二つ目は、遺体の状態。肉体が欠損していればいるほど蘇生は難しいものとなるが、ホデリの場合は腹を裂いたのみでそこまで悪い状態というわけではなかった。重要な臓器の幾つかはズタズタになっていたが、Shalは骨しか残っていないようなものさえ蘇生した過去がある。
そして三つ目は、本人の生命力だ。多少年かさではあるものの、流石は一流の武人と言うべきか。ホデリの体力もまた、一流と呼んで良い域に達している。
だが、肝心の生きようとする意思そのものが、著しく欠如していた。
操られたわけでも、嫌々でもなく、納得して死んでいったということだ。
まったく、驚かせおって
それでもなんとか蘇生に成功したホデリに、Olは肩で息をしながら胸を撫で下ろした。
何故某は生きておるのですか
再び自害しないよう縛り上げられたホデリは、ぼんやりと天井を見ながらそういった。
逆に、なんでいきなり死んだのだお前は
それ以上の、詫びの方法を知らぬからです
迷いなく答えるホデリに、リルが率直な意見を零す。
そんなことが詫びになどなるか!
では如何様に死ねば
死ぬことから離れろ!お前たちヤマト人はみなそうなのか?
Olは深く深く息をつく。まったく理解不能だった。
大体、お前は俺に剣を捧げただろう。道具が勝手に壊れていいと思っているのか
お前に死なれても害こそあれ、何の得にもならん。悪いと思うのなら働きで返せ
深く頷くホデリに、Olはユニスに命じて縄を解かせる。
で、お前の妹は何故裏切った。お前は知っていたのか?
いえ不覚にも、まったく知り及んでおりませんでした。かくなる上は、某が必ずや討って
だから死ぬの殺すのと言った話はよせ。処遇は俺が決める
辟易としながらOlは告げた。
理由の方はまあ、ある程度察しはつくがな
ホスセリたちの祖先に呪いをかけた神は、サクヤも知らないという。
だが全知の力であればわかるだろう。あるいは、解き方さえも。
それを餌に話を持ちかけられたと見ていい。
そしてOlの勘違いでなければ、それをホスセリに決意させたのは他ならぬOl自身のせいだ。獣混じりの女であるならまだしも、獣そのものを抱けるかと言われれば、流石のOlも厳しいものがある。ホスセリもそれをわかっていたのだろう。
それ故にか、裏切られたと言うのにOlの心中には不思議なほどに彼女への怒りは湧いてこなかった。
裏切りと言えば、もう一人話を聞かねばならん相手がいたな
ウセルマートとの戦いを、Olは思い出す。
追い詰め、しかし逃す事になった原因の、その一つ。
ザナを連れてこい
第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-2
さて。釈明があるのならば聞かせてもらおうか
Olはザナを呼びつけると、深々と椅子に座り脚を組んでそう問うた。
何故お前はあの時、手を止めた?
力が及ばず勝てなかっただけなら、Olは責めはしない。
だがウセルマートを追い詰めたあの時、ザナは明らかに攻撃を自らの意志で止めた。
イェルダーヴはあの子は、わたしの実の妹なの
ザナは俯きながら、独白するように答える。
片や分厚い毛皮に覆われた、白い肌のスレンダーな体型の美女。
片や肌も露わな褐色の肌の、豊満な体付きの女。
あまりにもその雰囲気がかけ離れているから気付かなかったが、しかしよくよく思い返してみれば確かにその紫水晶のような髪の色はよく似ていた。
ウセルマートは妹をわたしの国の太陽を、奪った。あいつの全知の半分は、イェルダーヴの力なの。あの子の首に首輪がついていたのを覚えている?
リルよりも扇情的な服装にあの太く無骨な首輪は酷く不釣り合いで、短い間であったが印象に残っていた。
あれには呪いがかけてあるの。つけられたら最後、二度と外せず自我も失う。ウセルマートの命令を聞く人形になってしまうのよ
ザナは言って、ぎりと奥歯を噛み締める。
溢れんばかりの怒りと憎しみが、繋がる魂を伝ってOlの心へと流れ込んできた。
なるほどお前があれほどウセルマートを憎んでいたのはそれが理由か
ただの敵国の王に向ける憎悪にしては、あまりに深い憎悪だとは思った。
妹を攫われ、無理やり支配されているのならばその憎しみにも納得がいく。
ええ。ごめんなさいけれど、次は殺すわ
決意を秘めた瞳で、ザナは呟く。
その心中に渦巻くのは強い強い憎しみだ。
だがOlはそこに何か、違和感のようなものを抱いた。
言葉に出来ない、何かを見落としているような、そんな感覚。
Ol、大変じゃ!
