炎を放つのに動作は必要ない。だが、だからといって人は全く身じろぎもせずにいられるものではない。ましてや全身に刃を突きつけられた状態であればなおさらだ。

残念だったな

にい、とサルナークの笑みが歪むのを、ユウェロイは確かに目にした。

指一本動かせない状況ってのはもうとっくに経験済みなんだよ!

ジッ、と水の焼ける音。しまったと思ったときにはもう遅かった。

サルナークを中心として水蒸気が弾け、彼を囲んだ槍が四方八方に弾け飛ぶ。それは蒸気の圧力と共にユウェロイを強かに打ち付け、吹き飛ばした。

ふうっくそギリッギリ何とかなったって感じだな

ユウェロイを包む甲冑が消え去るのを確認し、ズキズキと痛む手のひらに傷に顔をしかめながらサルナークは壁にもたれかかる。甲冑が消えたということは気絶したということだ。

だが、やってやったぜ大将

ユウェロイは自分よりも格上だったという自覚がある。Olが授けてくれた血を使うという策とフォリオから借りたスキルを使ったとは言え、勝つことが出来た。

Olの見立てでは勝てるかどうかは五分。勝てずとも足止めが出来ればいい。そう言って任された役割を、最上の形で果たしたことになる。

オレがここまでやってやったんだから、そっちもしくじるんじゃねえぞ

サルナークはそう呟き、天井を見上げた。

フローロが歓声を上げる。目の前に立つ男に、ブランは目を見開いた。

どうやって、ここへ?

ブランは静かに、Olに問うた。一体いつ、どうやってか。この男は突然、密閉されている筈の部屋の中に現れていた。

俺の能力は知っているんだろう?

そうか、とブランは息を呑む。Olは母なる壁を操作できる。その能力は、壁だけではなく天井や床の形すら自由自在だ。ブランはそれを、部屋の形を変えるだけのものとイメージしていた。だがもし、穴をあけることもできるとするなら

守衛など、何の役にも立たない。下の階層から穴を開け、はしごでも何でもかけていや、あるいは壁を階段に変化させて、密室にでも侵入することができる。

愕然とするブランに、Olは告げた。

フローロを返してもらおう

第7話己の力を示しましょう-4

名前:ブラン=シュ

種族:鱗族

年齢:23歳

主人:フローロ

所持スキル:拳技LV8雷身反転従者LV10

視界に映る情報に、Olはなるほどと頷いた。ナギアから借り受けてきたこの鑑定というスキル。予想以上に役に立たないものだ。

所持しているスキルは表示されているが、それがどのようなものなのか、何の意味を持っているのかまでは全くわからない。

拳技LV8はおそらく徒手空拳を用いた技の事だろう。武器を用いず戦う技を、サルナークの剣技以上の強さで持っているということだ。しかし、それでは剣技より強いかと言われるとわからない。

そもそも人の身のままでは弱いからこそわざわざ武器を使うのだ。武器を持たなくとも同じだけ強いのであれば、この世に剣が生まれる必要性がない。

雷身はおそらく一瞬だけ垣間見た、ブランがまとっていた稲妻だろう。その拳の破壊力を増す効果を持ったスキルであるはずだ。でなければ、流石にダンジョンキューブを素手で破壊するなどという芸当が出来るはずがない。

そして残りの二つ。反転と従者LV10に至ってはどんなスキルなのか全くわからない。つまりは今までOlが目にした以上の情報は殆ど得られていないという事だった。

Ol、気をつけて下さい!

ブランの後ろから、フローロが警告の言葉を発する。

ブランは、

その言葉が終わるより早く、迸る稲妻を伴った神速の踏み込みがOlを襲った。

シャン、と金属の擦れる音が鳴り、ブランの足元に火花が飛び散る。

あら。武技は使わないタイプだとお聞きしていましたが

己の鼻先、紙一枚程度の距離に突きつけられた剣を見つめて、ブランは言った。Olがその分厚いローブの内側に隠し、抜き放った剣だ。

あの速さから止まれるのか、とOlは内心舌を巻く。魔術師相手に真っ先に距離を詰めるのは定石中の定石だ。それはこの世界でも変わらない。だからこそ、サルナークの剣技スキルを借り受けてまで、不意を打って剣を抜いた。雷光の速さで動けるならば、小回りは効かないだろうと予測しての事だ。

