ニコニコと笑みを浮かべながらもグサリと刺すのは、魔王お抱えの商人、ノーム。いくらOlが人知を超えた絶倫であると言っても、人間の体には限界がある。何人も相手にする時は体力を魔力で補い回復させていることは周知の事実だ。

己のダンジョンの中でならば魔力自体も回復しながら無限に女を抱くことが出来るが、彼は遠い異大陸、別のダンジョンにいた。新しい愛人への寵愛に熱を入れるあまりに倒れるというのも、ありそうな話であった。

たとえ魔力がなくても、Ol様が十数人相手で倒れるとは思えないです

そもそも魔力が切れた時にこちらに戻れば失調を起こすのは自明のこと。Olがそれに気づかぬというのは不自然だな

控えめな態度ながらもはっきりと口にするミオを、元聖女のメリザンドがフォローする。

わかった、わかったわよ。ちゃんと説明する

じっと己を見つめる何対もの瞳に、リルは諸手を挙げて降参した。

といっても、わたしにも正直何が起こったのかまだよくわかってないの。わかってるのは

リルは己の目で見た出来事を思い返し、言葉を紡ぐ。

自らを、神メリザンド。あんたが仕えていた天の神。アレだって名乗る何かが、敵に回ったこと。そして、マリーとOlが我が子のように育ててたソフィアが消えたってことよ

馬鹿な神だと!?

飛び出した言葉に、いつも沈着冷静なメリザンドが驚愕し目を見開いた。

神は六千年前の神魔戦争で滅んだ。私が使っていたのはその名残、残党に過ぎん。他ならぬこの私がこの目で見たことだぞ。間違いない

説明されなくったってわかってるわよそんなのは。でも本人がそう名乗ったんだから仕方ないでしょ。それに

リルは目を伏せ、苦しげに口にする。

いくら奇襲だったとはいえ、わたし達が全員でかかっても為す術がなかった

未来を予知し変幻自在の幻術を操る巫女、テナとユツ。

常に最善の手を導き出す月の女神の加護を持つ、ザナ。

自在に空間を跳躍しあらゆるものを切り裂くユニスに、それに匹敵する力を持つスピナ。

そしてそんな彼女達を纏めて単独で相手できる程の力を持つ火山の神サクヤ。更には海の神タツキ、塞の神ミシャといった面々を、子供のように扱い軽々と倒してみせたのだ。

サクヤを置いて逃げ帰るしかなかったのよ

それはまさに、天の神と呼ぶに相応しい力であった。

天の力、理力は魔力と相反する。確かにそのような存在と直面したのであれば、Olの持つ膨大な魔力とて霧散するのは道理、だが

天の神をよく知る分、かえって信じられないのだろう。メリザンドは難しい表情で唸る。

その神とやらが何者なのかはどうでもいい。私が知りたいのは唯一つだ

エレンが、噛み付く寸前の狼のような眼光を持って、リルを見つめる。

主殿に楯突く相手によもややられたまま泣き寝入りするというわけではあるまいな?

相手を滅ぼせと命じてくれ。エレンの瞳はそう言っていた。

ええ。Olは、戦うつもりよ

それでこそ主殿だ!我が弓、今度こそ存分に揮おう!

黒アールヴは歓喜の声をあげ、腕を振り上げる。それに呼応して、他の面々もそれぞれに戦いの覚悟を決める。

だが、相手が本当に神だとするのなら勝ち目はあるのか?

そんな中ただ一人、眉根を静かに寄せるメリザンドに。

もちろん。あのOlが、何の勝算もなく挑んだりするわけないでしょ

リルは自信満々に、そう答えた。

第17話反撃の準備を整えましょう-2

その、数日後。

勝算など、あるわけないだろう

ようやく身体がまともに動くようになり、病床から起き上がった主人の言葉に、リルは大きく目を見開いた。

うそ、わたし、皆にもう言っちゃったわよ!?あのOlが、何の勝算もなく挑んだりするわけないでしょって!

考えてもみよ

慌てる使い魔に、魔王は諭すような口調で言う。

敵は天の神。全知にして全能。かの魔道王さえ勝つことが出来ず引き分けた相手。メリザンドが操った一端ではない、天そのものだどこに勝ちの目がある?

