では、どういうことなのでしょうか?はっきりと仰ってください

最初から言っているではないか

その壇上へと続く階段を登りながら、Olはマリナの瞳を覗き込むようにして言った。

俺が欲しているのは女神マリナ。お前自身、そのものだ

何馬鹿なこと言ってんのよっ!

Olの意図を違わず察し、ザナは蹴りを放つ。しかしOlはそれを振り向くことなくいなした。

つまりわたしを抱きたい、ということですか?

別に抱きたくて欲しいと言っているわけではないがまあ、平たくいえばそういうことだ

頷くOlに、マリナはすっと目を細める。

不遜とは思わないのですか?

思わぬ。神なら既に火山と海と境の神を妻にしておる。格の差はあれど種としては同じであろう。それに

Olは後ろを振り返って、持ってきた品々を視線で示した。

お前はあれを本物と認めた。あれはそもそも求婚の証だろう?

マリナは己の衣服の胸元に指をかけ、ぐいとはだけてみせる。

マリナ様!?っ!?

その光景にザナは悲鳴のような声を上げそして、固まった。

ただし

マリナは嘲るような笑みを浮かべながら、自分の胸を示す。

この体を見ても、その気になればですが

そこには女の体にあるべきものは何もなく。

代わりに乳房を削り取った醜い傷跡だけが、広がっていた。

第18話欠けたる月を満たしましょう-2

構わん。寝所はどこだ?この奥か?

えっ、ちょ、ちょっと、お待ちになってください!

躊躇なくマリナの手を取り神殿の奥へと歩き出そうとするOlを、女神は慌てて止めた。

何だ?この場でするのか?まあ、それも構わんが

ちらりとザナを一瞥し、Ol。

構うわよっ!あ、あんた、正気なの!?

ザナは顔を真赤にしながら叫んだ。

だって、マリナ様の、その胸

マリナがあらわにしたそこは、痛々しいまでの傷跡が残るのみで、乳房はおろかその先端の蕾すら残ってはいなかった。

胸の大小がどうした。お前だって人をとやかく言えるほど大きくないだろう

悪かったわね!?っていうか流石にマリナ様よりはあるわよ!

思わず叫んでから、ザナは自分の口を押さえる。

いや、あの、すみません、マリナ様

いいのですよ、ザナ

にっこりと微笑み、マリナは何もない胸元にそっと手を当てる。

この胸は、わたしが自分で切り落としたのですから

その言葉に、ザナは目を見開いた。

かつてわたしは兄である太陽神イガルクに、無理やり穢されました。故にそれ以上穢されぬよう、女であることを捨てたのです

笑みを浮かべたままのマリナの表情が、わずかに歪む。

このような悍ましい、兄に陵辱されて乳房を削ぎ落としたような女を、本当に抱きたいとお思いですか?

微笑みかける月の女神に。

ああ、思うぞ

間髪入れずにそう答えると、Olはマリナの華奢な身体をひょいと抱き上げ、奥の部屋へと進んだ。

ちょ、ちょっとお待ちください!

マリナの悲鳴じみた声に、彼はピタリと歩みを止める。

そのあの

しどろもどろになって答えを紡ごうとするマリナの反応を、Olは急かすでもなくじっと待つ。

自分で歩け、ますから

熟慮した末に出たマリナの言葉にOlは頷き、素直に彼女を床へと下ろす。

では、寝所に案内して貰えるか?

ははい

そして差し出された手を取ると、女神は逡巡しつつも促された通りに奥へと向かった。

ええー

一人取り残されたザナは、ただ呆然とそれを見送ることしか出来なかった。

あの本当に、するのですか?

ああ。嘘や冗談でそのようなことは言わん

先程までの余裕ある態度が見る影もなく、狼狽えた様子で問うマリナに、Olは至極真面目な表情で頷いた。

脱がしてもいいか?

着たままの方がまだ、良いのではありませんか?

