多少の違いはあれど、やっていることはOlと同じだ。違いがあるとするなら、ウセルマートはダンジョンコアを使っていないということだろうか。代わりになっているのがこの複雑な構造になっている石造りのダンジョン、ピラミッドだ。
石で出来た迷宮はその所々に魔力を孕み、ゆっくりと循環させる。放っておけば大気に溶けて消えてしまう魔力を貯蔵しながら、同時に流入しすぎて破裂してしまう危険を避けている。
ダンジョンコアに比べれば原始的で泥臭い装置だ。だが作られたのは数百年、下手をすれば数千年前のことだろう。太古の昔にこんなものを作り出した技術力と発想力は、Olでさえ舌を巻くものだった。
そしてその溢れる富を、王が独占していたわけか
Olの言葉に、ソフィアはこくりと頷く。
だからね。川の周りに住んでない人砂の上で暮らしている人たちは、すごく貧乏で、お腹も空いてるの。ご飯をあげたいけどけど、何もせずに食べるのは、よくないでしょう?
Olの脳裏に、特に働きもせず人の何倍も飲み食いするタツキの姿が浮かんだ。もしかしたらソフィアも彼女を見てそう思ったのかもしれない。
だから仕事を与えた、ということか
ピラミッドユニスが真っ二つに切り裂いたその残骸を、ソフィアはまだ掌握できていない。十二歳前後から成長していないその姿を見ればそれは明らかだ。
彼女が言うには、現在ピラミッドはダンジョンとしては死んだ状態にあり、己のうちに取り込むことが出来ないのだという。
膨大な魔力の受け皿であり、要塞としての機能も併せ持ったピラミッドは極めて有用だ。その復旧を急ぐことは理にかなっている。加えて、働く先のない民に仕事を与え食料を施すというのは、この国におけるソフィアの立場を固めるのにも繋がる。
トスカンの入れ知恵があったにせよ、悪くない選択だ。Olは満足気に頷いた。
でね、パパ
するとソフィアは甘えるようにそっとOlの袖を掴み、彼を上目遣いに見上げる。
働かせるのは良いんだけど、みんなに配るには食料が足りないの。もともと絶対量が少ないっていうのもあるんだけどこの前タツキお姉ちゃんが起こした津波のせいで駄目になっちゃった畑も多くって
ああ、あれか、とOlは思い返す。
ウセルマートとの初戦、砂漠の上にまで海を引っ張ってきたタツキの貢献は大きなものであったが、同時にその代償も高くついた。消費した力を取り戻すために彼女が求めた食料の量ときたら、Olすらたじろぐ程のもの。本国との連絡が取れていなければ、備蓄が底をつくところであった。
だから、パパのところから食料を分けてくれないかな?
間髪入れず即答するOlに、ソフィアは目を丸くした。なんだかんだ言ってOlはソフィアに甘いし、ソフィア自身もそれを承知している。だからまさか、断られるとは思っていなかったのだ。
え、な、なんで?
俺が、王だからだ
戸惑う我が子に、Olは厳かな口調でそう告げた。
無論、俺の国には余裕があり、お前の国を助けてやることもまた可能だろう。だが俺には、部下を、民を養う責任がある。ソフィアが困っているからとて、下々を活かす糧をおいそれとくれてやるわけにはいかん
幼い我が子に視線をあわせ、Olは諭すように言う。
聡明なる幼き王は、父の言葉をあやまたず受け取った。
対価が必要ううん、違う。そっか。パパの国も、わたしの国も、両方得をしないといけないんだ
つぶやく彼女に、その後ろに控えたトスカンが笑みを浮かべながら二度、深く頷く。
逆に言うと、対価じゃないなら、それを支払うのは別に今じゃなくてもいい?
ハッと気づいたように顔を上げ、ソフィアはOlにそう尋ねた。
ああ。何をするにも人手と、その元になる食料は必要だろう。しっかりとこちらの利を示し、根拠となるものを提示できるのなら、現物は今すぐ用意出来ずとも良い
そもそも現状でソフィアに差し出せるものなどないのだ。国の統制は取れておらず、信頼できる部下もおらず、制度も出来ていない。そんな状態でOlの国と対等に取引など出来るわけがない。
だが、投資なら話は別だ。
将来的にでも利が得られるということがわかりさえすれば、Olはソフィアに手を貸すことができる。僅かな会話からその発想に至ったソフィアに、Olは内心驚く。
かの英雄王がソフィア陛下の半分で良いから政に聡ければ、私も随分楽が出来たでしょうな
熱心に考えを巡らせる幼き王の姿を見ながら、トスカンが遠い目をしながらポツリと呟いた。
第13話愛されるダンジョンを作りましょう-2
さあついたよ、サリハ
父親の優しげな声に、サリハはパチリと意識を覚醒させた。
ほんとう!?
