守衛たちがどんなスキルを持っているかわからない。ナギアの鑑定はある程度低級なスキルしか把握することが出来ないらしく、相手の手の内を全て見分けるというわけには行かないらしい。
運良く守衛のヒト達がOlサマのマジュツ?ってのを見抜くスキルを持ってなきゃいいですけど、スキルにも姿を隠せるようなものはあるんで、高確率で看破される気がするんですよね
Olの魔術とスキルでの隠形はそもそも原理が違う。守衛のスキルで見抜かれるかどうかは半々といったところだったが、賭けるには少し分が悪い可能性だ。
なので、向こうから来てもらおうと思います
ユウェロイは苛立っていた。
大股でずんずんと廊下を歩く彼女の姿を、中層の住人たちが遠巻きに見つめている。そんな事さえ腹立たしく、ユウェロイは殊更に足音を響かせ進む。
ブランはフローロにずっとつきっきりで、部屋から出てさえ来なくなった。
無論、その確保にユウェロイは一切貢献していないのだから褒美を期待するのもおかしいのだが、それにしたって労いの一言もあっても良いのではないか。そこまでの段取りを整えたのも、安全を確保しているのもユウェロイなのだから。
くそっ
誰の目も見えなくなったところで彼女は毒づき、母なる壁を殴りつける。誰にも見せることなど出来ない、みっともない姿だという自覚はあった。
要するに、自分は嫉妬しているのだ。ブランの寵愛を受けるフローロに。それは彼女の基準では酷く醜いことであったし、名誉ある壁族の抱くような感情ではない。
だが、心の内はどうしようもなかった。
そこに追い打ちをかけるようにやってきたのがフォリオからの連絡だ。例の別世界から来たという男Olについて、緊急に知らせたいことがあるという。要件ならスキルによる通信で伝えろと言っても実際に目にしてほしいの一点張りだ。
おかげで、ユウェロイはわざわざ下層に足を運ばなければならなかった。
フォリオ!私を呼びつけるとは、お前も偉くなったものだな!
皮肉を口にしつつ、ユウェロイは下層特有の粗末な扉を押し開ける。
途端、飛来した炎の塊が彼女を飲み込んで大爆発を起こした。
──なるほど
爆炎にまかれながら、ユウェロイは全てを理解し笑みを浮かべる。
それは紛れもなく歓喜の笑みであった。
お前も敵に回ったか、フォリオ!
鬱憤を晴らす相手と名目が出来た。フォリオを叩きのめし、そして彼女を操るOlとやらを倒して報告すれば、ブラン様も認めてくれるに違いない。
そんな絵図を描きながら、熱をものともせずにユウェロイは炎から飛び出す。その全身は、鈍く銀に光る甲冑で覆われていた。
喰らいやがれッ!
爆炎の外で待ち受けていたのは、剣を振りかぶったサルナークであった。
ふん
軽く構えたユウェロイの右腕が、硬質な音を立てて刃を弾く。同時に、ユウェロイは左腕をサルナークの腹に叩き込んだ。
む?ああ、そうか。お前が鋼の盾か
肉を穿つ感覚でも、かと言って弾かれるような感覚でもない。奇妙な手応えとともに止まる腕に、ユウェロイは以前受けた報告を思い出す。
ちぃっ!なんだ!?貴様も盾持ちか!?
おそらくは剣技スキル持ちなのだろう。下がって間合いを取りながらも鋭い斬撃が飛んでくる。
そんな希少(レア)なスキルなど持っているものか
それをユウェロイは鉄の篭手でいなす。わざわざ装甲の厚い部分で受けているのだ。盾スキルのような問答無用の防御能力など持っているわけもない。
だがまあ
喉元を狙って突き出された剣。右腕で突き出されたそれに沿うようにして、ユウェロイは彼の腕に己の左腕を当てた。
お前如きにそんな大層なスキルなど必要ないがな
なっ!?
サルナークは己の腕に現れた甲冑に驚愕の声を上げた。
全身装甲。ユウェロイが使っているのは、単に己の身体に鉄の甲冑を纏うだけの単純なスキルである。それはどんな攻撃も防げるような都合のいいものではないし、物を生み出すスキルの例に漏れず集中を解けば数秒で消えてしまう。
だが本物の甲冑に比べ利点もあった。その一つが、他人の身体にも生み出せるというものである。そしてそれは、適正な部位である必要などない。
サルナークの右肘につけてやったのは、左腕の前腕鎧(ヴァンブレイス)だ。左右逆向きの鎧をつけられ、彼の腕はもう曲げることは出来ない。つまりは剣を振るう腕としては死んだようなものだ。
くそっ!