うう

非常識な存在が口にする至極常識的な言葉に、リルは呻いた。

けど

だが彼女は怯むことなく、言った。

Olが勝負を挑むなら、あるのよ。勝てる可能性が。少なくともゼロじゃない

真っ直ぐな視線がOlを貫く。その眼差しに、Olはふっと笑みを浮かべた。

からかったの!?

いいや。俺が言ったことは嘘ではない。が、お前の言うことも間違ってない

眉根を寄せるリルに、物覚えの悪い生徒に教える教師のようにOlは言う。

勝てると断ずる論拠はない。が、絶対に勝てぬと決まったわけでもない。ならば勝利を手繰り寄せるには一つ、必要なものがある

んーと情報?

いいや、とOlは首を振って、リルを見つめた。

勝てると信じることだ

それがなければ、あらゆる試みは無駄となる。

信じる、かあでもそれってOlが苦手なことなんじゃないの?

なにせ、人間はひいては世界は裏切る、を座右の銘とする男である。勝利を信じる、何ていうのは妙に似つかわしくない気がして、リルは首を傾げる。

ああ、そうだ

水を指すような彼女の言葉に、しかしOlは素直に頷き、

だからそれは、お前がやれ

そういった。

リルは驚いたように瞬きをした後、こくりと頷く。

地の底に住む魔王の、遥かな天への挑戦は、そのようにして始まった。

そして、それは。

無理ね

不可能じゃな

氷の女王ザナと、天狐を操る大巫女テナ。二人の異能者によって即座に否定された。

どれだけ最善手を手繰り寄せても、攻め出るという手段は取れないわ。ここでのんびり暮らすのがあたしにとっての最善よ

先見も同様じゃな。彼の地に行くこと自体は塞の神の力を借りれば可能じゃが飛んだ瞬間、未来はそこで掻き消える

最善と予知。似て非なる能力を持つ二人にそう言われ、流石にOlは呻く。

此度ばかりは相手が悪い。あらゆる事を知り、あらゆる事を成す。全知にして全能とはそういうことじゃ

重々しく告げるテナ。

ならば奴は、何故攻め込んでこない?

しかしOlがそう返すと、それに答えることはできなかった。

全知にして全能。飛んだ瞬間に消すほどに敵意を持つ。ならば、このダンジョンにまで来て滅ぼせばいいだけだろう。だがそうしない。何故だ?

天の神の考えることなど知ったことか、と答えたいのが正直なところではあったが、そう答えればOlの呆れ顔がかえってくる未来が見えてしまったので、テナは少し考える。

可能性は、三つじゃな。まず第一に、ただの気まぐれでそうしないという可能性。全知全能から見れば儂らなど深追いしてまで滅ぼすには値せず、ということじゃな。第二に、そうしない理由があるという可能性。例えばOlを生かしておいた方が奴の有利になるとかじゃろうか。第三は全知全能というのがハッタリで、実はこのダンジョンにやってくることはできん、というものじゃな

指折り数えるテナに、Olは深く頷く。

俺はそのうち、三番目。奴は物理的にこのダンジョンには攻め込めぬのだと考えている

あんたにしては随分楽観的なものの見方ね

半ば断言するOlを、ザナは懐疑的な視線で見つめた。

根拠はある。奴は己を全知全能と称したが、取り込んだ力の中には足りぬものがあるだろう

四柱の太陽神の力。

昇る太陽の神、純白のククルは不滅。けして滅びず、その力を無限に増す。

中天に座す太陽の神、金色のイガルクは千里眼。世界の全てを見渡す全知の片割れ。

沈む太陽の神、赤きアトムは過去視。あらゆる過去を見据える全知のもう半分。

地に隠れし太陽の神、黒きオオヒメは全能。あらゆるものを支配し動かす。

ククルとオオヒメは良かろう。不滅にして全能。まあわかりやすく最強だ。だが、残り二柱については何が欠けているかすぐに察しがつくだろう?

千里眼は、言い換えるならば現在視だ。現在と過去とが揃っているなら、残る一つは明白である。

その場の視線が、テナに向かった。

ま、待て待て待て。言っておくが儂の先見はそんな大層なものではないぞ

わかっておる。別にお前が隠れた五番目の太陽神だなどと言っているわけではない

テナの先見は強力ではあるものの、欠点は山ほどある。そもそも太陽神が関わる事象だとほとんど見えなくなってしまうのだから、同格であるわけがなかった。

──だがそれでも。

奴には出来ず、他のものには出来ることがある、と言っているのだ。それは即ち全能の欠如ではないか

なるほど。筋は通っておるな

半信半疑ながらも、テナは頷く。

こちらには海の神、タツキがいる。故に奴は海を渡ることは出来ぬ。境界の神、ミシャがいる。故に境界を超えて追ってくることは出来ぬ。そういうことではないか?

