でも、テオはあんまり飲まないほうがいいかも

悩むOlに、Faroはそう声をかけた。

経験の低い魔術師に特に多いんだけど魔力の配分を測り損ねるんだよ。ここにくるまでに結構魔力使ったでしょ? ここで全回復して進んで、魔力が半分になったところで帰り道につくと、帰りは魔力が足らなくなる。その頃にはもう泉の水は枯れてるしね

なるほどこの泉は良く見つかるのか?

Olの問いに、Faroは首を横に振った。

滅多にないよ。あったらラッキーって思うくらいで、宛てにするもんじゃない。後、結構危険だからあんまり長居も出来ないしね

危険ああ、なるほどな

Olは立ち上がり、泉から離れる。泉を利用するのは何も人間だけではない。むしろ、迷宮に定住する魔物達こそ積極的に使っているはずだ。

それならば、無理に対処する事もないだろう、とOlは判断した。

では、先に進むか

こくりと頷き、Faroは考える。彼女の知る限り、冒険者が踏破したのはこの辺りまでが限度だ。しかし、魔物の言葉を自在に操るテオの交渉術と、アラン遊撃隊の面々の実力、活力を補給する回復の泉に遭遇する幸運。

これだけの条件が決まっていれば、もしかしたら前人未到の領域にたどり着くことが出来るかもしれない。彼女も冒険者の端くれだ、未知の領域には恐れと共に憧れにも似た強い興味がある。

行く先が断崖である事に気付かぬまま、小さな盗賊は目の前の道に胸を膨らませた。

第13話魔王の迷宮を攻略しましょう-4

いよいよ、ここを抜ければ第三階層ね

巨大な両開きの扉を前に、Faroは興奮を隠せないでいた。

この先に行ったものはいない。少なくとも、あたしの知る限りじゃ初めてだ

ウィキアははっとしてFaroの顔を見た。次いで、Olを見上げる。

既視感が彼女の身体を包む。手が震え、足がすくんだ。

準備はいい?

ああ、問題ない。行くぞ

Faroにそういい、Olはちらりとウィキアを見ると、声を出さずに口を動かした。

大丈夫だ

そうOlの口が動いたように見えて、ウィキアの震えが止まる。

果たして、扉の先にあったものは

ただの、何もない大きな部屋だった。

あれ?

罠を警戒して、短剣で部屋の中や地面を探りながらFaroは恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。

何もないようだな。運よく、守衛がいない時間帯に当たったのかも知れん

Olはその後ろから部屋を見渡し、臆面もなくそう言った。

怪しいけど、罠もなさそうだしそうなのかな

警戒を解かぬままFaroは床や壁を入念に調べるが、何もない。

少なくとも安全な部屋と言うわけではないだろう。先を急ぐぞ

納得のいかない面持ちのFaroを急かし、Olは奥の扉を開く。普段は魔術によって入念に封印された扉は、彼の持つ通行証を認識してあっさりと開いた。

そのありがとう。あそこを守ってたの、本当はアランだったんでしょ?

こっそりと、横に並ぶウィキアが礼を口にする。アランに気持ちが残っている訳ではない。が、かつての仲間の変わり果てた姿を目にし、戦わなければならないのはやはり気が重い。

ナジャやShalはデュラハンがアランだと気付きすらしないかもしれないが、そう言った彼女達の姿を見るのも苦痛だろう、とウィキアは予想していた。それを避ける事が出来、彼女はほっと胸を撫で下ろす。

別にお前を慮った訳ではない。礼を言われる筋合いはない

Olは愛想なくそう答えた。殆ど本心だ。

デュラハンは不死の存在だから、倒しても一日もあれば再び蘇る。とは言え、倒してしまえば一日の間守衛がいなくなるのは少し不安が残る。

更に、勝てるという保証もなかった。呪いによって作られた、首無し馬の引く馬車に乗ったデュラハンは強敵だ。広い室内を走り回りながら魔術を飛ばし、不用意に近付けばその馬車で跳ね飛ばす。Ol達の戦力では、勝てても犠牲が出る目算が高い。

