こうして生きたまま攫ったからには殺しはしないだろうが、万が一ということも考えられる。まずはなんとか自分に気を引かないと。

マリーがそう考えていると、突然魔獣はソフィアを地面におろした。

戸惑い目を見開くマリーのもとにソフィアが駆けてきて、それを抱きとめる。その一瞬の間に、魔獣は忽然とその姿を消していた。

魔獣のその不可解な行動に、マリーは首を傾げる。

だが疑問に思っている場合ではないことをすぐに思い出すと、ソフィアを抱えてローガンの元へと急いだ。

幸い不死兵たちは砂の王が現れてからはずっと跪いたままで動く気配もないので、移動自体は簡単だ。砂漠の砂に足を取られながらも、マリーは走る。

そして。

まさか手加減したとは言え、余の炎を三発も受けて耐えるとはな。見事だ、褒めて使わす

マリ、ィ

彼女が目にしたのは、全身の至る所が抉れボロボロになったローガンの姿だった。

四本の腕は全て半ばからちぎれ、腹には大きな穴が空き、太い脚は皮一枚で繋がっているだけで胴体からぶらんと垂れ下がっている。

その表情は苦痛に満ち、身体のあちこちからは白い煙がシュウシュウと音を立てながら吹き出していた。

余の放つ炎は聖なる火、真の炎だ。悪魔のその身にはさぞ辛かろう。今、楽にしてやる

もはや動くこともままならないローガンに向けて、ウセルマートは杖を掲げる。

わかった、ぜ、お前の正体。マリー、旦那に伝えろ。奴は

言い終える前に。

ローガンの身体は炎に包まれ、燃え尽きた。

第10話砂の王に挑みましょう-7

ロー、ガン

マリーは先程までローガンのいた場所を掻き抱くように手を伸ばした。

燃やし尽くされた彼はの身体は灰のひとひらさえ残らず、消え失せる。

その光景はどうしようもなく、マリーに不安を抱かせた。

現世に存在する悪魔の身体は、魔力で作り上げた仮初めのものだ。

例え粉々に砕かれようと魔界の本体は無事なのだから、召喚しなおせばいいだけの話。

そうわかっているのに、何故かマリーの胸を言いようのない恐れが埋め尽くす。

フン。ウプウアウトめ、しくじったか

恐らくはそれが、ソフィアを攫った魔獣の名なのだろう。

マリーたちの姿を見てウセルマートはそう吐き捨てた。

そこな娘。それは余の物だ。こちらに渡せ

ソフィアは物なんかじゃない!渡すわけないでしょ!

当然のように命じるウセルマートに、マリーは剣を鞘に収めて高く手を掲げる。

開け、天門!

ローガンさえも焼き尽くす炎に、未熟なマリーの力では抗うすべなどない。

しかしそれを無効化しうる存在を、彼女は一人だけ知っていた。

あらゆる術を打ち消す、鉛の英雄か

呼び出そうとしたまさにその瞬間。

ウセルマートに言い当てられて、マリーはびくりと体を震わせた。

先に言っておいてやるが、無駄だ。余の火は消すことなど出来ぬ。無駄と知りつつ呼ぶのなら止めはせんがな

自信有りげにというより、ほとんど確信に近い口調で言うウセルマートにマリーの心に迷いが走る。確かにザイトさんちょっと頼りないところあるしな、などと失礼なことも脳裏をよぎってしまった。

その一瞬の隙を突くかのように、マリーの頭上に開いた法術陣から褐色の腕が伸びた。

それはマリーの腕を取ると、ぐいと引っ張って自分の身体を法術陣の中から無理やり引きずり出す。更にもう片方の腕には別の人間の腕を握りしめていて

ユニスOlさま!?

