そして剣を抜いて、天のダンジョンの先端に立つと迫りくる始原の炎に向き直った。

なんでこんな状況でいちゃついてんだよ

その一部始終を横で見せつけられたローガンは、うんざりとした口調でぼやく。

ローガン。そう言えばさ、前アドバイスくれたじゃない?

竜が人の真似をしてどうなる。そう、ローガンはかつてユニスに言った。

あれ何の役にも立たなかった

そうかいそりゃどうも役立たずですみませんね!?

なぜなら、ユニスが目指すものは竜ではない。それを殺すものだからだ。

兄は英霊として、その力を拡大してみせた。英霊となっても成長の予知はあるということだ。

父は剣の一振りで、遠く離れた飛竜を皆殺しにして見せた。ユニスの知る、強さの頂点だ。

その二つをイメージしながら、ユニスは剣を振り下ろす。

だが飛ばすのは斬撃ではない。

刃を隔てた世界の、片側だ。

ごめん、Ol

ずるりと、空間が滑り落ちて。

やりすぎちゃった

えへ、と気まずげに笑って誤魔化すユニスの向こうで、炎と一緒に大地が真っ二つに割れた。

ユニスの剣が残した傷跡は、それは凄まじいものだった。

なにせウセルマートのピラミッドが中央から真っ二つに割れて柘榴のように開き、それだけに留まらず大地についた傷跡は地平の向こうまでも続いていた。

もっともユニスが切り裂いたのは砂漠の真っ只中で、切断面の幅は紙一枚よりも薄い。よほど運が悪くない限りは切り裂かれた人間はいないだろう。

つまり目の前で頭の天辺から股の間までを両断されている巨大な屍兵は、よほど運が悪かったといえる。

運が悪いっていうか、一応狙ったんだけどねウセルマートの方を

悪鬼のような形相でこちらを睨みつけるウセルマートを囲むのは、ユニス、Ol、ザナの三人だ。追い詰めたとは言え油断ならない砂の王を相手にするには、戦力はむしろ少数精鋭である方が良い。

何か言いたいことはあるか?

ないわ

Olの問いに、ザナは短く答えた。

もう勝ったつもりか!

ウセルマートは杖を掲げ、その先端に小さな火球を作り出した。

外すなよ。外した瞬間お前は死ぬ

剣を構えるユニスに対し、そうプレッシャーをかける。

空間を切り裂くあの技はまだ完全にものにした訳ではない事を、彼は見抜いていた。

切り裂くことに失敗すれば、そのままユニスは焼かれて死ぬ。

無駄な足掻きを。やれ、ユニス

だがユニスは何の気負いもなく、剣を振るった。

余は王の中の王。滅びはせぬ!

同時にウセルマートが炎を放つ。

ユニスの剣はそれを真っ二つに断ち割り

避けろ、ユニス!それは囮だ!

Olが気づき叫んだときには閃光が槍のように伸びて、この世のどんな矢よりも早くユニスへと迫っていた。それが彼女の胸を貫くその寸前、ユニスは突き飛ばされて地面を転がる。

そして代わりに閃光を受けたザナが、胸を押さえて蹲った。

このっ!

すぐさま起き上がって、ユニスはウセルマートへと斬撃を飛ばそうと剣を奔らせる。

だがそれは、砂の王を切り裂く寸前でピタリと止まった。

彼女の両腕が、凍りついたのだ。

外したかまあ良い

腕だけではない。脚も、身体も、みるみるうちに氷に包まれて動けなくなっていく。

氷の女王よ、魔王も捕らえよ。まだ殺すなよ

ウセルマートの命に、瞳から意思の光をなくしたザナは一瞬にしてOlを凍りつかせた。

なるほどそれがお前の狙いだったか

全身を氷に拘束されながら、Olは独白するように呟いた。

気づいてももう遅い。これこそ余がこの世の覇者であることの証。全てを制し操る、支配の杖の力だ

杖を掲げながら、ウセルマートは高笑いする。

服従の首輪はこれを模した副産物に過ぎぬ。一度に一人しか操れぬのが難点ではあるがな

おそらく今までは、その杖の力でイェルダーヴを囚えていたのだろう。故にギリギリまで使わなかったし、使えなかった。

形勢逆転だな異境の魔王。だがこれが余と貴様の格の差と

うるさい。会話の途中だ。お前は少し黙れ

この状況で言葉を遮り、あまつさえ高圧的に命令するOlに、ウセルマートは思わず言葉を失う。

土壇場で裏切るか、それともお前自身も死ぬか。その辺りだとは思っていたが、まさかそんな行動に出るとはな

貴様は何を言っている。気でも触れたのか?

