だがOlは落ち着き払った様子で、呆れたようにそう言った。
どういうことよ!
まあわからぬのなら、今はそれでも良い
月の女神とやらも過保護なことだと思いはするが、これでは目を離せぬのも分からないではない。
一体何の話を
やかましい。俺は疲れてるんだ
ウセルマートの件はとりあえず片付きはしたが、Olの仕事は山積している。
屍兵たちの侵攻によって破壊されたダンジョンの修復に、大陸から引っ張ってきた魔宮の処理。
マリーやイェルダーヴの封印も解いてやらねばならないし、ピラミッドから姿を消していたホスセリのことだって探してやらねばならない。
王を失った砂の国の統治の問題もある。暴君でも王は王だ。いなければ国は回らず、民を捨て置くわけにも行かない。
だがそれも、せめてもう一眠りしたあとのことだ。
七日間ほとんど不眠不休で作業を続け、流石のOlも疲れ切っていた。
とにかくもう少し寝かせろ。話はその後いくらでも聞いてやる
生欠伸を噛み殺しながら、Olはザナの裸身を抱き寄せる。
ちょっと!
人を叩き起こした責任を取れ
その柔らかな身体を抱きしめながら、Olは目を閉じた。
あたしみたいなガリガリなの抱いたって、面白くないでしょ
拗ねたような口調のザナにOlは答えず、ただ彼女の髪を撫でた。
確かに凹凸には乏しい身体だが、その肌の滑らかさ、髪の艶やかさはただ触れているだけでも気持ちいい。華奢で柔らかな肢体の抱き心地は筆舌に尽くしがたい物があった。
未だ繋がったままの魂は、Olのそんな心持ちを口に出すよりも何倍も雄弁にザナに伝える。
仕方ないわね
嘆息し、ザナが許しを与える頃にはOlは既に寝息を立てていた。
寝ているときまで眉間にしわを寄せ、まるで怒っているかのような表情で眠る彼の姿に、ザナは思わずクスリと笑う。
演技でなく笑うのなど、一体何年ぶりだろうか。
そうひとりごちながら、ザナはもう少しだけ、Olを殺さないでいよう。
何となく、そう思った。
登場人物その3
ホスセリ
忍びの者。24歳。サクヤに仕える兄妹の妹。短い橙色の髪に茶の瞳。火山の風景に溶け込む赤装束に身を包む。山犬の呪いを受けており、気を抜くと狼の耳と尻尾が生えだす。
無口で無表情だが感情そのものは豊かで、冷静に内心を吐露する癖がある。不意打ち、闇討ち、騙し討ちを身上とする忍びの者。毒薬に通じ、生き物の急所についても造詣が深い。敵の死角に隠れ潜んで、急所や毒による攻撃によって一撃で命を奪う戦法を得意とする。
サクヤ
火山の神。13902歳。桜色の髪を足首まで伸ばした、神々しい雰囲気の美女。見た目は二十代半ば。山の恵み、特に活気や生命力を司る神であり、火の神であると同時に春を告げる花、桜の象徴でもある。
おっとりとして気品に満ちた風を装っているものの、内面は耳年増のムッツリ。炎を自在に操る事ができ、その熱量は相当のもの。武術の心得があるわけではないが、比較的高位の神である為その能力は人間とは比べ物にならないほど高く、生まれ持った基礎能力だけで相当な実力を備えている。
ミシャ
塞ノ神の半身。年齢不詳。肩の辺りでキッチリと髪を揃えた和装美女の姿。見た目は二十そこそこといったところだが、サクヤを子供扱い出来る程度には生きている。
性交を司る神であり、常に泰然として隙あらば卑猥な単語を織り交ぜてくるが、反面子作りに繋がらない性行為に関しては非常に疎く、ペースを崩されると弱い。境界を自由に区切り、繋ぐという強力な能力を持っているものの、神としての力は殆ど失われてしまっており、肉体的な能力は見た目以下である。
ザナ
氷の女王。19歳。紫水晶を削り出したような美しい髪と透けるような白い肌を持つ、儚げな美少女。女性にしては長身で、スレンダーなモデル体型。
その妖精のような容貌とは裏腹に勝ち気で癇癪持ちな負けず嫌い。氷術を得手としており、その創出速度はOlでさえ舌を巻くほど。一呼吸の間に視界全てを凍らせられる程の能力を持つ。また、月の女神をその身に憑依させることにより、常に最善手を打つという規格外の異能を誇る。
第12話戦後処理を片付けましょう-1
魔王Olが作り上げ、その娘であると共にダンジョンの神でもある少女、ソフィアが管理する広大な地下迷宮の最深部。魔王本人の部屋よりも更に厳重に守られた場所に、そこはあった。
それは外部からの攻撃への備えであると同時に、内部からの脱出への備えでもある。品の良い調度品が飾られ、使い心地の良い家具が揃えられ、扉には鍵すらなく。
それでもそこは、ある種の牢獄であった。
入るぞ
Olはその部屋を訪れ、几帳面に三度ノックする。
あ、Ol、いらっしゃーい
はい、お入り下さい、陛下
扉を開けると、そこには女が一人。しかし二つの同じ声がOlを出迎えた。
何か不都合はないか?