やっと呼んでくれたね、マリー

現れた二人に、マリーは驚きの声をあげた。

いや呼んでない、呼んでないよ

お前がザイトリードを呼び出すことは予想がついた。故にリルを通じてメリザンドに命じ、ザイトリードが呼ばれればユニスを代わりに遣わすよう手配したのだ

マリー以外に天門を開けるメリザンドという存在がおり、更にユニスとザイトリードが血縁関係であるがゆえに出来た荒業だ。ついでにユニスの空間を渡る権能を使ってOlまで連れて来られたのは望外のことではあった。

お前たちは先に帰っていろ

Olはキューブを操作して転移陣を作り上げ、マリーとソフィアをダンジョンへと帰還させる。ひとまずこれで、ソフィアの奪還は完全に防ぐことが出来た。

さて。これも予測済みという顔ではないな、全知よ

驚きに目を見開くウセルマートに、Olは意地の悪い声色で問う。

ザイトリードの能力まで知っていたのだ。メリザンドやユニスの力も知っていてもおかしくはない。だが、そこからこんな手を打ってくることまでは予測がつかなかったらしい。

ああ、認めよう、異境の魔王よ。余の全知は人の心の内と未来は見通すことは出来ぬ

ウセルマートは事も無げに、あっさりとそう答えた。

だが貴様の穴蔵を突き止め、燃やし尽くすにはそれで十分だ

Olもまた、ウセルマートの言う通りであると認める。

あの炎であれば外部からでも厚い岩盤を溶かし、ダンジョンを破壊することが出来るだろう。

でもそれはここで君が死ななければ、という話だよね

すらりと剣を抜き、ユニスが言った。

こうして相対できたのは千載一遇の好機だ。逃すつもりは毛頭ない。

出来るものならな。イェルダーヴ!

褐色の肌に紫の髪の女が影のように現れいでたかと思えば、更に巨大な不死兵が飛び出した。その身の丈は七フィート(約二百十センチ)近くはあろうか。大振りの剣の切っ先でユニスの喉を指し示すかのように、ピタリと構える様はOlにも只者でないと知れた。

ユニスの表情がきりりと引き締められ、その頬を一筋の汗が流れる。

その構えはホデリのそれにどこか似ていたが、その布に包まれているのが彼でないのは間違いなかった。体格が違うから、ではない。

ホデリよりも、強いからだ。

まるで時が止まったかのように、二人は睨み合った。

ユニスの能力を持ってすれば、一瞬で相手を殺せる。だがそれは、一度に一人までだ。

ウセルマートを殺せば、あの不死兵に殺される。

不死兵を操っているのであろうイェルダーヴという女を殺せば、ウセルマートの炎に殺される。

不死兵を狙うのは一番の下策で、十中八九はユニスの方が殺される。

だがそんな状況だからこそ、相手も攻撃してこない。

不死兵がウセルマートから離れれば、或いはウセルマートが炎を放てば、その隙に二人殺すことが出来るからだ。

Ol、あたし死んでも大丈夫かな?

なんとなく、ユニスはそう問うた。ここでユニスが死んでもウセルマートを殺せれば帳尻は合う。蘇生してもらうことも可能なのだから、案外悪い手ではない。

駄目に決まっているだろう、愚か者

だよねえ

当たり前のようにかえってくる言葉に、ユニスはへらりと笑みを浮かべた。

ウセルマートの炎は尋常ではない。ヤマタノオロチのように魂ごと破壊してくる可能性は十分考えられる。だがそんな理屈以前の問題で、Olはユニスに死んで欲しくないと思っている。それを感じて、ユニスは嬉しくなったのだ。

随分甘いな。魔王とやら

だからそう嗤うウセルマートに、ユニスは珍しくカチンときた。

つまらぬ感傷、拘りの為に好機を逃すとは。王とは全ての民の上に立つもの。犠牲を厭うていて国は治められぬ。王たるもの、この世で信じられるのは己だけだ

勝手なことを

良い。奴の言うことはもっともだ

怒るユニスを遮り、Olはそう言う。

確かに俺は随分甘くなった。捨てられぬもの、失えぬものが増え、その分弱点も増えた

かつての十年前のOlであったら、この局面で間違いなくユニスを使い捨てていただろう。

それ以前に独断で行動したマリーを見捨てただろうし、ソフィアを育てもしなかっただろうし、そもそも自分のダンジョンを留守にして異大陸などという場所にやって来たこと自体が、以前のOlであればありえないことだ。

