ホスセリは日の出とともに三度いいや。何度でも蘇り、お主はいずれ殺される。何があろうとじゃ
一度ではなく、何度も予知を繰り返しているのだろう。彼女の表情は暗く、声色は絶望に満ちている。最初も二度目も、ホデリはホスセリを易易と下してみせた。あの調子であれば百回でも千回でも殺してみせるだろう。
だが、一回目に比べ二回目のホスセリは強くなっていた。少なくともホデリが生け捕りに出来なかった。もし死ぬ度に生き返り、その度に強くなっていくとするなら、テナの予知が揺るがぬのも道理であった。
業火に焼かれ、魂までも消えてしまうだったか
不意にそんな事を口にするOlに、ふとテナは顔を上げる。
お前が最初に言ったことだ。その時俺は、どうあっても逃げられないという言葉の方を気にしてしまったが。あれは、どういう意味だ?
ホスセリは、魔術の類を扱えない。ザナやイェルダーヴが使う神術とでも呼ぶべきものや、テナやその孫のユツが操る妖術も。何者かに操られているらしい今も、剣を振るうばかりで炎など出していない。ならば、その死因はどういうものなのか。
わからぬ。言われてみれば、そうじゃそれは、儂が最初に見た先見じゃった。けして消せぬ熱と炎に苦しみもがくあなた様の姿に動転してしもうたがそれ以降、あなた様は炎では死んでおらぬ。刺されたり、首を刎ねられたり、蹴りで粉砕されたり、拳で押しつぶされたりしておる
ずいぶんバラエティに富んだ殺され方だな
Olは顔をしかめ、軽口を叩いた。可能性の話であるとは言え、自分が殺される様を語られてあまりいい気分にはなれない。
おおよそは、わかった
何故なのか。どうやっているのか。どうしたらいいのか。それは全くわからない。
だが
ホスセリが何に操られているのか。そして俺は何故死ぬのかは
Olは天を見上げ、目を細める。ある意味では、マリーの考えが当たっていた。
無明の力さえ遠く及ばぬ範囲外からの干渉いや。見えては、いる。無明ではなく、Olの肉眼でさえ。
敵は不滅。何をしようと滅びず、死を恐れることもなく、何度でも蘇りそしてその度に強くなる。不滅の勇者といったところか
昇る太陽を睨んで、Olはつぶやいた。
第15話不滅の勇者を斃しましょう-4
わたしがどこにいるか、ですか?
ザナの顔、ザナの声、ザナの身体で。
しかし、口調を異にする彼女は、不思議そうに首を傾げた。
それは、おわかりになって聞いてらっしゃるのでしょう?
目を細め微笑む彼女のその妖艶さは、ザナにはないものだ。
ではやはりそうなのだな
火山の神サクヤは火の山の中に。ダンジョンの神であるソフィアはダンジョンの中に。あの自由極まりない海の女神タツキでさえ、平時は海の中にいて陸には食事のときにしか上がろうとはしない。
ならば、ザナの口を借りるだけで姿は見せぬ月の女神マリナが本来どこにいるのかは、考えるまでもない。
ええ。わたしがいるのは、月の上です
月の女神マリナはそう、答えた。
ということは、太陽神は太陽の上か流石にそれはどうにもならんな
太陽というものが見た目ほど近くにあるわけではないということを、Olは知っていた。かつてメリザンドが空の彼方に浮かべていたスターコアは数千マイルの高さにあったというが、それでさえ太陽までには程遠い。ユニスの転移の力を持ってしてさえ届かぬ距離だ。
では加護を打ち消す方法はあるか?
打ち消すですか
Olの問いに、マリナは少し困ったような表情をする。
例えばあなたが誰かに力を貸そうと決めたとして。どうやったらそれを諦めさせることが出来ますか?
逆に問い返されて、Olはむっと呻く。確かに、Olがそうと決めたのならばそれを覆すのは不可能だ。
イェルダーヴは純潔を失うことによって太陽神の加護を失ったが、それはただ単に好みの問題だろう。神が処女にしか力を貸せないというわけではない。そもそもホスセリは生娘ではないし、ザナもそうだ。
では、お前ならばどうする?
逃げますね
間髪を入れず返ってきた答えに、Olは溜め息をついた。彼女の権能は最善手。そしてこの場合の最善手ははっきりと分かってしまっている。少なくともOlはこの大陸を去ってしまえば無事なのだ。ただ、残されたソフィアたちがどうなるかわからない。
それ以外では?
