その手触り、重さからそれが鉱物ではなく骨であることはすぐにわかった。だがそこに含まれた魔力量は物言わぬ骸が持つとはとても思えない量だ。

ただの骨がそれほどの魔力を持つ生き物など、竜それも、眷属や亜種ではなく、一対の翼と四本の手足を持つ真竜以外にはありえない。

メトゥスのものではないな

うん!やっつけてきた。そういえばあたし、竜を倒したことなかったなって思って、ちょっとディングラードにね

ディングラードだと?ということはこれは、デフィキトの骨か

Olの問いに、ユニスは頷く。Olたちが本拠地としているダンジョンの中心から遥か西、ディングラードに住まう火竜デフィキトといえば、最古の竜メトゥスと並ぶほどに有名な悪竜だ。

メトゥスよりは若い竜ではあるが、こちらから手を出さなければ大人しかったメトゥスと違って数十年に一度の頻度で気まぐれに人里を襲うため、遥かに恐れられていた。

一人で倒したのか

うん。英霊の力を使うのはちょっとズルかも知れないけど

どこか誇らしげに頷いたユニスの表情は、しかしすぐさま曇る。

でも首に玉はなかったから一応、球状に磨いてみたんだけど

Olの知る限り、真竜の骨格構造は種を問わずおおよそ同じだ。そして首に玉などないことは、メトゥスの死骸を検めて確認している。

とはいえ竜の身体は全身これ膨大な魔力の塊だ。何に使うにせよ有用だろう。次は

こちらをご覧ください

周囲に視線を巡らせるOlにきらびやかな黄金の枝を差し出したのは、迷宮で商人を営む女、ノームであった。その手に掲げ持つ枝には大粒の真珠の実が連なり、翠玉(エメラルド)の葉が茂っていた。

作らせたか

最高の腕を持つドヴェルグの職人にお願いしました。金貨二万五千枚になります

その来歴をOlがひと目で見抜けば、ノームは営業用の笑みを貼り付けたまま答えた。

物語では、作り物は見破られてしまったのではなかったか?

いや、正確には見破ってはおらぬな。その枝を作った職人たちが支払いを迫ったことで発覚したはずじゃ

ヤマトの大巫女、テナは流石にこの手の伝承には詳しい。Olの問いに、すらすらとそう答える。

今回は職人に対しては既に十分な報酬を支払っております。陛下からお代が頂けない場合は

ノームはするりとOlの傍らに身を寄せて、

身体でお支払い頂きますから、文句をつけることもございません

冗談めかしてそんなことを言った。

リル、金貨を手配しておけ

あらつれませんこと

唇を尖らせるノームごと有能な使い魔に押し付けて、Olは次の品を取る。

これは仏の御石の鉢か?

うん、そうだよ

白く深い皿を手にとって眺めるOlに頷いたのはマリーだった。

特に飾りもない簡素な陶器の皿は、しかしほのかに光を放っている。

それでいて、魔力を殆ど感じない。

いや、殆どではない。熟達の魔術師たるOlですら見つけられないということは、全く魔力を持っていないと言っていい。

それは魔力に溢れたOlの魔王宮に存在する物質として、極めて不自然なことだった。

どこかで見た気が

そ、それは私の碗ではないか!

矯めつ眇めつ皿を眺めていると、不意にメリザンドが叫んだ。言われてみれば、それはメリザンドが普段食事に使っている陶器の碗である。

なるほど。ホトケというのは聖者の一種だったな

聖者の使っていた石で出来た食器が仏の御石の鉢であるとするなら、元とはいえ聖女であるメリザンドが使っている陶器の碗は確かにそれに当たるだろう。

燐光を纏っているのはメリザンドから漏れ出した理力が染み込んでいるがゆえ。魔力と理力は互いに打ち消し合うものだから、魔力を全く持っていないのも当然だ。

待てえぇぇっ!それを何に使う気だ!?