問われ、マリナは既に着直していた胸元を隠すように手で押さえる。

何をいうか

Olは短く言い放つと、マリナの衣服にゆっくりと手をかけた。

脱がすぞ

有無を言わせぬ、しかし穏やかな口調で問う。

は、い

マリナは抵抗するでもなく、彼に身を任せた。するすると静かな絹擦れの音が響き、輝く衣がぱさりと床に落ちる。

美しい

目の前に現れた裸身を眺め、思わずOlはそう漏らした。

そのようなお世辞を

世辞なものか

恥ずかしげに視線を逸らすマリナに、Olは熱のこもった言葉をかえす。

マリナの金の髪は夜闇の月のように美しく輝き、ゆるくウェーブして足首までを覆いながらも一点の乱れもない。白磁の如き肌はどこまでも滑らかで、きゅっと括れたウェストからスラリと伸びる両脚は稀代の芸術家によって作り出されたかのよう。

全体的にほっそりとした印象でありながらも太ももや尻にはむっちりとした肉が付き、清楚でありながら同時に男を惑わす蠱惑的な魅力がある。月というもののもつ二面性そのものを体現したかのような裸身であった。

ではこの胸も、美しいとおっしゃいますか?

ただ一点。彼女自身の手で抉られた、乳房を除いて。

そうだな確かにそれをも美しいと言えば、嘘になろう

Olはゆっくりと彼女の乳房があるべき場所をなぞるように手を伸ばし、撫で擦る。

どちらかと言えばそうだな。凛々しいとでも言うべきか

凛々しいですか?

思っても見ない言葉に、マリナはキョトンとした。

兄に襲われながらも、乳房を切り落として見せてやったのだろう?痛快な話ではないか。イガルクの奴はどんな顔をしていた?

遥か昔、神話の時代を思い出すようにマリナは顔を傾ける。

わたしが切り取った乳房を投げつけてこれでも食べなさいと言いましたらあれが鳩が豆鉄砲を食らったような顔、というのでしょうか。そんな顔をしていました

ハ!

それを聞いて、Olは声を上げて笑った。

大人しそうな顔をして、やるではないか。ククク、その顔、是非俺も見てみたいものだ

イガルクに、思うところがあるのですか?

ザナの目を通して見た限り、Olとイガルクの間に関係はない。彼にとってはただ太陽神を構成する一柱に過ぎないはずだ。だがそれにしては、Olの言いざまは悪意に満ちていた。

声くらいしか知らぬ相手ではあるがな。だが間違いなく虫のすかん奴だという事はわかっている

なぜですか?

マリナはわずかに目を細め、Olを見据える。女を無理やり犯すような奴だからだなどと言い出すのではないか、と思ったからだ。

Ol自身が今まで幾度もそうしてきたことは知っている。そのことに不満を持っている女性はいないようではあったが、だからといって許せることではない。そもそも、今しようとしているのだって半ばそれに近い。

ましてやそれを棚に上げて他の男を批難するというのなら、それはマリナにとっては看過できぬ感性だった。

奴はザナに加護を与えなかったからだ

しかしまたしても、Olの答えはマリナの予想したものとは外れたところから返ってきた。

おそらくそれは、わたしのせいでしょう

家系的にヒムロの王族の女たちは皆、年頃になると豊満な乳房に成長する。だがザナに限ってその成長は芳しい物ではなく、今に至っても成長に乏しい。

それが、マリナの切り落とした乳房を連想させるのだろう。だからイガルクはザナに加護を与えず、妹のイェルダーヴにのみ与えたのだ。

太陽の神ともあろうものが、なんとも器の小さいことではないか。たかが胸が小さいくらいで、あいつはどれほど苦労する羽目になったことか

姉として生まれたことも、胸が成長しなかったことも、ザナに責任がある問題ではない。だがそのせいで彼女は自分が王に相応しくないと思い悩み、妹を奪われ、愛憎の狭間で苦しみ、好きでもない男(Ol)に身体を捧げてまで責務を全うして、その果てに死を選ぼうとまでしたのだ。

なんとも悲惨な人生ではないか。

奴は聡明で、気高く美しい女だ。その一生が、たかが乳の大小で台無しになるなど馬鹿げておる。奴は幸福になるべき人間だ

もしそれが演技であるとするのなら、Olは今すぐ魔王など廃業して役者になった方がいいだろう。マリナがそう思ってしまうほど、Olは本気で怒っているようだった。

そして、俺はお前にもそう思う。月の女神マリナよ。お前ほどの女が不幸を引きずり続けることなど、我慢ならん

不幸?