わかりません。わたしの力は最善の糸を手繰り寄せる力。日の光を映してその影を象る力です。それによって何が起こるかを知ることは出来ませんし知ることが出来ないからこそそれは最善となる
なるほど、な
テナの能力の説明を聞いた後であれば、その理屈はするりと飲み込めた。結果がどうなるかを知ってしまえば、そもそもそこから未来が変わってしまうのだ。だから過程を知ることなく、ただ結果だけをもたらす。女神マリナの力は、つまりはそういうものなのだ。
まあ良い。参考にはなった。礼を言う
折角来たのにもう行くのですか?
椅子から立ち上がり、踵を返すOlをマリナは呼び止めた。
昇りゆく太陽神の加護を得て不滅だと言うのならば、復活は日の出と同時でしょう。でしたらもう少しゆっくりしていってはどうですか?
いや。悪いが、すべきことも考えるべきことも山積していてな。お前の相手はまた今度だそれと
にこりと微笑む彼女の頭を撫で、Olは言う。
マリナなら多分、来たのにではなく、いらっしゃったのにと言うぞ、ザナ
途端、ザナの白い肌が朱に染まった。
出てきたぞ、Ol
払暁を待ち、地平の果てから黄金色の光が差し込み始めた頃、メリザンドはそう告げた。六千年の時を生きた聖女である彼女は、マリーよりも遥かに巧みに英霊の力を扱える。自身に千里を見渡す力を借りるだけのマリーに対して、メリザンドはその光景を映し出して他者と共有することが出来た。
サクヤの火山を中心として広がる森のダンジョンの東側、ヤエガキ山脈の麓の辺りに積まれた石の祭壇の上で、ホスセリが身体を起こす。やはりその身にはホデリがつけたはずの傷は一つもなく、衣服や防具すら元に戻っていた。
さて奴は今、肌も体内も、瞳さえ刃を受け付けぬ身体となっているはずだが
某に、お任せくだされ
どう対処するべきか。悩むOlに、ホデリが真っ先に声を上げた。
出来るのか?
は。お任せ頂けるのであれば
Olの知る限りホデリは最高峰の剣士でありそして、それ以外の何者でもない。ただただ卓越した剣技を持つだけの、普通の男だ。それに対して相手は刃を受け付けない体になった相手。手の打ちようはないように思える。
一度止めればいいというわけではないぞ
御意に。恐らくはあと三度は、足止め出来るかと
跪くホデリに、Olは目を見開いた。ホスセリは恐らく、撃退され日が昇るごとに強くなる。そして一度撃退する時に使った手段は通じなくなるのだ。そんな彼女を三度も止められるとはにわかには信じられないが、かと言って嘘や冗談でこんな事を言う男でもない。
わかった。その三度で、必ず何とかする方法を見つけてやる
そう請け負うOlにホデリは深々と礼をして、ふと思い出したかのように言った。
一つだけ、殿にお願いしたき儀がございます
さてすまんが何度か相手をしてもらうぞ
その両手で片刃の剣を握り、ホデリは三度ホスセリと相対する。彼がOlに頼んだのは、かつてオロチとの戦いで失った左腕をもう一度再生して欲しい、というものだった。
元の腕が残っているならともかく、完全に失われてしまった四肢を元通りに復活させることはOlにも不可能だ。骨や肉、皮はともかくとして、神経までをも元通りに戻すのは魔術で出来る領域を超えてしまっている。
ゆえにホデリの左肩から生えたそれは、精微を極め剣の頂きに指をかけつつある右腕とは違い、ただの不格好な肉の塊である。一度Olに再生してもらった時も、こんなものであればない方がマシだと切り落としてしまった程なのだから。しかし今、ホデリはそれにすら頼ることを決めた。
目にも留まらぬ程の速度で、ホスセリの剣が突き出される。一度目、二度目とは段違いの疾さであった。明らかに、強くなっている。
身を開こうとするホデリの動きは間に合わず、彼の胸の辺りに剣が突き刺さる。鉄の塊が貫いたのは心臓その、一寸の更に半分ほど隣。肺腑に穴が空き派手に血が吹き出すが、しかし致命傷ではない。
ホスセリは反射的に剣を引こうとするが、遅い。ホデリは呼吸をしないままに、刀を走らせた。音もなくホスセリの両手両脚が断たれ、彼女は地に崩れ落ちる。ふ、と息を吐こうとすると、代わりにごぼりと血の塊がホデリの口から溢れ出た。
お前は真面目な顔をして無茶苦茶をするな
呆れと驚嘆を半々に浮かべながら、Olが姿を現す。
彼がホデリの傷口に手をかざすと、血は止まり傷口はあっという間にふさがった。
何。こうして治して頂けるのはわかっているのだから、死にさえしなければ安いものです
肺の中に溜まった血反吐を吐き出し、口を拭いながら軽く言ってのけるホデリ。スピナも己の負傷を顧みないところがあるが、彼女は単純に苦痛を苦痛と感じていないだけにすぎない。痛みも苦しみも人並みに感じた上でそれを厭わないホデリは、あるいはそれ以上に狂っているのかも知れない、とOlは思った。
そもそも、なんで切れるのだ。こいつは剣への耐性を得たのではないのか?