ようやくまともなものが出てきたな、と碗を懐にしまおうとするOlを、メリザンドは必死に止める。漏れ出た理力が染み込むほどに使い込んだ食器である。それを他人に、ましてやOlに持っていかれるのは何というか非常に恥ずかしかった。

何を言っておる。女神マリナに捧げると説明したであろうに

やめろ!ええい、マリー、離せ!離せと言って

メリザンドは必死に抵抗を試みるが、元聖女とは言っても肉体的には何の素養もないただの少女である。あっさりとマリーに引きずられ、退去させられていく。

こちらにご用意しました。燕の産んだ子安貝です

まるで市場に売られていく家畜のような目でこちらを見つめるメリザンドを見送って、視線を巡らせるOlの前に一歩踏み出したのは、彼の一番弟子であるスピナだった。

見せてみよ

その時点で嫌な予感がしたが、無視するわけにもいかずOlは促す。

うなずき、どこか嬉しそうにスピナは手にした鳥籠から覆いを剥ぎ取る。

その中にいたのは、なんとも形容しがたい生き物であった。

なんだ、これは

燕の産んだ子安貝です

スピナは愚直に繰り返す。それは、おおよその形としては、確かに燕に似ているようにも見えた。全身を貝殻のような鱗で覆われ、脚部がカタツムリのようなヌメヌメとした偽脚になってさえいなければ。

魔法生物か

はい。燕と子安貝を配合した合成獣です

燕の産んだ子安貝が他の四つの宝物と違うところは、燕も子安貝タカラガイの一種も実在することだ。しかしその二種は全く別の生き物であるから、燕が貝を生むことなどありえない。

であれば、そのような生き物を作ってしまえば良いと、スピナは考えた。

これは、燕でありながら同時に子安貝です。成長するに従い子安貝としての性質は徐々に消えていき、燕の性質が強くなり、そして──

スピナは鳥籠を床に置くと、もう一つ、こぶりな木箱を取り出す。

その中には水が湛えられており。

貝の性質が強い、子を生みます

くちばしが生え始めた奇妙な貝が、その中に横たわっていた。

定着したのか

Olが呻くように言うと、スピナは首を傾げた。

二つ以上の生物を掛け合わせた合成獣は基本的に生殖能力を持たず、一代限りの存在だ。仮に生殖能力を持っていても、子の代は繁殖できなかったり、そもそもうまく育たなかったりする。が、ごく稀に、正常な生殖能力を持ち、種として一般化するものがいる。それが、定着と呼ばれる現象だ

最も有名な例が、山羊の体に獅子の頭、蛇の尾を持つ魔獣キマイラである。何百年も前に魔術師によって作られた合成獣だと言われているが、現在では種として定着し互いに繁殖して増えている。故に、キメラの中でもかの魔獣を特別にキマイラと呼ぶ。

しかしそんな存在は長い魔術の歴史を紐解いても数えるほどしか存在せず、それも偶然の産物であって、意図的に作り出す技術などOlですら聞いたことがなかった。

でしたら、定着しております。この子は四代目ですので

そんな師の思いを知ってか知らずか、スピナはさらりとそんな事を言ってのける。

もはや魔法生物作りの分野ではOlすら遠く及ばないだろう。いつの間にか遥か彼方へと至ってしまった弟子を、魔王は唖然として見つめることしか出来なかった。

第18話欠けたる月を満たしましょう-1

本当にこれ、持っていくの?

呆れさえ含まれたザナの言葉に、Olはうなずく。

火鼠の皮衣として用意した、生きたままの火蜥蜴。

真竜の骨を削り出して作った龍の首の玉。

蓬莱の玉の枝を模して作り上げた、黄金の枝。

仏の御石の鉢代わりのメリザンド愛用の碗。

そして、燕の産んだ子安貝たる、形容しがたい生き物。

それら珍妙な五つを腕に抱えたOlの姿は、一種異様なものがあった。

少なくともこれから神に捧げられる宝物にはとても見えない。

というか、その燃える蜥蜴を抱いても焦げ目一つつかないローブの方がよほど火鼠の皮衣に近いのではないか。

色々な文句を脳裏に駆け巡らせた挙げ句、ザナは突っ込みを放棄した。

Ol相手にこの程度で騒いでいては身が持たないと遅まきながら学んできたからだ。

まあ、いいわ。とにかく行ってみましょう

それに、とザナは思う。

悪辣で、疑心の塊で、まるで信用ならず、何かと気に食わない男ではある。

だが──ある意味で、信頼できる主人でもある。この男であれば、あるいはなんとかしてしまうのではないかと。そう、信じてしまうような。

話になりません

ええー!?