マリナは目を瞬かせる。自分を不幸だと思ったことなどなかったからだ。

月は常に美しくあるものだろう。それを、そのような下らぬ男のせいで愛でられぬなど、不幸でなくて何だというのだ

マリナの胸元に触れて、Olは眉をしかめてみせた。それは醜い傷口への嫌悪ではなく、彼女の境遇への憐憫でもなく。

純粋に、失われたものへの惜しみがにじみ出ていて。

それでは幸福とは何か、教えてくださいますか?

微かに笑みを浮かべるマリナに、Olは頷いた。

第18話欠けたる月を満たしましょう-3

マリナの長い金の髪が、寝台いっぱいに広がる。

どこか心細げに横たわるマリナの華奢な身体を、Olはそっと包み込むように覆いかぶさる。

小さく耳元でそう呟くと、Olは彼女の首に軽く口づけた。

思っていたよりも、ずっと抵抗は少なかった。それはあるいはザナの目を通して彼に抱かれる少女を見ていたからかも知れないし、月の女神を相手にして臆せず裸身を晒す男の言葉のせいかも知れない。

唇が、マリナの反応を確認するようにゆっくりと、二度、三度と落とされる。首筋からゆっくりと鎖骨の方へ下がっていき、醜い傷跡へと。

あのそこは結構ですから

なに、任せておけ

思わずマリナが言うと、Olはそう答えた。

無理やりされて以来、経験もないのだろう?であれば生娘のようなものだ。生きてきた時間は比べ物になるまいが、耳年増に閨房で負ける気はせん

み、みみどしま

さり、とOlの舌が胸元に傷跡に触れる。痛みがあるわけではないが、かといってそうされて気持ちいいわけでもない。彼のするに任せながら、奇妙な面持ちでマリナはただそれを見つめた。

あのしないのですか?

任せておけと言っただろう

その気になった、という程でもないが、わずかに期待する気持ちはある。だがマリナがそう促しても、Olはそう答えるばかりで一向にマリナを抱こうとはしない。

何もない胸など舐めても面白いことなどないだろうに。まるでそうすることで乳房の傷が治るとでもいうかのように、Olは熱心に傷跡に舌を這わせていく。

いやと、不意にマリナは気がついた。彼は実際、傷を癒やそうとしているのだ。

しかしそれは肉体についた傷ではない。その奥、胸の中に空いた傷だった。

もはや記憶さえおぼろげになるほどの遠い昔。イガルクとマリナは、仲の良い兄妹であった。少なくともマリナはそう思っていた。

だが互いに成長した二人は男女に別れて暮らすようになりそして、イガルクは夜中に寝所に忍び込み、マリナを犯した。

あの時の恐怖と苦痛だけは、未だマリナの中に根付いている。男がマリナを組み敷き、力づくで身体を押さえつけ、準備も出来ていない性器に無理やり侵入され。泣いても叫んでも解放されず、ただただ絶望の中で一刻も早く嵐が過ぎ去るのを待つしか出来なかった、あの恐ろしさは。

だが不思議と今のOlからは、そういった恐怖を感じなかった。

イガルクに比べ小柄で細身だからというのもあるのだろう。しかしまるで絹を扱うような柔らかな手付きでマリナに触れ、傅くように舌を這わせる態度には、マリナを思いやる気持ちが感じ取れるかのようだった。

少し硬さが取れたな

マリナの顔を見て、Olがふっと微かに笑みを浮かべる。そう言われ、マリナは初めて自分が緊張していたことに気がついた。

Olの指先が胸元から下に滑って脇腹の辺りを掠って、マリナはぴくりと身体を震わせる。それは快楽と言うには程遠く、くすぐったさを堪えるのに近いような感覚。

けれどけして、不快な感触ではなかった。

ゆっくりと形を確かめるように、Olの指先がマリナの肌をなぞっていく。鳥の羽毛を撫でるかのような、ごくごく柔らかな触れ方だ。

もっと強く触れても構わないのに。一瞬そんな事を考え、マリナは己の考えに驚愕した。それでは、まるで触れて欲しいかのようではないか。

そんな事を意識した瞬間に、するりとOlの手が下肢へと伸びる。そっと軽く触れられただけの指先に、じわりと熱を感じる。まるで触診でもしているかのような、性的なニュアンスを感じさせない触れ方。

んっぅ

にもかかわらず口からは微かな声が漏れ出て、マリナは思わず息を呑んだ。

Olは彼女を一瞥し、人差し指を己の口の前にピンと立てる。声を出すな、という意味だ。

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