うわっ、こんな地形で空から火を吹いてくるとかずるい!
ユニスが叫びながら剣を引き抜き振るう。
これって矢とか放ったら風で飛ばされるんでしょ?逃げ場もないし、戦いようがないじゃない
巨鳥たちが羽ばたいているのは遥か上空。どんなに長い槍も届かぬ距離だ。
あたし以外は
チン、と音を立ててユニスが剣を鞘に収めると、鳥たちはその翼を引き裂かれて谷底に落ちていった。空間を跳躍するユニスの権能。それを斬撃に適用する自由自在の剣戟は、風にも距離にも関係なく敵を切り裂く。
でも、この調子じゃあ、だいぶ時間がかかりそうだね。力もつかな
ユニスは前方を見据え、呟く。確かに壁のないダンジョンはどこまでも見渡せるが、だからといってその全貌を知れるわけではなかった。
空中回廊は遥か彼方まで続いていて、その先はようとして知れない。複雑な通路を辿っていくならば、その長さは見た目の何倍にもなるだろう。ユニスの斬撃を飛ばす技は転移に比べて消耗は遥かに少ないが、それでも限界があった。
無論、バカ正直に進むつもりはない。ソフィア、セレスに交代だ
うん。セレスさん、出番だよー
ソフィアが部屋を作り出し、ユニスを囲む。それが消え去ると、まるで手品のようにユニスの代わりに白アールヴの姫、セレスが現れた。
どうすればいいかはわかっているな?
ええ。心得ておりますわ
セレスは頷き、弓に矢を番えた。その矢の末端、筈の部分には蔓が結わえ付けられ、セレスの足元へと長く伸びて束になっている。
彼女が矢を放つと、蔓を伸ばしながら飛んでいくそれを撃ち落とさんと猛烈な風が吹き荒れた。
だが矢は先程Olが投げた石のように叩き落とされることはなく、まるで風の中を舞い踊るかのようにくるくると飛んで、本来の飛距離を遥かに超える彼方の通路へと突き刺さった。
すごーい!なんで!?
ソフィアは目を丸くしてパチパチと手を鳴らす。
色も形もない、目に見えぬ風の動き。それをこの世で最も知るものはなにか、ご存知ですか?
そんなの、木の葉に決まってるよ
ソフィアの言葉に、セレスはにっこりと微笑む。
ご名答です。私たちアールヴとりわけ、白の氏族は木々の申し子。風を読むのは容易いことです
無論、ダンジョンの機構がそう簡単に侵入者に利する訳がない。どれほど完璧に読み切ったところで、矢の飛距離が伸びるような風向きに風が吹く訳がない。
だが、その流れをほんの僅かでも変えられるのなら、話は別だ。
白アールヴは優れた射手であると同時に、秀でた魔術師でもある。矢の受ける風を操ることなど造作もなかった。
次を
セレスが手を伸ばし、ソフィアが次の矢を渡す。森のダンジョンを掌握している彼女は、無限に等しい矢と蔓を用意することが出来た。それを何度も繰り返すと、幾重にも重なり合った蔓は太く頑丈な生ける橋となる。
これが石造りであれば、どれだけ堅牢に作ろうと吹き付ける風にすぐに砕かれてしまうだろう。だがしかし無数に隙間の空いた蔓の橋は、どれほど風が吹き付けようとそれを細かく砕いてすり抜けさせ、しなやかに揺れて破壊的な衝撃を逃れた。
さあ、進むぞ
Ol、セレス、ソフィア、ホデリの順に並んで橋を渡っていく。
その半ばまで来たところで、ギチギチと音が鳴り響いた。
見れば奇妙な怪物が谷底の上から這い出して、セレスの作った橋を齧り切ろうとしているところだった。それは大雑把に言えば、アリに似ている。しかし大きさは人間と同じくらいもあって、節くれだった手足は虫にしてはあまりに獣じみている。
すぐさまセレスが矢を放ったが、怪物の硬い甲殻に弾かれて傷一つつかない。
ソフィア、次はユツだ!