慌ててそれを外しにかかる彼の左手をぽんと叩く。途端、その手にかぶさる形で手甲(ガントレット)が嵌った。身体に埋め込んだり、逆に鎧の一部を貫通するような付け方をすることは出来ないが、大きさにはある程度自由が利く。
ちょ待
待つわけがないだろう
もたつくサルナークの全身を甲冑で拘束し、ユウェロイは周りを見回した。少なくとも炎を飛ばしてきたフォリオはそう遠くない場所にいるはずだ。
だがしかし、フォリオの姿はどこにも見つからなかった。ユウェロイが踏み込んだ部屋は狭く、大して隠れられそうな場所もない。潜めそうなのは寝台の下やクローゼットの奥くらいだが、そんな場所から炎を放てば自分もただでは済まないはずだ。
眉をひそめるユウェロイの耳に、ジリジリという奇妙な音が聞こえた。
見れば、サルナークを覆う甲冑が赤熱していた。
距離を取りながら、ユウェロイは瞬時に悟る。炎を放ってきたのはフォリオではない。サルナークだったのだ。
次の瞬間、サルナークを覆う甲冑が弾け飛んで、四方八方に飛来した。
きっ消えろっ!
反射的にユウェロイはそれを消した。高速で飛来する鉄の塊はとても避けられる数ではなかったし、喰らえば甲冑の上からでもダメージは免れ得ない。それ自体は間違った判断ではないはずだ。だが──
ふうったく、オレって奴はすぐこれだ。だがまあ何とかこれで
白いモヤのようなものを身に纏いながら、サルナークはユウェロイを見据え、言った。
仕切り直しといかせてもらうぜ
第7話己の力を示しましょう-3
水蒸気か
うえっ、もうバレてんのかよ
呟くユウェロイに、サルナークは盛大に顔をしかめた。彼の周囲に漂う白いモヤ。それは、大量の水を炎で蒸発させた水蒸気。その残りの湯気であった。
甲冑の中で、水塊の水を大炎で蒸発させ、甲冑を吹き飛ばしたわけか
水は、熱して蒸気となるとその体積を急激に膨らませる。甲冑はその圧力に耐えきれず、弾けとんだということだろう。常人がそんな真似をすれば全身に重篤な火傷を負い、自らの身体も水蒸気の圧力で潰されてしまうところだが、サルナークは鋼の盾のスキルを持っている。そんな自爆に等しい行為であっても問題なく行えるというわけであった。
思っていたよりも賢いじゃないか、鋼の盾。大炎はフォリオから奪ったのか?
ハ。誰が言うかよ
サルナークは鼻で笑うと、両の手のひらを合わせて大量の湯気を作り始めた。これは少しばかりまずいな、とユウェロイは思う。
スキルで作り出す炎というのは、実は見た目ほど強いものではない。スキルで作ったものは基本的に放っておけばすぐに消えてしまう。炎はその最たるもので、スキルで作り出した炎はたいてい一秒も経たずに消えてしまう。
鉄の甲冑で防げるのはそれがゆえだ。連発でもされれば別だが、一発、二発程度の熱量であれば表面を少し熱するくらいで終わる。見た目が派手な割に、殺傷能力はそこまで高くない。
だが、高温の湯気はマズい。水は一般的に炎よりもよほど長持ちするし、甲冑の隙間から入り込んで熱を伝えてくる。そして何より近づいて拘束することが出来ないというのが厄介だ。
本来であれば最下層の人間などに出したくはなかったが、とユウェロイは内心で呟きながら、サルナークに向かって駆け出す。
反射的に入り口を塞ごうとするサルナークに向け、ユウェロイは左手を腰だめに構えた。その手は目に見えない棒でも持つかのように半端に握られている。そしてそれをぐいと突き出す動きに連動して、彼女の手の中に巨大な槍が現れた。
槍と言っても小さな穂先を持つ長槍(スピア)ではなく、大きな円錐形の先端を持つ突撃槍(ランス)だ。三メートル程の長さを持つそれは蒸気を切り裂いて、サルナークの喉元に突き刺さった。
む。凌いだか、勘のいい奴め
だがそこでピタリと止まる槍に、ユウェロイはつまらなさそうに言い捨てる。盾持ちに物理攻撃が効かないことなど先刻承知の上だ。しかし、攻撃が全くの無駄というわけではない。
鋭い穂先はサルナークが少しでも動けば、彼自身の力によって喉元に突き刺さる。だからこそユウェロイは彼に向かって駆け出すことで行動を誘発しようとしたのだが、サルナークは寸前で動きを止めた。
ではこれはどうだ
空いた右腕で、更に槍を生み出しみぞおちに突きつける。サルナークはたじろぐように数歩後ろへ下がった。
そら、進めば刺さるぞ!