いいえ。とてもよく、して頂いておりますから
褐色の肌に、紫の髪の少女。イェルダーヴは、口を動かさぬままにそう答える。
何とかなりそう?
彼女の口を動かしてそう尋ねるのは、イェルダーヴの身体を操るリルだ。
いや悪いが、もう少しかかりそうだ
砂の国の王ウセルマートの持っていた支配の杖。その中に封じ込められたイェルダーヴの魂は、ザナの魂と入れ替わりに元々の肉体に戻っていった。しかしその首に嵌められた服従の首輪によって再び封じられ、自由を奪われたままであった。
服従の首輪に封じられてからは何の指示も与えられていないせいかOlたちに襲いかかるようなことはなかったが、そのままでは行動どころか食事や排泄すらままならない。仕方なく、リルがその身体に宿って必要最低限の生活をこなしている状態だった。
じゃあ、わたしはちょっと休憩いってくるから、イェルダーヴのことお願いね
リルは突然そう言うと、イェルダーヴの身体からするりと抜け出す。途端、イェルダーヴの身体は支えを失い、ぐらりと揺れた。
おい!全く、奴はどうも仕事が雑でな。怪我はないか
はい、いえ、あの大丈夫です
慌ててその身体をOlが支える間に、リルは部屋を出ていってしまう。Olが服従の首輪に追加した発声機能のお陰で何とか意志の疎通だけは取れるが、それ以外は人形のようなものだ。厄介なことに今のイェルダーヴはウセルマートの命令がなければ、自分で立っていることさえできなかった。
お聞きして、よろしいでしょうか
Olがその身体をベッドの上に寝かせてやると、イェルダーヴはおずおずとした様子でそう切り出した。
何故陛下はわたしに、このように良くしてくださるのですか?
自分の意思で指一つ動かせぬ女に部屋を与え、部下に甲斐甲斐しく世話をさせ、暇な身分でもなかろうにこうして度々訪れては何か困っていることがないか尋ねる。
イェルダーヴの力を利用するのが目的だとしても、あまりに丁重な扱いだった。
何故だと?
Olにしてみれば思っても見ないことを問われ、返答に詰まる。言われてみれば、これほどに世話を焼く理由もなかった。
ザナの妹だから。美しい女だから。そう言った理由が無いわけではない。
そうだな。強いて言えば同情か
だが改めてよくよく考えてみれば、一番の理由はそれだった。
己の意思さえ奪われ、選択の余地もなく無理やり従わされるのは辛かろう
それはかつてOl自身が受けた、もっとも苦い過去の記憶。同じ目に、それも何年もあってきた彼女に対する憐憫の思いが強くあった。
やっぱり
Olの言葉に、イェルダーヴは小さくそう呟く。
陛下。不躾ながら、一つだけ、お願いをしても宜しいでしょうか
なんだ?必要なものがあるなら、一つと限らずともある程度は便宜してやるぞ
いいえ
振れぬ首の代わりにイェルダーヴは答え、そこで言葉を切る。
そして暫くの間沈黙したあと、逡巡を振り切るように声をあげた。
わたしを抱いては、頂けませんでしょうか
出し抜けの要望に、Olは眉をひそめる。
はい。わたしを助けて頂き、尽力して頂く御恩。今のこの身では、それくらいしか返す術がありません。このような粗末な身体で良ければ、どうか
粗末な身体、というのは随分な謙遜であった。金の装飾で飾られた褐色の肌はその黄金に負けぬほどの輝きを放っているかのように艶めいていて、まるで芸術品のように美しい。彼女の身体を申し訳程度に覆う布を押し上げる豊満な双丘ときゅっと括れた腰、そして熟れた桃のような尻は男であれば誰もが手を伸ばしたくなるに違いない。
Olはイェルダーヴのむっちりとした太腿に手を添えて、ゆっくりと撫ぜる。どこまでも柔らかく、しかしそれでいて指を押し返す張りの強さ。極上の触り心地だ。
陛下のお好きなようになさって頂いて構わないんですよ
