今まで強大な権力によって支配されてきた彼らにとってそれは身に馴染んだ行為であり同時に、今までには受けることのできなかった手厚い慈悲であった。

その光景を見つめながら、Olは顎を撫でる。ソフィアが行おうとしているのは、自分とも、恐らくはウセルマートとも全く違った治世だ。

だが、悪くない。ふとなぞった己の口元が笑みの形を作っていることに、Olは気づいた。ソフィアは存外、良い王になるかもしれない。

そう思いながら、Olは念話を通じて己が使い魔にパン粥を大量に作るよう伝えた。数はざっと五千といったところか。パンそのものより粥にする分手間はかかるが、飢えた身体にはその方がいい。

リルの怒号混じりの悲鳴が聞こえてくると同時に、Olは念話を切った。

第12話戦後処理を片付けましょう-4

さっさと起きろ

ばしゃりと冷たい水を浴びせられ、横柄な口調をかけられて、不遜の極みに激高しつつウセルマートは意識を覚醒させた。

そこは白く輝く石で作られた彼のピラミッドとは似ても似つかない、薄暗く陰気なレンガ造りの部屋であった。そして目の前には、仏頂面を貼り付けた琥珀色の髪の男。

魔王、Ol。

貴様!

その顔を見た瞬間ぼんやりとしていた思考を覚醒させて、ウセルマートは叫んだ。

だがどうしたことか、放たれた声はいつもの彼の美声ではなく作り物めいた不愉快な響きを含んでいて、身体は指一本として動かない。拘束されているのではなく、まるで動かし方を忘れてしまったかのようだった。

服従の首輪、と言ったか。醜悪な魔導具ではあるが、確かに便利だな

Olの言葉に、ウセルマートは自分の首に首輪が付けられていることを悟った。自身で装着したことなどないが、確かに意識だけがあって身じろぎ一つ出来ないのは服従の首輪を嵌められた人間の特徴だ。

それと同時に、彼は己の最後を思い出す。

何故余は、生きている?

氷の女王ザナに胸を貫かれ、ウセルマートは死んだはずだった。王である彼に医学の心得などあるわけもないが、あの傷で助かるはずもないことくらいはわかる。

蘇生した。聞きたいことがあったのでな

は?

軽く言うOlに、ウセルマートは思わず間の抜けた声をあげた。蘇生。いま、蘇生と言ったのか、この男は。

き貴様、事もあろうに、この余を屍兵に仕立てたというのかッ!

腐敗を防ぐために臓腑を抜き、乾燥させた死骸に布を巻いて魂を閉じ込めた屍兵は、首輪付きの奴隷にすら劣る卑しい立場だ。屈辱という言葉では表せないほどの屈辱、激昂という言葉では足りぬほどの激昂が、ウセルマートを襲った。

屍兵?あの特殊なリビングデッドのことか?わざわざそんな手間を取るか。ただ傷を治し魂を戻して復活させただけだ

だが続くOlの説明に、ウセルマートは言葉を失う。

そのようなことができる、はずがない。余は余の心の臓は、完全に破壊されていたはずだ

心は、魂は、胸の内。心臓に宿るものであるはずだ。そこを貫かれて、生きていられるわけがない。心を失っても生きているとするなら自分とは、いま感じているものとは、何であるのか?

だから何だ?心臓なんてただの血液を循環させる喞筒(ポンプ)に過ぎん。そもそも蘇生なんぞ、魂が失われなければ灰からだって出来る

灰からだと!?馬鹿を言うな!そのような事、出来るものか!

皮も肉も骨すらも失われた状態からの蘇生それも、不死者としてではなく生者としての蘇りなど、神の御業ですら出来ぬ所業だ。

ならば今のお前は何だというのだ

ありえるはずのないそれはしかし、ウセルマートの存在自身が証明していた。屍兵となったものは生前の知識や経験は備えてはいるものの、こんな風に考えたり喋ったりする程の自我など備えていない。

それは仮に比類なき王たる精神の賜物だとしても、視界に映る肌の色艶は元々と全く変わっていない。死から蘇ったというのは、事実であるようだった。

貴様らの技術レベルに興味などない。お前に聞きたいのはただ一つだ

信じがたい出来事に呆然とするウセルマートに、Olは吐き捨てるように言った。

ホスセリは、どこだ

誰だ、それは

お前がウプウアウトなどと呼んでいた、狼の娘だ

ああ

狼神ウプウアウト。正確には、その呪いを受けた娘。ホスセリという名を聞いたこともあった気はしたが、そんなものはすっかり忘れていた。

知らぬ。余はDカップ以下の女に興味はない

きっぱりと言い捨てるウセルマートに、Olは思わず唖然とする。

魂から漏れ出た言葉である以上、それは虚飾なき真実の言葉であるからだ。

愚かな。それでも、一国の王か?