それが何かを掴む前にテナが慌てて駆け込んできて、Olの思考は霧散した。
屍兵たちが、五日の後に山を超えてくる。それから十日でダンジョンが落ちるぞ
なんだと?雪解けまではまだ一月あるはずだろう?
雪解けの時期はテナの予知だけでなく、気象学や過去の統計でも裏を取った情報だ。
そう簡単に変わってしまうものでもない。
うむ、そうじゃ。じゃが、奴らは炎の術で無理やり雪を溶かしてやってくる
そこまでの力がある、か
確かにあの時、ウセルマートの炎は雪山の一部を消失させた。あの熱量ならば雪を溶かすことなど造作もないだろうが、ヤエガキ山脈は高く広い。横断できる範囲の積雪を全て溶かし尽くすとなれば十や二十の炎では足りまい。
巨大な炎の塊が、まるでもう一つの太陽のように輝いて山脈を照らし出しておる。その熱が雪を溶かしそして、このダンジョンの大半をも焼き滅ぼす
テナの腰で四本の尾がわさわさと蠢いて、虚空に炎が灯る。そしてまるで紙にインクが滲むかのようにぼやけたかと思えば、炎は色を帯びた映像となって宙に奔った。
描かれるのは、ぽっかりと大きな穴を穿たれ所々からまるで血のように溶岩を吹き出す試練の山。そしてそれとそっくりな形に肌を焼かれ、皮膚を爛れさせて泣きわめくソフィアの姿だ。
!
それだけでOlは目を見開き、言葉を失うほどの怒りを感じる。だがテナの映し出す映像はそれだけに留まらなかった。ホデリが、サクヤが、ユニスさえもが無数の屍兵に押され、疲弊の末に殺されていく。そしてOlもまた、ウセルマートの炎によって燃やし尽くされ、その生命を落とした。
動くもののなくなったダンジョンの中で、ウセルマートは泣きじゃくるソフィアの髪を掴み、まるで家畜か荷物でも扱うかのような乱雑さで屍兵たちに預ける。殺す気はないが、かといって丁重に扱うつもりもないらしい。
もう良い、止め
待て
あまりに不愉快な光景に止めさせようとするOlを、テナが制止した。
なんじゃと!?
炎で描かれたウセルマートが、こちらを振り向いたのだ。偶然ではなく、その視線は明らかにテナをそして、Olを捉えている。そして、その口が開いた。
見ているな?異境の魔王よ
狐火による投影では、声までは再現できない。代わりにテナがその言葉を口にする。
これが貴様の運命だ
そうか貴様、過去を見ているな?
そうだ。余は未来は見通せぬ。だが過去であれば知ることが出来る。故に貴様がこれから口にすることを、余は知っている。その辿る道もな
実に奇妙な光景だった。予知と全知。
二つの能力によって、過去と未来とで会話が成り立っている。
だが貴様らを滅ぼすのはあまりにも惜しい。そこで、取引をしよう
取引だと?
ああ。火の山の神。角と羽の生えた女。四振りの剣を使う金髪の娘。それを渡せば、他のものの命は奪わずにおいてやる
ウセルマートが指定したのは、サクヤ、リル、マリーのことだろう。
テナの予知が描き出す未来の世界では、彼女たちは屍兵に殺され、既に物言わぬ死体となっていた。リルもウセルマートの炎に焼かれ、ローガン同様本体ごと滅ぼされた可能性が高い。
何が目的だ?
だがその三人の共通点がわからずに、Olは問う。
目的?目的だと?
