第9話街を蹂躙しましょう-4
あ、しまった
ふと漏らしたエレンの声に視線を向けると、彼女は申し訳なさそうにOlを上目遣いで見た。
その、すまん、主殿。敵の最前列に、なんかやたらと調子に乗った感じのポーズを取っている男がいたのでつい射殺してしまった
うっかりカップを割ってしまった、位の口調で彼女は謝る。
Olの目には、門の前に集まっている者達の見分けなどつかない。
空を見上げると、布陣した頃には中天に差し掛かっていた太陽は、やや西に傾いていた。
まあ良いだろう。そろそろ一刻経つし、あの布陣が何よりの答えだ。そろそろ始めるか
Ol側の戦力は、ゴブリン200、オーク70、オーガ30。
そしてOl、黒アールヴ達、スピナ、リルだ。ユニスとローガンは迷宮を守らせている。
ミオとマリーは元々戦力外だ。戦力にならないという意味ではスピナも対して変わらないが、今後の為に見学に来ている形になる。
アールヴ達は櫓の上の弓兵を射殺せ。俺が合図したら、一気に突撃するぞ。リル、スピナ、来い
アールヴ達は弓を構え、次々に矢を放った。櫓という高さのハンデがあって尚、街側の弓とは射程がまるで違う。あちらの弓が届きすらしない範囲から、アールヴ達は次々に射手を殺していった。
灰色熊を一撃で屠る剛弓だ。この距離からでも、人に当たれば半身が丸ごと吹き飛ぶ。すぐさま、敵方は大混乱に陥ったようだった。
Olは左右にリルとスピナを侍らせながら、朗々と呪文を唱え始める。Olが持っている分ではとても魔力が足りないが、かといってリルから魔力を一気に吸い上げるとOlの身体が破裂してしまう。多すぎる魔力と言うのは、人の身には毒なのだ。
ゆえに、二人を傍に置いて魔力を魔術に変換すると同時に、二人から魔力を吸い上げる。理論上、魔力を仕込んだ女を大量に用意する事で、Olはどのような大魔術でも使うことが出来る。
さて、いくぞ
術の構成を整え、Olはリルに口付け魔力を補給する。一息ついて、印を組んだ腕を振り下ろす。
爆ぜよ
街の門が、大爆発を起こして粉々に砕け散った。
なんだ!? 一体何が起こってるんだ!?
腕が俺の腕がねぇぇぇ! どこに行ったんだぁぁぁ!?
弓兵の連中は何してるんだ!?
リーシャ君に最後に会いたかった
そんな奴らとっくに全滅してるよ!
来る、来るぞ、やつらが来る!
嫌だ、死にたくない、こんなところにこれ以上いられるか!
戦場は、混乱の局地にあった。兵士長を初めとして、櫓の上の弓兵達が次々に弾け飛んで死んでいく。街の中に立てこもるべきだという意見と、討って出て敵の魔術師を殺すべきだ、という意見が錯綜する。長を欠いた集団の意見は定まらず、結果として彼らは何もせずにその場に留まると言う最大の愚を犯した。
そこに、門の大爆発である。木製とはいえ、街を守る為の大事な門だ。その強度はかなり高く、魔術で補強もしてある為に破城槌でもおいそれと壊す事などできない。それが、木っ端微塵に吹き飛んだのだ。
爆発に巻き込まれ、何人かの兵士と冒険者も犠牲になった所に敵が進軍を始めたのを見られ、混乱は最高潮を極めた。
わ、我々は街を死守する! 敵は貴様ら冒険者が迎え撃て!
なんだと!? ふざけんじゃねえ、あんな化け物相手に出来るか!
金を払ったんだから、その分働け! 大体、敵の魔術は防ぐといっていたのは貴様らだろうが!大口を叩いただけの仕事はしろ!
あんなモン、防げる奴はこの世にいねえよ! 超長距離からの攻城級魔術だと!?人間技じゃねえ! 金なんかいらねえ、降りさせてもらうぜ
先ほどまで笑みを交し合った兵士と冒険者が諍いを始める。
いざとなったら冒険者を盾にせよ
兵士達は、町長からそう通達を受けていた。そうすれば、支払いも減ると。
ならん! 逃げるというなら貴様らも、逆賊としてこの場で処分する!
目を血走らせ、兵士は冒険者達に槍を突きつけた。前方には魔物の集団、後方には槍を構えた兵士。冒険者達は、互いに視線を交わすと覚悟を決めた。
わかったよ。やってやろうじゃねえか!