では聞こう。異境の魔王よ

ウセルマートの身体はピクリとも動かせず、魔術で作り出されたその声色に覇気が乗ることはない。だがしかし、そこに何か重圧のような物を感じて、Olは居住まいを正し

女の乳房以上に重要なものなど、この世にあるか

そして予想を遥かに上回るいや、下回る言葉に深く嘆息した。

下らんことを

わざわざ服従の首輪を複製し、蘇生しまでしてやったと言うのに、とんだ無駄足だった。これ以上は口を聞く価値もない。再び物言わぬ屍に戻してやろうとOlが指を鳴らそうとした、その瞬間。

あれほどの女を侍らせておきながら、あの胸を下らんと言うか。貴様、それでも男か?

ウセルマートの言葉に、ピタリとOlの動きが止まった。

勘違いするな。俺が下らんと言ったのは貴様の方だ

そうだろうとも。特に羽と角を持つ黒髪の女。あの大きさ、あの形、至高の乳房と言っていい

吐き捨てるOlに気を害した様子もなく、ウセルマートは熱のこもった口調で語る。

愚かな。女の良さは胸の大きさで決まるものではない。小さいからとて無価値と断ずるは浅慮にも程がある

では貴様は、豊かな乳房をみた時その大きさに心躍らぬというのか!

言い放つウセルマートに、Olは内心呻く。彼の言葉はあまりに偏っていたが、厄介なことにある種の真理を含んでもいた。

余を殺すか。それもまた良かろう。だがそれは余の言い分を認め、反論できぬという証左に他ならぬ。異境の魔王よ。敗北を認めるというのなら、この心の臓を貫くが良い!

高笑いとともに、ウセルマートはそう宣言する。

なるほど、とOlは心の中でつぶやいた。

戯言ではある。だが、看過できるものでもなかった。

王というのは面子を気にするものだ。下らない妄言と言えどそれが敗北を意味するのならば、おいそれと屈する訳にはいかない。

かといって、ウセルマートはOlが万の言葉を弄しようと納得し負けと認めることはないだろう。

そうか、では死ね

しかしOlは気にすること無く指を鳴らした。己と性癖の違う者と語ることの愚かしさなど、どこぞの幼児性愛(ロリコン)悪魔で嫌というほど味わっている。

何より彼は生まれつきの王ではなく、面子よりも実利を重んじる叩き上げの魔王であった。

待て待て待て待て!やめろ!余を誰と心得貴様、ただですむと思っているのか!

壁の表面から無数の槍が剣山のように生え並び、轟音を立てながらウセルマートを串刺しにせんとゆっくりと迫る。見苦しく喚く男の声を聞き流しながら、Olは彼に背を向けその場を後にしようとしふと、その足を止めた。それと同時に、壁の動きも止まる。

ふフハハハッ!それで良い、それで良いぞ!

そういえば貴様なぜマリーを。あの金の髪の娘を欲した?

あくまで居丈高に笑うウセルマートに、Olは問うた。この尊大な砂の王がかつて要求してきたのは、リル、サクヤ、そしてマリーの身柄だった。

迷宮の中でも屈指のバストサイズを持つ前者二名を指定した理由は明らかだ。しかしマリーにだけは違和感が残る。

仮にこれから成長する余地が残されているとしても、ウセルマートの全知が未来を見ることが出来ないというのは彼本人が言ったことだ。仮にそれが偽りだったとするなら、砂の王は今こんな姿を晒してはいないだろう。

アレが、余のモノだからだ

ウセルマートはポツリと、呟くようにそう答えた。

どういうことだ。なぜマリーがお前のものだということになる

Olの言葉に呼応するかのように壁が動き、尖った先端がウセルマートの額を貫いて血が流れる。だがそのまま棘が肉を割り頭蓋にめり込んでも、ウセルマートは答えようとはしない。