ん。でもありがと

こちらもニコリともせず、しかしハッキリとウィキアはOlに礼を言った。

ここが、第三階層

長い長い階段を下り、目の前に広がる前人未到の光景を眺めて、Faroはごくりと唾を飲み込んだ。

その風景は、そこら中に屍が転がり、不潔で狭苦しく、陰鬱としていた第二階層までとは全く異なる様相を呈していた。

天井は高く、通路は非常に広い。壁はキッチリとした煉瓦で覆われ、ところどころ太い柱で補強されている。地面はまるで王都の大通りの様に石畳が敷き詰められていた。

悪臭は殆どなく、通路は清潔感に溢れ、壁は僅かに光を放ち松明がなくても少しなら見通しが利きそうだった。

気をつけてね。ここから先は、何が起こるかわからない

真剣な顔付きで言いながらも、Faroの声はほんの僅か、弾んでいた。

Ol達は警戒しつつも、迷宮を進んでいく。

気をつけて。そこ、踏むと罠が作動する。そっちも。その紐を脚に引っ掛けると、多分上から岩か何かが待って! 紐を踏み越えないで。その先に落とし穴だ。中には槍衾か。危ない危ない。んここ、何か壁にちょっと違和感があるね。隠し扉だ

第三階層には魔物が一切出てこなかった。その代わり、迷宮は複雑さを増し、無数の罠が仕掛けられている。隠し扉、一方通行、回転床、天井や床からは槍が飛び出し、壁からは矢が放たれ、大岩が通路を転がる。

殺傷能力も巧妙さも、そして込められた悪意も第二階層までとは段違いの罠だ。しかし、Faroはそのことごとくを看破し、避け、解除して見せた。本格的に致命的なものはそれとなくOlが避けているとは言え、その腕と勘のよさにOlは目を見張った。

腕のいい盗賊とは聞いていたが、大したものだな

へへ。何かね、今あたしすごくワクワクしてんだ。こういう時のあたしは凄いよ。罠が一つ一つ、手招きしながらニコニコ笑ってるように見えるんだよね

片手でくるくると扉の鍵を外しながら、Faroはそう言った。カチリ、と音がし、その瞬間に彼女は手を引っ込め、鍵穴を覗いていた顔をひょいと横に傾ける。殆ど同時に、鍵穴から細い矢の様なものが飛び出して彼女の背後の壁に突き刺さった。

それにしてもこの罠を仕掛けた奴って、凄い陰険だね。よっぽど人心を知り尽くした、性格の悪い悪魔みたいな奴に違いないよ。心の隙を突いて、死角から蛇みたいに襲い掛かってくる

Faroは扉を開くと、中に入らずに短剣を部屋の中に突き入れた。途端、扉の枠からギロチンが下りて短剣を弾き火花を散らす。鍵をあけ、罠を避けて安心した冒険者を両断する仕組みだ。

こんな風に。人が安心したとき、これだけはないだろうってタイミングで攻めてくる。あたしも今みたいな絶好調の時じゃなきゃ危ないかもね

確かに、性格は凄い悪いだろうねえ

しみじみと、リルが同意を示した。

あはは、本物の悪魔に言われちゃ形無しだね。にしても、ここは何これ?

扉の向こうは、更に不思議な光景が広がっていた。天井は数段高く、ところどころに魔力の光が明るく灯り辺りを照らしている。地面には石畳の変わりに土が敷き詰められ、軟らかな短い草が生え揃っていた。

薄暗い為にあまり遠くまでは見通せないが、見る限り広大な部屋のようだ。通路はなく、太い柱が何本も立って天井を支えている。

ここがダンジョンの中であることを忘れてしまうほどのどかな雰囲気だが、張り詰めたFaroの感覚はその奥に潜む者達の気配を敏感に察知していた。

気をつけて。何かいる。それも、飛び切り獰猛な奴だ

自然と声を潜め、表情を引き締めながらFaroはゆっくりと奥へと向かっていく。

近いこっちに近付いてくる。来たッ!!

柱の影から、それは現れた。獰猛な地獄の猟犬か、醜悪な巨人か、はたまた竜か。それぞれの最善の動きを何パターンも頭に浮かべ、敵を見極めようと目を見開いたFaroの視界に現れたのは。

どこにでもいそうな、地味で純朴な娘だった。

え?

思わず、二人はお互いに見つめあい表情を呆けさせる。いや、娘の方の視線は、Faroから微妙にずれ、その後ろへと向けられていた。その先にいる男は額に手をあて、人知れずため息をつく。なんでこんな所にいるんだ、と。

あんた人間だよね? 何でこんな所に?