だがブランは、地面の敷物に焦げ跡を残しつつも止まってみせた。高レベルの拳技が為せる技か、それとも雷光スキルが稲妻の如き速さで自由自在の足取りをなしうるものなのか。後者であれば厄介どころの話ではない。

まあな

答えつつ、Olはローブの裾から袋の口を取り出す。途端、無数の蠍蜂が突進のスキルでブランに向かって飛来した。

パン、と音が一度だけ鳴る。いや、鳴ったようにOlには聞こえた。だが、実際には一度ではないはずだ。そうでなくては、二十六匹の蠍蜂が全て殴り潰されている説明がつかない。拳が音より早く動いたがゆえに、一度しか聞こえなかったと判断すべきだろう。

その蜂の群れに隠れるようにして、Olは短刀を投げはなっていた。ブランはそれをも拳で殴り壊そうとして、ピタリと腕を止める。そして素早くそこに身をひねり、それをかわした。

手のひらにすっぽりと収まってしまう程度の小さな短刀が、ブランの背後のテーブルに突き刺さり、それを粉々に破砕する。

鉄の腕ですか

勘のいい奴め

Olはブランを剣で牽制しながら舌打ちする。今のが当たっていれば勝負は決まっていたはずだが、その一方で高い可能性で避けられるだろうとも考えていた。

ブランの本当の強さ。それは、スキルを用いた戦闘に極めて慣れているということだ。相手が不審な動きをすればそれを高い精度で見抜き、どのようなスキルを使っているかをほとんど無意識的に推察する。サルナークにもっとも足りなかった物を、高いレベルで持ち合わせているということだ。

故に、Olは早い段階で鉄の腕を見せた。防御的なスキルを持ち合わせないブランにとって鉄の腕は脅威的なスキルであるはずだ。一撃でも喰らえばそれだけで戦闘不能な傷を負う可能性が高い。ブランはそれを警戒し、積極的な攻撃ができなくなる。

──そう読んでいたOlに、ブランは躊躇わずに踏み込んだ。慌ててそれに合わせ剣を振るうが、ブランは体勢を低く屈めてそれをかわしつつ、Olの胸元に拳を叩き込む。

ドン、と衝撃音が二つ。Olの身体はボールのように跳ね跳んで、背後の壁に激突した。

油断も隙もありませんね

痛みに顔をしかめつつ、ブランはロングスカートの裾をはたく。そこから伸びた長い尾が、Olの放った小石を受け止めへし折れていた。

それはラディコが生やしているような、毛の生えた獣のような尾ではない。蛇のような否。それを示すもっとふさわしい生き物の名を、Olは知っていた。

竜、か

あら、ご存知ではなかったのですか

ブランは髪をかきあげ、側頭部に生えた長い角を指でなぞる。

そうです、Ol!鱗族は魔族の中でももっとも強靭な力を持つ一族竜の因子を持った魔族です!気をつけて下さい!

言うのが遅すぎるわ

ごほ、と血を吐き出しながら、Olは立ち上がる。

手応えが妙でしたね。何か防御スキルでも?

悪いがこれは自前の魔術だ

正確に言えばそれは魔術ではなく魔道具。この世界に着たときから着ている、ローブのおかげだ。見た目はただの布にしか見えないが、外部からの攻撃に対しては鋼の鎧よりも高い防御性能を誇る。これを着ていなければ今の一撃で即死だっただろう。Olはそれを織り上げた、第一の使い魔に感謝を捧げた。

同時に、やはりスキルなどというものは信用できんな、とOlは内心で呟く。先程の一撃、恐らくユニスであれば剣の腕前が今のOlと同等だったとしても避けていたはずだ。

剣技スキルで得られるのは剣の振るい方のみ。相手がどのような攻撃を仕掛けてくるかの読みや反射神経、身体能力までは得られない。

だがそれでも、尾は潰した。先程の急制動は恐らく尾を使ったものだ。その証拠に、敷物に残った焦げ跡は一本のみだった。つまりは両の足だけでは、あの速度で動きつつ急停止は出来ない。

そは映したる陰影、虹梁の檻、穿ち、彷徨い、主たる王、一つ巡りて時を切る。二つふたかた石を踏み、三つみまごうばかりなり

唐突に呪文を唱えだすOlに、ブランは動きを止めた。スキルに呪文を使うようなものはない。だからこそ、ブランにOlの行動は予測できない。だが、歴戦の戦士であろうブランのスキル予測はもはや無意識の域にまで高まっている。予測できないからと言って、簡単に打ち切れるものではない。結果として、ブランは三呼吸分の時間をOlに許した。

ブランの腕に雷光が集まる。それを集めるのに更に一呼吸。その刹那、Olは叫んだ。

ラディコ、今だ!