そして、魔物達に向かって突進していく。
後ろで街に入っていく兵士達を見て、冒険者の一人が唾を吐いてつぶやく。
馬鹿め。門も射手もいないってのに、街に立てこもってどうする気だってんだ。民間人もろともなぶり殺しにされるだけじゃねえか
彼らはもちろん、勇敢に敵に立ち向かったりなどしない。Ol軍に接敵する前に進路を変え、さっさと逃げ出す。敵の狙いは街なのだ。ちょいと横にどいてやれば、それで戦う必要なんかなくなる。冒険者達が選んだのは、この負け戦からさっさと逃げ出す事だった。
愚か者め。そんな事をしても鴨撃ちにされるだけだ
そんな冒険者達を見て、兵士の一人が吐き捨てる。
射手を皆殺しにした攻撃方法があるのだ。戦線を離脱すれば、それを狙って殺されるに決まってる。
しかし、案に相違して冒険者達は狙い撃たれる事なく、無事に戦場を脱した。
撃たなくて良いのか、主殿
逃げ出していく冒険者を見ながら弓を構えるエレンに、Olは頷いた。
彼らにはこの戦争の事を伝えてもらわなければならない。
大勢は決まったようだな
間も無く魔物達が街に雪崩れ込む。そうしたら、街をゴブリンが破壊しつくす前に、奴らを止めなければならない。オークはOlが、オーガはリルが完全に操っているが、ゴブリンは別に操られているわけではない。ただ単に、オークやオーガを恐れて逃げているだけだ。
しかし、やはり人間は愚かだな。この大事に、お互いに争い、足を引っ張り合う。醜いものだ
エレンの言葉に、同意するようにスピナが頷く。しかし、Olは首を横に振った。
それは違う。人間と言うのはな、多様な生き物なのだ。恐らくあの人間共は、最初は奮起し正義の為に心を燃やした事だろう。それそのものは、別に嘘でも偽りでもない。しかし、同時に裏で打算や醜い欲望も渦巻いている。それもまた嘘ではない。どちらかのみを持てる人間などおらぬ。人は常に善と悪の狭間で揺れ動く。その多様性は時には恐ろしい矛となり、時には自分を殺す毒となる。今回は毒として機能するよう働きかけたのが上手くいった。しかし、だからといって人間を侮れば足元をすくわれるぞ
むう、と呻いてエレンは表情を引き締める。
確かに、たかが人間風情と侮った先にあったのは、黒の氏族の壊滅だった。
今回は辺境の田舎町、勝てて当然の相手だ。練習だと思え
とはいえ、初陣としては上々か。兵士達を蹂躙している魔物達を見て、Olは心の中でそう呟いた。
では、そろそろ行くか
戦えなくなった街で、もう一度突き付けてやるのだ。
隷属か、死か
多様な意見を持つ街であるが故に、個の意見によって意向が決まることはない。圧倒的な力を見せ付けた今、徹底抗戦を唱える人間がいても、同じ人間によって潰されるだろう。
その日、Olは街を一つ手に入れた。
第10話欲にまみれた冒険者どもに絶望を与えましょう-1
グオオオアアアアアアァァァッ!
唸りを上げて振るわれるオーガの豪腕を、アランは軽く身体を傾けてかわす。それと同時に懐に入って剣をひらめかせる。鉄の様に硬いオーガの皮膚に、瞬く間に無数の裂傷が走った。
グウガァァァッ!
