くるりと彼が踵を返すと、砂を割って石のダンジョンが突き上がって来る。

それを眺めながら、マリーはほっと息を吐いた。

とりあえずここまでは、予定通りだ。

狭いね、このダンジョン

ウセルマートのダンジョンは、巨大な石を無数に積み上げて作られたものだ。地下を掘って作り上げたOlのダンジョンと違って、それは百パーセント人工的に作り上げたもの。途方もない労力をかけて作られたのは間違いなかったが、その分通路は人一人が何とか通れる程度の広さでしかなかった。

ダンジョンではない。ピラミッドだ

憮然としながらウセルマートは答える。

余の後ろを離れるなよ。知らぬ道に入り込めば、貴様もああなる

指し示すその先にあるのは、カサカサに乾燥した屍の兵だ。よく見れば横道の所々に屍兵が安置してある。おそらく招かれざる侵入者に対しては敵となり、襲いかかる仕組みなのだろう。この狭い道の中で襲われ、前後を囲まれるのはかなり厄介なことになりそうだ。

入り組んだ迷宮を、どれほど歩いただろうか。マリーは徐々に進む道が広くなり、そして緩やかに上っていっていることに気づいた。傾斜はごく僅かだからそう簡単には気付かないだろうが、ダンジョンで育ったマリーは別だ。

Olのダンジョンにもこういった仕掛けはあった。気づかない程度のごく僅かな傾斜や曲がり道によって、地図と実際の位置をずらすのだ。

お帰りなさいませ、神帝陛下

やがて広い部屋に出ると、槍を構え剣を腰に下げた褐色の肌の兵士たちが二人を出迎えた。その奥にはザナの妹だという褐色の美女、イェルダーヴも控えている。

生きてる人もいるんだね

当然であろうが

兵士たちはイェルダーヴと違って、首輪も付けていないし目にも意思の光がある。どうやらごく普通の兵士であるようだ。

見ろ

部屋の中央、一際高くなった天井をウセルマートが指差すと、轟音を立ててそこに穴が開き、青い空が見えた。先の戦いの時、ウセルマートたちがピラミッドの中へと逃げ込んだのはここからだったのだ、とマリーはすぐに察する。

太陽が二つある

そしてその青い空には、太陽が二つ光り輝いていた。

一つは我が神、アトムの力で作り出した核熱の炎だ

核熱?

聞き慣れない言葉に、マリーはオウム返しに問い返す。

この世界が出来るよりも前より燃え盛り続ける、始原の炎。全てを焼き滅ぼす真なる火よ

言いながら、ウセルマートは部屋の中央にある卓の上にさらさらと砂をまく。すると白い砂はひとりでに動き、卓の上に砂絵を作り出した。

二つの山と、間に立ちふさがる壁のような線。そしてその上に、放射状の線を纏った円形の紋様。極めて簡略的な絵だが、それが地図のようなものであることをマリーはすぐに察した。地図とは言っても見下ろした図ではなく、横から見た断面図のようなものだ。

二つの山が、Ol達が本拠地にしている試練の山とこのピラミッド。壁はヤエガキ山脈。とすれば上の紋様は、ウセルマートが作り上げた核熱とかいう大火球だろう。

流石にあれ程の炎ともなれば、余と言えども作るには数日はかかる。それを、こうだ

ウセルマートがざっと手のひらで円形の紋様を掃き散らせば、天に輝く炎も霧散した。

これでよかろうな

むむむ

作るのに数日かかるというのが本当かどうかわからないとか、数日かかろうがまた作り直したら約束を果たした事にはならない、などとゴネることも出来る。

が、流石のマリーもこの状況で言い出す気にはなれなかった。完全に敵の手中、真っ只中だ。下手なことを言えば即座に殺されても文句は言えない。ウセルマートとて、そこまでマリーに価値を見出しているわけでもないだろう。

わかった。いいよ

その前に

顎を引いて居住まいを正すマリーの首を、ウセルマートの手のひらが掴んだ。

その余計な物を叩き落としてやる

彼の手の平から炎が漏れ出し、マリーの喉を焼く。

そこは一瞬にして焼き切られて、金の髪とともに彼女の首はぽろりと落ちた。

かと思えば、首を失った身体と頭がそれぞれ別々に走り出す。

やっぱりバレてたっ!