Olは反撃に気をつけつつも、失血死せぬようホスセリの両手足の傷口を治療する。うめき声もあげずピクリとも動かないが、ホスセリはまだ生きていた。恐らく死んでしまえば、また昨日のように消えてしまうのだろう。
ええ。その肌は恐らくいかなる刃も通らぬようになっているのでしょう
ホデリは頷き、刀を振って鞘に収める。癖を超えてもはや呼吸の如き血振るいの動作だが、その刃に血は一滴たりともついてはいなかった。
ですから、肌や肉ではなくその間隙を切りもうした
間隙?
訝しげに繰り返すOlに、ホデリは頷く。
人の肉体に限らず、ものには全て間隙があります。ものを成り立たせている最小の単位の、間が
ものを成り立たせている最小単位。それは魔術師たちの間で、原子などと呼ばれている想像上の存在だ。Olも恐らく実在するのだろうとは思っているが、その実在を確かめる方法は想像もつかない。
そこに刃を通せば、肌自体がどれだけ硬く頑丈になっていても関係ござらぬ
彼の言っていることが真実であれば、なるほど確かにそうだろう、とは思う。だがそれは
それはつまり、お前には切れぬものなどない、ということか?
いやいや、まさか。某はまだまだ道半ばもいいところ、未熟者であります故
照れくさそうに頭をかきながら、ホデリは視線を上に向ける。
まだ空は斬れませぬ
やはりヤマトの民はどこかおかしい。
Olはつくづく、そう思った。
第15話不滅の勇者を斃しましょう-5
やはり駄目か
うむ無理なようだ
Olの問いに赤く染まった髪を煩わしげにかきあげて、メリザンドは頷く。
やはりとは何だ
その口から、低い男の声が飛び出した。
お前の能力ではメリザンドの呪いも解けぬのだろう。ホスセリの呪いは下手をすればそれよりも強力なものだぞ
ぐっ
Olの言葉に、メリザンドに憑依した英霊、ザイトリードは呻いて口を噤んだ。
あらゆる魔術を無効にするザイトリードの鉛の能力。それでホスセリにかかった支配を解くことは出来ないかと試してみたが、案の定その試みは無駄に終わった。
ただどんな傷も治り変化しないメリザンドの不死の呪いよりも、日が昇る度に更なる力を持って復活するホスセリにかかった呪いの方が、効果としては強力に思える。故にOlは殆ど期待していなかった。
もっともメリザンドのものは数千年経ってなおその効力を些かも減じていないという時点で規格外なのだが。
だが魔王。言っておくが全くの無駄というわけではないぞ
手応えは、あった
虚空にかざした手をぐっと握りしめ、不敵な笑みを見せるザイトリード。しかしその外見は憑依したメリザンドひいてはマリーの姿の生き写しであるため、全く似合っていなかった。
メリザンドにかけられたような、押しても引いてもどうにもならぬ呪いではない。俺の力が及ばなかっただけで、原理的には消すことが出来る呪いだ
なるほど、つまり
Olは深々と頷いた。
これで解呪への耐性も得てしまったわけだな
うっ!?
そこまで思考が及んでいなかったのだろう。ザイトリードは呻き、愕然とした。
まあ良い。お前に解けぬのなら、どのみち誰にも解けぬ