意味不明な事を言うOlに、ウセルマートは怪訝な表情を浮かべ近づく。

お前こそ油断しすぎだ。死ぬぞ

あ?

ウセルマートは目を瞬かせ、己の胸から突き出た氷を見つめた。

それは赤く濡れ、先端からポタポタと血を垂らす。

ザナの手のひらから伸びた氷の槍が、背後から彼の胸を貫いていた。

馬鹿、な何、で

ぐっと氷の槍を両手で掴むが引き抜けず、引き抜いたとしても助かるわけもなく。

ウセルマートは何が起こったかも理解できぬまま、絶命した。

見事だ、ザナ。いや、月の女神マリナと言った方が良いか

お気づきになられていたのですか

素のザナとはまるで異なる口調で、彼女は答える。

それはザナが猫を被っている時の口調であると思っていた。

だが何の事はない。彼女が啓示を受けるときつまり、女神マリナに身体を貸した時の口調なのだ。

ああ。だが何故ウセルマートはお前に気づかなかった?

魂を封じられても、その能力までは封じられない。そして操れるものは一度に一つ。

そこまでわかっているなら、ザナを封印しても何の意味もないことは察しがつくだろう。

ましてやローガンがマリーに取り付いて大暴れした直後なのだ。Olがマリナの存在に思い至ったのもそれがゆえ。いくらウセルマートでもそれを見逃すほど愚かとは思い難い。

わたしは月の女神。日の出ている時に月を見ることができましょうか

なるほど、道理だ

ザナと魂を繋げたOlでさえ、直接的にはその存在に気づかなかった。

しかしその繋がり故に、マリナは度々内心を誤魔化すためにザナとして振る舞わなければならず、Olはそこに違和感を覚えて気付きの手がかりとなった。マリナがザナを真似るとき、ほんの僅かにだが口調が違うのだ。

破壊する気か

支配の杖を手に取るマリナに問いかけると、彼女はあっさりと首肯した。

魂をそこに囚えた状態でそれを破壊すれば、魂もまた破壊される。

それはつまり、ザナの死を意味していた。

それこそが、ザナが望んだことですから

ザナのウセルマートに対する憎しみは本当だった。

だがおそらく同時に、彼を愛してもいた。

そんな彼女の望みは、ウセルマートの物になりそして、彼を殺し自らも死ぬことだったのだろう。

下らないことだとOlは思う。そしてそう思うのはOlだけではない。

だがお前の望みではあるまい

Olが言うと、マリナはにっこりと笑った。いつもの、人好きのする笑みだ。

全くお前は食えぬ神だな

最善手とは一体誰にとっての最善であるのか、Olはずっと疑問に思っていた。

それがザナにとっての最善であるなら、本人に何が起こるかわからないのはあまりにも不自然だ。

だがザナ以外の者にとっての最善にしては、彼女はその能力に信を置きすぎている。

ここに至って、ようやくOlは得心がいった。

最善とはつまり、女神マリナが考えるザナにとっての最善だ。だがそれは、ザナの望みとは必ずしもイコールでは結ばれない。

結局俺はお前たちに利用されただけ、かまあ良い。使われてやる

言いつつOlは己の魂をぐいと引っ張る。

服従の首輪を解析して、その仕組みはおおよそ把握している。

原理的には大して高度なものではない。単に鍵が複雑なだけの金庫のようなものだ。

破壊せずに開けるのは骨が折れるが、それもしっかりと鍵がかかっていればの話。

魂が他の魂と紐付き繋がったままでは、扉などしっかりと閉められるわけがない。

ほんの僅かな隙間があれば、そこからこじ開けるなどOlにとっては造作もないことだった。

ザナの魂を彼が引っ張り出すのとほとんど同時、マリナが支配の杖を凍りつかせて砕く。

あれ程の力を持つ魔道具を壊してしまうのは少々惜しい気もしたが、仕方あるまいと諦める。意思さえ奪い去るのはOlの趣味でもない。

どうして

俺はお前のことを気に入っておる。他の男に渡したくないと思う程度にはな。それが例え、死後の世界であろうと

恨みがましい目で睨みつけてくるザナに、Olは涼しい顔でそう答えた。

わかったならさっさとこの氷を解け。寒くてかなわん

Olがそう命じると、ザナは渋々とOlたちの氷を消し溶かす。

はー、さむーい!