マリーの首はみるみる膨れ上がると、白い髪の少女となって叫ぶ。同時に首を失った身体の方は、すぽんと襟首から首が飛び出し元の姿へと戻った。

変化の術で頭に化けたユツを、首の上に乗せていたのだ。

ザナはOlには伝えてはならないと言ったが、他の者に伝えることは禁じなかった。これがリルやスピナであれば間違いなくOlにも伝わってしまっただろうが、ユツだけは素直にマリーに協力してくれるだろうという予感があったし、事実その通りだった。

追え、逃がすな!

ウセルマートの指令に、兵士たちが慌ててマリーたちを追いかける。

ユツが懐から木の葉を取り出してバラまくと、それは無数のマリーとユツの姿となって走り出した。

小癪な真似を!

本物を見失って兵士たちが戸惑うその内に、マリーとユツは逸れぬように手に手を取って迷宮の中を逃げる。

マリーちゃん!どっち!?

ええと、こっち!

この時のために、マリーはしっかり入り口からの道を記憶していた。石造りの迷宮は酷く入り組んでいる上に、どこもかしこも同じ光景に見える。ユツも道順は覚えようと努力はしていたが、入って百歩も歩かぬ内に諦めていた。

だがマリーは別だ。彼女はただ連れられて歩いていたわけではない。その歩幅は常に一定で、歩数を数えることによって頭の中に正確な地図を描く。壁についたほんの僅かな傷や汚れを記憶して目印にする。ダンジョンで暮らすうちに、当たり前のように出来るようになった技術だった。

次はここを右あれえ!?

しかし立ちはだかる石の壁に、マリーは思わず叫び声をあげた。

おかしい、こっちであってるハズなのに!

道を戻って確認しても、記憶に間違いがあるようには思えない。

ここに壁などなかったはずなのだ。

マリーちゃん、あれ見て!

示すユツの指先を見ると、今まで来た道が音もなく石壁で埋まっていくのが見えた。

道が、変えられてる!

その可能性を失念していたことに、マリーは歯噛みした。ピラミッドそのものが砂の中に埋まったり出てきたりするのだ。その中も自在に動くことくらい、予想して然るべきだった。

天門も、転移魔法陣も、やっぱり駄目か

ユニスを呼ぶか、転移魔術を使えれば逃げられる。だが案の定、そちらは対策されているらしく効果を発揮しなかった。

この壁は、なかったんだよね?

ユツが壁に触れ、マリーに尋ねる。

うん。来たときにはこんなところに壁なんかなかった。それは間違いないよ

じゃあ、任せて!

ユツは言って、己の腰から伸びた狸の尾を引き抜いた。それはすぐさま巨大な鉄槌に変化して、彼女は思い切りそれを壁に叩きつける。

一撃目でヒビが入り、二撃目で小さな穴が空いて、思い切り振りかぶった三撃目で石の壁は粉々に吹き飛んだ。

さっすがユっちゃん!

その光景にマリーは快哉を叫び

崩れた壁の向こうにいたウセルマートの姿に、絶句した。

遊びはここまでだ

宣言するウセルマートに、マリーは腰の剣に手をかける。だがそれを引き抜く前に、彼女の腹に太い拳が叩き込まれた。

ぐっ!

マリーちゃん!

砂漠で出会った巨大な屍兵が、その気配すら感じさせずにマリーの背後をとっていた。

てっきりタツキの鉄砲水に流され失われたものと思っていたが、しぶとく生き残っていたらしい。死んでるから生き残ったとは言わないか、と妙に悠長な言葉がマリーの脳裏をよぎる。

そのまま、マリーの首に首輪が嵌められる。その瞬間彼女の瞳からは意志の光が消え去り、手足からも力が抜けてくたりと垂れ下がった。

よくも!

ユツは渾身の力を込めて鉄槌を振り下ろす。分厚い石の壁さえ破壊するそれを、屍兵は片手で軽々と受け止めた。そしてもう片方の手でユツの喉を掴み、まるで猫の子でも扱うかのように宙に吊り下げる。