すかさず叫ぶOlに答え、セレスと入れ替わりにユツが姿を現した。ソフィアのダンジョンの中に控える彼女たちは、ソフィアの耳目を通じて状況を完全に把握している。
既に妖狸の霊をその身に宿していたユツは、尾を引き抜くとそれを振り下ろした。
妖狸の太い尻尾はたちまち巨大な柱に姿を変えると、吹きすさぶ風など物ともせずにその質量のまま倒れてアリに似た怪物を押しつぶす。
役目を終えた柱は途端に木の葉の塊に変じたかと思うと、強風に散っていった。
目まぐるしく人を入れ替えながら、Olたちは風のダンジョンをどんどん進んでいく。
無数の肉食羽虫をサクヤの炎が燃やし尽くし。
巨大な三つ目の鬼をリルの石火矢が貫き。
俊敏に襲いかかってくる六脚の魔獣をエレンの強弓が打ち倒し。
幾つもの首を持つ竜をスピナの粘糸が切り裂き。
ガス状の不定形の魔物をタツキの水が押し流す。
出てくる怪物はどれも初めて見る相手であり、また狭い足場でまともに相手にするなら苦戦は免れ得ぬ強敵であった。
しかしそこは、千の怪物と万の魔物を知るOlである。
己の知識にある魔獣や妖魔との相違点や類似点からひと目でその弱点と倒し方とを見抜き、ソフィアに指示を下す。
ソフィアも阿吽の呼吸でこれに答えてすぐさま人を入れ替え、敵を迎え撃った。
時にはOl達が渡る通路のすぐ横の谷底から突然現れ奇襲をかける怪物もいたが、そういったものは片端からホデリが切り伏せていく。仮に相性が悪く殺せないまでも、Olとソフィアが準備を済ませる時間を稼ぐくらいは容易いことだった。
一行の受けた傷は、無限の魔力と稀代の腕を持つOlがすぐさま魔術で治療する。
そうなればいくら広大とはいえ、所詮はたった一階層しかないダンジョンだ。
Olたちは僅か半日ほどで、最奥へと辿り着いた。
これ、だね
確信を秘めたソフィアの言葉を、Olも首肯する。
そこにあったのは、大きな祭壇であった。
空中に走る通路の果てにあるそれは、客観的にはただの石の塊であるにも関わらず、目にしただけでそれとわかる神々しさがあった。
一際高くなったその祭壇から周囲を見回せば、底さえ見通せぬ深い谷底があるばかり。その更に先を見渡せば、雄大に連なる山々には目線の高さで雲がかかっていた。ここは文字通り、空の上なのだ。
Olたちはそこに陣を敷き、野営を行う。結界を張って襲撃にも備えていたが、
神聖な祭壇だからか、それともここまで辿り着けば無意味と知ったか、怪物たちは一度も襲いかかっては来なかった。
日が昇るね
やがて白み始めた空に、ソフィアが呟く。
山々の隙間から現れでた太陽はちょうど祭壇を覆うように光を放ち、Olたちの視界を白く染め上げる。
そして次の瞬間には、そこにホスセリの姿があった。
これが最後の戦いというわけか
ゆるりと刀を構え、ホデリは己が妹と相対した。
参る
パン、と音がした。ホスセリが音を超えた速度で迫る音だ。それがOlの耳鼻を打ったそのときにはもう、ホデリの剣はホスセリの剣を叩き落としていた。
今まで紙一重で心臓を抉ってきたその攻撃を、もはや受けてやる必要はないということだろう。しかしいかにしてそんな事を成し遂げたのかは、Olには知る由もない。
剣を落としてなお振り抜かれる腕を、ホデリもまた片刃の剣を投げ捨てて両手を添わせる。くるん、とホスセリの身体が回って、地面に叩きつけられた。
だが刃をも通さず、内臓への打撃をも克服した彼女にダメージはない。構わず起き上がろうとするホスセリの動きが、しかし突如としてピタリと止まった。
殿。止め申した
暴れるホスセリを押さえつつ、ホデリ。
それはどうなっているんだ?
Olの目には、さほどの力も入れずに奇妙な形でホスセリを押さえているようにしか見えない。にもかかわらず、ホスセリは完全に動きを封じられていた。
関節を極めております。音より早く動けようと、骨と腱を無視して人は動けませぬ
なるほど、人間の体の構造を利用しているのか本当にお前は奇妙な技ばかり使うな
ホデリの簡潔な説明に、しかしOlは理解した。こうして押さえ込むために、ホデリは失っていた左腕の再生を願い出たのだろう。
して、いかがなさいましょう?
そのまま押さえておけ
Olはそう命じると、呪文を唱えながらホスセリの身体に手をかざす。すると、何とか逃れようともがいていた彼女は突然ピタリと動きを止めた。
単純な麻痺の術だ
効くだろうとは思っていた。何故ならホデリは今まで物理的なアプローチしかしてこなかったからだ。魔術への耐性は一切ないはずだった。
しかし、それは一時しのぎにしかならぬのでは?