流石にテナも笑い声まで再現はしないが、映像だけでウセルマートがOlを嘲笑っているのはわかった。
女の使い道など、犯す以外に何がある
交渉は決裂だ。その首を叩き落としてやる。楽しみに待っていろ
Olの言葉とともに、狐火の幻影は掻き消える。
それはただの幻、未来に有り得るかもしれない可能性の一つでしかない。
だがなにせ相手は全知だ。
その会話自体は、恐らくは今現在のウセルマートにもまた伝わっていることだろう。
ねえOlわたしなら、あいつの取引っていうのに応じてもいいのよ
気が進まなさそうに、しかしリルはそう口にした。
あいつがわたしを抱く気なら、サキュバスの本領よ。そのまま魂引っこ抜いてやるわ
いやそう上手くはいくまい
Olは首を振った。ザナの言う服従の首輪。
それがどのようなものかは分からないが、恐らくは悪魔にも効果を発揮するだろう。
何よりOl自身に、目的の為であろうと自分の女を他の男に抱かせるつもりなど毛頭なかった。
とにかく、対策を練るぞ。リル、スピナ、会議の準備をしろ。ユニス、お前は軍をいつでも動かせるようにしておけ。テナ、予知で何か新しい情報が見えたら、真夜中でも良い、すぐに知らせろ
矢継ぎ早に指示を飛ばしながら、Olは会議室へと向かう。
とは言え、準備できる時間はたったの五日だ。更に短くなっている可能性すらある。テナの予知には、それを知って変えた行動の結果を予知できないという致命的な欠点があるからだ。
それに対策を練っても、その内容は相手も感知する。
果たしてそんな状況で有用な手が打てるものだろうか。
Olさま、わたしは?
お前はソフィアの事を見ていろ
問うマリーに、Olは言った。この場に彼女の姿はないが、ソフィアはダンジョンの中のことであれば全て把握している。先程の映像も目にして、ショックを受けているはずだ。
マリーは、悔しげに頷いた。Olの指示は間違ってはいない。会議にマリーが出ても有用なことを言える気はしなかったし、ユニスの手伝いだって出来ない。
だが、ローガンを殺した相手に何も出来ないことが、たまらなく悔しかった。
あの
その場に残されたマリーに、ザナが話しかける。
一つ、あなたにしか出来ない有用な手があるのですがお聞きになりますか?
ニッコリと人好きのする笑みを浮かべて、氷の女王はそう持ちかけた。
第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-3
うわっホントに来た
ヤエガキ山脈を越えたその先、砂漠を臨む山の麓。
そこにあらわれた姿に、マリーはげんなりとした声を上げた。
ボロボロの布を巻かれた屍の兵士たちを引き連れた、褐色の肌に黒い髪の美丈夫。
砂の王ウセルマートだ。
余をここへと呼んだのは、貴様であろうが
そうだけど、自分の部屋で呟いただけだもん。乙女の部屋をずっと覗いてるの?このヘンタイ。着替えとかも覗いてるんじゃないでしょうね
なっふざけるな。王たる余が、そのような事をするものか
マリーの言葉に、ウセルマートは苛立った様子で答える。
Olさまはあなたの取引を絶対に受けないよ
だからわたしと取引して。そっちの要求の三分の一だけど、こっちの要求も一つで良いソフィアに、ダンジョンに酷いことしないって
そう取引を持ちかけに行けば、ウセルマートは応じる。
ただしOlには絶対に知らせてはいけない。
それが、ザナの助言であった。
馬鹿なことをしている、という自覚はあった。
だがソフィアが傷つくのを黙って見ていることなどできない。
ふむまあ良かろう。ならばこれを付けろ
えー、それつけると服従しちゃうんでしょ
太い首輪を差し出すウセルマートに、マリーは不満げな声をあげた。
じゃあ、あなたがちゃんと約束守るかわかんないじゃない。首輪つけた後、やっぱりそんな約束なしって言われたってその時のわたしにはどうしようもない
余が約束を違えると言いたいのか?
迷いなく、マリーは頷く。少なくともOlならそのくらいの事は平気でする。
疑いなくそんな首輪をつける方が馬鹿なのだ。
痴れ者め。余は王の中の王。愚民をわざわざ騙したりなどせぬ
そんなこと知らないもん。わたしにとっては知らないおじさんだよ
貴様!言うに事欠いて、余を、おじさんだと!?
あ、そこに怒るんだ。とマリーは思った。
ウセルマートの見た目は、せいぜい二十代半ばといったところだろうか。
この反応を見るにOlのように見た目と実年齢が一致していない、ということもなさそうだ。
とにかく、それはナシです。少なくともわたしが納得するまで
だが貴様はどうすれば納得する?
そんなの自分で考えてよ。全知の王様なんでしょ
マリーが生意気な口調で言うと、ウセルマートは苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちした。
口の減らぬ女だついてこい