Olがザイトリードに言ったのは、軽口のようなものだ。そもそも死に繋がらない干渉に対しても強化されるのかどうかはわからない。

しかし厄介な事だな

寝台に横たえられ、暴れることすらなく虚空を見つめるホスセリを見つめ、Olは嘆息する。解呪を含め、彼女自身に対するあらゆる試みは無駄に終わった。

対話は勿論不可能だったし、読心術の類も全く効果がない。Olはまるでリビングデッドを相手にしているような気持ちになったが、ホスセリの心臓は確かに動いていたし、その肉体は生きていた。

ザナとイェルダーヴに使った首輪も試してみようかと思ったが、テナがそれをつけた後の未来が見えないなどといい出したため断念した。一体何が起こるかわかったものではないが、ロクな事にならないであろうことは確かだ。

お師匠様。割り出しが終わりました

さてどうしたものかとOlが思案していると、羊皮紙の束を手にスピナが現れた。

幾つあった?

全部で九十八個。それも、大陸中にです

ふむ。数はおおよそ合うな。やはり一日に一つと言ったところか

Olが床石をせり上がらせて即席のテーブルを作ると、スピナはその上に羊皮紙を広げる。それは、地図であった。ヤマトから東方のヤエガキ山脈を隔て、氷の国ヒムロや砂の国サハラ、そしてその更に東に広がる高原までをも描いた広大な地図。

その到るところに、印がつけられている。その数、九十八。

それはホスセリが姿を消してから今に至るまでの日数でもあった。

その印は何だ?

二人の会話の意味がわからず問うメリザンドに、Olは答えた。

ホスセリが復活する場所だ。これを今から、全て破壊する

よいしょー!

轟音を立て、リルの掲げた石火矢が火を放つ。大砲形態から放たれる魔力の弾丸は、丘の上に突き立った剣を粉々に破壊した。

流石に剣までには、不滅の力は宿ってはいないようだな

ホスセリの死体は死ぬと同時に消え、そして森のダンジョンにほど近い祭壇の上で復活した。わざわざあんな場所で蘇ったというのはただの偶然ではなく、復活できる場所は決まっているということだろう、とOlは予測した。

そしてそれは、たった一つではないはずだ。

復活の場所を記録(セーブ)しておく場所だから、記録地点(セーブポイント)とでも呼ぼうか。

それは大陸の各地に、あらゆる手段で作られていた。

スピナ、次はどこ?

ここから東、およそ三十マイルです

リルの問いにスピナが手のひらの上で蠢く桃色のスライムを見つめ、答える。

セーブポイントの位置を割り出したのは、このスライムの能力だった。

はいはーい。じゃあソフィア、お願いね

リルが声を掛けると地面が隆起し、Olたちを取り囲んで小さな部屋を形作る。ついでその部屋が崩れた時には、外の光景は全く別の場所へと変わっていた。もはや大陸の大半を覆うように広がるソフィアのダンジョンを経由すれば、数十マイルに渡る移動も一瞬であった。

さて、今度はどれかしら

あれですね。あの古木です

スピナの指差す先には、一際古い木が雄々しく聳えていた。その幹には縄のようなものが巻かれており、緑色の鳥の羽根のようなものが飾られている。

大きいわね。ちょっと強めにいくから、耳閉じておいてね!

リルはそう宣言し、今日十数度目となる砲を放つ。閃光とともに轟音が響き渡り、大地を揺るがして、次の瞬間には古木はバラバラに弾けとんでいた。

ちょっと、休憩、していい?

石火矢を降ろし、荒く息を吐きながらリルはそう提案した。本来悪魔に呼吸は必要ないが、魔力を消費しすぎるとそうなる。大気に僅かに混じる魔力を呼吸によって取り入れようとする反応だ。

ああ。今魔力をくれてやる

ん、ありがとー

両腕を伸ばすリルを抱き寄せ口づけると、彼女はOlの身体から容赦なく魔力を吸った。ミシャと契約して境界を僅かながら操れるようになった今、Olはどこでもほぼ無尽蔵に魔力を取り出すことが出来る。

かつてはOlがリルの事を魔力タンク代わりに使っていたが、逆の立場になっているのは何とも奇妙なことだった。

んっちゅぷんむっふ、はぁ

魔力を吸い取った後もたっぷりと舌を絡ませ口づけを堪能して、満足げにリルはOlから離れて転がっている岩の上に腰掛ける。受け取ったOlの魔力が馴染むまでは休憩の時間だ。

そういえばスピナ、どうやってあなた何してんの?

