炎の悪魔であるローガンと特に相性の良いそれに宿って、ローガンは何とかその存在を永らえていた。
とは言え腕一本分の力じゃあほとんど何もできねえ。剣にしがみつくのが精一杯で喋ることすらできなかった。出来ることと言えばせいぜい、魂を抜かれた奴の身体を乗っ取って操るくらいよ
<フコーチューのサイワイってやつだね!>
嬉しげなマリーに、ローガンは深く息を吐く。
お前、幾ら何でも無茶しすぎだ。後で旦那に思いっきり怒られるぞ
<だってローガンが何となく傍にいる気がして。いざとなったら助けてくれるって思ったんだもん>
ローガンが死んだという話を聞いた時、マリーにはそれが信じられなかった。
最初は自分でもただ現実を認めたくないだけかと思ったが、ウセルマートと相対してみると何故かはっきりとわかったのだ。ローガンが、すぐ傍にいると。
あのなあ
<合ってたでしょ?>
得意げなマリーの声に、ローガンは答える言葉を失う。
小さな頃から、ずっとそうだ。どんなに巧妙に隠れ、他の生き物に化け、姿を消しても、マリーは絶対にローガンを見失わない。そして絶対に助けてくれると、何の疑いもなく信じているのだ。
まあ、くっちゃべってる場合じゃねえ
<そうだ、ユっちゃん!>
ユツのことを思い出し、マリーは一転して酷く焦った。
自分のことはローガンが助けてくれたが、今頃彼女はひどい目に合っているはずだ。
ま。多分大丈夫だろ
だがローガンはどこか軽い口調でそういう。
<なんで?>
アイツとは相容れねえからさ
<?>
要領を得ないローガンの言葉に、マリーは首を傾げた。と言っても今の彼女は魂だけの存在なので、気持ちの上でだが。
ふざけるな!
来た道を戻っていくと、どこからともなく怒号が鳴り響いた。ウセルマートの声だ。
あっちだな
声は入り組んだ迷宮に反響してどこから聞こえているのかわからないが、ローガンは迷うことなく道を進んでいく。
<どうしてわかるの?>
勘だ
マリーの言葉に短く答え、ローガンは岩壁を破壊する。
するとその先に、必死に逃げ惑うユツの姿があった。
<ユっちゃん!>
彼女の着ていた服は無残にも裂かれ、ところどころ焦げ跡がついている。
<ごめん、わたしのせいで>
犯されちゃあいねえよ。そうだろ?
ローガンが聞くと、ユツは力なく首を縦に振った。
マリーの姿をしているから、油断しているのだろう。
引き裂かれた服の隙間からちらりと覗く彼女の胸を見てローガンはうむと頷く。
少しばかりとうがたってはいるが、体型そのものは素晴らしい。
ヤマト人に関してだけ言えば、多少判定年齢を上げても良いかもしれない、と思った。
よくも、よくもこの余に!
間違いねえ、あいつは
道の先から聞こえてくるウセルマートの怒り狂う声に。
偽の乳などを触らせおったな!
巨乳好き(ロリコンの敵)だ
ローガンはそう、断言した。
第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-4
あの、えっと、マリーちゃんだよね?
いつもと様子の違うマリーに、ユツは戸惑いながら尋ねる。
俺はローガンだ。この忌々しい首輪のせいで魂を封印されちまったマリーに変わって、この体を動かしてる
ローガンさん!?封印ってマリーちゃんは大丈夫なんですか!?
<大丈夫だよー>
俺以外には聞こえやしねえよ。まあ大丈夫かな?下手に首輪を壊したりすりゃあ、魂ごとぶっ壊れちまうがま、なんとかなんだろ
言いながらローガンは剣を抜き、振るう。
ユツのすぐ後ろにまで迫ってきていた兵士が、真っ二つに裂けて動かなくなった。
ここを無事に出られりゃあ、の話だがな
ローガンさん、剣も使えるんですか?
何言ってんだ。これをマリーに教えたのは俺だぜ
マリーの可愛らしい声、愛らしい顔で、ローガンは獰猛な笑みを浮かべた。
かかってきな!こちとら魔力に飢えてんだ!
生者と死者。入り混じって襲い掛かってくる男たちに、ローガンは吠える。
途端、四本の剣が踊った。
その光景に、ユツは目を思わず見張る。
マリーの肉体を使っているからだろう。筋力はマリーのものだ。
動きの速さ、力そのものは変わっていない。
だがその動きはまるで別物であった。
動作はどこまでも軽やかで、武の持つ猛々しさなど微塵もなく、それでいて一切の無駄がない。まるで美しい舞を踊る妖精を見ているかのようだ。その妖精がくるりと身体を閃かせる度に、死体が四つ増えていく。
おぉっし!腹が満ちて来たぜ!