全身を切り裂かれながらもさほど怯んだ様子もなく、オーガはアランを叩き潰そうと、丸太のような太い腕を振り上げる。そこに、ウィキアの放った火炎弾が炸裂した。
全身を炎に包まれ、流石のオーガもよろけ、片膝を突く。そこにすかさずナジャが斬り込み、横薙ぎに剣を振るうとオーガの身体は腰で上半身と下半身にわかれた。
ふぅっ
剣についた血糊を払い、鞘に収めるとShalがとたた、とアランに駆け寄ってその腕に触れる。彼女が短く呪文を唱えると、暖かい光がアランの傷を包み、一瞬にして綺麗に回復させる。
うむ、素晴らしい威力だな。真っ二つの剣《ソード・スラッシュイング》、とでも呼ぼうか
今オーガを両断した剣を見つめ、嬉しそうに言うのは戦士のナジャ。ゆるくウェーブする赤銅のような赤毛を長く伸ばした、長身の美女だ。南国グランディエラ出身で、豪胆でサッパリとした気性の女性だ。
ロングソード+1とかで良いんじゃないの
ぼそりと突っ込みを入れるのは、魔術師のウィキア。サラサラの青銀の髪をまっすぐ伸ばした美少女で、表情に乏しく寡黙だがその実誰よりも情に厚く心優しい。
あ、あたしは素敵な名前だと思いますよ
慌てたように二人の間に割ってはいるのは、僧侶のShal。エメラルドの様な緑の髪をボブカットにした小柄な少女だ。かなり幼く見えるが、見た目に反して白アールヴの彼女は最年長だ。パーティで諍いが起こった時も、にこにこと微笑んで心を和ませてくれる。
じゃあ俺の剣は切り裂きの剣(ソード・スライシング)って所か
そして、腰の剣をぽんと叩きそう答えたのがパーティ唯一の男性にしてリーダー、剣士のアランだ。金髪碧眼の美男子で、剣の腕のみならず魔術に罠の解除もこなす、オールラウンダー。恐れを知らぬ勇猛さと、冷静な判断力を併せ持つ凄腕の冒険者である。
彼らはたった四人で、凶悪と噂される邪悪なる魔術師Olの迷宮に挑み、既に地下4階まで足を踏み入れていた。ゴブリンやオーク、オーガにスケルトン、ドラゴン・フライにジャイアントスラッグさまざまな怪物が彼らの行く手を阻んだが、どれも敵ではなかった。
むしろ、時折怪物が落としていく宝箱からは強力な魔法の品や金貨などが手に入り、彼らの戦力はますますあがるばかり。アランとナジャが手に入れた剣もその一つだ。
それより、アランあそこ
くいとアランの袖を引っ張り、ウィキアが曲がり角の奥を指差した。アランがそちらを覗き込むと、通路の奥に、なにやら大きな扉が見えた。今まで見たのとは違う、両開きのしっかりした作りの扉だ。
いかにも何かある、と言わんばかりのその扉に、アランはごくりと唾を飲み込んだ。
どうする?
魔力は十分に余っているわ
あたしも大丈夫です
疲れもない。私も問題ないぞ
その一言でメンバーは彼の意図を正確に把握し、体調を報告した。
よし、じゃあ行くぞ
こくりと頷き、アランは扉を軽く調べる。鍵穴はなく、鍵もかかっていないようだ。もう一度メンバーを見渡し、声を出さず手でタイミングを合図する。
3,2,1
0と同時に、アランは扉を蹴り開けた。その隣をナジャがすり抜け、次にアランが扉の中に飛び込み、Shalとウィキアが中に入って扉を閉める。その動作は殆ど一瞬にして行われた。
Shalとウィキアが扉を閉めている間に、アランとナジャは剣を抜き放って前方に駆ける。扉の向こうは大きなホールになっていて、中央に巨大な怪物が座り込んでいた。3mほどの隆々とした体躯に、牛の頭を持つ怪物。ミノタウロスだ。
アランとナジャはミノタウロスが立ち上がる前に怪物へと接近すると、左右から同時にきりつけた。ミノタウロスは座った体勢のまま巨大な斧を持ち上げると、その剣戟をいともたやすく防ぐ。
舌打ちし、反撃を恐れて距離をとる二人の前でミノタウロスはのっそりと立ち上がった。
人間ならば二人がかりでようやく持ち運べそうな大斧を、片手で軽々と持ち上げ、ぶんと振るう。
巨大な体躯と斧の柄の長さもあいまって、その射程は生半可なものではない。アランはかろうじてそれをバックステップでかわしたが、ナジャは避けきれず吹き飛ばされた。
大丈夫ですか?
しかし、胴体を両断されても良いほどの衝撃にもかかわらず、彼女には大した傷はない。Shalの唱えた魔術がメンバー全員の身体を淡く包み込み、ダメージを軽減させていた。
ああ、助かった。しかし、アレはちょっと迂闊に近寄れないな
広い場所で大斧を振るうミノタウロス。アランはかろうじてそれをかわすものの、激しく地面を打ち付ける斧は床の一部を破壊して飛ばし、アランに細かい傷を無数につける。更に、足場が破壊される事でアランの素早いステップが殺され、よけるのが徐々に困難になっていく。
動きを止めてみる。あんまり長くは持たないから
そういい、ウィキアが長い呪文を唱え始める。ナジャは頷くと、ミノタウロスに向かって突進した。
新たに向かってくる彼女に向け、ミノタウロスは斧を横薙ぎに振るう。
うおおおおおお!