さて。貴様は取引にはなかったが余の城に無断で入り込んだ咎、その身をもって償ってもらおうか

ウセルマートの好色な視線が爪先から首までを舐めるように這い回り、ユツはその気色悪さに身体を震わせた。

陛下。こちらの娘はいかがなさいますか

兵士が無表情で立つマリーを示し尋ねる。

ふん好きにしろ。殺さぬようにだけ気をつけろよ

ウセルマートはマリーを一瞥すると、興味なさげにそう言った。

マリーちゃんを離して

ユツが己の首を締め付ける屍兵の腕を掴みながら印を組むと、地面に転がった鉄槌が巨大な蛇となってウセルマートに襲いかかる。

黙れ。お前が今から口にして良いのは、嬌声と余への賛美だけだ

だが強烈な光が瞬いたかと思えば、大蛇はまるで光の中に溶けるように消え去った。

我が神、アトムの力の前ではそのような低級霊、物の数ではない

吐き捨てるように言い放ち、ウセルマートは屍兵にユツを寝室へと連れて行くように命じる。

余の偉大さがわかるまで、たっぷりと可愛がってやる

王としての落ち着いた態度を剥ぎ取り、ウセルマートはその獣欲を露わにした。

こりゃあ上物だ

表情をなくし、まるで人形のように佇むマリーを囲んで男たちは下卑た笑みを浮かべた。

まるで太陽の光を束ねたかのような金の髪に、オアシスの豊かな水を凝縮したかのような青い瞳。そして砂漠の女にはない白い肌は、まるで生ける芸術品のようであった。

しかし陛下も勿体無い。これ程の娘を歯牙にもかけぬとはな

お陰でこうしておこぼれに預かれるのだから、ありがたく頂くとしよう

屍兵や服従の首輪で意志を奪ったものだけでは、国を運営し軍を統括することは出来ない。

だがウセルマートは己以外を一切信じぬ王だ。ほんの僅かにでも謀反の疑いがあれば躊躇うことなくその心臓を抉り出して屍兵へと変えた。

とは言え恐怖だけでは人間というものは従わない。表面上は従ったとしてもいつか逆らうであろうことも彼は理解していた。

だから代わりにこうして、配下の男たちに好みでない女や飽きた女を度々下賜する。

そうなった女たちは兵士たちの共有物となり、壊れるまで性欲処理に使われるのが通例だった。

殺すなとのご命令だからな。優しくしてやれよ

死ななきゃ良いんだろう?

下卑た笑みを浮かべながら一番年かさの男がマリーを組み敷いて、下衣を外し剛直を取り出す。

押し倒された拍子にマリーの腰に下がった剣が寝台の縁に当たり、傾いて鞘走った。

おっと、危ないな。こんなものは先に外しておけ

剣を拾おうとした男の手が、ずるりと落ちる。

あ?

肘の少し先、前腕の半ばから断たれて床を転がる腕を、男たちは呆けた表情で見やる。斬られた本人を含め、誰ひとりとして状況を理解できていなかった。

マリーちゃんの肌に小汚え手で触れるんじゃねえよ、このビチグソ野郎が

汚い口調が、愛らしい声色で綴られる。

次の言葉を発する前に、年かさの男はマリーの振るった剣によって頭を両断されてこの世を去った。

貴様、何故動ける!?

遅えんだよ!

ようやく状況を飲み込んで男たちは剣の柄に手をかけるが、それが抜かれるより早くマリーの振るう二刀によって首を裂かれて絶命した。

正確には、マリーの身体を操るローガンに、だ。

この首輪はなるほどな。こん中に魂を封じ込んで意思を消すって寸法か

<ローガン!>

マリーの首に嵌った首輪に手を当てると、その中に封じ込まれたマリーの声がローガンの頭の中に鳴り響いた。

<ローガン、やっぱり生きてたんだね!>

おう。まあなんとか、ギリギリってトコだがな。どれ

ローガンは殺した男たちの胸に腕を突っ込むと、中から淡く輝く玉を取り出して躊躇なく咀嚼する。それは男たちの魂だ。

不っ味ぃが、まあないよかマシか

マリーの顔を思いっきりしかめて、ローガンは呟く。

魂というのはいうなれば高濃度の魔力の塊のようなものだ。例え魔術の素養が全くないものであろうが、人間の魂と言うだけである程度の魔力を持っている。空っぽになった魔力が、ほんの僅かではあるが満たされた。

あん時俺は腕を切られた。覚えてるか?

<うん>

それは騎馬を駆る屍兵にやられた時の話だ。切り落とされた腕はマリーが大切に持っていたが、いつの間にか消えてしまっていた。ローガン本人が消えたのだから、それとともに消えてしまったのだろうとマリーは思っていた。

そりゃ半分正解で、半分間違いだ。本体が消え、普通ならそのまま消滅しちまうトコだったが、運良く依代になるものがすぐ側にあった。それがこいつだ

ローガンは先程振るった剣を拾い上げる。四性剣のうちの一振り。熱を司る熱性剣。

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