それは実に魅力的な提案だな
動かぬ人形のような身体と言えど、彼女にそう言われて滾らぬ男はいないだろう。
本物の人形ならともかくとして、身体を動かせないだけで魂はそこにあるのだ。見聞きが出来ているということは、触れられる感触もあるということだ。
んっ
ついと滑らされるOlの指先。それはイェルダーヴの膝の辺りを軽く撫ぜただけであったが、イェルダーヴは敏感に声を漏らした。この極上の肉体をほしいままに弄び、征服し、鳴かせるのはどれほど心地よいことだろうか。
要らん
え
しかしきっぱりと拒否するOlに、イェルダーヴは小さく声を漏らした。
生憎と俺は女には困っておらんからな。わざわざ身動きも出来ぬ女を抱く必要はない
それに、とOlは鋭い視線をイェルダーヴへと向け、言った。
抱けばお前は力を失う。それが狙いであろう
ご存知でしたか
イェルダーヴの問いに、Olは頷く。
神の中には純潔を重んじるものも多いそうだな。男神ならば尚更だ。抱かれればお前は力を失い、価値を失くし、これ以上利用されることもなくなる
はい
力なく返事をするイェルダーヴに、Olは呆れたように深く息をついた。
案ぜずとも、俺はお前を利用するつもりなどないと言っても信用ならぬだろうがな。まあ悪いようにはせぬ。あたら純血を散らすこともあるまい
全知の力の一端を担う彼女であれば、Olがザナや他のものたちにおこなってきた悪辣な所業も知っているだろう。疑心暗鬼になるのは無理もない事だとは思うが、Olには本当に彼女を利用するようなつもりはなかった。
そんなことは、ありません!
だがOlのそんな言葉に初めて、イェルダーヴは声を大きく張り上げる。
陛下はわたしを、助けて下さいました。そればかりか、わたしをこの首輪から解放するために自ら尽力して下さってます。そんな恩人を疑うような恥知らずではありません
熱のこもったイェルダーヴの言葉にOlはかえって居心地の悪い思いを感じ、額に手を当てた。
こう言っては何だが、お前はもののついでだ。別にお前自身を助けようと思って助けたわけではないし、首輪の解除方法を調べているのもうちの部下が巻き込まれたからだ。俺が自ら作業にあたっているのも、俺以外にそれが出来るものがいないからに過ぎん
はい。それは勿論、わかってます
あのザナの妹にしては随分と義理堅い奴だ、とOlは思う。魂を直接響かせるその装置では、肉体を持っているときのように虚言を弄することは出来ない。思っていることがそのまま出力されるからだ。
つまりはザナのように猫を被っているわけではなく、真実彼女はOlに感謝しているということだ。
ですから、これは、運命だと思うのです
運命だと?
表情を歪め、Olはオウム返しに言葉を返す。
それは正直嫌いな言葉であった。天の定めた進むべき道など、反吐が出る。
はい。空に座す太陽の神すら見通せぬ、埒外の出来事。望むべくもなく、与えられるべくもない僥倖。わたしがいくら願い祈っても、天は助けてなどくれなかった
ですから、陛下。あなたが、あなたこそがわたしの運命。望むと望まざるとに関わらず、わたしの行く末を決めて下さった方なのです
声を震わせ語られるイェルダーヴの言葉は、Olが思ったそれとは真逆の意味が込められていた。
ですからわたしはこの身を神ではなく、あなたに捧げたいのです
魂は嘘をつけない。力を失いたいという思いはあったにせよ、恩を返すために身を尽くしたいというその思い自体には一切の虚飾なく、イェルダーヴの本心であったのだ。
わかった。そうまで言うなら、抱いてやる。だが肉体の自由を取り戻したあとでも遅くはあるまい。もうしばし待て
それはこのままでは、いけないのですか?
存外食い下がってくるイェルダーヴ。