敵を迎え撃ちながらも魂を喰らい、満ちてきた魔力でローガンは炎を放つ。
炎はそのまま冷性剣に吸い込まれると、強烈な冷気となって兵士たちを襲い、凍りつかせた。
<そんな使い方もあるんだ!>
単に魔力を通しただけでは、冷性剣は触れたものを凍らせる事しか出来ない。
だが火炎弾の形の魔力を冷気に変換することによって、極低温の塊を飛ばしたのだとマリーは悟った。
旦那から折角良い玩具を貰ったんだ。もうちょっと工夫して遊びな
凍りついた屍兵たちをバキバキと踏み割りながら、ローガンはにぃと笑う。
あの、逃げる方向はわかってるんですか?
まさかこの俺様が何の当てもなく逃げ回ってるとでも思ったか?
えっと
問いかけに対し自信たっぷりに返されて、ユツは戸惑う。
手当り次第に敵を撃退しているだけで、とても逃げ道を進んでいるようには思えなかったからだ。
<うん、思ってる!>
ははははは!その通りだぜマリー!よぉくわかってんじゃねえか、当てなんてねえよ!
ど、どうするんですか!?
マリーの声は聞こえなくてもローガンの返答からおおよそを察し、ユツは泣きそうな声を上げた。
良いんだよ。黙ってりゃあ向こうからそら、来たぜ
そこまでだ、下郎
ローガンが顎をしゃくるその先には、屍兵たちを連れたウセルマートの姿。
おうおうおう。餌にもならねえゴミをぞろぞろ引き連れてきやがって。そんなに俺様が怖えのか?
痴れ者が。余はなにものをも恐れはせぬ
そう言いつつも、ウセルマートはローガンを警戒しているように見えた。
先程不意を打ったとは言えマリーとユツをあっさりと下した巨大な屍兵も傍らにいるが、けしかけてくる気配はない。
おめえはどういうわけかマリーが必要らしい。だから殺しも犯しもせすわざわざこんなもんを嵌めた
ローガンはついと首輪を撫でる。
マリーを殺せないとわかっている以上、防御など考えずに攻撃すれば幾らでも勝つことが出来る。
おら。撃ってみろよ。ご自慢の何もかもを消し飛ばす炎をよお!
煽るローガンに対し、ウセルマートは躊躇せずに杖を振るって炎を飛ばした。
マジか!?
<撃ってきたじゃない!>
ローガンは慌ててユツを抱え、迷宮の角を曲がって炎をかわす。
うーん、煽りすぎたか?間違っちゃいねえとは思うんだけどなあ
<わたしの身体もっと大事にしてよ!>
いえ間違ってないと思います。見て下さい
小脇に抱えられたまま、ユツが冷静に壁を指差す。
あの炎がぶつかった壁が溶けていません。あの炎は石だろうがなんだろうが溶かしてしまうはずです
怒り狂うウセルマートからユツが逃げ出せたのも、それが理由だ。
冷静さを欠いたウセルマートは狙いを外し、ユツは溶けた壁から抜け出してきたのだ。
ありゃ普通の火か!ってことは
追い払って回り込み、さっきみたいに不意を打つつもりだと思います
なるほどな
ピタリと脚を止め、ローガンは踵を返して角を曲がり元の場所へと戻る。
よう、久しぶりだな!
流石にすぐさま戻ってくるとは思わず意表を突かれたのか、ウセルマートは目を見開いた。
そしてあばよ。生まれよ、風よ!
ローガンは湿性剣と熱性剣を打ち合わせ、風を作り出してウセルマートの身体を飛び越える。
変ぜよ、土よ!
ついでに残る乾性剣と冷性剣で石天井を変質させてその硬度を思い切り下げる。局所的に強度の下がった天井はその重みに耐えきれず崩壊し、ウセルマートたちを飲み込んだ。
あのくらいでくたばってくれる可愛げなんざねえだろう。さっさと逃げるぞ、マリー!