だがユニスは、今のOlの方が好きだった。

その甘さはきっと、彼がやっと安心できたことの表われだと思ったから。

だがな青二才。良いことを一つ教えてやろう

それをOl自身が否定し、昔の彼に戻ってしまうのか。

ユニスがそう心配する中で。

Olはかつての口癖を、再び口にした。

この世で信じられるのは己だけだと?愚か者め

ユニスは全知の力を持たないが、その言葉の意味するところはよく知っていた。

他人など信用ならないという意味ではない。

人間など信頼できないという意味ではない。

自分こそが、この世でもっとも信頼できぬものだと言うのに

何だ、あれは

嘲笑うOlの言葉にウセルマートは答えず、ただそう問うた。

それはまるで、壁のようだった。

砂漠の上にそびえ立つ、碧の壁だ。

死者の群れが織りなす黒い地面と、雲一つない青い空。

その間を埋める、高い高い壁。

なるほど、そうきたか

それを見て、Olは思わず呟く。

どういうことだ

全知だろう。わからぬのか?

問うウセルマートに、Olはからかうように問い返す。

とは言えそれを指す言葉は、Ol達の言語にもなかった。

砂漠の民であるウセルマートたちの言葉にもないだろう。

だが幸いにして、ヤマト語には存在した。

あれは、ツというらしい

ツ?

そう言えば、ユツが説明してくれたことがあったな、とOlは思い出した。

彼女の名は短いが、二つの水をあらわす言葉から出来ている。

ユとは湯。風呂に使う温めた水のことだ。

そして、ツとは津。

巨大な波の事をそう呼ぶのだと。

地平の彼方まで続く膨大な水の塊はあっという間に不死兵たちを飲み込んで、Ol達の上に降り注いだ。Olはキューブを展開して小さな部屋を作り上げ、その柱を地中深くに埋め込んでユニスたちとともに波をやり過ごす。

そうしているとにわかに天井の上の水が渦巻き、そこにだけ空間が出来上がった。Olが天井部分に穴を開けてやると、その腕の中に青い髪の少女が飛び込んでくる。

おうる、ざぱーんしたよ!

ああ。よくやった

タツキの濡れた頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに身体を擦り付けて、Olの服を更にびしょびしょにした。

でもちょっとつかれた

だろうな。無茶をするだが助かった

比較的海に近い南側の砂漠であるとはいえ、ここから海まで一体何十マイル離れていることか。流石は海の神といったところだが、タツキにとっても簡単なことではなかったらしい。Olの胸板に頭を持たれかけさせると、そのまますうすうと寝息を立て始めた。

ほう。よくあれをやり過ごしたな

やがて波も引き、Olがキューブを元に戻して辺りを見回せば大量にいた不死兵たちはすっかり押し流されて、残っているのはウセルマートとイェルダーヴの二人だけだった。

き、貴様、よくも!

炎で水を打ち消したのか、それとも他に何か手段があったのか。

いずれにせよ無事というわけにはいかなかったらしく、全身はびっしょりと濡れ、飲み込んでしまった海水を吐き出しながらウセルマートは怨嗟の視線をOlに向けた。

どうだ、自分に裏切られた気分は

全知と言ってもこの広大な世界の森羅万象を余さず把握することなど、人間に出来るわけがない。広い砂漠にある砂粒一つ一つの形までを知るには、人の頭は小さすぎる。だから全知と言っても何を知りたいのかの指定は最低限必要なはずであった。

それは驚異的な能力だったが、同時に隙でもあった。

なんでも知れるがゆえに、思いもよらないものに対する備えというものがないのだ。

タツキはOlの役に立ちたいと言い、Olはいざという時は頼むと言った。

だから彼女が何かするだろうと予測はしていたが、まさかこんな手段に出るとは思っても見なかった。だがそれは、備えをしておかない理由にはならない。Olはキューブに水対策の術式をたっぷり仕込んでやって来ていた。

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