ユウェロイは両手を離して、更に二本の槍を生み出す。手放された槍は地面に落ちず空中に留まったまま、サルナークの行動を防ぐ壁となる。
ちぃっ!
サルナークは苦し紛れに炎を放った。ユウェロイは更に槍を構えてそれを受ける。炎がユウェロイの甲冑に通用しないとわかっている以上、それはただの目くらましに過ぎない。
その隙に逃げるか、それとも距離を詰めてくるか。恐らく逃げるだろう、とユウェロイは読んだ。逃げてOlやフォリオの居場所まで誘導し、総力で叩く。それが現状で最も有効な戦略だ。近づいてくるなら刺し殺すまでのこと。
ユウェロイの槍はその大きさをある程度自由に変化させることができる。三メートルの槍を見て接近戦ならば与し易いと思ったのなら、その侮りの代償は血で払う事になる。
迎え撃つユウェロイの槍の先が、がしりと掴まれた。爆炎を割って、槍の先を握ったサルナークがぬうと姿を現す。
刃がついていないとは言え、それは軽く触れるだけでも肉を裂き骨を貫くスキル製の武器だ。当然そんな物を握り込めばただではすまず、サルナークの手から溢れた血液が槍を伝って流れ落ちる。
舐めるなっ!
ユウェロイはすぐさま槍から手を離し、両手から短い槍を生成する。それも一つや二つではない。一度に十の槍が彼女の目の前に浮かび、矢の様にサルナークに向かって放たれた。ユウェロイが生み出した槍の正体は、実際には己で振るう必要さえない投槍のスキルだ。
だがそれは、まるで見えない壁でもあるかのようにサルナークに当たるよりも前にピタリと止まった。
まさか、別の防御スキルを持っていたのか。困惑しつつも距離を取る為後ろに跳ぼうとし、ユウェロイの身体はがくんとつんのめった。まるで甲冑をなにかに固定されているかのように、動くことが出来ない。
捕まえたァ!
その隙に、動きを止めた投槍の雨を潜り抜けてきたサルナークがユウェロイの腕をがしりと掴んだ。振りほどこうにも、鋼の盾のスキルを持つサルナークはあらゆる力を無効化する。つまりは、一度掴まれたら絶対に逃げ出すことが出来ない。
血だ、とユウェロイは気づいた。彼の肉体は外部からのあらゆる力を受け付けない。しかしその肉体とはどこまでを指すのか?
厳密に言えば、その力は生まれ持った肉体の多少外部まで守っている。服にさえ傷がつかないのはその為だ。おそらくはスキル使用者の認識が影響しているのだろう、というのが通説だ。
サルナークはどうにかして、その認識を己の血にまで広げたのだ。血液が付着した物体は、そこから動かせなくなる。血液を引き剥がす程度の力でさえ、鋼の盾は阻むからだ。サルナークは槍でわざと自分を傷つけ、血液をユウェロイの槍や甲冑に向けて飛ばしたのだろう。
血液も、元はといえば己の肉体だ。流れ出たとしてもそこにスキルの力を適用するのは不可能ではないように思える。だがその発想に至った事自体が、驚くべきことだった。少なくともユウェロイは今までそんな方法を考えもしなかった。
く!
甲冑を解除して離れなければ。そう判断したユウェロイが甲冑を消す寸前、爆炎が迸った。
させねェよ!
ユウェロイの腕を握っているのとは逆の手から、立て続けに炎が放たれる。逃れる為に甲冑を解除すれば、すぐに炎にまかれてしまう。かといって、これほどの至近距離で炎を打たれ続ければ流石に甲冑も保たない。
ならば。
これでどうだっ!
ユウェロイは前後左右、サルナークの全身を包み込むようにして無数の槍を作り出す。
ほんの僅かでも身体を動かせば槍が突き刺さる!この状況で、攻撃を続けられるか!?