我に返り、Faroは尋ねる。純朴な娘であるところのミオは、だらだらと冷や汗を流した。ごめんなさいごめんなさい、ただあの子達がおなか空いてると思ってつい、とOlを見ると、彼は今日はダンジョンに潜るから自室でおとなしくしていろと通達したはずだ、と言わんばかりの視線でそれに答えた。

あー、えー、とー

ミオが答えに窮していると、Olはため息をもう一つつき、親指を下に向けて首を横に切った。え、なんですかそれ帰ったら殺すって意味ですか、とミオは顔を青くする。Olは顔をしかめ、違う、と自分に指を向ける。そのまま言葉を出さず、やれと口を動かした。

ごっ、ごめんなさいっ!

その謝罪は誰に向けたものなのか。ペコリと深く頭を下げると、彼女は高らかに名を呼んだ。

ジョーン、ジェフリー、ジャスティン、ジョセーフ!

そしてそのまま、腕を振り下ろして指をFaroに突きつけ、命令を発した。

突撃(アタック)!

ミオに毒気を抜かれ、呆けていたFaroの襟首を掴んでOlが引っ張る。引かれた彼女の目の前で、乱杭歯がガチンと交差した。

逃げるぞ

え? え? え?

そのままOlは小さな彼女の身体を抱え、全力で走り始める。闇の中から現れた魔獣たちが吼え、彼らを八つ裂きにしようと迷宮を駆けた。

何アレ、どういう事!?

真っ黒な地獄の猟犬ヘルハウンド、獅子の頭に山羊の体、蛇の尻尾を持つキマイラ、鷲の素早さと獅子の獰猛さを併せ持つグリフォン、二つの首を持つ猟犬オルトロス。本来群れるはずのない、どころか殺しあっても不思議ではない全く別種の魔獣達がお互いに協力し合い、Ol達を追い立てる。それは悪夢の様な光景だった。

加速!

氷の壁!

Shalとウィキアが、矢継ぎ早に呪文を唱える。Ol達の速度がぐんと増し、地面から氷が立ち上って魔獣たちを押し留める。

そう長くは持たない。急いで

ウィキアの言葉を待つまでもなく、一行は全力で逃げ出した。

何とか振り切ったか

さすがに全力で追いかけられれば人間の脚力で逃げ切れる訳などないのだが、その辺りはミオも心得ているのだろう。魔獣たちの追撃はどうにか止んだ。

あの、もう、大丈夫だから

Olの腕の中で恥かしそうにFaroが声を上げる。

ああ怪我はないか

Olは彼女を抱え上げていたことを思い出し、地面に下ろす。疲れも苦痛もない形代の身体だと、ついついそう言ったことに無頓着になってしまう。

う、うん。テオが守ってくれたから

視線をそらし、Faroは頬を紅くしてそう言った。

エロ爺

スケコマシ

やっぱりああいう体型が好みなのか?

あたしも抱き上げて貫かれたまま迷宮を練り歩きたいです

まて、今のは不可抗力だ

口々に好き勝手言う愛人たちに、Olは弁明めいた言葉を口にする。

それよりアレを見ろ

Olは咳払いをし、誤魔化すように指を刺した。その先には巨大な両開きの扉がある。今までの無骨でシンプルな作りのものと違い、己が威容を誇るかのように細かい彫刻が為され、飾り立てられている。

あれはまさか、魔王の?

恐らくそうだろうな

呟くFaroに、Olは頷く。Faroは心を落ち着けるために大きく息を吸い、吐き出した。ぎゅっと目を瞑って高鳴る鼓動を抑え、覚悟を決める。

ここまできたら、行こう。そのつもりなんでしょ?

勿論だ

Olは頷いた。

ナジャとリルが門の扉を押すと、ゆっくりと中の部屋が露になる。その部屋の中は不自然に暗く、ランタンで照らしても見通すことが出来ない。警戒しながらゆっくりと足を踏み入れると、突然背後の扉がバタンとしまった。

ランタンも松明もあるはずなのに、周囲は完全な暗闇に覆われお互いの顔も確認することが出来ない。

まさか罠か、とFaroが身構えた瞬間、ぼっと虚空に灯がともった。扉を背にして左右に一つずつ。赤い炎は部屋を照らし、奥に向かって左右に二つずつ、順番に灯っていく。さながら、炎の道のようだ。

良くぞここまで来た

低い声が、部屋の中に響いた。炎の道の奥、よく見えないがそこに巨大な何者かの姿がある。その威圧感と、臭いさえ感じるほどの瘴気。Faroはあれが魔王であると確信した。

勇気ある、しかし愚かな者たちよ。汝らは何を望む。富か、それとも名声か?いずれ失われるものの為に、ただ一つしかない命を賭けるか

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