その視線を追い、ブランは後ろを振り返る。ラディコがもともと持っていた鉄の腕と、ブランが与えた銀の腕。Olが持っているのがどちらであろうと、即死性のスキルがもう一つ存在している。

Olが壁を操り入り口を作って入ってきたのなら、壁、床、天井、全ての方向からの奇襲がありうる。ブランは常にそれを警戒して戦っていた。だから、その時も完璧に反応した。

Olの視線の先だけでなく、研ぎ澄ました感覚が全方位からの攻撃に備える。勿論、Ol自身の攻撃に対してもだ。

だが、ブランは根本的な部分を読み違えていた。ダンジョンの壁を操作する魔術というのはその見た目に対して非常に高度なものである。

地中には様々な圧力がかかっている。天井を支えるために必要な壁の厚みというものがある。石には剛性があり、変化させても崩壊しない速度がある。そう言った諸々を完全に解析、計算しつつ縦横無尽に壁を操作する迷宮魔術は、Olだからこそ生み出せた彼の研究の真髄そのもの。つまりは──

Olにはもう、そのような魔力など残されてはいなかった。

ありとあらゆる攻撃を想定していたブランの横を、Olがよろよろと通り過ぎていく。そしてフローロを抱きかかえ、軽く手をふった。

ではな

神速の突き。それがOlの胸を貫く寸前に、彼の姿はかき消えた。

転移魔術によって。

第7話己の力を示しましょう-5

転移した先は、四方二メートル程度の小さな小さな部屋だった。

大丈夫ですか、Ol!?

縋り付くようにしてフローロが尋ねてくるが、正直に言って全く大丈夫ではない。魔力は殆ど空になりかけていて眩暈がするし、強化魔術をかけて無理に動かした身体は全身が引きつりそうに傷んでいる。ブランに打たれた胸は骨の一、二本は折れていそうだ。

だが、Olはそれをおくびにも出さずに頷いた。少なくとも身体は動くのだから支障はない。

お前こそ、無事で何よりだ

最悪既に殺されている可能性すら考えていたが、フローロは思ったよりもずっと元気そうであった。むしろ髪を整えられ、服を立派なものに変えられて、ブランに連れて行かれる前よりもよほど健康に見える。

ありがとうございます、オウ──んっ

礼を述べるフローロの唇を、多少強引に奪う。

えへへOl

それだけで、あっという間にフローロのスイッチが入った。

全力でやれ

全力でですか?

フローロの身体を抱き寄せ睦言のように囁くOlに、フローロは戸惑うように問い返す。

ああ。できる限りだ

わかりました。んっあっあぁっ!

頷いた途端に胸を鷲掴みにされ、フローロはそれだけで絶頂に達して高く鳴く。

OlOlの、お口でしたいです

駄目だ。今は我慢しろ

ひぅっ!

舌を突き出し懇願するフローロの股間に指を這わせれば、それだけで彼女はたやすく絶頂に達した。

我慢、なん、てぇ

気をやるのは我慢する必要はないぞ

はぁぁんっ

フローロをぐいと壁に押し付けるようにして腰を掴み、下着を少しずらしていきなりずぶりと挿入する。

Ol、いつもとっ、違いますっ

するとフローロはどこか怯えたようにそう言った。

違う?

いつもより、なんだかっ乱暴で強引で

それはそうだろう、と思う。理由があってこうしているのだ。多少性急になっている自覚はあったが致し方ないことだった。

それがなんだか

だが本当に理由はそれだけだろうか、とOlは考え直した。言われてみれば、いつもより興奮している気がする。それは恐らく、戦闘の直後だからだろう。直接命を削り合い、傷を負い、確かにOlの雄は興奮していた。

まるで煮えたぎった油のような、破壊的な衝動にも似た性的欲求。

怖いか

いいえ。そんなOlも、なんだか素敵だなって♡

そこに、フローロが火を投げ入れた。

ひあぁぁあんっ♡

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