叫ぶように声を上げながら、サリハは寝台から跳ね起きる。
わぁ!
そしてすぐさま船室を飛び出して、そこに広がる光景に歓声を上げた。
途端、吹き付ける風がサリハの長い濃紺色の髪をなびかせて、彼女は目を細める。
雄大なるアンニルの川のその先、強い陽の光を受けて金色に輝くのは、神殿であり、城であり、砦である。この国に住むものであれば誰もが知り、しかし足を踏み入れること叶わぬ聖域王の居城、ピラミッドであった。
しかし、そこに入ることができなかったのは、ほんの数週間前までの話だ。
まだ幼いサリハは詳しいことを知らないが、以前の王、神帝ウセルマートを打ち倒した新しい王は下々のものたちをよく顧み、こうしてピラミッドをも開放しているのだという。
お父様、はやくはやくっ
慌てて転ぶんじゃないよ
子鹿のような足取りで桟橋を渡るサリハを笑いながら、父親がゆったりとその後を追いつつ、奴隷たちに荷物を運ぶよう指示を飛ばす。
ねえねえ見て、お父様!すごい!
先行するサリハは、ピラミッドへと続く道を目にしてはしゃぎ声をあげた。
ピラミッドの荘厳さを損なわぬよう、しかし色とりどりに飾られた店の数々。
活気に満ち楽しげなそれは、まるで何かの祭りのようだ。
しかしどの神の祭日でもなく、またそれを示す紋章も掲げられていない以上は、これがこの場所の平素の姿なのだと知れた。
やれやれ。それじゃあもう、ピラミッドに行ってみるかい?
まずは宿に身を落ち着けてからと思ってたのだが、と父親が呆れ混じりの言葉を漏らす。こうなったサリハは抑えが効かないというのは、よくよく身にしみていた。
奴隷たちに宿に荷物を運んでおくよう指示して、彼は愛娘と共にピラミッドへと向かう。
これは素晴らしい
間近で目にするピラミッドのその威容は、幾多の神殿や芸術品を見慣れた彼をして思わずため息をもらさずにはいられないものだった。
途方もない技術と労力を用い積み上げられた巨大な石は、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどに無数に聳え。そこには数多の神々が象られ、飾りあげている。それを見上げるだけで、いくら辣腕の豪商と讃えられようと、己が身が只人でしかないことを思い知らされるかのようであった。
ねえねえお父様!あれよ!
感動に打ち震える父の心など知ったことでなく、サリハは入り口を指差しながらぐいぐいと彼の袖を引いた。ピラミッドの正面入り口とは別に、横手にぽっかりと空いた小さな穴。
そこに立てられた看板には、石のダンジョン攻略体験はこちらと書かれていた。サリハが熱望し、わざわざここまでアンニルの川を下ってやってきた理由。新たな王が作り上げたという、一大娯楽施設(アトラクション)。
早く早く!
わかったわかった。そう引っ張らないでおくれ
亡き母に似たのか、気が強く好奇心旺盛なサリハは何日も前からこれを楽しみにしていた。父親としても、下手に冒険者などになられるよりも、こういったもので発散してくれるのならありがたい。
入場料、五百銀だって、お父様
奴隷を十人買える程度の金額だ。安くはないが、しかしピラミッドに入ることが出来ると考えれば破格の値段だろう。以前はそれこそ金を山と積めるような人間でなければ、ここまで目前に近づくことすらできなかったのだから。
お父様はいかないの?
ああ。私はあっちの方を見てくるよ。終わったなら、宿の場所はわかるね?