だから、Olが差し出した品を一瞥したマリナが即答したとき、ザナは思わず叫んでしまった。

いや驚くことですか?こんなものが宝物であると本気で思っていたのですか?というか何なんですかこの気持ち悪い生き物は

しかし呆れたように言うマリナの言葉は、至極もっともな物であった。

そもそもですねザナ。わたしはあなたが力を使っていないときも、常にというわけではありませんが見守っているのです。ですから、これが紛い物だという事もわかっております

言いながら、マリナは蓬莱の玉の枝を手に取る。

紛い物?異な事を言うものだ

そこで、黙っていたOlが口を開いた。

口を慎みなさい。わたしがザナの耳目を借りたということは、あなたがザナの安全を盾にしているということもわかっているということですよ

杖をOlに向け、威圧するマリナ。種がわかっていればザナを保護しつつOlを殺すことなど造作もない。

指定された通りのものを持ってきたではないか。古の物語に登場する蓬莱の玉の枝。職人たちに金と白銀、真珠で作らせた枝だ

なっそのような屁理屈を!では、他のものはどうなのです?これは明らかに鼠ではないではないですか

マリナは火蜥蜴を示して言い募る。

珍しい獣なのだろう。実際に見たものはおらず、書物の絵で外見を伝える際に誤って伝わったのであろう。描いたものには絵心がなかったと見える

対してOlはしれっとそう答えた。

で、ではこの竜の首の玉はいかがです。骨を加工しただけではありませんか。しかも玉というにはいささかいびつです

竜を倒せる英雄などそうはおらぬ。竜の死骸はかつての神魔戦争の折に死んだものが見つかるのが大半だ。数千年も風雨に晒されれば、竜の骨とて丸くもなる

仏の御石の鉢は?

紛れもなく聖者が使った碗だ。碗と鉢の違いにそこまで拘るのは、本質的とは言えぬだろう

では燕の産んだ子安貝はいかがです。このような生き物が宝などと呼べるわけがないでしょう

確かに不気味だ。しかしそれ以上に珍しい存在だ。他の場所ではこのような生き物は見られぬであろう

作ったからでしょう!?

とうとう耐えきれず、マリナは叫んだ。

あなたの!弟子が!作ったからでしょう!?

思わず傍で聞いていたザナが頷いてしまうような、見事なツッコミであった。

では聞くがな

しかしOlは微塵もたじろぐことなく、壇上に立つマリナを睨め上げる。

お前の言う本物とやらはどこにある?

鋭い口調に、マリナは返答に詰まる。

俺のダンジョンは世界の縮図だ。そこにはあらゆる物が存在し、あらゆる物が作り出せる。故に俺は、俺の配下が集めてきたこれらを本物であると確信している

Olは心の底からそう思いながら、口にしている。少なくとも、ザナにはそのように聞こえた。

それを否定するのであれば──お前が証明するのだ。本物を、俺に見せてみよ

なそれは

その一言で、Olとマリナの立場は逆転した。

お前の能力であれば、本物を示すことなど容易いことだろう?

お前の能力で解決できるか?

Olからそう問われたことを、ザナは思い出した。何の気なしに聞いた、試練を無意味にするような非常識な質問。だが、そうではなかった。

──実在するのであれば、な

マリナの能力では解決できないことを知りながら、Olはあえてそう尋ねた。解決できないということに気づいていないと思わせるために。

あれはこの時のためにマリナに聞かせた、布石だったのだ。

良いでしょう。あなたの用意したものを本物と認めましょう

最善の力を持ってしても解決できなかったのか、それともOlの力を認めたのか。

ザナ。彼を助けておあげなさい

深々とため息をつきながらも、マリナは渋々と言った様子でそう答える。

わかりまし

頷きかけるザナを、Olのよく通る声が遮った。

俺が欲しいのはマリナ、お前だ

わたしですか?

己を射抜く鋭い視線に、マリナは目を瞬かせた。

つまりザナを経由せず、あなたに直接加護を与えて欲しいという事ですか?残念ですが、月の女神たるわたしの力は男性には貸すことが出来ません。代わりにあなたの部下に与えるという事でよろしいでしょうか?

そうではない

神殿の奥、一際高くなった壇上からOlを見下ろしながら、マリナは僅かに不満げに首をかしげる。

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