言いかけた言葉を切って、リルが呆れた視線を向ける。Olが釣られてスピナを見ると、彼女は先程のリルを真似るように両腕を伸ばしていた。

来い

ハッとして腕を引っ込めるスピナに言うと、彼女は恥ずかしげに、しかし嬉しそうにOlの胸元に収まる。傍から見れば何時も通りの鉄面皮なのだろうが、長年付き合ってきたOlとリルにはそれが彼女なりの満面の笑みであると知れていた。

えーと、それで、どうやってこのセーブポイント?とかいうの見つけてんの?

たっぷり十数分Olとの接吻を楽しんで、ツヤツヤと肌を艶めかせるスピナに、リルは改めてそう尋ねた。

呪術と組み合わせたスライムを作り出しました

言って、スピナは先程みせた桃色のスライムを取り出す。

元々関連していたものは、その繋がりを断たれても関係するそれが、呪術の考え方です。私はそれを利用しました。ホスセリがセーブポイントに戻るというのなら、彼女が残していった手足も戻ろうとする。けれどその能力が肉片にはない。であるならば、それを与えてやればいい

つまり、それって

リルはスピナの手のひらにのったスライムを見つめた。

鮮やかな桃色のスライムは、見ようによっては可愛らしく見えなくもない。

はい。ホスセリの手足を煮溶かしたスライムです

綺麗なピンク色だと思ったら、肉の色なの!?

正確には血と脂の混じった色ですね

だが屍肉が原材料と聞いては、とてもそう思うことは出来なかった。

しかしよくもこの短期間で、そんな都合のいい代物を作り出せたものだな

方式自体は既にお師匠様のあっ

Olの問いに、スピナはいいかけて慌てて口をつぐむ。

俺の、何を使った?

すみません、その、御髪をいえ、そのどこにいらっしゃってもお側にいたいと

だがそこまで言ってしまえば全部口にしたも同然だ。Olが問い詰めると、しどろもどろになりつつもスピナは白状した。

まあ良い。でかした

ため息を付き、Olはスピナの頭を乱暴に撫でる。

あとでたっぷりと仕置をしてやる

第15話不滅の勇者を斃しましょう-6

風よりも早く、ホスセリが駆けた。

遥か彼方、地平の果てにあった小さな点は瞬く間に眼の前までやってきて、勢いをそのままに長剣を突き出す。

やはり思ったとおりですな

ホデリがそれを見つめながら言った。

もはやその攻防は、Olには目で追うことすら出来ない。

気づいたときにはホデリの胸には剣が突き刺さり、ホスセリの身体は地面に転がっていた。

ホデリは剣の刺さった胸から激しく血を流しつつも、腰を深く落とし右腕を突き出した姿勢をゆっくりと元に戻す。その間にホスセリの身体は徐々に薄れ、以前のように消えていった。

ホデリはその腰に挿した片刃の剣を抜いてさえいないし、ホスセリの身体にも傷らしきものは見られなかった。にもかかわらず、ホデリは何らかの方法でホスセリを絶命させたらしい。

奴は際限なく強くなるのでしょう。ですがそれは、単純なものでしかない

Olの治療を受けつつも、ホデリは言った。

刃を食らわば硬くなる。それさえ斬れば今度は早く。何の工夫も技もない。ただ防ぐだけであれば、十度でも百度でも防げそうです

明らかに致命傷いや、致命のほんの一歩手前の傷を受けつつも、ホデリは自信満々にそう言ってのける。

貴様、わざと攻撃を受けているな?

Olの問いに、彼はあっさりとうなずいて見せた。

二つ、気づいたことがあります。一つは技巧には変化がないということ。奴が強くなるのは速さと強さといった単純な強さのみ。そしてもう一つは、変化するのは必要な分だけ最低限、という事です

最低限?