聡明に頷く娘に満足し、父親はピラミッドの正面入口の方へと向かった。そちらには過去の王の墳墓や、珍しい異国の品の数々なんかが展示してあるらしいが、サリハには興味のない代物だ。
ようこそ、勇敢なる探索者よ。まずは、武器をお選び下さい
意気揚々と代金を支払い中に入ると、いきなりずらりと様々な武器が並べられていて、流石のサリハも面食らう。剣、槍、曲刀に棍棒。名前も知らないものや、使い方すら見当がつかないものさえあった。
あの、えっとこれで、戦うの?私が?
大丈夫ですよ、本物ではありませんから
受付の女ににこやかに言われ、半信半疑で手にとって見れば、なるほど確かに軽い。サリハは本物の剣など持ったことはないが、木かなにかに塗料を塗って本物に見せかけているだけのものだという事はわかった。
サリハはそれらをじっくりと吟味して、やがて両刃の小剣を選び取った。彼女の身の丈ほどもある大剣や、斧のような恐ろしい刃のついた複雑な形の槍なんかも気にはなったが、狭いピラミッドの中で振るうには小剣の方が適していると判断したのだ。
剣を選びし勇敢なるものよ。ダンジョンの中に現れる怪物たちを打ち倒し、無数の罠をくぐり抜け、魔窟に囚われし我らが神を救い給え
厳かに告げる女性に、サリハは小剣を掲げ答える。僅かな緊張と恐怖、そしてそれを塗りつぶす期待と興奮が、彼女の小さな胸を満たしていた。
そして、冒険が始まった。サリハは武器と一緒に渡されたランプを片手に掲げながら、ピラミッドいや。ダンジョンの中を進んでいく。ゆらゆらと揺らめく炎が映し出す石の通路は、光によってかえって闇が深くなっているかのようで、何とも恐ろしい。
と、不意にその闇が揺らめいて渦巻いたかと思うと、それは醜悪な小鬼の姿を取って実体化した。
っ!
サリハは息を飲み、剣を構える。小鬼はサリハの半分ほどの背丈しかなかったが、それでもしわくちゃの顔に牙を剥き出し威嚇する姿は恐ろしい。
ややぁぁっ!
だが、先に打って出たのはサリハの方だった。剣を手に取るものから見れば笑ってしまうほどに遅く、弱く、拙い一撃。だがそれはしっかりと小鬼の脳天を切り裂いて、その身体を元の闇へと還す。
途端、辺りにファンファーレが鳴り響いた。
えっ、何?何?
<あなたはレベルアップしました>
その声も音も剣から聞こえてきているようで、サリハは手元を凝視する。
<火球の魔術を覚えました>
火球?
聞こえてくる言葉をつぶやくと、やにわに剣が光り輝き、その刀身から炎の弾が飛び出した。
わっわっ!
サリハは慌てて身を引くが、火球は彼女の前髪を焦がすこともなく、すうっと天井の中に消えていく。
あこれも、本物の火じゃないんだ
火球をもう何度か撃ってみて、サリハはそれに気がつく。刀身から吐き出される炎は燃える匂いもしなければ、熱さもない。誤って自分を燃やしてしまう心配はないようだった。
よし
彼女は笑みを浮かべ、先程までよりも大股で進み始めた。
石礫!氷壁!雷撃!
サリハの振るう剣から石の弾丸が飛び出して魔物たちを貫き、氷の壁が押しとどめて、轟く稲妻が壁ごと穿つ。
全身を焼かれながらも襲い掛かってくる牛頭の怪物を、サリハの小剣が真っ二つに切り裂いた。
<あなたはレベルアップしました。幻影の魔術を覚えました>
やったっ
そして鳴り響くファンファーレに、サリハはぐっと拳を握りしめる。
幻影っ
すぐさま新しい魔術を試してみれば、剣で示したその先に、サリハそっくりの姿が現れる。
囮になるってことかな乱戦で使えそう
魔術はレベルアップの時に名前を教えてもらえるだけで、使い方は使用者が見つけ出さなければいけない。石礫に敵を怯ませる効果があることも、雷撃が氷壁を貫通することも、戦いの中でサリハが見つけ出したことだった。
ダンジョンの奥へと進むに従って、敵もどんどん強大になってきている。怪物たちの爪がサリハを傷つけることはなかったが、代わりに体力と呼ばれる数値が減ってしまう。これがゼロになるとおしまいらしい。
サリハが更に進んでいくと、今までにない巨大な玄室が見えた。その奥には祭壇があり、彼女は本能的にここが最後の戦いであることを察する。