そうだな。無論、これで終わりではない
当然のことながら、一晩経てばそれへの耐性も得てしまうだろう。
だからこそ、全力を注ぎ込むためにここまで温存してきた。
ここから先は、俺の仕事だ
第15話不滅の勇者を斃しましょう-7
さてこんなものか
ソフィアたちを一旦ダンジョンへと帰し、Olは一人残って丹念に準備を施していた。キューブを展開して祭壇の周囲に敷き詰め、その出来栄えを何度か確認して満足気に息を吐く。
さあ、いくぞ
そしてホスセリに向かって解呪の魔術を放った。といっても、ザイトリードにすら解けなかった太陽神の呪いが解けるわけがない。それはOlがかけた、麻痺の術を解くものだった。
途端、弾かれたようにホスセリがOlに向かって走り出し、剣を振るう。だがその刃がOlの胸を貫こうとしたその瞬間、ホスセリはあらぬ方向に移動して剣を振っていた。
ホデリの奴が技も工夫もないとは言っていたが、これは予想以上だな
何度も何度もOlに向かって突進しては、虚空を切り裂くホスセリの姿にOlは呟く。彼が事前に準備したのは、転移の罠の迷宮だ。
傍目にはなにもないように見えるが、その空間は複雑に絡まりあっており、見た目通りにOlの方に近づいたのでは永遠に辿り着くことが出来ない。音より早く動けようと、鉄をも砕く力があろうと同じことだ。
ホスセリはその日、ただただ愚直にOlに近付こうという試みを繰り返し続けた。
再び日が落ち、そして昇る。ここが最後の祭壇だからか、ホスセリは今までのように消えることなく、光に包まれた。この祭壇をも破壊してしまえば、あるいはホスセリは二度と蘇ることはなくなり、脅威は排除できるのかも知れない。だがOlには、そうするつもりはなかった。
面白い真似、するね
ホスセリが、ぽつりと呟く。ガラス玉のように何の感情も映していなかったその瞳には、僅かではあるが知性の光が宿っていた。
Olが作った次元の迷宮は、力づくでは決して脱出できないパズルのようなものだ。空間自体が捻じ曲げ接続されているのだから、魔術への耐性を上げたところで無意味。
それを突破する為の選択肢は三つ程度しかない。
ユニスのように自由自在に転移する力を身につけるか。
ザイトリードのように魔術自体を破壊する力を身につけるか。
あるいは、ほんの僅かな思考能力を手に入れるかだ。
強化は必要な分だけ、最低限であるとホデリは言っていた。であれば、太陽神がどれを選ぶかは自明である。
知っているかもしれんが名乗っておこう。俺はOl。貴様が使っているその肉体の主人だ
問答を、する気はないよ
言いつつも、ホスセリは迷いなく次元の迷宮の正解ルートを辿っていく。思考能力だけではなく、何らかの探知能力も備えたらしい。
だが、それは無意味なことだった。
眠れ
Olの魔術が眠りの雲を呼び出して、ホスセリの頭を包み込む。麻痺の魔術よりやや強めにかけたそれはすぐに効果を発揮して、ホスセリはあっさりと昏倒した。
Olは次元の迷宮を解除すると、眠るホスセリの身体を祭壇の上に横たえ、更に幾つか魔術を仕込んでいく。抵抗感からして、彼女は麻痺だけではなく魔術全体への耐性を得ているようだった。しかし威力を制御してやれば、もう二、三回は魔術をかけられるだろう。魔術の精微な威力調整は、Olの最も得意とするところだ。
さあ。俺が指を鳴らすと、お前は目が覚める。しかし、大きく動いたり、深く物を考えたりすることは出来ない。まどろみの中だ
パチン、とOlの指が鳴る。ホスセリの瞳がゆっくりと開かれる。しかしそこには先ほど見せた理知の輝きはなく、代わりにとろんとした夢うつつの眼差しがあった。
お前の名を、教えてみろ
クク、ル
辿々しく言葉を返すホスセリに、Olは満足げに頷く。
彼女にかけたのはごくごく低級な催眠の術。しかしそれは覿面に効果を表していた。
女のような名前だな
私は女
女神なのか?お前は太陽神なのだろう?
一側面だから、女