然様。どのような理由かは存じませぬが、愚妹は某が見せた強さ、それをほんの僅かに上回る程度に強くなっておりまする

それで、わざわざそんな傷を負っているのか

Olの言葉に、ホデリはもう一度うなずいた。余裕を持って攻撃をかわせば、次はその動きではかわせない速度の一撃がやってくる。ゆえにホデリは、ギリギリで死なぬ程度に攻撃を受けて凌いでいたのだ。次の一戦のために。

まあそれもあと一回が限度でしょうが

防御はともかく、攻撃は致死か行動を不能にする一撃を加えなければならない。しかもその度に強くなっていくのだ。流石のホデリと言えども、そう何十種類もホスセリを殺す方法を持ってはいない。

ちなみにさっきのはどうやったのだ?

明らかにホデリは剣を抜いていなかった。剣ではなく拳だから問題ない、などという単純な話ではないだろう。今のホスセリは外部からの攻撃であれば何であれ無効化するようになっているはずだ。

あれは通しと呼ばれる技術で、本来は甲冑を着込んだ相手に無手で打撃を与えるものです。それで胸を打ち、心の臓を直接破壊し申した

よくもまあ魔術も神術も使わずそこまで鍛え込んだものだ

Olは呆れたものか感心したものか悩んだ。体術をその域にまで高めるのには、並々ならぬ努力が必要だったであろう。術に頼らず一心に磨いてきたからこその技量ではあるだろうが、しかし術を併用すればもっと容易く成し遂げられた気もする。

ただ一点。今この時に限って言えば、それは何よりも頼もしいことだった。

ホデリが約束した三度までホスセリを止めるという約束のうち、二度は既に果たされた。残り一度でOlはホスセリをどうにかしなければならない。

Ol達が辿り着いたのは、ホスセリの築いた九十八のセーブポイントを破壊し尽くしたその先。サハラの更に東、高原の果て。フウロと呼ばれる小さな国がかつてあった場所だ。

風路(フウロ)の名の通り、幾筋にも吹き通る風がOlたちの髪を撫で付けていく。しかしそこにはもはや住むものもなく、風化した家の残骸だけが無残に晒されていた。

テナの予知と、スピナのスライム。そのどちらもが、この先を指し示している。

流石の俺も、想像もしなかった

そしてそこにあったものに、Olは瞠目した。

よもやこの世に、壁のないダンジョン、などというものがあろうとはな

視線の先に広がるのは、複雑に張り巡らされた石造りの通路だ。

玄室どころか壁も天井もなく、通路から足を踏み外せば谷底へ落下する空中回廊。

しかし他ならぬOlが認める以上、それもまた、紛れもなくダンジョンであった。

ゆくぞ

号令をかけるOlに続くのは僅かに三名。ホデリ、ユニス、ソフィアだけだ。

ダンジョンって言ってもこれ、跳んで渡っちゃ駄目なのかな?

通路を眺めて、ユニスは素朴な疑問を呈する。通路は一人ずつしか渡れぬほど細く、通路と通路の間は跳び越えるには幾分距離がある。しかしユニスの脚力とバランス能力であれば、跳んで超えられないことはなさそうにも思える。

まあ、無理だろうな

しかしOlは首を振って小石を拾い上げると、それを放り投げた。すると突然谷間から猛烈な風が吹き荒れて、その小石を谷底へと弾き飛ばしてしまう。

その程度の対策はしていよう

なるほど、風が壁代わりなんだね。まさに風のダンジョン、かあ

ユニスは表情を引き締め、頷く。

しかし、道は見えているのです。正しい道を進むのは容易なのでは?

ダンジョンで最も怖いのは、罠でも敵でもなく、迷うことだ。その点、全貌をほぼ見渡すことの出来るこのダンジョンでは迷いようというものがない。ホデリは無造作に歩を進めていく。

いいや。そうであればこの俺がダンジョンなどと呼ぶものか

その襟首をOlが掴むと同時、ホデリの足が空を踏んだ。途端巻き起こる凄まじい風にその身体が引き込まれる寸前で、Olは彼の身体をぐいと引きずり倒す。

今のは

ただの幻影だ。お前は腕は立つが、こちらはさっぱりだな

通路が続いているように見えるが、それはただの虚像にすぎない。虚と実が入り乱れ、一歩誤ればすぐさま牙をむく。それがこのダンジョンであった。

そしてそれは取りも直さず、今もこのダンジョンが生きていることを示している。

どうやら当たりだな

Olは頭上を見上げてつぶやいた。

ダンジョンが生きているということは、そこに住まうものもまた健在だということである。巨大な鳥が何羽も舞い降りてきたかと思えば、その口から炎が吐き出された。

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