死ぬぞ

忠告にも返ってくる言葉はなく。

そのまま、肉と骨とが潰れる音だけが、ぐちゃりと鳴った。

Olは鼻を鳴らし、先程までウセルマートであった肉塊を見下ろす。

あれほど見苦しく生を乞い願った男が、いかなる理由で口を閉ざしたのか、それはわからない。

だが、彼自身が死んだ以上、気にする必要はないだろう。死者は何も成すことが出来ない。ウセルマートがその内心に何を秘めていたとしても、こうしてその生命が失われた以上、全ては無意味だ。

そのはずで、あるのに。

Olの胸中にへばりついた漠然とした不安は、まるで膠(にかわ)のように拭うことができなかった。

第13話愛されるダンジョンを作りましょう-1

あ、パパ!

薄茶の岩壁に囲まれた、簡素な一室。

そこに現れたOlの姿を認めるやいなや、ソフィアはその翠緑の瞳に喜色を浮かべ、彼に飛びついた。それは父のことを慕うがゆえの行動であったことに違いはない。

悪くはありませんな。少なくとも、姫様よりはよほど覚えがよろしい

だが半分は、笑みを浮かべつつ辛辣な所見を述べる老人から逃げ出す為のものであった。

姫様って誰?

ユニスのことだ

ソフィアの問いに、男の代わりにOlが答える。

真っ白な髪に片眼鏡、七十を数える年にもかかわらず、長身の痩躯を剣のように伸ばしたその男は、世に疎いソフィアの為につけた補佐役兼教育係だ。

その政治手腕はOlの知りうる中でも最高。Ol自身はおろか、数千年に渡って大国を運営してきたメリザンドにすら勝るかもしれない。

おっと、失敬。魔王妃殿下とお呼びすべきでしょうか

思ってもいない事を口にするな。構わん、好きに呼べ

なにせあの英雄王、ウォルフの片腕として長年国を支えてきたのだから。

男の名は、トスカン。元グランディエラ王国宰相だ。

数年前に職を辞して隠居生活を送っていたところを、ソフィアの教育係としてOlが引っ張ってきた。

あのね、パパ。今みんなにこの石のダンジョンを直してもらってるんだけどね。ユニスママが真っ二つにしちゃったやつ

ソフィアの手のひらの上に、巨大な岩を砂の民たちが運ぶ光景が浮かび上がる。その岩は、ウセルマートがピラミッドと呼んだ石造りの迷宮の材料だ。驚くべきことに、彼らは魔術も魔道具も使うことなく、コロと呼ばれる岩の下に敷いた丸太とロープなどを用いた人力だけでそれを運んでいた。

それは凄まじい技術と労力だが、同時に恐ろしく無駄にも見える。Olの魔術を用いれば、あの岩を一体で運ぶゴーレムを作り出すことはおろか、大岩自体に自力歩行させることすら可能だ。

非効率的であることは承知のうえです。ですが、そうでもしなければ、仕事がないのです

絶句するOlに、トスカンが補足する。

仕事がないだと?

うん。あのね。この国の畑は、沢山取れるけどあんまり広くないの。それで、えっと、前の王様が管理していたんだって

こちらがこの国の地図です

ソフィアのたどたどしい説明にOlが眉をひそめると、すかさずトスカンが如才なく地図を広げた。

んっとね。ここと、ここと、ここと、ここは砂漠で、何もないの。で、真ん中の川のそばのここが、畑

地図を指差しながら、ソフィアは懸命に説明する。要するに砂の国サハラはその大部分九割程が、不毛の砂漠であった。

そしてその中央を流れる大河に寄り添うようにして、残りの一割で暮らしている。

なるほどなこれは、一種の龍脈だ

その地形を鋭く見つめ、Olはそう看破した。

魔力というのは、水にも溶ける。北の地の魔力はこの川に溶け、流れてきているのだ。とはいえ普通であれば川に含まれた魔力は大地に染み込んでいってしまうものだが、この不毛の地は一種の絶縁体になっておるのだろう。砂に覆われ他に行き場のない魔力は川に沿って僅かな大地を潤し、豊かにする。この地形であれば何もせずとも勝手に作物は育ち、絶えることはなかろう。そして

つい、とOlは指を動かし、地図上で今彼らがいる位置ピラミッドの中枢を指差す。

その魔力は最終的にこのピラミッドへと辿り着く。ヤツのウセルマートの異常極まる魔力量は、これがタネか

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