途端ぴょんと飛びついてくるユニスを、Olは当然のように受け止めた。

今更とは言え、目の前で他の女を口説いてもこうして許してくれるのだからできた妻だ。

あったかーい

ぎゅっとOlに抱きつきながら、ユニスはちらりと横目でザナを見る。

混ざるわけ無いでしょ!

片手を空けて問うユニスに、ザナは叫んだ。

第ニ章終幕

ザナがウセルマートに初めて出会ったのは幼いころ、まだ母が存命の頃だった。

その頃はヒムロとサハラの両国も敵対しておらず、王族同士で交流を持ち、折に触れて式典などに参加することもあった。

彼女が彼に出会ったのは、そのようなパーティでの一席でのことだ。

幼いながらもその見目は精悍で気高く、褐色の肌に包まれた肉体は活力と自信に満ち満ちていた。

しかし何よりザナが惹かれたのは、その瞳であった。

覇気に溢れ、滾る野心を隠そうともしない強い瞳。

闇の中振るわれる白刃のように。猛毒を持つ蛇のように。空を統べる鷹のように。

危険である程に美しく、恐れる程にザナは彼に魅了された。

彼がザナにさほどの関心を持たない事には、すぐに気づいた。

少しでも興味を持ってもらおうとザナは彼に尽くすよう努力を重ねた。

肌を磨いて髪を整え、氷術や巫術を覚え、女としても巫女としても己を磨き上げた。

そしてついに部屋に招いて欲しいとウセルマートから頼まれた時には、この上ないほど舞い上がったものだ。

だが人知れず宮廷に招かれたウセルマートがしたのは、ザナの妹、イェルダーヴを拐かすことだった。

太陽の巫女を失ったヒムロの国は以前にもまして深い雪の中に閉ざされ、民は飢え、その対応に奔走した女王である母は病を拗らせてこの世を去り、ザナは若くして女王となった。

何もかもを失って、彼女は深い深い憎しみに包まれた。

己を騙し、裏切ったウセルマートへの憎しみ。

彼に選ばれたイェルダーヴへの憎しみ。

そして何より騙されてなお彼への思慕を捨てられぬ、愚かな己への憎しみ。

だが幸か不幸か、彼女に残されたのはもう一つあった。

これほど愚かな王に従い、苦しい思いをしている哀れな民衆だ。

何の罪もなく、貧困に喘ぎながら、しかし自分を慕い敬ってくれる人々。

冷たい地に住みながらも暖かな心を持つ彼らに報いなければならない。

ザナは良き女ではなかったが、良き王でありたいと願った。

陽(ヒ)に逃げられた愚かな氷(ヒ)の女王を憐れんだ月の女神の手を借りて、妹を救い、ウセルマートを殺し、己を滅ぼす。例えどんな手を使ってでも。

様々な愛と憎しみとが入り混じり、いつしかそれがザナの唯一の望みとなっていた。

その望みは二つ叶えられ、一つ叶わず。

ザナは長い夢から目覚めた。

パチリと目を開け、ザナは上半身を起こす。

夢を、見ていた気がする。だがどんな夢だったのかは思い出せない。

泣いていたのだろうか。頬が濡れていた。

そして

やっちゃった

隣で眠るOlを目にし、彼女は頭を抱えた。

夢の内容は思い出せないが、皮肉にも昨夜の記憶であれば克明に思い出せた。

ザナは浴びるように自棄酒を飲み、Olに絡み、文句を言い、泣き叫び、二、三度吐いて、歩けなくなったところをこの部屋まで運ばれ

(ああああああああああ)

襲われたのならまだともかく、完全にザナの方から襲ったのだった。

(殺すしかない)

咄嗟にザナはそう判断した。寝ている今がチャンスだ。

元々殺すと宣言はしていたのだから、油断するほうが悪い。

万全を期すため、ザナは月の女神の啓示を受ける。

朝から随分熱烈だな

気付けばザナは、Olに口付けていた。

おおおおおお、起きてたの!?

頭の中でああも騒がれれば嫌でも目覚める

眠たげに顔をしかめながら答えるOlから、ザナは慌てて飛び退いた。

って言うかマリナ様何やってるの!?

女神がザナの身体を操っている間、意識はあるがマリナが何をするかまではわからないし、何故そうしたのかもわからない。人知を超えた認識能力を持つ彼女の意図を計りかねるのは珍しいことではないとは言え、今回は全く意味不明だった。

お前は自分のことが全くわかっておらんのだな

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