<うん!ローガン、そこ右!その後三つ目の十字路を左!>
ローガンがどこに向かうつもりなのか悟り、マリーは指示を飛ばす。
しかしアレだな。あいつ全知っつっても、何でもかんでも全部完璧にわかるわけじゃねえなやっぱ
相変わらずローガンに抱えられたまま、そろそろ降ろしてくれないだろうかと思いつつもユツは頷く。
ウセルマートはマリーがここに来ることを知り、ユツがマリーの首に化けていることは見抜いた。
だがユツの大きな胸が憑依によるものであることは見抜けなかったし、ローガンが剣に取り付いていることもわからなかった。
今もローガンが引き返して来ることに驚いていた。つまりは、その位置を即座に把握できるというわけではないらしい。
<まあ流石にローガンが剣に取り付いてるなんて思っても見なかったんだろうね。わたしも想像もしなかったし>
それは完全に運が良かっただけだからな。二度とやるなよ
思いもよらないことを知ることは出来ないという弱点があるのは先の戦いでわかってはいたが、そういう事柄は大抵こちらにとっても想定外の事なのだ。
ローガンの存在にしてもそうだし、ユツの胸だって別にウセルマートが巨乳好きと知って大きくしていたわけではない。先程の炎だって、ローガンは本気で焦って逃げ出したからこそウセルマートも油断したのだろう。
<運の良さにだけは自信があるから、わたし>
自慢するようなことじゃねえな
ローガンの呆れ声を聞きながら、ふとマリーは何か引っかかるものを感じた。
何か既視感のようなもの。
<ああそっか、ユニスか>
昔Olに教えてもらった、英雄の話だ。
英雄というものは危機に陥れば都合よく助かり、奇跡が起こって命を拾う。
悲劇的な破滅を迎えるまでは。
とは言え、マリーは英雄ではない。もしそうならもっと超人じみた力を持っているはずだ。
年齢に比べれば強いとは言え、それは師に恵まれただけの話で常人の域を超えるものではない。
英雄に師事したからと言って英雄になれるわけではないのだ。
まあお前さんは昔っから運ばっか良いからな!おら、ついたぜ!
扉を蹴破り、ローガンが訪れたのはウセルマートに連れてこられた大きな部屋だ。
げっ、あの女は
そこにはヴェールで鼻から下を隠した半裸の美女イェルダーヴが待ち受けていた。
待って下さい。マリーちゃんと同じ状態なら、ウセルマートから指示されない限り敵じゃないのでは?
もはや完全に荷物になりきっているユツが、ふと思いついた事を口にする。
んなわけあるか。敵に対する対応くらい指示されてるだろうよ。が、そいつは良い指摘だ
ローガンはマリーの中から上半身だけ抜け出すと、己の腕を切り落とした。
たっぷり兵士たちの魂を喰らい、その程度は苦でもないほどに回復している。
意志を持つかのように飛んでいく四本の腕に対し、イェルダーヴは機械的な反応で炎を出した。一本を空中で焼き落とし、二本目を盾状に展開した炎で防ぎ、三本目を手の平で掴んで燃やし、胸に突き立った四本目を、全身を炎で包み込んで打ち消す。
この俺を燃やすたあ、こいつの炎も普通じゃねえな
驚きの声を上げながら。
だが魂も入ってねえ木偶人形に負けるようなローガン様じゃねえぜ
時間差を付けてイェルダーヴの身体に入り込んだローガンは、崩れ落ちるマリーの身体を支えた。
さあて。とっととお暇するとするかね
イェルダーヴの身体を乗っ取ったローガンが火球を放つと、天井にぽっかりと穴が空く。
そしてそこからは、鮮やかな空が覗いていた。
やっぱダンジョンじゃねえ迷宮は駄目だな
これがOlの迷宮であれば、こうも簡単に天井に穴があくなどありえない。
<駄目だねー>
ですね
口々に言いつつローガンはマリーの身体とユツを抱え、ふとあらぬ方向に視線を向ける。
お前は来なくて良いのか?
問いかけはただ虚空に響き、何の反応も返っては来ない。
<ローガン?どうしたの?>
いや何でもねえ
マリーの問いかけにローガンは首を振る。
敵地の真っ只中からこうまで容易く抜け出せるのが、ただの幸運であるわけがない。
マリーもユツも気づいていないようだったが、どう考えても敵が少なすぎた。
ローガンにすらその存在を気取られず、敵を排除して回る何らかの存在。
本当にいるかどうかすら定かではないが、仮にいたとしても呼びかけて来ないのならば連れて行くほどの義理もない。ローガンはそう判断し、空へと飛び立つ。このピラミッドから離れれば転移が使えるはずだ。
その姿を見上げながら。
今更戻れるはず、ない