かつてこのラファニス大陸を支配していた天の神は、唯一絶対の存在であった。つまりは、この地にあった他の神の権能全てを手に入れていたのだろう。であれば少なくとも二柱、手元に神が残っているこの状況からしてみれば、かの神は全知全能とは呼べないだろう。

だからって勝てるわけじゃないでしょ。全知全能がほぼ全知全能だったからって、それがなんだって言うのよ

吐き捨てるように、ザナが口を挟んだ。

そりゃ、あたしだって何とかなるもんならしてあげたいわ。国の皆だって残してきちゃってるんだから。けど、どうにもなんないのよ

どうにかする手段があるのなら、彼女の力は月の女神マリナの権能は、その最善を引き当てる。しかし何度啓示を求めても、返ってくるのは同じ。──何もなさずその場に留まるべし、という答えだ。

つまりはザナにできることはなく、為す術はない。現状を打破する方法など、どこにもありはしないのだ。

お前は諦める。それでいいのだな

別に、諦めたわけじゃないわ。ただ無駄死にしたって仕方ないでしょ

どんなに絶対的な力を持とうと、神である以上、人からの信仰を必要とするはずだ。だからヒムロの人間が皆殺しにされるわけではないだろう、とは思う。けれどその暮らしが今まで以上に過酷なものになるであろうことは想像に難くない。

俺は無駄死にすると思うか

その調子なら、そうなるでしょうね

素っ気なく言い放つザナに、流石に腹を立ててリルが口を挟もうとする。しかしその前に、Olは腕を軽く挙げて己が使い魔を制した。

ならば止めてみるか?お前が哀願するのであれば、考えてみても良いが

なんであたしがそんな事しなきゃいけないのよ。好きにすればいいでしょ

挑発的なOlの物言いにムッとして、ザナは言い放つ。

Olは頷き、ニヤリと笑みを浮かべる。

お前からその言葉を聞きたかった

あ、これは碌でもない事考えてるときの笑いだ、とリルは内心呟いた。

第17話反撃の準備を整えましょう-3

それは、石造りの井戸に似ていた。

深く深く大地に穿った穴に、堅牢な石塁を覆うように組み上げていく。

井戸との違いは、その底に水源がないこと。

そして、周囲が水で満たされていることであった。

四方五マイル(約八キロメートル)の人工池、その中心に据えられた池を穿つ穴だ。

なんなの、あれ?

月明かりに照らされたそれを見下ろしながら、ザナは眉をしかめた。

時刻は夜半過ぎ。寝ているところを起こされ見せられたのは、そんなわけのわからない池の井戸だったのだから、その不機嫌そうな表情も無理のないことだ。

見よ

Olは腕を掲げ、空に魔力を飛ばす。琥珀色の光が虚空に線を引き、見る間に複雑な方円を描き出した。それは天空から降り注ぐ月の光を増幅して、池の上に丸い月を大きく映し出した。

こ、これが何だって言うの?

その美しい光景にザナは思わず見惚れるが、Olに限ってまさか月を愛でて女を口説こうというわけもないだろうと思い直す。

うむ。ゆくぞ

Olは説明もせずにザナの身体を抱きかかえると、宙をとんと飛んで井戸の中に入り込んだ。

ちょっ、何!?何なの!?

そのまま彼は井戸の底へと降り立つと、再び地上を目指して跳躍する。

いったい

文句をつけようとして、ザナは唖然とした。

己の口から声が全く出ないことに。そして、池が広がっていたはずの井戸の外が、荒涼とした真っ白な平原に変わり果てていることにだ。

なにこれ!どういうことなの!?

出ぬ声をそれでも必死に張り上げながら、ザナはOlの裾を引っ張る。

彼はそれでザナの事に気が付き、何事か答えようとして己の喉に触れた。

なるほど。

Olの唇がそう動いたかと思えば、その指先が虚空に呪を描き出す。

一体ここはなんなのよー!

途端に、ザナの喉の奥からいつもどおりに声が飛び出した。

見てわからぬか?

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